幕間 漆話 ダンジョンがある日常(美佳視点)
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その日、私は家族と何時もの様に朝御飯を食べていました。何時もと変わらない、家族皆で和気藹々とした和やかな雰囲気に満ちた食卓。我が家の朝の光景です。でも、そんな日常の光景も、リビングのTVが勝手に切り替わって突然政府放送が始まった時から、少しずつ変わって行きました。
御飯を食べながら、何を言うのかとTVに耳を傾けていると、政府報道官の人が真面目な顔でダンジョンが出現したと言い切ります。この時私は、聞き間違えかな?と自分の耳を疑いました。お兄ちゃんなんて、音を立てながら顔をカレンダーの方に向けたんですよ?けど、私はTVから目を離せずにいました。
だって、ダンジョンですよ、ダンジョン。ゲームや漫画の存在でしかなかったものが、紛れもなく国内に実在するって、日本政府が公認して、政府放送で国民皆に知らせたんですよ?報道官が次に何を言うのか、気にならない筈がありません!あの時、確かに私の心は、期待と好奇心で躍っていました。
政府放送が終わった時、私は食事もそこそこに家族に向け興奮した大声を上げます。お兄ちゃんに注意され、興奮は一時的に覚めましたが、私の心底にはダンジョンに対する憧れの様な物が生まれていました。一度行って、自分でダンジョンを体験したいと。まぁ、不意にその思いが私の口から漏れ出した時は、お母さんに怒られちゃいましたけど。
ご飯を食べ終えた私とお兄ちゃんは、自分の部屋へ学校へ行く準備をします。部屋着から制服に着替え、鏡の前で先生にバレない程度にナチュラルメイクを施し準備完了。教科書が入った通学カバンを持って、リビングに戻ります。リビングのTVはニュースが映りっぱなしでしたけど、何と言えば良いのか内容が酷く混乱していました。あんな政府放送があった後だと仕方ないのでしょうけど、この分だと何時も見ている星座占いのコーナーは多分見送りです。チャンネルを回し他の放送局に合わせますが、どこの番組も情報不足でシドロモドロするキャスターさん達の醜態が映し出されるだけで、ダンジョンについて新しい情報は何一つとして報道されませんでした。
自称専門家さんや、他のコメンテーターさんの討論ニュース番組を何となく見続けていると、お兄ちゃんがリビングに入ってきました。部屋へ上がる前に比べ、お兄ちゃんの顔色は少し悪くどこか疲れた様子です。部屋で何かあったのかな?心配しお兄ちゃんに声をかけますが、苦笑いの様な表情を浮かべ大丈夫だと返されました。大丈夫そうには見えないんだけどな。
登校時間が迫っている事をお母さんに促され、私とお兄ちゃんは家を出ます。お兄ちゃんは家を出た後、一度自分の部屋を何とも言えない表情と不安に満ちた眼差しで見ていました。本当に部屋で、何があったのかな?
お兄ちゃんとは、途中まで同じ通学路を一緒に歩いて登校しています。暫く歩くと、私達の通学路が分岐する交差点に差し掛かりました。ここでお兄ちゃんとはお別れ、去年までは一緒の中学校に通っていたんだけどな。私はお兄ちゃんに手を振りながら、交差点を曲がって中学校に続く道を歩きます。
「美佳ちゃん!」
「あっ、沙織ちゃん!」
校門を過ぎた所で私に声をかけて来たのは、小学校以来の私の親友である岸田沙織ちゃん。艶のある背中の半ばまで届く黒髪をツインテールに纏めた、小柄な体型に不釣合いな大きな胸が特徴の八重歯が可愛い勝ち気な女の子だ。走る振動で大きく揺れる沙織ちゃんの胸と、微かに隆起するに留まる自分の胸を比べ密かに落ち込む。去年までは殆ど同じ様な大きさだったのに、何でこんなにも差が出来たんだろう?食生活かな?
