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第269話 お試しダンジョン泊の終り

お気に入り22670超、PV34530000超、ジャンル別日刊40位、応援ありがとうございます。



朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いいたします。






 休憩場で一息ついた俺達は重い腰を上げ、着替えをする為に更衣室へ向かった。ゴミ捨てと休憩である程度時間を空けたので、更衣室内で香川さん達と鉢合う事も無いだろう。

 と、そう思っていたんだけど……。


「……おっ、九重君。もう、ゴミ捨て終わったのかい?」

「……あっ、香川さん。はい、係の人に教えて貰った所に捨ててきました」


 着替えを済ませ、更衣室から出てくる香川さん達と鉢合わせしてしまった。

  

「悪いね、最後の後始末を任せちゃって」

「いえ、ごみ捨てに立候補したのは俺達ですから」

「ははっ、そう言って貰えると助かるよ」


 周りに香川さんのチームメイトの姿が見えないところを見るに、まだ着替え中なのかな?

 

「香川さん達は、これから換金ですか?」

「ああ、他の奴ももうすぐ出てくるだろうから、その後皆でな」


 どうやら予想はあたりのようだ。

 そして2言3言話をしている内に、更衣室から香川さんのチームメイトが現れた。


「お待たせ……って、君達は」

「あ、どうも。お疲れ様です」

「ああ、ごみ捨て終わったんだ」

「はい。あっじゃぁ香川さん、俺達もそろそろ着替えに行きますので」

「ああ、すまないね足止めしちゃって」

「いえ。それじゃぁ……」 


 軽く頭を下げながら別れの挨拶をした後、俺達は香川さん達と別れ更衣室へと入っていった。

 更衣室の中で鉢合わせしなかっただけ、長話にならなくてすんで良かったよ。探索の成果とかを根掘り葉堀り聞かれたら、誤魔化すのが面倒だからな。






 手早く着替えをすませた俺と裕二は、柊さんが出てくるのを待合所で椅子に座って待っていた。待合所を見渡してみると、やはりここでも学生らしき初々しい探索者の姿が多く見られる。

 やっぱり夏休みを機に、探索者デビューをする学生が多いらしい。


「初々しいな……」

「ああ、そうだな」

「あれ、何人ぐらい残るんだろ?」

「さぁ、な? まぁ7階層を越えられえるかどうかが、分かれ目だろう」


 ダンジョンで多くの探索者がモンスター相手に最初に躓くのが、7階層だ。ダンジョン開放初期の熱狂した空気の中でも、多くの探索者が7階層で引っ掛かり挫折した。中には挫折を乗り越え更なる下層への探索に乗り出せた者もいるが、多くの者は探索者を辞めるか7階層以上を中心に活動している。

 狂乱と呼べる空気がある程度落ち着いた現在のダンジョンで、何人の新人探索者が独力で試練を乗り越えられるかは未知数だ。適切な指導やフォローを受けられれば話は別だろうが、後進者育成制度作りの過渡期である現在、良き指導者を得られるかは運の要素が強い。


「……まぁコネがないと、収入を減らしてまで後進指導に精を出してくれる先輩探索者には巡り合えないだろうからな」

「個人の場合、探索時間=収入獲得時間だからな。お金を貰わなければ後進指導に乗り出す……ってのは難しいだろうさ。だけど……」

「新人探索者に先輩探索者の減収分を補える指導料を支払えるのか?って言ったら、まず無理だろうからな」


 現在の新人探索者の多くは、年齢制限をクリアしたばかりの高校生が主。学生に月数万の指導料の支払いは、酷というものだ。先輩探索者としても、多くの人数を一度に面倒見切れるわけでもないので必然的に少人数……一人当たりの費用負担は増えてしまう。ダンジョン開放初期の買い取りバブルの頃ならいざ知らず、買い取り価格が下落した現在では低階層中心の探索では……レアドロップ品を確保できる運がないと難しい。

 つまり、多くの新人探索者は独力でダンジョン探索を行うという、初期探索者とあまり変わらないスタイルになる。いや、狂乱の熱気が落ちている分、寧ろ条件は初期探索者より悪くなっているとも言えるかな? 


