幕間 参拾㭭話 将来性抜群な後輩候補? その3
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いします。
苦戦していた学生パーティーも何とかコボルトを倒し終え、夜中の襲撃戦は終わった。まぁ夜中と言っても、ダンジョン内だから昼夜はあまり関係ないけどな。
とは言え、戦い終わった後は事後処理しないと……。
「お前等無事か? 怪我人は?」
「大丈夫です、怪我人はいません」
キャンプベースで戦闘を終えた俺達を迎えた作岡班長は、俺達に怪我の有無を確認する。小さな怪我だとしても、怪我の有無はその後の行動に大なり小なり支障をきたすからな。
「そうか、ソレは良かった。じゃぁ、ドロップアイテムは回収出来たか?」
「残念ですけど、コアクリスタルが2つだけですね。良いのはドロップしませんでした」
「そうか……まぁ、襲撃を無傷で撃退出来ただけ良しとしておこう」
「ですね」
コボルトとの戦闘の報酬が数百円……割に合わない報酬だなと思わなくも無いが降りかかる火の粉を振り払っただけだからな。最悪無報酬だった事を思えば、ジュース代が出ただけでも良しとしておこう。
……一人分だけど。
「良し、では警戒態勢を解除する。夜番は事前に決められていた順番で行うように」
「「「了解!」」」
当直の夜番担当を残し、他の班員は順次寝床へと戻っていく。無論、俺もその一人だ。襲撃直後に寝られるのかと思いもするが……もう慣れた。一々気にしていたら、睡眠不足でフラフラになるからな。
ダンジョンで初めて宿泊した頃を思えば、随分と神経が図太くなったものだよ、ホント。
「ええと? アイツらが夜番やってるって事は……俺の担当は次だな。じゃぁ、少しでも寝ておくか」
そう思いつつ、簡素な寝床で俺は再び眠りについた。
体が揺さぶられ、鬱陶しく思いながら目を開けると小声で声をかけられた。
「起きろ鈴木、交替の時間だぞ」
「ええっ? ああ、もうそんな時間ですか……」
「そうだ。顔でも洗って、眠気を覚ましてこい」
「……はぁい」
寝床から体を起こし、頭を軽く左右に振りつつ背を伸ばす。寝れるとは思っていたけど、思ったより疲れていたらしく熟睡していたようだ。
そして俺は顔を洗い頭をスッキリさせた後、佐藤と共にキャンプベースを出て先輩と夜番の交替を行う。
「お疲れ様です、交替しますよ」
「おう、眠気は覚めたようだな」
「はい。じゃ引き継ぎを……」
簡単な引き継ぎの作業を行い、俺達は先輩と夜番を交替した。
さて、後は何事も無く交替まで時間が過ぎるを祈るだけだな……あまり何も無いと暇だとは思うけど。
「「……」」
俺と佐藤は特に話もせず、ダンジョンの奥へと続く通路の方を眺めていた。本当なら、何等かの話題で暇を潰したいのだが、寝ている人もいるのであまり大きな声で話すのは憚られる。その為、夜番中は話も盛り上がらず何時しか無言になる事が多い。一応、スマホやタブレットには書籍や動画をダウンロードしているが、警戒が仕事の夜番中に閲覧する事は職務放棄に近いからな。社則でも禁止されている行為だ。
不謹慎な願いだが、暇を潰せるのならモンスターの襲撃の一つでも起きて欲しいと言う心境になる。
「「……」」
無言の時間が、本当に辛い。俺も佐藤も互いに相手にチラチラと視線を送り合い、口を開け言葉を発しようとしては口を閉じる事を繰り返していた。
だが、何もしないで眠気に打ち勝ちつつ自分達の担当する時間を乗り切るのは無理だ。そう思った俺は意を決し口を開き、小声で話し掛ける。
「……なぁ、佐藤?」
「……何だ?」
「そう言えばさ、今度の企業説明会でなにする? 班長にさ、会場で出来そうな何か探索者らしい一発芸的アピールを考えておけって言われてただろ?」
「ああ、そう言えばそんな事もあったな。正直まだ何をやるかは考えてないな。それに……探索者らしいアピールを、ね?」
佐藤は俺の質問に、面倒くさ気な表情を浮かべ首を捻る。今度行われる学生を対象とした企業説明会で、俺達の班が所属探索者代表として参加する事になったのだ。丁度説明会が行われる週は、俺達の班が内勤担当になっていたからな。
その為、ウチの会社のブースに学生の興味を引く為に、何らかのアピールを行う事になったのだ。因みに作岡班長は、資料を貼ったボードを使って企業説明を行う担当なので、アピールはしないとの事らしい……狡いな。
「模擬戦なんかの、暴れる系のは駄目なんだったよな?」
「ああ、激しく動くスペースは無いらしいからな。万一、怪我人でも出したら企業イメージが地面に潜ってマイナスになる」
「となると、手品モドキかな?」
手品モドキ、ね? 力業で、コイン曲げなんかやってみるかな? 強化された今の俺の握力なら、指2本で五〇〇円玉を曲げる事も出来なくは無いしさ。まぁ、本当に500円玉やったら貨幣損壊で警察にとっ捕まるけど。
もしくは……細い鉄パイプを曲げて針金アート?モドキとか? でも俺、絵心は無いぞ?
