第265話 不満を溜め込みすぎるのは良くないよな……
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全員が帰った後、俺達は片付け途中だった荷物をバックパックに詰め込み素早く出発準備を整えた。正直に言って、これ以上ここにとどまり続ける事はトラブルが増えるだけにしか思えないからな。最低限のあいさつをすませたら、さっさとこの場を離れよう。
「さて、と。……二人とも、忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫だ」
「ゴミも全部回収してるわ」
キャンプ跡を見回し、出発前の最終確認を行う。
ゴミの放置は、ダンジョン内にしろ町中にしろマナー違反だからな。立つ鳥跡を濁さずって言う諺もあるんだし、自分達の出したゴミは持ち帰るのが基本だろう。
「良し、じゃぁ出発しよう」
俺達の一挙手一投足に注目し、チラチラと視線を向けていた3パーティーに向かって顔を向ける。すると、どのパーティーの見張り役も一様に緊張した面持ちを浮かべた。
……いや、そんなに警戒しなくてもいいんじゃ無いかな?と、若干落ち込みつつ俺達は頭を軽く下げながら挨拶の言葉を発する。
「「「お邪魔しました、お先に失礼します」」」
同じ階層で寝泊まりしただけの間柄で、出発のあいさつにお邪魔しましたと言うのはどうかと思いもするが、彼等の精神をかき乱したという点では迷惑をかけているからな。とりあえず、一言言っておくだけで印象が改善出来る可能性があるなら、惜しい手間ではないだろう。
どれほど効果があるかはわからないけどな。
「「「……」」」
頭を下げる俺達に向けられた視線と表情は、三者三様と言った感じだ。二つの企業系パーティーからは羨望の眼差しや罪悪感による気まずさ、大学生パーティーからは妬みの眼差しや隠しきれない対抗心といった感じだ。二つの企業系パーティーは大丈夫だろうが、大学生パーティーから向けられる妬みの感情は後々問題にならないか心配になってくる。
「……行こう」
「おう」
「ええ」
俺達は様々な感情が籠った視線を背中に受けつつ、ダンジョンの奥へ進む通路へと足を進めた。
そして3パーティーが居た階段前広場を出発し、俺達は暫く駆け足気味にダンジョンを進み3階層ほどダンジョンを下り、誰もいない26階層の階段前広場に到着した所で足を止めた。
「「「……」」」
スキルを駆使し周囲を索敵、敵モンスターも探索者も近くに居ない事を確認し、互いに顔を見合わせ頷いた後、大きく息を吸い込み……。
「ふっざけんな! 何様のつもりなんだよ! 人が大人しくしてれば、良い気になりやがって!」
「嗚呼、めんどくせぇ! 自分達からマナー違反をして騒動を生んでおきながら、何を上から目線で説教してきてんだよ!」
「ホント鬱陶しいわ、何なのよアレ!?」
胸の内にたまった不満を大声でぶちまけた。俺達の口から雪崩の様に、止めどなく積もりに積もった愚痴が溢れ出てくる。正直たった一晩の宿泊で、ここまで不満がたまるとは思ってもみなかったよ。
そして俺達は暫しの間、大声で愚痴を吐き出し続けた。
思いっきり愚痴を吐き出しスッキリとした俺達は、“空間収納”に仕舞っておいた折り畳み椅子と麦茶のペットボトルを取り出し一息ついていた。気持ち的にスッキリするけど、愚痴を吐き出し続けるのも疲れるんだよな。
そして麦茶を飲み人心地の付いた俺は、椅子の背もたれに体重を掛けたまま少し疲れた口調で口を開く。
「……まさかたった1泊で、ここまで面倒事が続発するとは思っても見なかったな」
「そうだな。あっても精々、キャンプを襲撃してきたモンスターとの戦闘で俺達の戦力がバレて……って位だと思ってたんだけどな」
「そうね。水騒動は私達の不注意が原因だったから仕方ないけど、いい大人がマナー違反覚悟で深掘りしてくるとは思っても見なかったわ」
「おかげで、起きなくても良かった騒動に発展したしね」
俺達は慌てる浜谷さんに諫められていた益澤さん?の姿を思い出し、不和の火種が出来てしまったと思い心の底からの溜息を吐き出した。そりゃさ、この手の騒動が起こる可能性は考えてはいたよ? でもさ、いきなり現実化するなんて……。
