第266話 駄目、八つ当たり
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朝ダン、ダッシュエックス文庫様より発売中です。よろしくお願いいたします。
コアクリスタルを填めたら直ぐに扉の脇に避け、開幕アタックや開幕ブッパを警戒する。以前来た時には無かったが、今回も無いとは限らないからな。
用心しておくにこした事はない。
「……大丈夫そうだな」
「ああ。どうやら2度目とは言え、いきなり襲い掛かってくる仕様に変更してるって事は無かったみたいだな」
「そうね。でも、警戒は必要よ」
「じゃぁ……入ろうか?」
「おう」
「ええ」
俺達は奇襲攻撃が無い事を確認した後、気合い十分と言った意気込みでオーガが待つであろう部屋の中へと足を踏み入れた。
そして、ライトによって照らし出される部屋の中央に座する主からは……厳つい外見と大柄な威容が発する威圧感はあるものの何か悲壮感を背負っているようにも感じられた。……あれ?
「「「……」」」
「……」
俺達とオーガは、無言で睨み合う。前回の戦闘で一定距離まで接近しないとオーガが戦闘態勢に入らない事は知っているが、再戦時に行動パターンが変化するか定かでは無い以上、警戒は緩めない。
そしてオーガの動きを警戒したまま、光魔法による光源やケミカルライトを散布し視界を確保していく。
「……よし。取り敢えず、これだけ光源があれば明るさは十分だな」
光魔法とケミカルライトにより、部屋の中はそこそこの明るさが確保出来、薄暗いものの部屋の隅にも一応は光が届いていた。前回より照らす範囲が広がり部屋が明るいのは、光魔法で天井近くの上から全体を照らせていると言うのが効いているみたいだ。
これなら今回は、入り口近くに投光器を設置しなくても良いかな?
「そうだな。これだけ明るければ、戦闘に支障は出ないだろう」
「光魔法さまさまね、光源を設置する手間が大分省けたわ」
「とは言え、ダンジョン由来の魔法だからね。魔法無効空間とかもあるかもしれないから、慢心は禁物だよ。何かの拍子に消えるかもしれない、って言う想定はして置いた方が良いと思う」
「えっ、ええ。そうね」
光魔法の手軽に光源を確保出来る便利さに上機嫌だった柊さんに、俺は念の為忠告をしておく。光魔法……いや、探索者としての能力がダンジョン由来である以上、ダンジョン内にソレを無効化する技術が存在している可能性は排除しきれない。
だからこそダンジョン内で油断や慢心をせず、探索者としての能力に頼らずその場を離脱出来る程度の能力と心構えを持っていないとな。備えすぎ警戒しすぎと言われようとも、無防備で居る不安を抱え続けるよりはマシだろう。まぁその結果が、重蔵さんや幻夜さんによるあの訓練という事なんだろうけどさ……。
「よし。じゃぁ準備も整った事だし……行こうか?」
「おう」
「ええ」
戦闘準備を整えた俺達は部屋の中央、オーガの元へと歩き始めた。
前回と同様、部屋の半分程まで間合いを詰めた時、初めてオーガが動きを見せる。俺達を無視し、天井に顔を向け咆哮を上げ始めたのだ。正直、この吠えている間に首を刈り取ってしまおうかな……と思ったが、まぁソレは止めておこう。
部屋の中にオーガの咆哮が響き、反響する音が俺達の鼓膜を揺らす。
「相変わらず、五月蠅いな」
「まぁ、威嚇の意味もあるんだろうさ」
オーガの咆哮の五月蠅さに顔を顰めつつ、オーガの長々とした咆哮が収まるのを待つ。この咆哮が、配下を召喚する物と知っていなかったら攻撃していたかもしれない長さだ。
だが、何時まで経っても咆哮は収まらない。
「……長くないか?」
「……長いな」
「……長いわね」
しかし、咆哮が30秒以上も続けば流石に俺達も待ちくたびれ始める。前回の戦闘ではオーガが咆哮を上げると、すぐに出て来たのに今回は何時まで待っても配下が出てこない。
現に咆哮を上げ続けるオーガも焦りの色……そこはかとなく困っているような雰囲気を醸し出していた。
「あっ、息継ぎした」
そして1分ほど咆哮を上げ続けたオーガも流石に苦しく?なったのか、息継ぎをしながら此方に一瞬視線を送ってきたような気がした。うん、分かってる。気のせいだ気のせい、俺達は何も見ていない。
するとオーガは腹に渾身の力を込め、最初の咆哮を超える大きさの咆哮を上げた。
「……あっ」
オーガの必死の咆哮が漸く届いたのか、オーガの足下からクマの頭が出現し始めて来た……1頭分だけだが。
しかもクマ頭の上に乗る2つの耳は項垂れており、オーガの咆哮に応え血気盛んに現れたという雰囲気では無い。むしろ意気消沈、嫌々ながら呼び出されたとでも言いたげな姿だ。
「「「……」」」
流石に、この登場の仕方は予想外だったので、俺達も無表情で沈黙する。
だが、むしろこの場の主役は呼び出したオーガと呼び出されたクマ……ビッグベアーだろう。
「……」
「……」
召喚方法に抗議するように互いに無言で睨み合い……見つめ合いながらも、暫しの間を置き軽く頷き合う姿には悲壮感すら漂っているように見えた。
……って、あれ? 何でこんな事になってるんだ?
