第276話 ハイジャンプは頭上注意!
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いします。
階段を降りると、見た事があるような光景が広がっていた。あえて違いを上げるとすれば、天井の青空?に雲が薄く広がっている事だろうか? まぁつまる所、また長草が生い茂る草原地帯だ。
……知ってたけどさ。
「はぁ、またこの長草を掻き分けながら階段を探すのか……」
「まぁ、仕方がないさ。そう言う仕様なんだからさ」
「そうね、文句を言っても仕方がない事なのよね。で、どうするの? 今回は前例を踏まえて、この壁沿いに探してみる?」
俺と裕二が半目で長草の草原を眺め愚痴を漏らしていると、柊さんが苦笑を浮かべながらこの後の行動方針について尋ねてくる。当てもなく無闇矢鱈に草原を歩き回るより、何らかの当てを持って探す方が幾分かは精神的に楽だからな。その際、前例を参考にして方針を決めるのも悪くない。
まぁ、そこまで簡単には見つからないだろうけどさ。
「そうだね。とりあえず、壁沿いにぐるっと回ってみるのも悪くないかも。まぁ途中でそれっぽい所を見つけたら、そっちに向かってみればいいしね」
「だな、とりあえずはそれでいいんじゃないか?」
「じゃぁ、さっそく探しましょう」
と言う訳で、俺達は階段探しを始めた。まずは、壁沿いを時計回りに歩いてみる。
ただ……。
「何も、出ないな……」
「出ないな……」
「出ないわね……」
何事も起きないまま最初の角……壁端に到達し、俺達は苦い表情を浮かべる。壁沿いに歩いているのだが、未だにモンスターと遭遇しないのだ。30階層では最短ルート上に多数のモンスター、グラスリザードが潜んでいた事を考えるとハズレの可能性……この先には階段が無い疑いが濃い。
最悪、この階層を壁沿いに一周する事になるかもしれないな。
「……左回りの方が良かったかな?」
「こうまでモンスターと遭遇しない事を考えるとな……出だしをミスったかもしれないな」
思わず愚痴が漏れた。階段の隠し場所を見つける事が今の目的なので、モンスターと遭遇しないこと自体は良い事なのだが、こうまで何もなく変わり映えがしないと流石に気が滅入ってくる。
多数のモンスターとの遭遇=階段が近いである以上、一度はモンスターと遭遇しないと階段捜索の取っ掛かりが無い。
「とは言っても、戻って反対側に進んだからと言って階段がある確証が無い以上、このまま歩き続けるしかないわ。戻ったとしても、反対側に階段がなかったら余計に無駄足になるんだから」
「うん……まぁ、そうなんだけどね」
階段があるという確証がない以上、進むか戻るかを迷ったのならば進む事を選ぶのが無難だろう。別の当てもないしな。
と言う訳で、俺達は壁沿いに階段を探し突き進む。
暫く歩いていると前方の長草が揺れると共に、2体のグラスリザードが飛び掛かってくる。30階層に居た、自分から有利なスタイルを捨てて挑んできたグラスリザードと違い、この階層のグラスリザードは焦らず獲物が必殺の距離まで近寄るのを待ち奇襲を掛けてきた。しっかりと、自分の長所と短所を把握している証拠だ。
まぁ敵意が隠せていないから、事前に察知出来るという残念さと言うか未熟さは同じだけどな。
「「ギュギュギュッ!」」
「おっと!」
「甘い!」
近かった俺と裕二がそれぞれ一体ずつ迎撃し、手早くグラスリザードの首を刎ねる。
奇襲を成功させたいのなら、まずはその見え見えの敵意を隠せるようになってからしろっての。
「二人とも、お疲れ様」
「いや、このくらいどうって事ないよ」
「そうだな」
俺と裕二は武器に着いた汚れを“洗浄”しながら、柊さんに返事を返す。
「そう。でも、グラスリザードは出たって事は、近くに階段があるかもしれないわね?」
「連続で遭遇するようになればだけどね」
「じゃぁ、この辺りを少し探ってみるか?」
連続でモンスターと遭遇するようになれば、階段が近い証拠になるからな。このまま壁沿いに探してみるのも良いが、折角モンスターと遭遇したのだから、この地点を起点に少し周りを捜索してみると言うのも悪くない。モンスターと遭遇した方向に進んで行けば、もしかしたら階段があるかもしれないしな。
まぁ他に当てがある訳でもないし、頑張ろう。
「そうだな。とりあえず……まっすぐ進んでみるか」
「だな」
と言う訳で、グラスリザードから出たドロップアイテムを回収してから、俺達はモンスターを探し周辺を歩き回ってみる事にした。歩く方向が少しでも狭められれば良いんだけどな……。
そして暫く歩きまわってみた結果……。
