第264話 言葉の選択には気を付けよう
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乾いた笑い声を止め、馬場さんは軽く咳払いをいれ話を本筋に戻した。
「ああ、えっと、2つ目の質問にいっても良いかな?」
「あっ、はい……どうぞ」
滑った事で軽く引きつっていた表情を引き締めなおし、俺は真剣な表情を浮かべる馬場さんに向き直る。雰囲気から言って、こちらの話が馬場さん達にとっては本題のようだ。
まぁ、大体の質問内容は予想できるけどな。
「相手の内情を探るような質問がマナー違反だという事は重々承知しているが、どうしても聞いておきたい」
「……何を、ですか?」
「先のコボルト戦で見せた、君たちの戦闘能力についてだ。君達の様な少人数グループがここまで来れる以上、それなり以上の戦闘能力を有しているのは理解できる。だが流石に……」
馬場さん達は若干緊張しながら半目になり、先程の戦闘で見せた俺達の戦闘能力についての質問をしてきた。やっぱり馬場さん達の視点で見ても、先程見せた俺達の戦闘能力は頭一つ……いや、それ以上に飛びぬけたものだったらしい。
……あれでも、かなり加減はしてたんだけどな。だけど。
「俺達の戦闘って、何かおかしかったんですか?」
とりあえず一度、何かおかしなところでも?といった表情と態度で呆けてみた。まぁ誤魔化せはしないだろうけど、相手の反応は見れる。相手の反応によって、ある程度対応を変えないといけないからな。
そして俺がそんな風に返事を返してくると予想してなかったのか、馬場さんは少し動揺した様子で若干頬を引きつらせる。まあ普通、この状況で完全に呆けてくるとは思わないだろうからな。
「ああ、えっと……変と言うか、凄すぎると言うか……」
「凄すぎる、ですか……」
「あっ、ああ。君達が見せた先程の戦闘は、俺達の視点から見ていると桁違いに凄く見えたよ。俺達じゃ、あんな数のコボルトを君達の様に素早く倒す事はできないからね」
「「「……」」」
馬場さんの言葉を聞き、俺は驚きの表情を浮かべつつ裕二と柊さんに視線を向ける。尚、その視線には“やべぇ、やり過ぎた?”といった感想が多分に含まれていた。
自分達からすると、単純に怪我を負わない様に素早く倒しただけだったんだけどな。それでも、はたから見るとやりすぎだったようだ。
「失礼を承知で聞くんだが、君達はどうやって、あんな戦闘能力を得たんだい? 何かしら、凄い“スキル”を得ているとか……」
「えっ、あっ、その……」
馬場さんの質問に、俺は右手を頭の後ろに添えながら困った表情を浮かべて言い淀む。
すると馬場さんはハッとした表情を浮かべ、少し慌てた様子で両手を胸の前で小さく振る。
「ああ勿論、無理に聞き出そうとは思っていないよ。できれば知りたいな、と言った愚痴みたいなものでね……」
と、口では言ってはいるものの、馬場さんの向ける目は、何かしら情報を寄こせ、と言いたげな光を宿していた。目は口程に物を言う、とはよく言ったものだ。
俺は一旦目を閉じ悩むような仕草をした後、頭の後ろを掻きながら口を開く。
「先程の戦闘では、特別これと言った“スキル”は使ってませんね。タダ単純に、コボルト達に駆け寄って切りつけただけです」
「「「……えっ?」」」
「ですから、タダ駆け寄って切りつけただけなんですよ」
俺の返事に、馬場さん達は気が抜けたような声を漏らし、唖然とした表情を浮かべる。まぁ、目の前で自分に出来ない凄技を見せられたら、何かしらの理由が欲しいよな。
それなのに、面と向かって無いって断言されたら……。
「う、嘘だ! 絶対に何かしらのスキルを使ってる筈だ! そうじゃなかったら、お前達のような……!?」
今まで黙って、俺と馬場さんの話を聞いていた、大学生パーティーの一人が、突然興奮したように大声を上げ、俺の言葉を否定しに掛かってきた。どうやら、先程の戦闘で俺達が何かしらの“スキル”を使っている、と思っていたらしい。
「お、おい! 落ち着け、益澤! いきなり如何した!?」
「落ち着けるわけがないだろ、浜谷! あんな戦闘を見せつけておきながら、コイツら言うに事欠いてタダ近寄って切りつけただけだと!? コボルト相手に苦戦していた俺達に対する当てつけかよ、馬鹿にするのも大概にしろよ!」