「かと言って企業も新人を育てるより、現状では即戦力を確保し販売先の顧客確保を優先するだろうからな」

「企業が完全新人探索者の育成をするには、もう何年か経たないと難しいだろうな。今のダンジョン素材取り扱い企業の雇用基準だって、探索者としての実績を履歴書要記入ってなってるしさ」


 人材育成には、お金がかかる。これはどの分野でも変わらない、基本であり必要な出費である。

 しかしダンジョン素材分野で言えば今現在、市場は企業間でシェアを奪い合う競争の過渡期の真っただ中。悠長に新人を育成している猶予はなく、高位探索者のスカウトや中堅探索者など即戦力を採用し競争力を早急に強化する必要がある。でなければ、他の企業と争う競争力がなく多くのシェアを他の企業に奪われ存続の危機に陥るからだ。ゆえに一見、企業が探索者を多く採用しているように見えても、それはあくまでも即戦力になる人材であり、実績が認められ選ばれた人材である。


「実績を上げるか、個人でも収益を上げられるようになるか……新人が生き残るには中々厳しい時期だよな」


 と、そんな会話を裕二としながら待っていると、後ろから声がかけられる。

 この気配は……。


「お待たせ、二人とも。それと、こんな所であまり重たい話題は話さない方が良いわよ?」

「ああ、柊さん。 でも、どうして?」

「どうしてって……ほら、周りを……後ろを見てみなさい」

「「……あっ」」


 裕二と二人して後ろを見てみると、俺達の会話が聞こえていたのか、新人らしき探索者のグループが俺達をチラチラと横目で見ながら、不安気で深刻そうな表情を浮かべ小声で話し合っていた。

 うん、こんな所でする話じゃなかったな。……ごめんなさい。


「ああ、えっと、い、移動しない?」

「ああ、そうだな」

「そうね、さすがに居心地が悪いものね」


 と言う訳で、柊さんと合流した俺達は荷物を持って待合所を後にした。

 話を聞いたらしい新人グループの視線を、姿が見えなくなるまで背中に感じつつ。






 更衣室がある建物を出た俺達は、ドロップアイテムの買取窓口がある建物へ移動する。道中、査定を終えて戻ってきたと思わしき探索者達のグループと幾つもスレ違ったが、ホクホク顔で満面の笑みを浮かべているグループと、眉を顰めながら溜息を漏らしているグループに分かれていた。雰囲気から察するに、ホクホク顔のグループは初期から活動しているグループで、眉をひそめているグループは新人が多いように見受けられる。最近は企業系探索者が頑張っているので、素材の買い取り額が落ちているせいで低階層で新人探索者が儲けを出すのは厳しいからな。 

 この辺の問題がいずれ、探索者間の収入格差という摩擦を起こす原因になりそうで怖い。


「思ったより、人は多くなさそうだな」

「そうだな。まぁ、まだ午前中だからな。日帰り探索が目的の連中はまだ、ダンジョン内で探索をしているんだろうさ」

「そうかもしれないな。まぁ窓口が混んでないなら、どっちでも良いんだけどさ」


 建物に入ってみると予想通り、中はあまり混雑していなかった。これなら待ち時間を含めても、早ければ30分くらいで換金作業は終わるな……。

 受付の整理券を受け取り、俺達はロビーの椅子に座り査定に出す物品を整理する。あまり窓口でグダグダしていると、他の人の迷惑になるからな。


「ええっと? 提出するのは、コレとコレとコレだな」

「大樹、今回手に入れた紅玉はどうする? 持ち帰りにするか?」

「いや、一つ持ってれば十分だろ。今回手に入れた物は、換金に回そう」

「まぁ、そうなんだが……騒ぎにならないか?」


 裕二の懸念は、もっともなものだろう。紅玉は今の所、オーガの限定ドロップ品だからな。

 コレを換金するという事は、何回もオーガを倒しましたよと言うようなものだ。


「どうせ今後は更に下の階層に潜るんだし、以前も換金こそしなかったけど紅玉自体は査定に出しているんだから大丈夫だよ……多分」

「多分、か」

「うん、多分……」


 査定したアイテムに関する情報も、一応は個人情報に類する情報だ。窓口の係員さんも、大騒ぎはしないだろう。

 まぁ何故か何処からか情報が漏れて、スカウトの声が聞こえるようになるかもしれないけど。

 

