幕間 参拾漆話 将来性抜群な後輩候補? その2
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地上に戻る第1班を見送り、ダンジョン内で休息をとった翌日。いよいよ、お仕事が始まる。
本日の最初のローテーションは、キャンプ地の整備の担当だ。昨日持ち込んだ補給物資の荷下ろしはしたが、整理が終わっていないのでその続き。
シッカリ整理整頓し管理しておかないと、いざと言う時に何がどれだけ足りないのか分からないからな。
「報告にあった通り、医療品系の在庫が少なくなってきてるな。もう少し回復薬の在庫を増やしておくように、申請出しておくか」
最初にキャンプベースに蓄えられた物資をチェックしてみると、回復薬をはじめとした医療品の在庫の減りが以前ダンジョンに来た時より少し早くなっていた。最近はうちの会社も活動する階層が深くなっているので、モンスターの手強さも上がり怪我をする機会が増えているという事なのだろう。
流石に虎の子の中級回復薬には手を付けていないようだったが、下級回復薬を使う怪我は増えてきているようだ。
「他に足りないものは……ああ、これも補充を申請しておいた方が良いだろうな」
俺は暫く在庫チェックを続け一通り目を通し終えると、持ってきた補給物資の収納作業を始める。自分で補給物資のリストを作った関係上、何をどれだけ持ってきているのかは把握しているので割と早く収納作業は終わった。
「良し、終了っと」
物資の整理作業を終えた俺は、昼食の準備をしている班員に声を掛ける。
「お疲れ様。こっちの作業終わったんだけど、何か手伝うことある?」
「ん? ああ、助かるよ。じゃぁ、使う食器なんかを出してくれ。もうそろそろ、採取班が戻ってくるだろうから」
「了解」
声を掛けた班員は作りかけの豚汁の入った大鍋を混ぜながら、俺にテーブル準備を頼んできた。俺は軽く頷きながら返事をした後、先程片付けた置き場からプラスチック製の食器を取り出し並べ始める。
そして昼食の準備を始めて30分ほどすると、モンスター狩りに出向いていた採取班が戻ってきた。
「お疲れ様です、昼食の準備は出来ていますよ」
「ああ、ありがとう」
最初のローテで採取班として出かけていた作岡班長に声を掛けると、お礼の言葉を口にした。
しかし、口ではお礼を言っているが表情は芳しくなく不機嫌さが滲み出ている。どうやら最初の採取活動では、あまり成果を上げられなかったようだ。
「……あまりモンスターが見つからなかったんですか?」
「ああ、残念ながらな。まぁ、始めたばかりだからね……気長に頑張ろう」
「……はぁ」
決められた最低限の採取ノルマはあるので、あまり気長にと言う訳にも行かないのだろうが……まぁ、その辺は作岡班長が一番把握しているだろうから何も言わない。でも、やっぱり原因はアレかな……。そう思いながら、俺はチラリと視線を作岡班長の背中の先に向けた。
その視線の先には、波佐間商事の社章が入ったテント。
「同じ狩場で競争相手がいると、やっぱりリソースが割れますもんね」
「まぁ、そういう事だな。さて、昼飯にしよう。せっかく温かい物を作ってくれたのに、冷めてしまっては台無しだからな」
作岡班長は苦々し気な表情を一瞬見せた後、気持ちを切り替えるように昼飯の席へと急いだ。
まぁ悩んでも仕方がない問題だしな、競争相手に負けないように頑張ろう。
採取班が狩りの後半を終え、ベースキャンプに戻ってきた。表情はそれなりに明るい感じに見えるので、そう悪くない成果をあげられたようだ。作岡班長に話を聞くと、スキルスクロールが確保出来たらしい。うちの会社が狙うのは基本的にダンジョン食品だが、こういうオマケは換金し取得した班員に特別褒賞と言う形で分配される。
だが、普段は採取ノルマを達成する為に剥ぎ取りナイフなどを使い食品アイテムを積極的にドロップさせるので、こういった物を狙うのは採取ノルマを達成した後に行うのが通例なんだが……。
「探索中、コボルトの集団と不意遭遇戦になってな? 数が多く制限時間内に、全部の死体に剥ぎ取りナイフを刺せなかったんだよ。そしたら偶然、スキルスクロールがぽろっと、な?」
「……ああ、成る程」
嘘かホントかは別にして、制限時間内に剥ぎ取りナイフを使用しなければランダムドロップになるからな。複数の敵との戦闘行為が継続中ならば、不用意に回収作業には移れない。下手をすれば大怪我を負うからな。
