幕間 参拾陸話 将来性抜群な後輩候補?
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いいたします。
俺は鈴木穣、今年の3月に大学を卒業しスカウトされ今の会社、正井食品に就職した。初めは別の会社に内定が決まっていたのだが、内定を断り今の会社に入社を決めたんだよ。何故なら、就職環境……社会を一変させる出来事が起きたからだ。去年の春に出現し大騒ぎになったダンジョンが、世論に押され一般開放されダンジョン探索ブームが到来した。
まさに熱狂的と言って良いほどの、盛り上がりだったなぁ。
「先輩、今度持って行く補給物資のリストが出来ました」
「おう、悪いな鈴木。急がしちゃって」
「いえ」
俺は物品リストを先輩に手渡し、自分のデスクに戻り残った仕事を片付けていく。俺が所属するのは、正井食品材料調達部ダンジョン食品担当課調達担当係第2班だ。明日から1班と交代する為にダンジョンに行く事になっているので、その前に片付けておかないと後々が大変だからな。
そして俺は急ぎの書類を片付け退社、ダンジョンへ行く準備を始めた。基本的な装備品類は会社から支給されているので、用意するのは個人的に持っていく物が主だ。
「ええっと……おっ、もう新刊が出てるな。これもダウンロードしていこう」
暫くダンジョン内で寝泊まりするので、気分転換の娯楽品を持っていくのは必須だ。何せ、休憩時間には何もする事がないので暇だからな。寝て過ごすというのもなくはないが、流石に何日も続くと飽きてくる。だからこその娯楽品の持ち込みだ、音楽、読書、映画、ゲーム……色々だ。
因みに、班内での最近の暇つぶしの流行は街作りシミュレーションゲーム。誰がどれだけ拘った街を作れるかを競争していて、今のところ班長が一番上手かった。
「後は嗜好品の買い出しだな。今回は何をサプライズ品に持っていくかな……」
暇つぶしの品が用意出来たら、残るは食だ。ダンジョン内での食事は基本的に、会社が用意してくれる保存食品が主食だ。だが、流石にそれだけでは飽きが出てくる。となると、各自で好きな物を持ってくるようになり、自然と持ち込み品を比較しあうようになった。
尚、金額無制限だと競争が激化しすぎるので、上限は3000円以内というルールが決まっている。このルールが決まる前には、班員の一人がキャビアなんてものを持ち込んできたりしたからな……はぁ。
「前回は梅干しを持って行ったけど、今回はどうするかな……」
ダンジョンに持っていく以上、常温保存が出来る品が好ましい。要冷蔵の品や荷物の容量を圧迫する品は、流石に持って行きづらい。必然的に、ご飯のおとも系の品を持っていく事が多い。
そう思いつつスーパーの棚を探していると、ある物が目についた。
「山ワサビの醤油漬け?」
常温保存も可能で、単体で食べるだけでなく他のオカズの薬味的な使い方も出来る。……うん、これが良いかもしれない。今まで他の班員もワサビ系は持ってきていなかったから、目新しさもあるしな。
俺は山ワサビの醤油漬けをカゴに突っ込み、ダンジョンへ行く準備を完了した。
翌朝、俺は会社に出社した後、駐車場に荷物を持って移動した。うちの会社は班員が全員揃ってから、一緒の車でダンジョンに移動する方式だ。現地集合現地解散という所もあるみたいだが、それだと現場に前乗りしないといけないし余計な荷物が増えるからな。
後は準備した補給物資を持っていくためにも、現地集合現地解散は好ましくない。
「おはようございます」
「ん? ああ鈴木か、おはよう」
俺が駐車場に到着すると、作岡班長が既に補給物資の最終確認をしていた。俺は挨拶をした後、荷物を車に乗せ作岡班長の手伝いを始める。とは言え、補給物資は昨日の段階でチェックを終えているので、軽く見回り乗せ忘れや破損がないかを見るだけの簡単なものだ。
そしてチェックを終える頃になると、他の班員も出社してきており後は班長の号令を待って出発するばかりとなった。
「おはよう」