「まぁ取り敢えず、上級回復薬も提出する以上は紅玉も出さないわけにもいかないしね」

「……そうだな。むしろ紅玉より、上級回復薬の方が騒がれそうだよな」

「まぁ、ね」


 効果が効果だからな、上級回復薬。

 と、そんな心配をしつつ荷物の整理をしていると、何時の間にか俺達の受付順が回ってきた。


「番号札、112番の方。受付窓口までお越し下さい」

「あっ、俺達の番だ。じゃぁ、行こうか?」

「おう」

「ええ」


 俺達は荷物を持ち、自分達の整理券番号が表示された査定窓口に移動した。

 最近は買取額が落ちてきたって言っていたけど、はてさて今回は幾らになるのやら……。






 買取査定を終えた俺達は、貰った査定価格表を眺めながら誰もいない休憩場でジュース片手に休憩を取っていた。


「うーん。確かに、レアドロップで需要が高いマジックアイテム関係以外は、軒並み買い取り価格が下落してるな……」

「特にダンジョン上層部で手に入る食材系のドロップアイテムは大きく値崩れしてるな」

「私の立場としては、食品系アイテムが値崩れしてくれるのは助かるけど……上層専門の探索者や新人探索者さん達には特に厳しい状況よね」


 今回の探索で得たアイテムを売却した換金額は、138万3720円だった。浜谷さん達から得たマジックアイテムやスキルスクロールを売却した益が大きかったので高額査定になったが、試しに混ぜておいた上層階で得られるモンスター肉はかなり安く査定されている。全盛期に比べ半分以下……需要が少ないと思われるモンスター肉に関しては10分の1くらいに下落しているようだ。  

 柊さんが言うように、ダンジョン食材を扱う店舗は歓迎すべき状況だろう。だが、その食材を供給する探索者側からしたら堪った物では無い……特に企業系では無い探索者にとっては。


「今の内に何らかの対策……補助金を含めた後進育成に力を入れとかないと、探索者って仕事に就く新規の人材がいつかいなくなるな」

「儲けが無い仕事だと思われたら、人がいなくなるからな」

「食材を供給してくれる人がいなくなるのは困るわ……また自分で獲りに来ないといけなくなるもの」


 人が集まる事が無くなれば、その業界は衰退していく一方だ。


「となると、コレからの探索者業界は、人材育成をする企業に就職して飛び抜けた一部がフリーランスになる……って流れになるのかな?」

「現状の体制のままだと、そうなる可能性は無くも無いな。探索者を増やしてダンジョンからの産出物を得るって言うのが国の基本方針なら、国にももう少し腰を据えたテコ入れをして貰いたいな」

「探索者を育てる学校とかかしら?」

「まぁ、そんな感じだな」


 探索者専門の学校等があれば、一定数の新人探索者が毎年安定供給される事になるから。そうなれば、探索者業界が衰退するという事態は回避出来る可能性は高い。

 基礎が出来ていれば、新人探索者でもそれなりにダンジョン深くまで潜れて稼げるだろうしな。まぁそうなっても、大半は就職って道に進むと思うけど、新人が入ってこない業界と言う末路を辿るよりはマシだろう。


「さて、と。そろそろ帰りのバスも来るだろうから、ロータリーの方に行こうか」

「ん? ああ、もうそんな時間か……」


 時計を確認すると、麓の駅まで向かうバスの出発時刻が迫っていた。稼いでいるので、乗り遅れたらタクシーにでもと思わなくも無いが、別に最終便を逃したというわけでも無いからな。 

 そして俺達はジュースを片付けた後、荷物を持ってバスロータリーに向かった。






 オヤツ時を前に、漸く俺達は地元の駅に到着した。

 何時もならこの後、近くのファミレスなどの飲食店で打ち上げ兼簡単な反省会をした後、解散。翌日、重蔵さんを交え探索の反省会をという流れなのだが、今回は直ぐに解散して帰宅する事となった。

 だって今回の探索、滅茶苦茶精神的に疲れる内容だったからな。正直、この後に反省会をする気力は無い。サッサと帰って、ユックリ寝たいよ。 


「じゃあ、お疲れ。明日の午前中に、裕二の家に行くから」

「お疲れ様、広瀬君。お家に伺う前に、メールで連絡を入れるわね」

「おう、了解。じゃぁ二人とも、お疲れさん」


 俺達は駅前で簡単な別れの挨拶を交わし、それぞれの家の方に向かって歩き出す。夏休みという事もあり、繁華街で友達と遊ぶ学生の姿を横目に見ながら俺は寄り道せずに家路を急ぐ。

 そして燦々と降り注ぐ肌を容赦無く焼く日差しを受けながら歩き、俺は漸く自宅の前に到着した。安全に寝られる事の何とありがたい事か、そう思いながら俺は家の玄関を開け……。


「ただいま」


 玄関先で、漏れ出してくるヒンヤリとしたエアコンの冷気を感じながら、俺は帰宅の挨拶をした。
















ダンジョンより無事に帰還、この後はベッドに一直線ですね。

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