暫くこの件に関する対策に考えを巡らせたが、幾ら考えても即効性の高い対策は浮かんでこなかったので話題を切り替える事にした。気分が変われば、良い考えが浮かぶかもしれないからな。
「それにしても、揉め事を避けようとして出来るだけ謙虚な姿勢でいたけど……謙虚すぎるのもまずいんだな」
「……そうだな。舐められこそしなかったが、軽くは見られてたもんな俺達」
「そうね。私達が揉め事が起きるのを嫌って、謙虚すぎる姿勢でいたから馬場さんもマナー違反覚悟で深掘りしてきたんでしょうね。尊大とまで言わなくても普段通りの振る舞いでいたら、最初の質問で馬場さんも話を止めて深掘りはしてこなかったかもしれないわ」
謙虚な態度でいれば騒動を避けられると考えたのだが、そうとは限らないって事だな。自分達の実力をひけらかすような態度はどうかと思うが、最低限の実力に見合った態度や振る舞いをする事は必要な事だったと思う。たぶん益澤さん?も、俺達が最初からそれなりの態度でいたらアソコまで取り乱す事も無かっただろうな。
TPOに応じた立ち振る舞いをとは良く言うが、ダンジョンでもそれは適用されるらしい。
「それにしても……どうするかな……」
「どうするって、益澤さん?の事だよな?」
「ああ。出来れば益澤さん?誤解を解消しておきたい。時間が経てば経つほど、溝が深まりそうだからな」
「まぁ、そうなんだろうな。だけど……どうしようも無いんじゃ無いか? さすがに」
裕二の言う事にも一理あるなと頷く。あんな事をした手前、益澤さん?も意固地になっている可能性は高い。俺達が話したいからと言って、話を聞いてくれるか定かでは無い。
「ねぇ、広瀬君? ちょっと確認したい事があるんだけど良いかな?」
「? 何を聞きたいの柊さん?」
「広瀬君の家の道場って、カルチャースクール的な指導ってしてないの?」
「? 道場以外でも指導はしてるけど……それが?」
「益澤さん?に薦めてみたらどうかな、って」
ああ成る程、確かに俺達が普段どんな訓練をしているのか知って貰えれば益澤さん?の誤解も解けるかもしれない。まぁ本当は、益澤さん?が暴発する前に説明出来ていれば良かった事なんだけどさ。
にしても、俺達が普段受けている訓練内容をそのまま伝えたら……ドン引きされる気がするのは気のせいと思いたいなぁ。
「成る程、それは有りかもしれないね。どんな訓練をしているか実際に体験して貰えば、どうしてあの発言に行き着いたか理解して貰えるかもしれない」
「流石に私達が重蔵さんから受けている訓練は無理でしょうけど、さわり程度は感じて貰えるはずよ」
「だね。じゃぁ……」
そう言って裕二はバックパックからメモ帳を取り出し、さらさらと何かを記入し始める。
多分、裕二の家が指導しているカルチャースクールの連絡先等だろう。
「良し、完成。じゃぁ後で浜谷さん達のパーティーにあったら、“どうですか”って薦めてみるか」
浜谷さん達のパーティーは水の補給が出来たので、もう何日かダンジョン内で活動するようだったから、おそらく会う事も出来るだろう。いなかったらそれまでだが……多分いると思っておこう。
休憩を終えた俺達は折り畳み椅子を“空間収納”に仕舞い、先に進むか地上に戻るかの話し合いを行う。
「さて、どうする? 進むか戻るかなんだけど……」
「予定では、地上に向かって撤収する手筈だよな」
「そうね。元々今回のダンジョン探索での目的は、ダンジョン泊を行なってそのノウハウを蓄積する、って言う物だわ。その点で見るなら、このまま地上に向かうのが妥当な判断よね」
イレギュラーが起き即座に帰還するのが困難と言う状況でも無いのに、目的外の探索行動を行うと言うのはリスクのある判断だろう。残り物資や残りの体力、精神的余裕……様々な面から見ても、綿密に計画を立てていればいるほど予定外の行動は避けるべきである。
しかし……。
「まだ23階層を出発してあまり時間も経ってないから、少し戻りづらいと言ったら戻りづらいんだよね」
「そうだよな。今の休憩込みでも、まだ出発してから1時間と掛かってないからな」
「確かに、出発して1時間もせずに戻るのは流石に気不味いわよね……」
