第271話 いざ、30階層へ!
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数日の休養日を挟んだ後、俺達は再びダンジョンへと赴いてきていた。学校がある時なら、こんなに短いスパンで再度ダンジョンには来れないのだが、夏休み中なら週2で泊りがけのダンジョン探索をおこなって問題ない。課題も終わっているので、時間はあるからな。
そして着替えを済ませた俺達は、借りた個室で準備運動をしながら今回の行動予定の最終確認を行っていた。
「じゃぁ今回は予定通り、30階層より下の階層の探索を目指すって事で……いいよね?」
「ああ、それで問題ない。と言っても、初めて行く階層だからな……無茶は禁物だぞ?」
「そうね。どんなモンスターやトラップが出てくるか分からないもの、石橋を叩いて渡るくらいの慎重さは持っておいた方が良いと思うわ」
「分かってるって。今回の探索はあくまでも、30階層以降の様子見……だろ?」
そう、今回の探索の目的は30階層以降の偵察だ。数は少ないが、30階層以降に出るモンスターの情報などもあるにはある。ただし実際に自分達の目で確認したわけではないので、実際と情報の差異がどれだけあるかは不明。開示されている情報を信じないと言う訳ではないが、疑問を持たずに鵜呑みにするのも危険だ。
なので今回は、自分達の安全を重視しつつ、公開されている情報と、実際との差異を確認するのが目的だ。本格的な探索や素材収集は、次回以降からだな。
「ああ。ダンジョン内で探索者が命の危険に陥るのを減らす為に、モンスターやトラップの種類なんかの基本的な情報はある程度公開されているけど、戦況レポートなんかの生の情報は公開されてないからな」
「流石に偽の情報は載せてないでしょうけど、情報と実際とが乖離してる可能性はあるものね。報告者が意図してなくても、受け取る側とのニュアンスの違いで、誤情報が生まれる事はよくある事だわ」
シミジミとした感じで漏らす柊さんが言うように、嘘を言っている訳ではないのに相手が早とちりして勝手に誤解した……などと言う事は良くある。これが日常生活の一コマの出来事ならば挽回も可能だが、ダンジョン内でモンスターやトラップが相手ともなれば致命傷になりかねない。だからこそ、万が一を回避する為にも情報確認の偵察は必須だ。
そして予定確認と準備運動を終えた俺達は、荷物を持って個室を出る。
「二人とも、忘れ物はないよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
「そう、じゃぁ行こうか?」
こうして装備の最終確認を終えた俺達は、探索者達が長蛇の列を作るダンジョン入り口へと向かった。
それなりの時間並んだ後、俺達は無事にダンジョンに入る事が出来た。やはり夏休みという事もあり、学生探索者の数が多い。流石に周りにこんなに人が多い状況では、一気に下まで走り抜ける事は出来ないよな。
そして、暫く早歩き程度の速さでダンジョンを進んでいくと……。
「ついこの間壊れたばかりなのに、もう新しい椅子やテーブルが設置されてるな」
俺の視線の先には先日、学生探索者が起こした喧嘩で壊れたテーブルや椅子の代わりに設置されたと思わしき、真新しいテーブルと椅子が並んでいた。災害時などの緊急時でもない限り動きが遅いお役所が、こうも早く対応するなんて……国のダンジョンに対する力の入れ具合と言うモノが見て取れる光景だな。
「もう新しい物が設置されてるって事は、あいつ等が修理費用を支払ったって事か?」
「うーん、流石にそれは無いんじゃないかしら? 2,3日程度じゃ、修理費の請求見積もりも終わってないと思うわ。多分、利用する探索者側から修理要請が来たから先に修理を済ませたんじゃないかしら? それで今、彼らに請求をしている最中なんじゃない?」
裕二と柊さんも再設置されたテーブルや椅子を見ながら、素早い対応に感心したような表情を浮かべている。あっ、もしかしたら……今までも良くテーブルや椅子は壊されていたのかもしれないな。それで協会側も交換用の在庫を持っていたから、これだけ早く再設置の対応されたのかもしれない。
あれ? でもそうなると、請求書自体はテンプレート位ありそうな気が……まぁ、どうでも良いか。
