第272話 ここって……地下、だよな?
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扉の先にあった今までの階段より下る段数の多い階段を使い、29階層から30階層に降りた俺達は思わず足を止めた。目の前に広がる光景に息を飲み、絶句したからだ。何を見て絶句したかって?
それは……。
「……草、原?」
「……ああ……草原、だな」
「草原ね」
疎らに生える背の低い木々、新緑色をした腰の高さほどある長草。何故か天井?に映し出される、澄み渡った青い空。それらを端的に言い表すと、暑くないサバンナのような場所……と言った所だろうか?
しかも、今までの洞窟然とした場所とは違い昼間のように明るいし。……うん、自分で何を言っているのか訳が分からないよ。
「……ここ、地下だよな?」
「ああ、間違いなく地下……だと思う」
「ダンジョンの中の筈よ……多分」
俺達は唖然とした表情を浮かべながら、力の無い眼差しで目の前に広がる光景を眺め続ける。反応が薄いって? 許容量オーバーで、反応しきれないんだよ。
「そう、だよな……。地下の筈なんだよな」
「ああ、地下の筈だ……草原だけど」
「青空が見えるけどね……」
「「「……」」」
一応事前に、ダンジョン協会が公表しているダンジョン情報として書面上では知ってはいたが、いざ目の前に広がる光景を目の前にしてみると……圧倒される。うん、コレこそ、百聞は一見にしかずって奴だな。
だがしかし、何時までも唖然としているわけにも行かない。
「!? 二人とも、そろそろ正気に戻って」
「「!?」」
一足先に正気を取り戻した俺は自分の両頬を強めに叩いて気付けをし、まだ唖然とした表情を浮かべながら目の前の草原を眺めている二人に声を掛ける。すると二人は俺の声に反応し、ハッとしたような表情を浮かべた後、頭を素早く左右に振って唖然とした思考を振り払っていた。
「悪い大樹、ちょっと気が抜けすぎてた」
「ありがとう、九重君。九重君が声を掛けてくれてなかったら、まだ唖然としていたかもしれないわ」
「ううん、気にしないで。俺も一緒に唖然としてたんだし……」
俺達は互いにバツの悪そうな表情を浮かべながら視線を逸らし、気まずげに謝罪し合う。
そして数秒の沈黙が流れた後、俺達は気を取り直し視線を前に向けた。
「何時までも唖然としていても仕方が無いんだしさ……そろそろ現実を直視しないといけないよな」
「そうだな……直視しないといけないんだよな……コレを」
そう言いながら、裕二は青く澄み渡る空を仰ぎ見た。うん、そうしたい気持ちは良く分かるよ。
だけど……。
「ダンジョンだから仕方が無い……そう思うしか無いんじゃ無いかしら?」
「うん、まぁ、確かに。そう思わないと、目の前の不条理感に混乱するだけだよね……」
柊さんが現状を飲み込む為の魔法の言葉、“ダンジョンだから仕方が無い”を提案してきたので全力で同意しておく。そうでも思わないと、やってられないからな……。
と言う訳で、俺達は口の中で数回“ダンジョンだから仕方ない”と言う言葉を繰り返し呟き自分を納得させる。
何とか自分を納得させ終えた俺達は、改めて目の前に広がる30階層を観察し考察する。
低木に長草……疎らに生える低木は兎も角、足下を覆い隠す死角を作る長草が厄介だな……。
「長草に隠れられながら接近されると、少し厄介かもしれないね」
「接近に気付きづらいってのは勿論だろうけど、視界が遮られているから待ち伏せされても厄介だぞ」
「そうね。敵が接近してくるのなら長草が揺れたりして気付く切っ掛けがあるけど、待ち伏せをされると余程注意深く観察していないと難しいかもしれないわ」
等々、目の前に広がる環境で起きるであろう戦闘状況を想定しつつ俺達は対策を話し合う。以前の洞窟然とした通路に比べ周囲は明るく見通しは良いが、長草で足下の視界が遮られると言う状況はトラップの発見が困難だ。
それにしても……。
「下の階層に降りるには、階段を探さないといけないんだよな? このパッと見、ただの草原が広がるこの場所で地面にある階段をさ」
「ああ、そうだな。多分、今までと同じように階段も地面にある筈だ」
