第273話 生え伸びるの早くない?
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いします。
火気厳禁なので、火を使わないように“空間収納”に仕舞って置いたパンや缶詰を食べた後、俺達は休息を取ることにした。何だかんだで、ここまで来るのにそれなりに時間が掛かったからな。周囲が昼間のように明るいので若干寝にくいが、キチンと体を休める為にも睡眠を取るのは大事である。と言うわけで、夜番を決める事にした。まだ階段前広場で足踏みし先に進んでいなかったので遭遇していないが、何時モンスターが襲い掛かってくるか分からないからな。
「取り敢えず、いつも通り決め方はジャンケンで良いよね?」
「ああ」
「ええ」
と言うわけでジャンケンを行った結果、裕二・俺・柊さんの順番で夜番を行うことになった。まぁ周囲が明るいから、夜番って言うより昼番だけどな。今までの洞窟然とした階層より明るく見通しが良い分、眠気にも誘われにくそうなので夜番も楽に出来そうだ。
そして陣幕の外に出る裕二を見送りながら、俺と柊さんはベッドの設営を始める。
「安かった割には、意外と使えるね、このベッド」
「そうね。まぁ寝心地という面で見れば色々言いたいことはあるけど、地面に直寝する事に比べたら快適だもの。それに組み立て式だから、コンパクトに成ってバッグにしまえる点も良いわ」
素材の耐久性的にそう長くは使えないだろうが、モンスターの襲撃があれば破棄しなければならないダンジョン内での使用には十分である。予備の換えも“空間収納”の中にあるしな。
そしてものの5分と掛からずベッドを組み上げた俺と柊さんは、陣幕を二分するように中央に紐と布で簡単な仕切りを作った。ダンジョン内とは言え、最低限のプライベート空間は大事だからな。
「じゃぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
一声掛け合った後、俺と柊さんは体を横にする。ホント、ダンジョンで寝泊まりするようになってから、どんな状況かつどんな場所でも素早く寝れる特技が身についたよなと思いつつ、目元にタオルを置いて目隠しをした。流石に、まぶたを閉じても明るさを感じると寝辛いからな。
そしてものの数分後、陣幕の中から2人分の寝息が聞こえ始めた。
俺を呼ぶ声が聞こえる。そう認識した瞬間、俺の目は開き微睡みの中にあった思考が急速に覚醒していく。ベッドから体を起こし呼び声が聞こえた方に顔を向けると、陣幕を少しめくり顔を中に入れ此方を見ている裕二の姿が目に入ってきた。
「「……」」
「……おはよう」
「ああ、おはよう」
と、裕二に挨拶をしつつベッドから起き上がり背伸びをして体のコリを解す。直寝よりましとは言え、簡易ベッドは意外と体が凝るからな。今度来る時は、寝心地改善用にエアクッションを用意した方が良いかもしれない。
「もう交替の時間なんだ」
「ああ。幸い、特に何も無かったぞ」
「そっか、良かった」
「ただ、なぁ……」
モンスターの襲撃は無かったぞと言う引き継ぎ報告をした後、裕二は半目になりながら語尾を濁すような物言いをする。随分歯切れが悪いけど……何かあったのか? 他の探索者パーティーが姿を見せたとかかな?