「「「……」」」
「「……」」
互いの戦闘準備が整い、相手を打倒しようと勇ましく対峙する姿が部屋の中央付近にあった。
だがもし、その姿を端から見る事が出来る第三者がいれば、悲壮感を背負うモンスターと厭戦感漂う探索者が対峙している光景だったと証言してくれた事だろう。
何で、こんなグダグダな状況になるんだよ!?
モンスターと対峙する探索者。本来ならこの光景は、強大な敵に探索者が勇猛果敢に戦いを挑もうとしていると言う光景だ。だが現実は、厭戦感を醸し出しながら武器を構える俺達と、悲壮な覚悟を決め対峙するオーガ達と言ったもの。
両者ともに、本当に戦わないと駄目かな?とでも言い出し気な有様だ。
「「「……」」」
「「……」」
両者ともに、無言で睨み合う。どちらからも先には手を出し辛いと言いたげな雰囲気が発せられているせいで、変な膠着状態が続く。
だが、何時までもこうしている訳にもいかない。
「……裕二、柊さん。俺がオーガを受け持つから、クマを頼めないかな?」
「……俺も出来れば、クマよりオーガの方が良いかな」
「私も……」
オーガ、大人気である……と言うよりも、悲壮な表情と呻き声を上げているビッグベアーには手を出し辛いと言う事情もある。これが意図した演技であるのなら、オーガもビッグベアーも千両役者だな。
しかし、誰かがやらなければならない以上、やるしか無いのだ。と言う事で……。
「「「……」」」
「……分かった、俺がやるよ」
オーガ達から視線を離さず雰囲気だけで無言の牽制をし合った結果、沈黙に耐えきれなかった俺がビッグベアー討伐に渋々手を上げた。八つ当たり討伐戦を言い出したのが俺である以上、俺がババを引かないとな……はぁ。
「じゃぁ、アイツを少し引き離すから、オーガは頼むな」
「おう、悪いな。任せろ」
「任せてよ」
俺はビッグベアーを誘導するように、ユックリとした動きで二人から見て右の方に離れていく。二人も俺の意図を察し、反対方向に動き俺との間合いを広げる。
結果、自然と2対1、1対1の構図が出来上がった。
「……」
「……グッ、グガッ、グガガッ」
「……やりづらいなぁ」
ビッグベアーは悲壮な押し殺したような呻き声を上げながら、対峙する俺を睨付けてくる。心なしか、涙目に見えるのは気のせいだろうか? 自分が無茶苦茶悪い事をしているように思えてきて仕方が無い。
そして数秒間に渡る睨み合いの後、ビッグベアーが動く。
「ガァオォォォ!」
悲壮な響きが籠もる咆哮を上げながら、ビッグベアーは俺目掛けて後先を考えないような我武者羅な突進をしかけてきた。勝てずともせめて一太刀!、と言うビッグベアーの思考が見てとれる。
だが正直この様な突撃は、テレホンパンチの類いでしか無い。
「……」
俺は一瞬ビッグベアーに対し申し訳なさげな表情を浮かべ、突進を回避した後に首を一撃で刎ねようと重心を左に傾けサイドジャンプの準備を整える。後は程良い間合いで愚直に突進してくるビッグベアーを回避するだけだと思っていたのだが……。
「ガッ!」
「……!」
愚直に突進攻撃を仕掛けてきたビッグベアーが俺がサイドジャンプで回避する間合いの直前で、突如突進の進路を右斜め前に変更。鋭い踏み込みと共に右前足を大きく振りかぶり、右上から左下に向かって袈裟懸けに鋭い爪を伸ばし回避先を先読みした攻撃を仕掛けてきた。予想外の攻撃に俺は慌ててサイドジャンプを中止、無理矢理両足に力を込めて上に向かって跳躍する。
結果、俺は突撃を仕掛けてきたビッグベアーを飛び越す形で攻撃を何とか回避した。
「……グッ」
「……っ、この野郎!?」
先程まで醸し出していた悲壮感など何処にも無く、無理な回避で着地を乱した俺を鼻で笑いながら、攻撃を回避した俺に向かって“ちっ、獲物を逃がしちまった”とでも言いたげな眼差しを向けてきていた。
悲壮感を偽装し奇襲を仕掛けてきたビッグベアーに腹が立つと同時に、そんな擬態に物の見事に引っ掛かり攻撃を受けそうになった自分の醜態に羞恥心が込み上げてくる。何がダンジョンでは油断や慢心をするなだ、相手の雰囲気や外観に騙され油断するなんて、馬鹿か俺は!?