「なぁ、鈴木? チェーンで縛られた状態からの、脱出とかどう思う? 派手にチェーンを千切れば、それなりに注目を浴びると思うんだけど……」
「中学生なんかの、初めて探索者と実際に接する学生が相手だったら怖がって引かれないか? まぁ、身近に探索者のいる高校生以上だったら、派手な見た目だから面白がってくれるかもしれないけど……」
「うーん」
俺の意見を聞き、佐藤は再び難しい表情を浮かべながら頭を悩ませ始める。佐藤のアイディア自体は、探索者らしい身体能力を生かした悪くないものだと思う。結局は、見て貰う対象を何処に設定するかの問題なんだろうけどな。
企業アピールでR-15制限か……どんな企業アピールなんだよ。
「……良し。初見さんにはゴメンナサイで、高校生以上にアピールしよう。これ以上うだうだ考えても、他に良い案があるわけでも無いしな」
「そうか。まぁ、お前がそれで良いんなら良いけど……」
「そう言う、お前はどうするんだ?」
「ん、俺か? 俺は……鉄パイプを使って針金アートモドキをやるわ……」
結局俺も佐藤と同じく他に良いモノが思いつかなかったので、先程考えた針金アートモドキをやる事にした。単純な工程でソレっぽく見える物を作る練習をしないとな……地上に帰ったらホームセンターで鉄パイプを買おう。
そして俺と佐藤はこの会話を切っ掛けに、然程盛り上がりはしない物の眠気が来ない程度に話を続けた。だが、夜番の担当時間の半分を過ぎた頃、暇の一言だった状況に変化が訪れる。
「……おい佐藤、見てみろよ、あれ」
「あれ? ……何でアイツら、全員完全武装でベースの外に出て来てるんだ?」
「ほら、アイツらだろ? さっきの襲撃の時、いち早く警告を発したの」
「! おい、ちょっとまて。じゃぁ、そんな連中が探索に出発するんでも無く完全武装で出て来たって事は……」
「またモンスターが襲撃してくるかもしれない」
「「……」」
そう結論を出した俺と佐藤は無言で顔を見合わせた後、佐藤が少し慌ててキャンプベースの中に入り班長に状況を報告しに行った。警告を発するには薄い根拠だが、念の為に警戒するには値する状況だからな。既に1度、敵の早期発見という実績が彼等にある以上、無駄にはならないだろう。
そして暫く待機していると、作岡班長を伴った佐藤が戻ってきた。
「鈴木、状況は?」
「あっ、作岡班長。今の所、変化無しですね。彼等も武装して待機したままベースに戻る素振りは見せていないので、もし近くにモンスターがいるとしたら此方にはまだ接近してきていないと思います。もしくは、モンスター達の足が遅くココに到着するのにはもう少し時間が掛かるのかも……」
「成る程、状況は理解した。取り敢えず、夜番組の奴らに声を掛けベース内で待機させておこう。他の連中に警告を発するには、誤報の可能性が残る以上まだ早いだろうからな」
「「了解!」」
そして佐藤と作岡班長が見張りを続ける事になったので、俺は急いで夜番組の連中を起こし状況を伝えて回った。何人かは迷惑げに懐疑的な表情を浮かべたが、一応は指示通りに武装し待機してくれている。コレ、空振りと言う事になると後々面倒そうだな。
しかし、そんな心配も直ぐに解消された。
「総員起床! モンスターの出現を確認! 直ちに迎撃準備を整えろ!」
「敵モンスターはコボルト! 数は推定15体!」
彼等の行動の正しさを認めるかのように、通路の奥からモンスターが広場に姿を見せたのだ。俺達は通路の奥にモンスターの姿を確認した段階でベース内で待機していた夜番組を引っ張り出し、寝ている他の班員を起こし迎撃の準備を始める。
だが、俺達が迎撃の準備を整える前に状況は決した……それも一瞬で。
「っ!? 止めろ、お前等! 無謀な事をするんじゃない!」
「たった三人で、その数のコボルトに突っ込むのは無茶だぞ!」
「おい、やめろ! 早く引き返せ!」