「「「……」」」
浜谷さん達を馬鹿にする意図はなかったのだが、俺の言い方が悪かったのか益澤さんの癇……と言うかプライドに障ったらしく、激しく俺達に対して非難の声を上げる。その顔には、自分達の力の無さに対する悔しさ、俺達がコボルトとの戦闘を大して気にも留めていない余裕ある態度への嫉妬、そして何より見下されたという怒りの色に染まっていた。浜谷さんは必死に益澤さんを落ち着かせようとしているが、抑えていた感情が爆発した益澤さんは中々落ち着かない。むしろ、浜谷さんに抑えられた事で、ますますヒートアップしていく。
なので、俺達はそんな彼等のやり取りを、ただただ唖然と見ているしかなかった。
「大体コイツら、最初っから気に入らなかったんだよ! 俺達が水不足で困っているってのに、法外な値段を提示してボッタクリやがったしな!」
「何を言ってんだ、益澤!? 俺達は有償とは言え、こんな所で水を分けてくれた彼等に感謝すべき立場なんだぞ!?」
「それが気にいらねぇんだよ! 大体その水だって、魔法で作った水だろうが!? 少し休めばいくらでも作れるんだから、金なんか取ってるんじゃねぇってんだよ!」
「お前っ……!」
どうやら益澤さん?は、先程のコボルトの戦闘の件だけではなく、有償で譲った水の事についても不満がつのっていたらしい。それが、先程の俺の発言で爆発したって事か。
ホント、一体何が人の不興を買うか分かった物じゃないな……。
「おっほん!」
「「!」」
「ああ君達悪いんだが、内輪揉めは自分達のテントに戻ってからにしてくれないか?」
「「……」」
二人の言い争いが少し落ち着きを見せたタイミングを見計らい、馬場さんは大きな咳払いをした後、鋭い目つきで浜谷さんと益澤さんを睨み付けながら一言釘を刺す。これ以上見苦しい言い争いを見せるのなら、黙っていないぞと言外に含む眼差しと共に。
そして、そんな眼差しを向けられた浜谷さんと益澤さんは気まずげな表情を浮かべた後、浜谷さんが俺達に向かって頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
「すまない、こんな事になってしまって。厚意で水を分けてくれたのに、君達に不快な思いをさせてしまった……」
「あっ、いえ……」
「「……」」
浜谷さんが謝罪するも、俺達との間には何とも言えない空気が漂う。その上、この地獄のような雰囲気を作ったと言える益澤さん?は、不機嫌な態度を隠そうともせず明後日の方を向いたまま謝罪しようともしない。
「おい、益澤! お前もちゃんと謝罪をしろよ。お前が原因で、こんな事になってるんだぞ?」
「……悪かったな」
「益澤!」
「……ははっ、お構いなく」
頭も下げず全く悪く思ってない態度で謝罪の言葉を口にする益澤さん?と、少し焦った表情を浮かべながら鋭い声で叱責する浜谷さん。うん。今すぐにはどうしようもない問題だな、これ。
そして……。
「本当に申し訳なかった」
そう言い残し、浜谷さんは俺達に向かって深々と頭を下げた後、益澤さん?の右腕を掴み引きずるように立ち去っていく。その際、引きずられた益澤さん?は痛いので手を放すように訴えていたが、浜谷さんは聞く耳持たずと言った態度のまま足早に去って行った。
その際、浜谷さんの背中に立ち上る怒気のオーラが漂っているのが見えたのだが……あれは気のせいだよな。
「「「……」」」
浜谷さん達が立ち去った後、その場に気不味い空気が漂う。俺達と馬場さん達は視線を交わし合うだけで、誰も口を開こうとしない。と言うか、何て話し始めれば良いんだよ。
そんな気不味い空気の中で、意を決し口を開いたのはやっぱり馬場さんだった。
「ああ、えっと、その、何だ? 俺が不用意な質問をしたせいで、君達に不快な思いをさせてしまってすまなかった」
「あっ、いえ。別に、馬場さんのせいと言う訳では無いですし……」
馬場さんは軽く頭を下げながら、無駄に騒動の火種を作ってしまった事を謝罪してくる。いやホント、馬場さんは悪くないですよ? 何と言うか、タイミングが悪かったとしか言いようが無いですしね。