「……伸びるんだ」
「……はい? 何が?」
「草だよ草。あの危ないからと言って刈り取っておいた草が、もう伸び始めてるんだよ」
「ええっ……」
俺は裕二の話を聞いて、ゲンナリとした表情を浮かべた。ダンジョン内に設置されたトラップ?なので、何れ再設置……生え直すだろうとは思っていたが……こんなに早くかよ。
そして簡易ベッドを片付け夜番の準備をすませた後、陣幕から顔を出し外を見てみると裕二が言うように刈り取ったはずの草が足首より少し高い位の高さに伸びていた。
「……もう、ここまで伸びたんだ」
「ああ、理科の授業で見る植物が成長する過程の資料映像を見て居るみたいに伸びてきたぞ。……目の前でな」
「……へぇ」
目の前で早送りのように成長する草か……嫌な光景だな、それ。成る程、確かにそんな物を見続けていれば、裕二が纏うウンザリとした雰囲気にも納得がいく。
モンスターは襲撃して来ないけど、目の前でグングン伸びる草を見続けるのか……夜番をやる前からウンザリとした気分になってくるなぁ。
「まぁ、そんなわけだ。特に危険は無いとは思うけど……頑張ってくれ」
そう言い残し裕二は陣幕の中に入っていき、俺の夜番が始まった。
コレを交替の時間まで、ずっと眺めているのかよ……。
凄い勢いで伸び続ける草を見守る事、数時間。足首程の高さであった草は、既に膝程の高さまで伸びていた。この成長具合だと、半日もあれば元の大きさに戻るな。刈り取った草が、半日で元に戻るのか……正に摩訶不思議なダンジョン植物である。この分だと、繁殖力もハーブ並……それ以上かもな。燃えやすく、成長が早く、繁殖力旺盛、か。これ……持ち出し厳禁植物だな、うん。
「……」
何事も無く、ただただグングンと伸びる草を見守る時間……暇すぎるわ!? 他に何か無いのかよ!?と、声に出さず内心大声で叫んだ俺は悪くない筈だ。
モンスターの襲撃を望んでいる訳では無いが、流石に何もなさ過ぎて暇に精神が殺されそうになってくる。勿論時間潰しの道具が無くは無いが、暇とは言え夜番の最中だ。気を抜きすぎて襲撃に気づけなかった……等と言った失態を犯す訳にはいかないので、自重すべきであろう。
「……」
ふと視線を向けた青々とした空……天井がもの凄く忌々しく思えてくる。コレで心地良いそよ風でも吹いていれば、絶好の昼寝シチュエーションだよな、全く。
まだ、薄暗く洞窟然としていた今までの階層の方が暇とは言え警戒心を維持しやすかったよ。
「……暇だな……」
いっそ長閑と言える情景を前に、俺の口から思わず本音が漏れ出す。思わずハッとし口を押さえた俺は、流石にこのままでは拙いと思い、夜番の妨げにならない暇潰しの方法を探すことにした。
とは言え……何をするかな。
「……コレで何か作るか」
俺が暇潰しの方法として目を付けたのは、防火帯を作る為に刈り取ったものの処分に困り“空間収納”に放り込んでおいた草だ。良く燃えるが、草自体は結構丈夫なので工作の材料にも成るだろう。
草を編み込んでカゴなどを作ったりする……そう、ブッシュクラフトだな。
「正しい編み方なんかは知らないけど、適当に交差するように組んでいけば何とかなるだろう。まぁ暇潰しなんだし、失敗したら失敗したでも交替までの時間が潰せれば良いんだしな」
そんなこんなで、俺は暇潰しに草編み工作を始めた。
時間が経つのは、思っていたよりも早かった。暇潰しに行っていた、草編み工作のお陰かな? 因みに、草編み工作は、試行錯誤を繰り返ししつつ小さな袋っぽい物を作り上げた。ちょっとでも火の気があれば、即引火の可能性があるという実用性皆無な袋だけどな。
まぁ強度だけで言えば、下手なビニール袋より丈夫そうだけど。
「さて、そろそろ柊さんを起こすかな」
草編み工作で、多少草くさくなった手を“洗浄魔法”で綺麗にした後、俺は柊さんに交替の時間が来た事を告げに陣幕に歩み寄る。
それにしても、本当に何も無かった。モンスターの襲撃が無くて本当に良かった、そう思うのが本当は正しいのだろうが、俺は不謹慎にも心の何処かでは出てくるなら早く出てこいと思っていた。だって、暇で暇で仕方が無かったんだよ。
「……柊さん、そろそろ交替の時間だよ?」
「……ん……えっ?」
「おはよう、柊さん。交替の時間だよ?」
「交替……ああ、もうそんな時間なのね」
陣幕に顔をツッコミ呼びかけた俺の声に反応し、目元を手で擦りながら柊さんが起き出してきた。
「うん。と言っても、何事も無く静かだったよ」
それも、凄くね。
そして柊さんが準備を整え出てきたので、俺は陣幕の中へと引っ込んだ。因みにだが、グングンと育っていた草は何時の間にか股下辺りまで伸びていた。半日どころか、四半日もあれば元通りになりそうな勢いだったよ。