時計を確認しても、出発してからまだ30分を少し越えた程度しか経っていない。移動時間だけで見ると、10分と掛かっていないので、今から戻ると、1時間も経過せずに3パーティーと再び顔を合わせる事になるのだ。浜谷さん達のパーティーは、もしかしたら出発していて既に居ないかもしれないが、2つの企業系パーティーは確りとした拠点を張っていたので……顔を合わせる可能性は高い。
「そこで提案なんだけど、1度29階層まで潜ってオーガを倒さないか? 前回オーガを倒して手に入れた“上級回復薬”は幻夜さんに渡したから、“公式”には俺達の手元に存在しない事になっているしさ。だから、緊急時に使用出来る“上級回復薬”を補充しておかない?」
「……確かに、緊急時に“公の場で使える上級回復薬”は有った方が良いよな」
「そうね。でも……九重君? 何で、このタイミングでそれを言い出したの? 今回の探索を計画した時でも、昨日29階層に到達した時にでも言えたでしょ? それにその提案は元々、今回はダンジョン泊を成功させる事を優先に考えて皆で話し合った上で却下した筈の提案よね? 何で今更、話を持ち出したの?」
「ええっと、その……」
柊さんの追求に、俺は目を泳がせながら言い淀む。
すると柊さんは軽く息を吐いた後、据わった目つきで先を促してくる。
「もっともらしい建前は良いから、本音を言って」
「憂さ晴らしに少し暴れたいかな……と」
俺は据わった目つきの柊さんから顔ごと目を逸らしつつ、小声でオーガ討伐の本音を口にする。
すると、柊さんは裕二に視線を向けた後、二人揃って溜息を吐いた。
「はぁ、大樹。変な言い回しをせずに、それならそうと言えよ」
「そうよ、九重君。別に、回りくどく言わなくても良い理由じゃない」
「……えっ?」
二人から、思っていた反応と違う反応が返ってきた。そんな理由でオーガと戦うのか?と言われ、諫められるものと思っていたのだけど……って、二人の目が昏く輝いているように見えるのは気のせいなのだろうか?
そして、その疑問の答えは直ぐに判明する。二人の口から発せられた言葉によって。
「「憂さ晴らしがしたいのは、俺も(私も)同じだ(よ)」」
「そ、そうなんだ……」
俺は自分の頬が引き攣っていく事を自覚しつつ、絞り出したような声で返事を返した。さっき思いっきり愚痴を叫んだけど、二人もまだまだ腹の虫は収まってはいなかったらしい。
まぁ兎にも角にも、オーガ討伐に行く事は出来そうだ。討伐に行こうとする理由が、タダの八つ当たりじみてるけどな。
行動目的が決定してからの、俺達の動きは速かった。他の探索者やトラップ、モンスター達を警戒しつつ29階層までの道のりを一気に駆け抜けていく。探索者が近くに居る場合は和やかに挨拶をしながらやり過ごし、モンスターやトラップは壁や天井を利用し駆け抜けていく。
結果、29階層までの道のりで移動時間は30分と掛からなかった。
「思っていたよりも、早く到着できたな」
「ああ、そうだな」
レリーフの様な文様が刻まれた大扉の前で、俺は感慨深げな眼差しで眺めた。昨日も見ていたので感動と言った感情は湧いてこないが、やっと憂さ晴らしが出来ると言った昏い喜びが沸々と湧き出てくる。
オーガが番人を務める門の向こうは閉鎖空間なので、他の探索者パーティーにのぞき見をされるという事は無い。つまり、隠し事が多い俺達が、他人の視線を気にする事無く気兼ねなく暴れる事が出来るのだ。まぁ、限度はあるけどね。
「ねぇ二人とも、何時までも扉を眺めていないで早く入りましょう」
「えっ、ああ、ごめん。そうだね、何時までもココで突っ立っていてもしょうが無いよね」
俺は門の前で待ち惚けをさせていた柊さんに謝りつつ、“空間収納”からある物を取り出す。目の前に聳え立つ扉を開く鍵、コアクリスタルだ。
「前に熊狩りをしてて良かったよ、お陰で扉を開くコアクリスタルに困らないからね」
「熊狩りか……結局アレ、無駄になったんだよな。俺的には良かったけどさ」
裕二は何処か安堵したような表情を浮かべながら、俺が手に持つコアクリスタルを感慨深げな眼差しで眺めていた。まぁ裕二は危うく、体育祭で熊デビューしかけてたからな……。とまぁそんな遣り取りをしつつ俺は、二人に注意を促してからコアクリスタルを門の表面にある窪みに嵌め込む。
さぁて、久しぶりにオーガと御対面だ。
あまり不満を溜め込みすぎると、唐突なタイミングで爆発する時がありますからね。ガス抜きは重要です。