ソレを思えば、剥ぎ取りナイフを刺しきれなかったと言う説明には納得がいく。嘘かホントかは知らないけど。
「ソレより、夕食の準備は出来ているのか?」
「はい、出来てますよ」
「そうか、じゃぁ貰おうか」
と言うわけで夕食だ。と言っても、全員で一斉に食べるわけでは無い。警戒と食事の2班に分かれ、交替で食べるのだ。ダンジョンの中である以上、いつ何時モンスターが襲い掛かってくるのか分かった物じゃ無いからな。因みに俺は後半組で、夕食は採取班が食べ終えた後に食べる事になっている。採取班が一番疲れ腹が減る担当だからな、優先するのは仕方が無い。
そして夕食を終えた俺は、夜番の順番に関する打ち合わせをする。
「じゃぁ鈴木と佐藤のペアで、3巡目を頼む」
「「了解」」
「次に……」
と、夜番の順番を決めていると、キャンプの外が少し騒がしくなった。敵襲か?と思ったが、耳を澄ませて見ると、言い争い……同じ階段前広場に腰を下ろす、他の探索者パーティーが交渉事をしている声だった。ダンジョン内でパーティー同士が交渉か……珍しいな。
何故なら、基本にダンジョン内では他のパーティーとは不干渉が原則だからだ。無論、パーティー間で交流が持たれないと言うわけでは無いが、下手に交渉事を行うと些細な意見の食い違いが原因で対立し、最悪の事態が起きる可能性がある。以前それで、刃傷沙汰に発展した事があったと聞くしな。故に交流は持っても、交渉事はしないと言うパーティーが多い。そして耳を澄ませ交渉事が無事に進むか気に掛けていると、話の中で気になる単語が聞こえてきた。
「ん?」
「おい、いま水魔法って聞こえなかったか?」
「聞こえたな……」
水魔法持ちがいる。そう認識された瞬間、俺達の間にザワメキが起きる。ダンジョン内で水が創れる……これは、とんでもないメリットだ。是非とも、ウチで確保したい人材である。
そう思った俺は思わず、作岡班長に視線を送っていた。
「……」
そんな俺の視線に気付くも、作岡班長は難しい表情を浮かべながら首を左右に振り押し黙る。何を悩んでいるのか分からないが、どうやら直ぐにスカウトの声を掛ける気は無いようだ。
しかし、ここまで来れる水魔法を持った探索者……逃がすには惜しいと思うんだけどな。
「……どうやら交渉は終わったみたいですね」
「ああ。まぁダンジョン内であると言う事を思えば、あの値段も納得……かなぁ?」
「高いは高いですけど、高過ぎるって言う事は無いと思いますよ?」
正直ボッタクリ価格ではないのだろうかと思うが、場所が場所である事を考えてみれば妥当……とも言える。仮に、ここまで潜れる探索者に物資の配達を頼めば一体幾らの配達料を取られる事やら。ここまで来れるレベルの探索者が配達に掛ける時間を普通の探索に使えば、軽く数十万は稼げるだろう。その利益を保証しつつ、報酬を支払うとなると……百万近い配達料を取られても可笑しくは無い。
そう思えば、交渉で提示された金額も決してボッタクリとは言えない……と思う。
「どうやら、話を一旦持ち帰るようですね」
「額が額だからな。話し方や声の感じからすると、どちらも学生パーティーだろう。ここまで来れるパーティーとは言え、即決出来る額では無いからな」
「そうですね……俺等も自分達だけで潜っていた頃は、結構資金繰りに苦労しました」
俺達が学生時代に潜っていた頃はまだ、ドロップアイテムの買取価格もマシだった。だが、ドロップアイテムの採取量が増え下落した今の買取相場を思えば、彼等の資金繰りは俺達の頃以上に悪化しているのだろう。そんな中で、数十万の出費はかなりの痛手だ。そりゃ、躊躇の一つもするだろう。
そして暫し時間を置き、再び交渉を再開する声が聞こえ、何とか話が纏まっていた。
「どうやら無事に、話も纏まったようだな」
「そうですね。交渉決裂で刃傷沙汰に発展……なんて事にならなくて良かったです。この階層に来れる探索者同士が争いなんて起こしたら、コッチにまで被害が飛び火しますからね」
低レベル探索者同士の小競り合いなら兎も角、高レベル探索者同士の小競り合いなど悪夢でしか無い。特にキャンプベースが張ってある階段前広場などで行われたら……巻き込まれるのは必至だよな。
しかし、ホッと安堵したのも束の間。直ぐに次の問題が起きる。
「「……」」