夜番を終えベッドで寝ていると、警告を発する柊さんの声が辺りに響く。
「二人とも起きて、敵が来るわよ!」
「「……!?」」
その警告を聞いた瞬間、一瞬で意識が覚醒し俺と裕二はベッドから飛び起きる。素早く近くに置いておいた武器を手に取り、陣幕の外に出ながら状況把握に努める。
「柊さん、状況は!?」
「敵接近中、種別は不明。数はおそらく、1体から2体だと思うわ。それと……」
「ああ、うん、言わなくても見たから分かる。やっぱり、こうなったか……」
陣幕の外に飛びでた俺と裕二の目に飛び込んできたのは、防火帯にと刈り込んでおいたはずなのに、すっかり元通りの長さに戻った刈り取ったはずの草々だった。
チラリと時計を確認してみると刈り取ってから凡そ6時間、僅か四半日で元の長さまで成長したと言う事だな……はぁ、無駄にEPを消費した気分になるな。
「予想はしてたけど、折角切り開いてたのに目視可能な視界が減ったな」
「まぁ、あの成長具合だったからな。遅かれ早かれ、こうなってたさ」
この草の成長具合を考えれば、刈り取り後2、3時間位が問題なく戦闘が行える限界かな? それ以上経つと、刈り取った意味が無くなる。とは言って、戦闘範囲に生えている草を魔法や武器で刈り取ろうと思えば、それ相応の消耗をする事になるので……態々手間を掛けてまで戦闘前に刈り取る意味が無い。その上、今回のように野営場所の安全を確保するにしても、6時間程度で元に戻るのでは刈り取っても労力の無駄になる。休憩する為に草刈りで疲労して、疲労を癒やす為に休憩していたら草が生える……切りが無い。
とまぁ、若干の愚痴を漏らしつつ、俺と裕二は柊さんの左右に展開し襲撃に備える。
「それにしても、30階層で初めてのモンスター戦か……」
「ココに着いてからは色々と調査検証してばかりで戦闘はしていなかったからな。まぁ考え方によっては、草々の生える中で最初の戦闘をしなくて済んだって思えば良いんじゃ無いか?」
「まぁ、そう、かな?」
「二人とも、お喋りもその辺にして。そろそろ相手の姿が見えるわよ」
「「……」」
柊さんの指摘に、俺と裕二は無言で手に持つ武器を握りしめ直す。
柊さんの指摘から十数秒後、2体のモンスターが長草をかき分けながら出て来た。長い尻尾を振りつつ、低い体勢の4足歩行で歩み寄ってくる。大きな口には鋭そうな牙が並んでおり、硬質そうな皮膚の間から見える瞳は鋭い眼光を放っていた。その姿は正にトカゲとワニの間……グラスリザードと呼ばれるモンスターだ。
協会の資料に記載されていた参考イラストで概要は見ていたが、中々の迫力がある姿だな。
「気を付けろ、素早い動きに強烈な尻尾攻撃があるって資料に載ってたぞ」
「見た目通り、ワニっぽい奴みたいだな。まぁ、テレビなんかで見るワニに比べると小さいけど、普通のワニ以上に危険な奴のはずだ」
「口の形は、どちらかと言うとトカゲよね。舌で攻撃してくる可能性も捨てきれないわ」
「舌か……」
うん、それは御免被りたい。トカゲ?の舌でペロペロって……嫌すぎる。あんなのに嘗められたら、病気になるんじゃないか? 確か、何とかドラゴンって言う実在のトカゲの唾液には、数千種の病原菌が含まれていると聞いたことがあるしさ。
「そうだね、忘れないように警戒しておいた方が良いね。取り敢えず、最初は様子を見つつ牽制をしてみよう。どのくらい速く動くのかとか、攻撃範囲はどの程度なのかとかさ」
「そうだな。30階層で初めての相手なんだし、慎重を期しておいた方が良いだろ。何か特殊な能力を使ってこないとも限らないしな」
「特殊能力ね……地形効果とか?」
「無くは無いと思うよ。アイツの体、何か保護色っぽい草色をしてるしさ」
「となるとアイツ、草に紛れた奇襲を得意とする敵だったのか?」
裕二の推測はあり得そうだ。
しかしそうなると、何で態々自分に有利なフィールドから出て来たのかが疑問になる。
「多分、私達が何時まで経っても長草の中に踏み込んでこないから、痺れを切らして自分達から出向いてきた……とかかしら?」
「そうだとしても、奇襲を得意とする奴が自分から有利な場所を捨てて出て来たら駄目だろ……」
柊さんの推測に、裕二は嘆くような溜息を漏らす。と言うか、アイツらが出て来たのって本当に俺達のせいなのか? そうなのだとしたら、何となく申し訳ないと言う気が湧き上がってくる。 まぁ確かに、30階層に踏み込んでから殆どこの場から動いてなかったからな。
しかし……。
「だとしたら、痺れを切らして出て来たことを後悔させてやらないとな」
「……ああ、そうだな」
「そうね」
俺達は気を取り直し、手に持った武器をグラスリザードに向けた。
出待ちが長すぎて、痺れを切らしたモンスターが出てきました。