「「「おはようございます」」」
「ええ、ではこれよりダンジョンに向かい、第1班と勤務を交代する事になるのだが……体調が悪い者はいるか?」
「「「……」」」
総勢10名の第2班所属の班員に向かって作岡班長は問いかけるが、誰も手を上げ不調を訴える事はない。入社当初は緊張で体調を崩す人もいたが、まぁ最近はダンジョン探索も慣れたものだからな。
しかし、慣れたものというのも考え物だ。緊張で体調を崩す人はいなくなったが、前日の深酒で二日酔いし置いて行かれる人が出てきたりもしたからな。
「……いない様だな。じゃぁ、出発するぞ。全員、速やかに乗車しろ」
「「「はい!」」」
俺達第2班はバンとトラックの2手に別れ乗り込み、会社の駐車場を出発する。因みに、俺はバンに乗り込む組だ。運転するのは先輩の一人で、普段からバンを運転しているそうで運転し慣れているそうだ。
そして1時間後、俺達はダンジョンへ到着し車を駐車場に止めた後、俺達は荷下ろしを始める。
「オーライ、オーライ」
バンから各個人の荷物を下ろし終えると、トラックの荷台の扉を開きスロープを取り付ける。中から補給物資を下ろす為だ。荷台からモーターの甲高い駆動音が響き、重い物を乗せたと思わしきローラーが地面を擦る鈍い音が聞こえる。
そしてトラックの荷台から、8輪駆動のコンテナを乗せた運搬ロボットが姿を見せた。
「ストーップ!」
「良ーし、荷崩れしていないかチェックしろ!」
「おおい、次のを下ろすぞ!」
作岡班長の指示で荷崩れが無いかチェックする者、次の運搬ロボットを下ろす者と皆忙しそうに動き回る。その際、運搬ロボットの荷下ろし作業が珍しいのか、この夏デビューしたらしき学生探索者達が足を止め興味深げな眼差しで俺達の作業を見ていたが、まぁ仕方がないか。
そして作業開始から15分ほどで、トラックから合計3台のコンテナを積んだ運搬ロボットが下ろされた。
「班長、全機問題ありません!」
「そうか。じゃぁトイレ休憩を挟んだ後、手続きを済ませダンジョンの中へ入るぞ」
「「「はい!」」」
いよいよダンジョン突入だな、そろそろ気持ちを切り替え気合を入れないとな!
俺達はゲートを潜り、ダンジョン内部に突入した。前衛5人、中衛に運搬ロボ3機、後衛5人の配置だ。これから1日掛け、第1班がベースキャンプを設営している23階層を目指すのだ。
先は長いな……。
「まだ第1層だが、何時モンスターが襲い掛かってくるか分からないんだから気を抜くなよ」
「「「はい!」」」
そして俺達は順調に下へ下へとダンジョンを下り進めて行き、4時間程かけ15階層の階段前広場に到達した。
「良し、ここら辺で食事休憩をとるぞ。炊事担当は昼食の準備、残りの者はペアを組んで周辺の安全確認をしろ」
事前に決められていた炊事担当者は運搬ロボットから食器などの道具と食材を下ろし始め、他の班員はペアを組み周辺警戒に勤しむ。
そして10分ほど経って食事の準備が整った……と言ってもレトルト御飯とレトルトカレーなんだけどな。
「「「いただきます!」」」
班を二つに分け、食事組はカレーを掻き込んでいく。皆で一緒に昼食をと思いはするが、即応できる戦力は確保しておかないと危険だからな。この会社に就職する前の事だけど一度、食事中にモンスターが襲撃を仕掛けてきた事がありあわや大惨事と言った事態になりかけた。
あの失敗を経験して以降、ダンジョン内での食事は交代でという習慣が身についたんだよな。
「「「ごちそうさま」」」
俺達は10分ほどでカレーを食べ終え、警戒組と交代し周辺警戒を引き継ぐ。幸いその後もモンスターが襲撃してくる事はなく、無事食事と休憩をとる事が出来た。何時もこうだと助かるんだけど……難しいよな。
そして食事休憩を終えた俺達は、再び23階層を目指し歩き出した。満腹感から多少注意力が散漫気味になっているように感じたが、暫く歩いている内に元に戻り通常と変わらない感覚に戻る。モンスターの襲撃に会う前に戻って、ホント良かったよ……って!
