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第267話 誤解は解けたけど……

お気に入り22470超、PV33900000超、ジャンル別日刊38位、応援ありがとうございます。



朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いいたします。






 紅玉を回収した後、俺達の視線はおのずと先の扉……30階層へと続く扉に向かった。俺達もまだ見たことのない未知の階層ゆえ、眼前の扉をくぐり様子を見てみたいという好奇心はある。

 だが……。


「今日は、帰ろう」

「……本気か裕二」


 裕二は不本意そうな表情を浮かべているが、俺達に向ける眼差しは真剣な色を宿していた。


「ああ。今日は……と言うか今回の探索は正直、ツキが無い。キャンプ地での揉め事然り、先程の戦闘然りな。こういう時に無理をすると、思わぬ事態に遭遇するからな」

「「……」」


 この後にも何かがあるかもしれない、裕二が言うように今回の探索はツキが無いと言う意見には、俺も柊さんも反論が出来ないな。確かに俺達自身の不手際が原因という事もあるが、揉め事に関してはタイミングが悪かったと言うしかない。もし、浜谷さん達が水を失う目に遭っていなかったら? もし、コボルトによる2度目の襲撃がなければ? もし……幾つものもしが重なり、事前に揉め事が起きる条件が揃っていたように思えてくる。

 今回の探索はツキが無い、か……そうとしか言えないよな。そして、それを思えば。


「確かに、今回の探索はここで止めておいた方が良いかもしれないな……」

「そう、ね。ここで無理に探索を強行して、新しい厄介ごとに巻き込まれる……って言うのは遠慮したいわね」


 俺も柊さんも今回の探索での出来事を思い出し、裕二の意見に消極的ながらも賛成する。泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり、弱り目に祟り目、一難去ってまた一難……言い方はいろいろあるが、無理はしない方が良いだろうからな。

 俺達は30階層に続く扉に未練がましい眼差しを向けた後、撤収の準備を整えオーガがいた部屋を後にした。今度来た時は、必ずその扉の向こう側に進んでやると心に決めて。






 階段を上り28階層に上がった俺達は、時計を確認し溜息をもらす。オーガと闘ったのに、30分と経っていなかったからだ。モンスター2体と闘って30分と思えば、そう長くはない時間だが……困った。


「移動時間を含めたら、約3時間ってところか……どうなんだろう?」

「……長くはないが、短くもないって所だろうな」

「そうね。頭を冷やすって言う意味で見れば、3時間でも短い時間ではないと思うわ。むしろ、オーガ戦で更に不満がたまった私達の心境の方が問題よ」


 一瞬の沈黙が俺達の間に舞い降りる。元々オーガ戦は、揉め事の鬱憤を晴らそうとして行った筈の戦いだった。だが蓋を開けてみれば、更に鬱憤が溜まるという結果……。

 どうして、こうなったんだろう? 憂さ晴らしで戦おうとした罰が当たったのかな?


「……出来れば誤解は解いておきたいけど、探し回ってまでしない。そんな感じで良いんじゃ無いかな?」

「そう、だな。揉め事の火種は解消しておきたいけど、今の俺達の心境で浜谷さん達と向き合ったら、些細な切っ掛けで何を口走るか……」

「売り言葉に買い言葉……そうならないとは言えないものね」


 胸の中に溜まったモヤモヤが、何時どんな切っ掛けで爆発するか分かった物じゃ無い。そんな時限爆弾じみた物を抱えたまま、やり取りの難しい交渉なんて出来ればしたくは無い。浜谷さん達との揉め事は、今は些細な物だ。だが今の心境で向き合えば、不意に余計な一言を漏らして火に油を注ぐ結果になりかねない。

 となると、道すがらで遭遇したのならば話すしかないが、積極的に話し合いに持って行く事は得策では無いな。


「じゃぁ、そんな感じの方針って事で」

「おう」

「ええ」


 と言うわけで、俺達の浜谷さん達に対する方針が決まった。オーガ戦の前に思っていた、積極的に誤解を解こうとしていた意気込みは既に無くなっていたけどな。

 そして、俺達は若干重い足取りで地上を目指しダンジョンを登り始めた。






 ツキが無い時は、トコトン悪い事が重なるものだ。

 ダンジョンを上り始めて30分ほど経った頃、24階層の道筋で俺達は出会った。誰とだって? そんなの決まっている……浜谷さん達とだ。


「「……」」


 俺達と浜谷さん達は通路の中央部で向き合い、無言で気拙い雰囲気を醸し出し合っていた。どちらも、何と言って話を切り出して良いのか分からないからだ。簡単に考えれば“お疲れ様です。こんな所で会うなんて奇遇ですね!”とでも言えば良いのだが、その一言が出てこない。