先程の襲撃で戦闘に参加していなかった3人組の学生パーティーが、コボルトの群れに突っ込んでいったのだ。多勢に無勢、集団戦を得意とするコボルトに対し、あまりにも無謀な突撃である。俺達や他のパーティーから、コボルト目掛け駆け出す彼等に、早まるなと警告を発するが既に遅かった。彼等は瞬く間に敵との間合いに踏み込み、戦闘を開始。俺は思わず彼等が袋叩きに遭う光景を思い浮かべ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
だが、現実は……違った。
「……おいおい、マジかよ!?」
「えっ? えっ? ええっ……!?」
「す、凄ぇ……」
間合いに入った彼等は手に持つ武器を一閃、鎧袖一触と言う言葉がこれ以上ない程に合う光景である。コボルト集団の間を駆け抜けた彼等の通った後には、頭を刎ね飛ばされ血の海に沈む頭無しのコボルトの死体が倒れていた。
この間、ほんの10秒も経っていない間の短い出来事である。
「「「……」」」
そして俺達が驚愕し動けないでいる間に、彼等は寸劇のようなやり取りを行いながらドロップアイテムを回収していく。その中で、マジックアイテムがドロップしているようなやりとりを行っていたが、その前のコボルトとの戦闘風景があまりにも衝撃的で特に気にもならない。普段なら羨望や嫉妬の感情の一つでも浮かび上がってくるというものだが、今回に関しては何の感情も湧いてこない。ただただ驚愕の感情と、もしアノ力が此方に向けられたら……と言う僅かばかりの恐怖の感情だけが張り付いているだけだった。
そして彼等はそんな状況の俺達を他所に、夜番を一人残しベースに撤収していく。その鮮やかな去り方は、これ以上モンスターの襲撃は無いというのを如実に語っているようだった。
衝撃の戦闘シーンを見せられた後、俺達は動揺を必死に抑えながらキャンプベースに撤収。だが、1度波紋を呼んだ動揺は中々収まらず、驚愕や恐怖の感情が入り交じった不躾な視線を夜番をしている子に向け続けてしまった。仮眠を取って落ち着いた今考えると、とんでもなく失礼な行動をしてしまったと後悔している。
謝罪する機会があれば、不躾な眼差しを向けてしまった彼に謝っておかないとな……。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
眠れなかったのか、佐藤は若干疲れた表情を浮かべ調子が悪そうにしていた。話を聞いてみると、昨日の戦闘シーンでかなりの衝撃を受けたらしく、自分がこのまま探索者を続けていてもあの域にまで手が届くのか?そしてあの域に達しないとこの先の探索は厳しいのではないのか?等と色々考えたそうだ。
何か、難しいことを考えてたみたいだな。
「いや、まぁ確かに昨日のアレは中々衝撃的だったけど、そんなに急いでアソコの域まで手を伸ばす事を考えなくても大丈夫だろう。幸い、俺達は雇われ探索者だ。会社が課す最低限のノルマさえ熟せば、駆け足でダンジョン深くまで潜る必要は無いんだ。十分に安全マージンを取りつつ、俺達のペースで着実に進んでいけば良いんだよ」
「……そう、かな?」
「そうさ、会社だって無駄に大勢の死傷者は出したくないだろうしな」
ノルマが厳しく死傷者が続発する会社……どこからどう見ても、混じりっけ無しのブラック企業だ。こんな評判が立てば取引企業だって関係を見直すだろうし、求人をしても人は集まらず倒産に至る未来しか無い。
となれば、利益優先とは言え会社もこんなレッテルは貼られたくないだろう。
「そう、だな。俺達は俺達のペースで進めば良いんだよな」
「ああ、そうだ。さて、じゃぁ悩みも解決した事だし朝食にしよう。良い匂いが、ここまで漂ってきて腹が減ったよ」
俺は元気が戻った佐藤を連れ、用意された朝食を食べに向かった。
そして朝食を食べ終わり、今日のローテーションであるアイテム採取に向かおうと準備をしていると、突然階段前広場に大声で言い争う声が響き渡る。朝っぱらから何なんだよ、一体!?
目の前でモンスターの一団が鎧袖一触にされたら、僅かばかりとは言え恐怖心が芽生えるのは仕方ありませんよね。