「こっちの方向に歩いた時が一番、モンスターとの遭遇率が高いな」
「ああ、まぁそんなに歩き回った訳じゃないから、気持ち多いかな?って程度だけどな」
「でも他に当てが無い以上、そっちに進んだ方が階段がある確率は高いと思うわ」
「まぁ、そうなんだけどね」
と言う訳で、当面の進むべき方向が絞られた。この選択が当たりだと良いんだけどな。
それにしても、長草で見通しが悪いから捜索には時間が掛かるな。何か、階段捜索を短縮できる裏技は無いものか……。
「じゃぁ取り敢えず、行こうか?」
「ああ、行くか」
「そうね」
進む先に階段があることを願いつつ、俺達は長草を掻きわけながら先へと進んでいく。
階段を捜索し始めて凡そ1時間、俺達はようやく32階層へと続く階段を見付けた。階段があったのは、この階層の一番右奥の角っこ。壁沿いを時計回りで探していたら、一番遠回りした位置にあった。
……途中で捜索方針を変えて良かったなぁ。
「やっと見付かったよ」
「そうだな、あのまま壁沿いに探し回っていたら……」
「倍の時間……とまでは行かなくても、それなりに時間は掛かったでしょうね」
ヤッパリ時間が掛かりすぎる、何か改善策を打ち出さないと駄目だな。最短ルート上に、モンスターが多数配置されているって事は、攻略経験者への行動阻害以外にも、何かしらかの捜索手段に対する、対応策って見方も出来るし……って、あっ。色々と思考を巡らした結果、俺の脳裏に、あるアイディアが閃く。32階層へ続く階段の周囲を見回し、30層へ続く階段がある辺りを眺め、出来るかもしれないと言う自信を持つ。
しかし、良いのだろうかこのアイディアを使っても? 中々のルール違反、ルール無視のような気もするが……。
「で、どうする? 32階層に降りてみるか?」
「確か、次の階層も草原地帯だったよね……また時間が掛かるな」
協会から仕入れていた情報では、次の階層も草原地帯であるような事が書かれていた。つまり、再び階段探しをしなければならないのだ。……やってみるしか無いな。
そう決意していると、時計を確認していた柊さんが待ったを掛ける
「ソレより二人とも、もうそろそろ帰還開始時間よ。この後直ぐに次の階層に降りても、流石に階段探しをする時間は無いわ」
「えぇ? あっ、本当だ。うーん、確かに今までの捜索時間を考えると、33階層への階段を探し出すのは無理だな」
確かに柊さんが言うように、時計を確認すると帰還開始予定時間まで後30分も無い。流石に今までと同じように階段を捜索していると、捜索途中で時間切れになる可能性が高い。中途半端に捜索を行うくらいなら、32階層へ続く階段を見付け切りが良いココで少し休憩を取ってから上に引き返す方が良い。裕二と柊さんも、これ以上の探索は止めて戻るかと言った雰囲気だしな。
とは言え、だ。
「ちょっと良いかな裕二、柊さん? 今回の探索はココまでって事で良いと思うんだけど、1つ試してみたい事があるんだけど……」
「ん? なんだ大樹、試したい事って?」
「いやさ? この長草が生い茂る階層って、次の階層へ行く階段を見付けるのに時間が掛かるだろ? ソレを改善出来るかもしれないアイディアを1つ思いついたから次の階層、32階層で試しておきたいかな……って」
「……何?」
もう探索を終え、上に戻ろうとしていた裕二と柊さんの纏う空気が俺の言葉で少し変わる。どうやら、二人の興味を引く事に成功したらしい。
とは言え、まだ実際に出来るかどうは分からないアイディアなんだけどな。
「それで九重君、アイディアってどんなものなの? まさか……長草の草原を焼き払うと言ったものじゃ無いわよね?」
「うん、もちろん。確かに捜索の邪魔になる長草をどうにかしようとするならソレが手っ取り早いかもしれないけど、流石にそんな危ない真似は出来ないよ……」
「そう、そうよね。万一、他の探索者パーティーが居たら目も当てられない状況になるんだもの。九重君が、そんなことも考慮してないわけ無いわよね」
柊さんは懸念事項を確認し、問題ない事に若干安堵したよう表情を浮かべる。故意の焼き払いが原因で探索者が死亡したら、放火殺人になるだろうからな。
俺だって、そんな結末はゴメンだ。
「じゃぁ大樹の言うアイデアってのは、どんなものなんだ? 簡単に実行出来るような物なのか?」
「ああ、うん。特に用意するような物も無いし、特別な下準備も必要ないよ」
まぁ、俺達以外の探索者だとレベル上げって下準備が必要かもしれないけど。
そして俺は裕二と柊さんに、階段捜索の時短アイディアを教える。すると……。
「「……」」
二人揃って微妙な表情を浮かべていた。その表情を文字にすると、良いのかソレ?である。