「彼も本当なら、あんな事を言う気は無かったんだろうが、不意の物資不足や敵襲で気が立っていたのだろうな。そんな状況で、自分より若い者達が平然と自分達が苦戦していたモンスターを簡単に蹴散らしてしまったら、何かしらか思う事も出てくるだろう。探索者として一角の活躍をしているとは言え、彼等もまだまだ若い。だからその、なんだ? 私が言うのもなんなんだが、彼の事は寛大な心で赦してやって貰えないか?」
「……ええっと、その、分かってます。場所が場所ですし、悪気が無かったとはいえ自分も浜谷さん達の自尊心を傷つけるような事を言ってしまいましたし……」
申し訳なさと若干の非難が入り交じった表情を浮かべながら、馬場さんは浜谷さん達の弁解を行ってきた。少し考えてみれば、分かる事だ。バックアップ体制が確りと整った企業系探索者でも無ければ、民間の探索者で20階層近くまで到達出来るパーティーは全体のほんの僅かだろう。それ故に浜谷さん達のパーティーも、この階層まで到達出来る探索者パーティーとして相応しい自信と自負を持っていた筈だ。もちろん浜谷さん達も、上には上がいるという事は理解していたのだろうが、自分達より若い俺達に頭を下げて物資を分けて貰った上、自分達が苦戦する敵を苦も無く蹴散らす姿を見せられれば……自尊心に傷の一つもつくというものだ。
それを考えれば“スキルも使用せずタダ駆け寄って切り付けた”と言う説明は、不用意な発言だったと言う謗りは免れないだろう。言葉にこそなってはいないが、“お前達は俺達より格下だ”と言外に言ったに等しい発言だからな。
「君達に悪気が無かったという事は理解しているつもりだ。だが、長時間極限状態を強いられ精神的余裕が持てないココでは、上では何の問題ない言葉でも失言となり大きな問題に発展しかねない。特に他パーティーとの会話では、些細な会話だったとしても発言の一つ一つに気を配った方が良いだろう。相手が自分達と同じ条件でダンジョンに挑んでいるのでは無いのだから」
「「「……はい」」」
馬場さんも俺の発言に思う事はあったのだろうが、それを呑み込んだ上で真剣な表情を浮かべ俺達にダンジョン内での他パーティーとのやり取りに関する注意点を助言してくれた。全くありがたい事だ。
そして助言をくれた際、少し大きな声だなと思ったが直ぐにその行動の意図を察する。大きな声で助言をするという事は、俺達が他パーティーとのやり取りに不慣れであるという事をアピールしてくれていると言う事だ。誰に対するアピールなのか? それは勿論、浜谷さん達に対してだろう。俺達の会話を浜谷さん達が聞いていれば、益澤さん?の暴走も俺達の不慣れのせいという言い訳が出来るからな。双方が失態を晒していたとなれば、どちらか一方が悪いからと責められる事は減るだろう。ここで益澤さん?の暴走だけが目立てば、益澤さん?と俺達の間に遺恨が残る事になりかねないからな。
おそらく馬場さんはその辺を危惧して、気を遣って助言という助け船を出してくれたのだろう。
「それにしても……このまま質問を続けるような雰囲気じゃ無いな」
「はぁ……そう、ですね」
「だな。残念だけど、俺達はここら辺で戻らせて貰うよ」
そう言って馬場さんは仲間に合図をし、自分達のキャンプの方へと行こうとする。
「じゃぁ、悪かったね。折角忙しいところ時間を取って貰ったのに、こんな事になってしまって」
「いえ、此方こそ助言を頂きありがとうございました。それにさっきのフォローも……」
「俺は自分がやらかしてしまった事に対する責任を取っただけさ。まぁ、これで解決出来たかは分からないけど……」
「少なくとも、軽減は出来たはずですよ」
「そうか、そう言って貰えると助かるよ。じゃぁ、地上に戻るまで気を付けて」
「はい。馬場さん達もお気を付けて」
別れの挨拶を交わした後、軽く手を振りながら馬場さん達は去って行った。
後は……。
「……」
「……」
互いに無言で見つめ合った後、気まずげな表情と声で正井食品の作岡さんが口を開く。
「じゃ、じゃぁ私達も帰ります」
「あっ、はい」
「その、時間があればイベントに来て下さいね?」
「は、はい。時間があったら、いかせてもらいます」
馬場さんに主導権を取られ、今まで口の一つも差し込めないでいた作岡さん達が肩を落としながらキャンプの方へと重い足取りで帰って行った。
何か、悪い事をしちゃったな。
意識しない何気ない一言で、人を傷つける事ってありますよね。