「敵襲!」
20階層に足を踏み入れてすぐ、ダンジョンの奥から重い足音が近づいてくるのが聞こえてきた。足音の数から、相手はおそらく1体。この階層で単独行動するモンスターと言えば……。
「敵モンスターはミノタウロス! 数は1体!」
「前衛班で仕留めるぞ! 後衛班は周辺警戒を厳に! 他のモンスターが接近してきたら、足止めを主目的に時間を稼げ! 倒せる様なら倒しても構わんが、無理はするなよ!」
「「「了解!」」」
作岡班長の指示に従い、各班員は素早く陣形を変える。俺は停止した運搬ロボを守るように、側面についた。
「良ぉし! では前衛班は前に出るぞ、近寄られる前にミノタウロスを囲んで仕留める! 油断して怪我をするなよ!」
「「「おう!」」」
作岡班長に率いられた前衛班が進み出て、近寄ってきたミノタウロスをこれ以上接近させないように、逃走させないように等間隔で囲う。ミノタウロスも自分が囲まれた事に気付き動きを止め、作岡班長達の攻撃を警戒するような顔を左右に動かし迎撃の構えをとる。
だが……。
「かかれ!」
「「「うおおおっ!」」」
「ブモッ!?」
前衛班による全周囲からの波状攻撃の前に、流石のミノタウロスも対処が後手後手に回り傷がドンドン増えていく。腕を切られ棍棒を落とし、足が斬られ堪らず膝をつく。ミノタウロスの体表は次第に血に染まり、息も絶え絶えと言った様子だ。
そして前衛班とミノタウロスの戦闘が始まり、5分程が経ち……。
「良し、トドメを刺すぞ!」
「「「おおっ!」」」
前衛班は作岡班長の指示に従い、血塗れで地面に倒れ伏したミノタウロスに目がけ各々の武器を突き刺す。するとミノタウロスは一瞬大きく痙攣した後、全身から力が抜け動かなくなった。どうやら決着がついたようだ。
そして、暫く警戒体制のまま待機しているとミノタウロスの体が粒子化を始め、確実に仕留めた事を確認し俺達は緊張を解いた。粒子化が始まるのは、仕留めた証だからな。
「ふぅ……、何とか誰もケガをせずに終わったな」
「そうですね。でも良いんですか、班長? 確かミノタウロスの肉も、収集素材リストに載ってませんでしたか? 粒子化が始まっちゃったら、剥ぎ取りナイフも使えませんし……」
「今回はかまわん。今回のダンジョン探索が始まって、最初の本格戦闘だったからな。皆の戦闘勘を取り戻す必要性を思えば、ミノタウロスの肉一つ得られなくとも惜しくはない」
「はぁ、なるほど了解です……って、アレは」
「ん? おお、どうやら運が良かったみたいだな」
ミノタウロスが粒子化した跡には、一塊の肉塊が落ちていた。どうやら今回は、運に恵まれていたようだ。運がないと、ドロップアイテム無しって事もザラにあるからな。
そしてミノタウロスの肉を回収した後、俺達は再び隊列を組みなおし歩き出した。もう少しで目的地の階層だ、頑張ろう。
ミノタウロスとの戦闘後、数回の戦闘を乗り越え漸く23階層に到着した。流石に、複数体のミノタウロスとの戦闘は堪える。攻撃を避け切れなかった班員の一人が、軽い切り傷と打撲を負ったからな。
まぁ、下級回復薬を使ったら、直ぐに治ったけど。相変わらず、凄い即効性だよな回復薬って。
「お疲れ様です、作岡さん。予定通りの到着ですね」
「ええ、道中順調に進んで来れましたので」
軽く挨拶を交わした後、作岡班長は第1班の班長と勤務の引き継ぎの打ち合わせを始めた。その間、俺達も第1班の班員達と世間話を交えながら軽く情報交換を行う。その際、俺は一緒にスカウトされた元同じパーティーの仲間と話をしていた。会社に所属してからは別々の班に配置されたが、嘗ては一緒にダンジョンで戦った戦友だ。命を預けあった結果出来た戦友の絆は、暫く会わなかったからといってそう簡単に薄れるものではない。
「よっ鈴木! 久しぶり、元気してたか?」
「おう、高橋も穴倉暮らしをしてた割には元気そうだな」
軽口を叩きあいながら、俺は高橋と情報交換を行う。と言っても、大した事は無い。高橋がダンジョンに潜っていた間に起こった世間のニュースや、ダンジョン内で起きた出来事について話すぐらいだ。
そして暫く四方山話をしていると、作岡班長から集合の号令がかかる。どうやら、引継ぎの打ち合わせが終わったようだ。
「引継ぎは手続きが完了した。これより第1班が帰還の準備を始めるので、運搬ロボットに収集素材の積み込みと補給物資の荷下ろし作業を行う。作業が完了し第1班を見送った後、自分達の荷物の片付けと整理を行い休憩とする。ローテーションに応じた探索は明日より始めるので各員、ゆっくり休みを取るように」
「「「はい!」」」
「よろしい。では、作業を始めよう」
こうして俺達は運搬ロボから補給物資を詰めたコンテナを下ろし、第1班が集めた素材を入れたコンテナを積み込む作業を始めた。本格探索は明日からか……怪我無く帰れるように頑張ろう。
企業系探索者から見た、主人公達の活躍?です。