特にこうしろとルールが指定されていない以上、良いんだよ……多分。
「まぁそんな訳で、取り敢えずコレが出来るかどうかを次の階層、32階層で試してみたいんだけど……」
「ああ、うん。まぁ、良いんじゃないか? 試してみる分には……」
「そう、ね。出来るかどうかは、実際にやってみないと分からないもの……」
何か微妙な雰囲気が漂っているが、取り敢えず俺のアイディアを試してみると言う事になった。まぁ成功したら儲けもの、と言う程度に考えておいた方が良いだろうな。
と言うわけで、降りてきた32階層。この階層は31階層に比べ、空に漂う雲の量が多く若干薄暗い。どうやら、この草原地帯が広がる階層は空を変化させ明暗を調整しているらしい。この分だと、朝焼けや夕焼け、夜と言った目視がしにくい環境の階層が出て来そうだな。暗闇に紛れたモンスターの奇襲か……難易度が上がるな。
だが今は、俺の思いついたアイディアが通用するかの確認だ。時間も無いしな。
「じゃぁ、早速やってみるけど……裕二、手を貸してくれないか?」
「ああ、良いぞ」
俺は背中のバックパックを外し身軽になる、これからする事の邪魔になるからな。
そして準備を終えた俺は、裕二から少し距離を取り声を掛ける。
「行くぞー、裕二」
「おう、何時でも来い」
俺は軽く助走をつけながら裕二に向かい、裕二は両手を体の前で組みバレーのレシーブの様な体勢を取った。因みにこの間、柊さんには周辺警戒を御願いしている。
「せい、のっ!」
「よっと!」
俺は裕二が組んだ両手に右足を乗せ踏み切り、裕二も俺の踏切に合わせるように両手を勢い良く振り上げた。結果、俺の体は勢いよく空高くへと舞い上がる。
その姿はさながら、トランポリン競技の選手のようだった。
「おー、見える見える。 ええっと、階段は……?」
俺は上昇を続けながら、頭を左右に振って周辺を見渡す。すると辺り一面長草と低木が広がる光景だが、遠くにポッカリと長草が無い場所が見えた。
「おっ、もしかしてアレか!?」
もしかしたら見付けられるかも?と、期待半分諦め半分の気持ちで試したところ、予想外に上手くいった事で俺は思わず口角をつり上げ笑みを浮かべる。この手が通用するのなら、コレからの先の階段探索が楽かつ短時間で終わるなと。
だが、この一瞬の気の迷いというか思考の空白がいけなかった。
「痛っ!? あがっ!?」
階段があるらしき場所の目星が付いた次の瞬間、俺の頭頂部と言うより首に圧迫する様な鈍い痛みが走り、頭頂部を起点に体が回転し体の前面が何かにか激しく打ち付けられた。
な、何だ!? 何が起きたの!?
「大樹!?」
「九重君!?」
足下……背中から、裕二と柊さんの驚き心配する声が聞こえる。
そして数瞬の間を置き、俺の体は何かから剥がれるように離れ自由落下を開始した。
「大樹、気を確りしろ!」
「九重君、急いで着地姿勢を取って!」
裕二と柊さんの叫び声をボンヤリと耳にしながら、俺は混乱する頭の中で現状把握に思考を巡らす。何かにぶつかって張り付く……数瞬の間……自由落下……!? ああ、そうか!? 俺、天井に激突したのか!? って、着地!?
予想外の事態に思考も体も固まっていた俺は、柊さんの叫び声の意味を理解すると慌てて体を捻る。だが万全の着地体勢を取るには時既に遅く、体を反転させ終えた頃には硬そうな土の地面が間近に迫っていた。
「っ!?」
俺は咄嗟に両足を折り曲げつつ、両手を体の前に突き出した。
そして数瞬後、俺の両手と両足に衝撃がはしり激しく地面を打ち付ける音が響き渡る。
「おい、大樹!? 大丈夫か!?」
「大丈夫、九重君!?」
「……ああ、うん。大丈夫」
俺は四つん這いと言うか土下座に近い体勢のまま、心配する声を掛けてくる裕二と柊さんに消え入りそうな小声で返事を返す。正直に言って、無茶苦茶恥ずかしく顔を上げられない。だってさ、勢い余って天井にぶつかった後、土下座染みた無様な着地を決める? どの面下げて、二人に顔を見せれば良いのか分かんないって!
俺は暫く着地した姿で耳を赤く染めながら蹲った後、大きく深呼吸をして気持ちを整えてから顔を上げた。そして心配げな表情を浮かべ、俺の反応を待つ二人に向かって……一言。
「あっちに階段がありそうな気がするから、行ってみよう!」
俺は今起きた事の全てを無かった事にしようと、二人から顔を背けつつ無駄に元気よく声を張り上げた。その際、背中にもの凄く残念な物を見るような視線を浴びたような気がしたけど……うん、気のせいだな気のせい!
迷路攻略における反則技、マップ全体俯瞰。ズルし様として罰が当たっちゃいましたね。