 特別に仲が悪いというわけでは無いのだが……益澤さん?の件が尾を引いている。


「「……」」


 ひたすらに、気拙い時間が流れていく。口を開き掛ければ何も言えずに閉じ、視線が合えば同じタイミングで目線を逸らす。悪循環のドツボに嵌まっている感が拭えない。

 このまま互いに何もせず、気拙い雰囲気と不和の火種だけ残し別れるのかと思っていたのだが……。


「すまなかった!」

「「「……!?」」」


 突然、浜谷さん達の後ろから謝罪の声が上がった。何事かと全員の視線が声の上がった場所に向けられると、そこには気まずさと申し訳なさが入り交じった表情を浮かべた益澤さん?がいた。


「あんな暴言を君達に吐き捨ててしまい、本当にすまなかった!」


 俺達の眼差しが向けられた事に気付いた益澤さん?は、そう口にして深々と頭を下げ謝罪をしてきた。

 アレかな? 自分がやらかした事が原因で、この気拙い雰囲気の空間が出来た罪悪感に耐えられなくて……とか? って、いやいやいや穿った見方をしすぎるな、俺。 


「えっ、ああ……その、益澤さん?ですか?  その、気にしないでください……とは言い切れませんが、あの時は自分達も言い方が拙かったと思っているので、そんなに頭を下げられなくても……」

「いや、アレは俺が全面的に悪い事をしたんだ。だから、謝るのは当然だよ。本当なら、あの後直ぐにでも君達のもとに行って謝罪をすべきだったんだ。だけど、浜谷達に叱られ冷静になった時には君達は既に出発してしまっていて……今更になるが、本当にすまなかった!」


 そう言って、益澤さんはもう一度深々と頭を下げた。

 俺達はそんな頭を下げる益澤さん?の姿を見て一瞬、困った表情を浮かべながら顔を見合わせる。コレ、どうしよう?と。正直、向こうから謝罪をしてくると言うのは想定していなかった。武術を習っているから……と説明をして誤解を解き、不和の火種を消せればなぁと思っていた程度だったからな。あの剣幕を見ていたからこそ、まさか全面謝罪をしてくるとは思ってもいなかったのだ。

 なので、俺は対処に困った表情を浮かべながら、浜谷さんに助けを求める眼差しを送る。


「……そろそろ頭を上げろ益澤、あまり頭を下げてばかりだと彼等も困るだろ?」

「浜谷……しかし」

「あまりしつこいと、逆に失礼だって言ってるんだ。ほら、頭を上げろって」

「あ、ああ……分かった」


 浜谷さんに促され、漸く益澤さん?が頭を上げてくれた。俺達は安堵の表情を浮かべつつ、浜谷さんに視線でお礼を伝える。あのまま頭を下げられっぱなしだったらどうしようと思ったよ。

 そして俺達は何とか気拙い雰囲気を払拭し、益澤さんが暴走してしまった話の補足をする事にした。 


「あの時は言葉足らずで、すみませんでした。実は俺達、古流武術の道場に通っているので。だから、スキルや魔法を使わなくても、それなりには戦えるんです」

「あの戦闘で、それなりに……か」


 益澤さんは苦笑を浮かべながら、俺達とコボルトの戦闘を思い出しているようだった。

 まぁ、自分達が苦戦していたコボルトを圧倒していたのをそこそこだと評されたら、そう思うだろうな。だけど。


「結構厳しく指導して貰っていますので、探索者の身体能力と組み合わせると意外にいけます。戦闘時における最適な体の動かし方を知らないと、幾ら高い身体能力を誇る探索者といえど十全にその能力を発揮する事は出来ませんからね」

「発揮出来てない、か……」

「その視点で見させて貰うと、益澤さん達は探索者の身体能力に適した戦い方が上手く出来てないように見えました」

「「「……」」」


 俺の指摘に益澤さんを始め、浜谷さんも何か考え込むようにアゴに手を当て思案顔を浮かべる。何か心当たりがあるようだ。まぁ俺達がしているような訓練を積めば、浜谷さん達でも同じような事が出来るようになるだろうな。途中で逃げ出さなければだけど。


「適してない、か……コレでも一応探索者を本格的に始める前に武術系のカルチャースクールで基礎は習ったんだけどな」

「どこのカルチャースクールかは知りませんが、あくまでも探索者では無い一般人の身体能力を基準にした武術のカルチャースクールですからね。一般人にとっては益になる物だったとしても、探索者にとっては枷になってしまっているのかもしれませんね」