「ええっと、そろそろ次の階層に行こうと思うんだけど……良い?」
「ん? ああ、すまん。そうだな、先を急ごう」
「ごめんなさい、そうよね、こんな序盤で足を止めてたら日が暮れちゃうものね」
柊さん……日が暮れるって。ダンジョン内で日の高さはあまり関係ないんじゃないかな?……とは思うけど、突っ込まないでおこう。変に突っ込んで、これ以上時間を浪費するのもアレだしな。
そして俺達は、休憩をとる大勢の探索者達の横を抜け、更なるダンジョンの奥地を目指し足を進めた。7階層までは多くのパーティーと通路でもスレ違う事もあったが、10階層を超えると徐々にスレ違うパーティーの数が減ってくる。この夏から探索者を始めた新人パーティーでは、ここまで来るのは難しいという事なのだろう。まぁお陰で、俺達の進むスピードも徐々に上がってきた。この調子なら、もう少し下の階層に行けば、他の探索者パーティーの目を掻い潜りながらダンジョンを走り抜ける事も出来る様になるだろう。
「まだ、ちょっと人が多いかな……」
「そうだな。大樹のスキルがあれば他のパーティーとの遭遇を避けられないことも無いだろうけど、遭遇しそうになる度に一々迂回するってのも面倒だしな。もう少し人が減るまで、少しずつペースを上げながら進もう」
と言うわけで、少しずつペースを上げながらダンジョンの下へ下へと進んでいくと、15階層を越えた辺りで他のパーティーがいる気配も薄くなり走り抜けるのも問題無さそうになった。
ここまで降りて来るのに3時間ほど掛かったが……まぁ、階段前広場でベースキャンプを張るパーティーに気を付けつつ走り抜ければ、後一時間ほどで29階層までいけるだろう。
「良し、じゃぁココから走って先に進もう。人が多くて、思ったより時間を食っちゃったしね」
「そうだな。出来れば……昼前には30階層に到達しておきたいな」
俺の提案に裕二は時計で時間を確認しながら呟き、柊さんの方にも視線を送ってみると柊さんも問題ないらしく特に反論も無く首を縦に振っていた。
と言うわけで……走ろう。
「先頭は俺、真ん中に柊さん、最後に裕二って順番で行くけど……大丈夫?」
「おう、問題ないぞ。トラップ回避は頼むな」
「私も、それで良いわよ」
「じゃぁ出発するよ」
そして俺達は他のパーティーとの遭遇を警戒しつつ、ダンジョンの奥を目指し走り出す。道すがら、トラップや不運にも遭遇したモンスター達を鎧袖一触とばかりに蹴散らしつつ、俺達は足を止めること無くダンジョンを走り抜けていった。
ただし……。
「次は……23階層だな」
「……ああ、そうだな」
「……そうね」
つい先日起きた不快な出来事を思い出し、俺達の足は止まりこそしなかったが泥沼に足を取られたかの如く、重く鈍いモノへと変わった。アレからまだ数日しか経っておらず、あの時のメンバーが未だ23階層の階段前広場に居座っている可能性は高い。
ああ、会いたくないな……。でも、しかし、ココを通過しないと下の階層にはいけないので……はぁ。
「「「……」」」
俺達は大きな溜息を吐き出した後、不快感を表に出さないよう若干疲れては居るが和やかな表情を作る。如何にも嫌々と言った不機嫌そうな表情を浮かべていたら、相手に与える第一印象はマイナスにしかならないからな。
これも人との交流を無難かつ、円滑に進める処世術の一つだ。
「……行きたくは無いけど、行こう」
「ああ、そうだな。行きたくないけど、な」
「そうね、行きたく無いわ……」
俺達は重い足取りで、23階層へと階段を降り始めた。
階段を降り23階層の広場に到着すると、やはりそこには2企業のベースキャンプが存在した。他にはベースキャンプが張られていない様なので、大学生パーティーは既にココを発った後らしい。上か下かは分からないけどな。
まぁ兎も角、気掛りが一つ少ないと言う事は良いことだ。
「……あまり、注目されてないみたいだな」
「そう、だな。と言う事は、この間の時とは別のメンバーに人員交替してるって事か?」
「たぶん……そうじゃないかしら? じゃなかったら、波佐間商事の方は声を掛けてくる事くらいはしそうだもの。それをして来ないって事は多分、私達のことを知らないのよ」
「だったら、此方としては好都合だよ。声を掛けられる前に、ココを抜けよう」