「そうだよね。でも、この長草が生い茂る地面の下にあるんだよ……」
「「……」」
思わず顔を見合わせた後、 油が切れたような動きで顔を目の前に広がる草原に向ける。迷路のような洞窟風の通路を進むのも一苦労だったが、指標らしき物が無い草原で階段を探し回るって言うのも気が重い。
まぁ1度階段を見付ければ、一直線に目標まで進めるのは利点だけどな。
「はぁ、マッピングに苦労しそうな場所だよな」
「そうだな。だけどまぁ、やるしか無い」
「そう、だね」
軽く溜息を漏らしつつ、俺達は面倒な階段探しをする覚悟を決めた。
だけど、そんな風に気合いを入れた俺達に柊さんが若干呆れた感じで声を掛ける。
「ねぇ、二人とも? 階段の探索を始めるのは良いんだけど、始める前に休憩をしない? ここまで来るまで大きな休憩を入れてなかったから、一区切りを入れるには丁度良いと思うの。それに少し休憩を入れて頭を冷やした方が、未開の地を探索をするには良いと思うわ」
柊さんの言葉に水を差された形になったが、浮ついた気持ちでダンジョン探索をするのは確かに危険だ。俺と裕二は柊さんが言うように、休憩を入れ頭を冷やす事に同意するように頷く。
そして俺達は赤茶けた土の地面が広がる開けた階段前広場に荷物置きのシートと簡易椅子を広げ、モンスターが近づいてきていないか周囲を警戒しつつ腰を下ろした。
“空間収納”からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、対面に座る二人に手渡す。二人が受け取り飲み始めたので、俺もスポーツドリンクに口を付けた。
すると凄く美味しく感じたので、自分が思っている以上に体は水分を欲していたらしい。
「ふぅ……取り敢えず、少しは落ち着いたね」
一服入れたことで、緊張と高揚感で強ばっていた表情が安らいだ。そしてそれは、二人も同じだったらしく表情が安らいでいる。すると、自然と会話も柔らかくなる。
「ああ、そうだな」
「そうね。……あっ、そう言えば二人とも? 今回の探索目標は30階層以降の偵察だったけど……どうする? こうして目の前にしてみると、私は仮に下の階層に降りる階段が直ぐに見付かっても今回の探索ではこの階層にとどまって、この環境下での戦闘に慣れた方が良いと思うんだけど……」
柊さんの提案に俺と裕二は頭を傾げつつ、メリットデメリットを天秤に掛けつつ悩む。提案に乗るメリットとしては、探索の安全性が高まると行った所だろうか? 他にも色々と事前に検証しておきたい事をやれる。デメリットとしては、探索の遅延やドロップアイテム収集率低下などがあるが……俺達にとってはそう大きなデメリットとは言えない。
となると……。
「うん、まぁ確かに、今回はココで慣れる事を優先した方が、後々の探索が楽になる可能性が高いかな……裕二はどう思う?」
「そうだな、戦闘に限らず検証して置いた方が良い事も多いから、俺も今回はココに留まって活動しても良いと思うぞ」
と、口々に俺と裕二は柊さんの提案に賛成する。そう大きなデメリットが無い以上、反対する理由も無いからな。
まぁ、普通のパーティーなら選ばない選択だろうなとは思うけど。
「そう。じゃぁ先ず、何から始める?」
「そうだね……やっぱり先ずはアレかな」
俺は腰を下ろしていた椅子から立ち上がり、広場の端に生える長草を一掴み刈り取った。刈り取った長草は青々としており、抜群の鮮度?だ。
「先ずはコレを、燃やしてみようと思う。どれくらい燃えやすいかは、確認しておかないと。もしライターの火程度で燃えたら、火系の魔法は使えないからね。簡単に燃えるようなら、周りの長草に延焼して自分達が火に巻かれちゃうよ」
「そうだな。乾草じゃ無いから簡単には燃え広がらないだろうが……難燃性と言う事は無いだろうからな」
「そう言う事だね」
そう言って俺は“空間収納”からライターと、安売りしていた簡易バーベキューコンロを取り出し真ん中に置く。地面にそのまま長草を置いても良いのだが、万一火が着いたまま散らばりでもしたら本末転倒だからな。実験が実践に早変わり……何てのは御免被りたい。
と言うわけで、コンロに長草を入れ準備を終えた俺はライターの火を長草に着ける。すると……。