 武術初心者の探索者が最初にこの型が最適ですと指導されれば、レベルアップで身体能力が上がった後でも忠実に教えられた型を守ろうとして、チグハグな動きになると言う事はありそうだからな。

 そのうえ探索者にはスキルや魔法などがあるので、多少チグハグな動きをしても致命傷にならないからタチが悪い。苦戦はするが倒せない事は無いとなれば、現状維持でも大丈夫と思い込む探索者も少なくないはずだ。

 と言うわけで裕二、アレを。


「浜谷さん、コレをどうぞ」

「……コレは?」

「このダンジョンの近くにある、俺達が習っている武術道場系列のカルチャースクールです。興味があれば、と思って用意してました」


 裕二は自分の家が経営する、ダンジョン近くにあるカルチャースクールの名前と住所を書いたメモを渡す。浜谷さんはメモを渡す意図が分からず首を捻っているので、補足説明をする。


「俺達の通っている道場なんですが“探索者の身体能力に適した武術を”と言う目標をかかげて、既存の武術の改良に切磋琢磨しています。もしかしたら、浜谷さん達も今以上の力を手にする事が出来るかもしれません」

「「「……」」」


 裕二の補足説明を聞き、パーティーメンバーの視線が浜谷さんの持つメモに注がれる。皆興味津々と言った感じだ。通えば、俺達と同じような事が出来るかもと思っているのだろう。

 うん。何度か地獄を見ないと難しいですよ、と水を差す必要は無いな。


「……あ、ありがとう。時間が出来たら、行ってみるよ」

「はい。あっ、他の場所にも系列のカルチャースクールはあるそうなので、他の場所はネットで調べてください」

「ああ」


 取り敢えず、誤解は解けたようで良かった。メモを渡した後、一瞬あんた達弱いんだから手を貸してやる、と言う風に受け取られないかと思ったが、渡したメモへの反応も良いので大丈夫だろう。

 と、最初に合流した時の気拙い雰囲気は消え失せ、若干和やかになった雰囲気で俺達と浜谷さん達は別れる。


「じゃ俺達はコレから地上に戻りますので、浜谷さん達も無理をしないように頑張ってください」

「ああ、ありがとう。俺達はもう何日かここら辺の階層で狩りをした後に、地上に戻るよ」


 互いに軽く手を振りながら、それぞれ反対方向へと進んでいく。俺達は地上へ、浜谷さん達は更にダンジョンの奥へと。

 今回の探索はツキが無いと思って引き返したけど、浜谷さん達の誤解を解けたのは運が良かった。後は無事に地上まで戻れれば良いんだけど……何も無いよな?






 地上に近い階層に上るに従い、どんどん人が増えてくる。特に夏休みという事もあり、学生っぽい若い探索者グループがよく目に付く。装備品の種類や身に纏う雰囲気はもちろんだが、何より行動そのものがそれを示していた。

 今回は、悪い意味でだけどな。

 

「……駄目だろ、アレは」

「そう、だな。もう少し、マナーと言うか常識的行動を取って貰いたいものだ」

「ホントにそうね。こんな所で、周りを顧みずに喧嘩をするなんて……」


 場所は第3階層。事の発端が何だったのか分からないが、階段前の広場で殴り合いの喧嘩を起こした学生探索者グループが高レベル探索者と思わしき者達に取り押さえられていた。浅い階層故、レベルの低い探索者同士の喧嘩だったのだろうが、探索者が殴り合いを行ったのだ。周りに被害が無いわけが無い。

 

「酷いな、テーブルとか椅子が滅茶苦茶じゃないか」

「怪我人は……当事者以外には居ないみたいだな」

「流石に武器やスキルは使わなかったみたいね。と言っても、大迷惑である事に変わりは無いんだけど」


 幸い、当事者も大怪我を負っている者はいないようだ。だが、物損が酷い。ダンジョン内で気を休められるオアシス的広場をここまで壊すなんて……アイツら、もうこのダンジョンで探索出来ないんじゃないだろうか? 今回の件で確実に、他の探索者に迷惑を掛ける問題児グループだって目を付けられたと思うぞ。

 もしかしたら、夏休みだからってテンションが上がっての行動だったかもしれないが、やって良い事と悪い事があるくらい理解していて欲しいものだ。一部がした事だとしても、学生系探索者全般が厳しい目で見られる事になりかねないからな。

 今回の探索はツキが無いツキが無いと思っていたが、こんな騒動に遭遇するなんて本当に今回の探索はツキが無かったようだ。
















ツキが無い時って、ホント何をしてもついてないものですよね。

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