俺達の心配を他所に、企業系パーティーの方からは何のアプローチも無い。俺達はあまりのリアクションの無さに一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、何事も無いのなら何事も無いまま終わらせることが一番だと思い歩くスピードを速め、ダンジョンの奥へと続く通路へと急いだ。前回のやり取りで面倒な交渉事は懲り懲りと言った思いが強いので、関わらないで済むのなら関わらないで置きたい。
そして、後一息で通路に入るという所で後ろの方で声が上がった。
「あっ、あの3人組って……」
「「「……(無視だ無視)」」」
俺達の耳に届いたその呟きは幻聴だと割り切り、聞こえない振りをしながら歩くスピードを早める。ココで振り返りでもしたら、面倒事が待っている気がヒシヒシと感じられるからな。大声で呼びかけられる前に、少しでも通路の奥へ行かないと……。
そして俺達が通路の先の最初の角を曲がった時、俺達を呼ぶ声が聞こえてきた。危なかった、もう少し歩くスピードが遅かったら振り返らないといけなかったよ。それにしても今聞こえた声、先日面倒事を持ち込んだ馬場さんっぽい声だったような気が……うん、気のせいだな。
「ふぅ……何とか乗り切ったな」
「ああ。だがまぁ、姿を見られてるから帰りに待ち伏せされる可能性はありそうだけどな」
「はぁ……面倒ね、それ」
うん、柊さんの愚痴に全面的に賛同するよ。正直に言って、あの3組の中で一番面倒なのは波佐間商事組だったからな。大学生パーティーとは多少揉めた?けど、それなりに良好な関係は保てたし、正井食品の方は無理な勧誘をしない大人な対応をしてくれていた。それに引き換え、波佐間商事は……あえて言う必要も無いだろう。
兎も角、波佐間商事の馬場さんは面倒事を持ちかけてくる疫病神的印象しか残ってない。本当にあんな調子で、俺達をスカウトする気が有ったのか疑問でしか無いよ。絶対、スカウトの人選間違ってるって。
「まぁ、これで一番の難関?は突破したんだしさ、先を急ごう」
「……そうだな。後のことは後で考えることにして、先を急ぐか」
「ココでウダウダ考えていても、仕方無いものね」
と言うわけで、後を追ってこられない内に先を急ぐ。
23階層の階段前広場を出て走ること30分程、俺達は29階層に到着した。前回訪れてから然程時間も経っていないので、見慣れた光景になりつつある。
「で、到着したは良いんだけど……どうする?」
「どうするって、オーガと戦うのかって事か?」
「そっ。何時も通り倒しても良いんだけど、紅玉を試してみるのも良いかな……ってね」
今まで30階層に踏み込む気が無かったので、紅玉を使って扉を開いてみたことは無かった。だが、今回の探索では30階層に踏み込むことを目的としているので、紅玉を使って扉を開いても問題ない。
と言うよりも1度、紅玉を使って効果をみておきたい。
「そうだな、今まで使ってみた事は無かったからな」
「効果自体は九重君のスキルで分かってるけど、実際に試したことは無かったものね。今回試してみるのも悪くないんじゃ無いかしら?」
と言うわけで話し合いの結果、紅玉を扉の窪みに填めて効果を試してみる事になった。
前回取得した紅玉は売り払ったが、それ以前に獲得した紅玉を“空間収納”から取り出し扉に嵌め込む。すると何時も通り扉が開き、薄暗い広間が広がっていた。
ただし……。
「……広間の中は、何時もとたいして変わらなく無いか?」
「いや、よく見てみろ。何時もなら広間の中央にオーガが居るのに、今回は何処にも居ないみたいだ」
「紅玉の効果でしょうね。戦闘をせずに、広間を素通り出来るって事みたいよ」
俺達の眼前には、只々薄暗い空間が広がっているだけだった。コレが紅玉の効果という事なのだろう。
そして俺達はトラップを警戒しつつ、何もいない広間を突っ切り入り口とは反対側へと歩み寄る。そこには大きな扉、おそらく30階層へ続く階段を塞いでいるであろう扉が威圧感溢れる姿で佇んでいた。
「「「……」」」
「開けるよ」
俺は軽く深呼吸をした後、意を決し扉を押し開ける。すると、その扉の先には予想通り下へと続く階段……30階層へ続く階段が姿を見せた。
さぁて、こっからが本番だ。
30階層突入と共に、新章スタートです。