「裕二! 柊さん! コイツら情けない姿を見せて俺達の油断を誘ってる、気を付けて!」
「分かった!……って言いたいんだがその忠告、ちょっと遅かったみたいだぞ大樹。もう本性見せやがったぜ、コイツ」
「心理戦を仕掛けてくるなんて、タチが悪いモンスターね」
ビッグベアーが本性を見せたので、オーガも擬態しているだろうから油断するなと忠告を発したが、時既に遅し。二人とも怪我こそしていないが、纏まって立っていた筈なのに分断されていた。
どうやら俺達は、まんまと敵の罠にはまってしまったらしい。これは後で、戦闘時の心構えを再訓練しないといけないな。と言うか、これが重蔵さんに知られたら……うん、今は考えないで置こう。ソレよりも先ずは……。
「もうお前がどんなに泣き叫ぼうが、同情なんてしないからな」
「グガッ」
罠に掛かった事に動揺し乱れていた心を落ち着かせ表情を消した俺は、ビッグベアーに対し問答無用で蹴散らしてやるとポツリと漏らす。それに対しビッグベアーも、“この程度の擬態に騙される間抜けが何を言っているんだ”と言いたげな眼差しで鼻を鳴らす。
そんなビッグベアーの姿を見て、俺は無性に苛立った。……末期の一言も残させてやらねぇぞ。
「……」
「グガッ」
俺は不知火を右手に構えたまま、無造作な足取りでビッグベアーに向かって歩き出し間合いを詰めていく。ビッグベアーは俺のその行動を警戒し、何時でも飛び掛かれるように前足を曲げ前傾姿勢を取る。次第に俺とビッグベアーの間合いは縮まっていき、ビッグベアーは今にも俺に飛び掛かろうとしていた。
そして……。
「終わりだ」
ビッグベアーが飛び掛かってこようとした直前、俺は本気で踏み込み間合いを詰め不知火を振るった。不知火の刃は寸分の狂いも無くビッグベアーの首筋に食い込み、何の抵抗も感じさせない太刀筋で一気にビッグベアーの首を切断する。その際に本気で踏み込んだせいか、ビッグベアーは俺の動きについて来れておらず、自分の首を切られた事に気付いていないように何の反応も示さなかった。
そして俺は踏み込みの勢いを殺さないようにビッグベアーの脇を駆け抜け、切断した首から血が噴き出す前にその場を離脱する。直後、ビッグベアーの頭が地面に落ち、切断面から盛大な血が噴き出し辺り一面に血の海を作った。
「……ふぅっ」
俺は残心をしながら血の海に沈んだビッグベアーの亡骸を眺めつつ、オーガと戦う裕二と柊さんの様子を窺う。すると、そこには既にオーガを下し武器に付着した血の後片付け等を行っていた。
「おおい、裕二! 柊さん! 怪我は無い?」
「大丈夫だ、二人とも掠り傷も負ってないよ」
「そっか、良かった」
油断し奇襲こそ受けたが、二人もどうやら無事に切り抜けられたようだ。まぁ俺も含めて、油断して奇襲を受けた段階で今回の戦闘は駄目駄目な出来だったんだけどな。それにしても、オーガが配下と共に悲壮な雰囲気と態度を装って探索者の同情を誘い油断を誘うような心理戦を仕掛けてくるなんて……想定外も良いところだろ。もしかしてコレって、通行許可書を得たのに欲を掻いて何度もオーガ戦を周回しようとする探索者対策とかか? 高確率でレアドロップアイテムを得られるなら、オーガ戦を周回しようとする探索者が出て来ても不思議じゃ無いからな。特に企業系探索者パーティーとかな。
そして互いの無事を確認している間に、オーガとビッグベアーの亡骸の粒子化が始まった。
「おっ、出た。って……」
「紅玉が一つだけ……か」
「九重君が倒したビッグベアーからのドロップは無しか……」
今回のオーガ戦でドロップしたアイテムは既に持っている、オーガと戦わずに部屋をスルーして下の階へ行く為の通行許可書を兼ねた紅玉だ。つまり、ダブついたって事だな。
はぁ、ストレス解消なんて名目で始めたはずのオーガ戦なのに、逆にストレスが溜まる事になるなんて思いもよらなかったよ。コレでドロップしたアイテムがレア物だったら、少しは気晴らしになったんだけど……八つ当たりをしようとしたバツなんだろうな。
やっぱり、八つ当たりはだめですよね。結局、せいでしっぺ返しを受けてしまいましたし。