「「「……」」」
「燃えたね」
「燃えたな」
「燃えたわね。しかも、割と簡単に」
ライターの火を近づけた長草は、コンロの中で炎を上げ勢いよく燃えていた。この長草、油分を多く含んでいたのか思いのほか、俺達が思っていた以上に良く燃える。刈り取った直後で青々とした見た目のくせに、乾草並みによく燃えるって……。
だがこの検証の結果、ココは火気厳禁の場所だという事が早々に分かったのは幸いだろう。知らずに火魔法や可燃性の道具を使っていたら、大惨事待ったなしだったからな。
「……うん。やっぱりココで暫く、色々検証してから探索行動に出よう。何も知らないままで動くには、ちょっと危ない」
「ああ、賛成だ。流石にコレを見た後じゃ、何も調べずに動くのは危険だな」
「そうね。もし長草が邪魔だからって言って、焼き払ってしまえなんて短絡的な行動に出ていたら、一気に燃え広がった大火に巻かれて死んでいるものね」
「うん。あとコレは予想なんだけど、この長草もトラップの一つなんじゃ無いかな? だから態と燃えやすそうな枯れ草っぽい茶色い草じゃ無く、瑞々しい青々とした色をしていたんじゃ無いかな?」
俺はコンロの中で短時間で燃え尽きた長草を眺めながら、自分の推測を口にする。コレがトラップだとしたら、かなり殺傷性が高い初見殺し過ぎるけどな。そう思いながら、俺は首を回す。
つい先程まではサバンナのような草原だと思っていたが、今では隙間無く林立する火薬庫かガソリンスタンドの様に思えてくる。
「かもしれないな。もし今までの階層で火魔法を使って攻略してきた探索者なら、仮にココが火気厳禁だと言う事を知っていたとしても、モンスターに襲われたら咄嗟に火魔法を使ってしまうかもしれないだろうさ。そうなったら……」
「パーティーメンバーは勿論、最悪同じ階層に居る他の探索者を巻き込んで……って事もあり得るでしょうね。こうなってくると、壁が無い見晴らしの良さが返って仇になるわ。上の方の階層みたいに壁で遮られた迷路構造の方が、仮に燃えても一部が燃えるだけですむかもしれないもの」
「同じ階層に居たら、一蓮托生か……」
「「「……」」」
この時、俺達は同じ事を思った。それは、検証が終わったらサッサとこんな危険な階層は抜けようと言う物だ。何時火が着くか分からない、そんな恐怖を感じながらの探索なんて真っ平ゴメンだよ。
そして俺達は休憩を終え、真剣な表情を浮かべながら検証作業を始めた。無論、火の手が上がったら何時でも逃げられるように29階層への階段……退路を確保しながら。
モンスター戦闘以外の一通りの検証を終えた俺達は、赤茶けた地面の階段前広場に陣幕を張り宿泊の準備を進めていた。29階層……オーガが居た部屋に泊まろうかとも思ったのだが、もし俺達が寝泊まりしている最中に何処かのパーティーが入室しようとした場合、オーガ戦に巻き込まれるのか、扉が開かないのかが分からない為、かなり後ろ髪を引かれつつも断念。若干ビクつきながら、宿泊の準備を始めたのだ。
念の為、風魔法を使い階段前広場周辺の長草を刈り取り、長草の無い空間を元の倍ほどに広げておいた。因みにこの作業、普通の探索者がやれば半分も出来ずにEPが空になる筈だ。だがコレで万一の場合でも、少しは逃げる時間を稼げる筈だろう。
「……何か、凄い緊張感があるダンジョン泊に成っちゃったね」
「……まあ、そうだな。だがまぁ、火の取り扱いに気を付けておけば大丈夫だろ、うん」
「そうね。あまり深く考えると、本当に寝れなくなるから頭の片隅に留めるだけにした方が良いわ。でも、それより問題は……」
そう言って柊さんは、青く澄み渡った空を仰ぎ見た。青く澄み渡った空を、だ。
「時計が21時を越えているのに、この明るさって事は日暮れは無いと思って良いのよね」
「白夜……何てオチが無ければだけどね」
今までの階層が常に薄暗かったのに対し、どうやらこの階層は常に明るいらしい。長時間この環境に置かれていたら、体内時計が狂いそうだな。火気厳禁と言い、精神的負担を掛けていくスタイルのトラップなんだろうか?
俺は裕二と柊さんの会話を聞きながら、青空を眺めながらそんな事を思った。
30階層はマッチ一本……な火気厳禁の危険エリアです。