階段を挟んで反対側にキャンプベースを張って陣取っていた波佐間商事のパーティーが、交渉を終えた学生探索者達にスカウト攻勢をかけ始めたのだ。
「ちょっと、行ってくる」
「あっ、はい。気を付けて……」
そう言い残し、作岡班長はキャンプベースを出ていった。波佐間商事のスカウト攻勢を掛けたタイミングの悪さに頭を抱えた作岡班長は、学生探索者達の様子見を兼ねて強引な割り込みを掛けに行ったのだ。端から見れば、有望株を他社に奪われそうになり慌てて声を掛けに来たと思われただろうが、事実は難しい交渉で疲れているだろう若者への助け船だ。無論、面倒な相手に絡まれているところに助け船を出してくれた人という印象を与えたいという下心もあるが。
こんなタイミングで面倒な話を持ち込まれれば、誰でも良い印象は抱かないだろうに……。
敵襲の報を聞き、俺は仮眠を取っていた寝床から飛び起きた。
「なっ、何だ!? 何が起きた!?」
「モンスターが来たんだってよ!」
「モンスターが!?」
寝起きで若干動きが鈍い頭を叩き起こしつつ、現状を把握に務める。その間にも迎撃準備は着々と進み、光の柱が通路の先に伸びるように見える強力なライトが照射された。
そして漸く、俺達は接近してくる敵影を捉えた。
「総員起床! モンスターの出現を確認! 直ちに迎撃準備を整えろ!」
「敵モンスターはコボルト! 数は推定10体!」
「おい、皆起きろ! 敵が来たぞ!」
鋭い警笛が鳴り響くと共に、怒号が飛び交う。
俺も寝起きで動きの鈍い仲間に声を掛けつつ、武器の槍を持ちキャンプベースの外に飛び出す。ライトの光で目が眩み足を止めているコボルトの姿を確認し、俺の槍を持つ手に力が籠もる。
「夜番組は前に出て近づいてくるコボルトを迎撃しろ、採取組は後ろにつきキャンプベースの防衛と伏兵を警戒しつつ援護だ」
「「「了解」」」
少し遅れキャンプベースから出て来た作岡班長は素早く指示を出し、迎撃体勢を整える。
そして陣形を整えるのと前後し、コボルト達もライトに慣れたのか動き出す。
「来るぞ!」
作岡班長の警告の言葉と共に、コボルト達は4・4・4に別れ攻撃を仕掛けてきた。……って、あれ? 4・4・4? 俺はコボルト達の行動に疑問を浮かべつつ、前衛として近付いてくるコボルト達の迎撃に取りかかる。
コイツらは単体としてはソコソコの強さなのだが、連携を取ると急に手強くなる厄介な敵だ。故に、如何に連携を取らせないようにするかがポイントなのだが……今回は相手が少数に分散してくれたお陰で、簡単に1対1に持ち込めた。1対1なら、倒すのも難しくない。俺は手に持つ槍を突き出し、近付いてきたコボルトに先制攻撃を仕掛ける。俺の突き出した槍はコボルトが回避したので狙いが逸れ、右肩を貫き手に持っていた棍棒を手放させる事に成功したが致命傷には遠い。俺は内心舌打ちをしつつ次の攻撃に移ろうとしたのだが、コボルトは苦悶の表情を浮かべつつも、肩に刺さった槍を掴み俺から槍を奪おうとしてきた。
しかし……。
「残念だけど、コレはやれない、な!」
俺はコボルトが槍を掴んだ瞬間、素早く槍を引き戻しコボルトの体勢を崩しつつ前蹴りを胸に叩き込んだ。するとコボルトは溜まらず槍から手を離し、蹴られた胸に手を当てた。それも、槍を手元に引き戻した俺の目の前で、だ。
つまり……。
「貰った!」
俺は苦しげな表情を浮かべ棒立ちするコボルトに、喉元目掛けて槍を繰り出す。すると今度は狙い違わず槍が喉を貫き、コボルトは声の無い絶叫を上げつつ暴れた後に動かなくなった。
俺は槍を抜き警戒しつつ、仲間達を援護しようと他の戦闘に意識を向ける。だが、援護の必要は無かったようだ。
「……終わったのか?」
「ああ、そっちは?」
「コッチも終わった」
どうやら、俺達の方に向かってきていたコボルトは全滅したらしい。
そして波佐間商事のパーティーの方も既に戦闘は終わったらしく、残るは今だ戦闘継続中の学生パーティーだけのようだ。
「手助けするべきかな?」
「いや……苦戦しているようだが大丈夫だろう。下手に手を出すと、彼等の連携が乱れて逆に危ない」
「そうか……」
と言うわけで、何時でも助けに入れる体勢を取りつつ傍観する。
しかし……もう一つの学生パーティーにコボルト達が向かわなかったのは何でだったんだろう?
少しだけ大樹君達が登場、ハラハラドキドキしつつ交渉を見守ります。