沙織ちゃんと朝の挨拶を交わし、教室に着くまでにした私達の話題はダンジョンについて。ニュースでは何の実りある情報も得られていないので、沙織ちゃんとレベルアップはするのか? ドロップアイテムは手に入るのか? など、何かのゲームや漫画知識に基づく妄想話で花を咲かせた。
教室に到着して中を見渡してみると、他のクラスメート達も私達と同じ様にダンジョンの話題で賑わっていて、幾つものグループに分かれ楽しげに語り合っている。男子グループはダンジョンへモンスター退治に行くぞ!と盛り上がっており、女子グループは妖精や可愛い幻獣は居ないのかと楽し気に話していた。うん!大人気だね!結局、先生が入ってきてHRが始まるまで、教室内はダンジョンの話で持ちきりだった。
放課後、ダンジョンについての全校集会があったけど、ダラダラと校長先生が話をするだけで何の実りもない時間だったよ、全く。
「もう! 話す内容が無いのなら、早々に切り上げて欲しいよね!」
「そうだよね~。ニュースで何かやってるかもしれないから、早く帰りたいのにね」
「そうだよ! って、あれ?あの人、美佳ちゃんのお兄さんじゃない?」
帰り道で沙織ちゃんと全校集会について愚痴りながら歩いていると、私服姿のお兄ちゃんを見つけた。朝の様な暗い雰囲気ではないけど、どこか困惑している様な感じがする。沙織ちゃんと一緒に話しかけてみると、お兄ちゃんはスーパーに買い物に行く途中だったらしい。少し話した後お兄ちゃんと別れ、沙織ちゃんの家に御邪魔した。
沙織ちゃんの部屋で一緒にジュースを飲みながらTVを見ていると、今朝起きた大騒動の様子が繰り返し映し出されている。住宅街にダンジョンが出現した為、周囲数百メートル圏内が避難地域に指定され住民が一斉に避難をする光景だ。画面に映る住民達の顔には恐怖と困惑の感情が色濃く出ていて、非常事態が発生していると如実に表している。私と沙織ちゃんは暫く無言でTVを凝視し続けた。
「私達が学校に行っている間に、凄い事になってたんだね」
「うん。他のニュースでも、今日ダンジョン関係で起きた事を色々言ってるよ」
「警告を無視してダンジョンに入った民間人が、モンスターに襲われ重軽傷を負う……か」
「ダンジョンに入ってみたい気持ちはわかるけど、警告を無視して怪我するのは……自業自得じゃないかな?」
流れるニュースに、私と沙織ちゃんはダンジョンに怖さを感じると同時に、不思議な魅力を感じた。これが危険な魅力と言う物だろうか?危険なのは分かるが1度は行ってみたい、何となくそう思ったのだ。1時間程沙織ちゃんの部屋で駄弁っていたが、夕日が部屋に差し込んできたのを切っ掛けに日が沈む前に御暇する事にした。
家に帰ると、お兄ちゃんも買い物から帰ってきている様で、靴が玄関に置いてあった。リビングに居るお母さんに帰宅の挨拶をし2階の自室に戻る途中、お兄ちゃんの部屋から小さくコトン!コトン!と言う音が聞こえて来る。部屋で何か工作しているのかな?私は首を傾げつつ自室に荷物を置き、制服から部屋着に着替え今日のご飯は何かなと楽しみにしながらリビングに降りて行った。
ダンジョン報道があってから日本……世界の在り方が一変しました。
ダンジョンから産出される、コアクリスタルと呼ばれる物を使った発電を、日本が世界に先駆け実用化。大地震以来原発が停止し、慢性的なエネルギー不足に悩まされ、生産が減退していた日本産業は、息を吹き返しました。エネルギー問題が解消されるに従い、民間の経済活動も活性化、不景気を脱する兆しが見え始めています。比例する様に、ダンジョンの危険性を訴え、存在を否定していた世論が、ダンジョンの存在を肯定し、擁護する方向に変わりました。マスコミがこぞって、ダンジョン特集を組み、連日報道した結果、今やダンジョンブームが到来している、と言っても良い世情です。
今では政府が自衛隊や警察を使って閉鎖しているダンジョンを民間にも開放する様にと求め、週末には国会議事堂の前でデモ行進を行い世間を賑わせているのですが、私もダンジョンを民間に開放して欲しいとは思っているけれど、デモ行進に参加する程の積極性はありません。たまに報道されるニュースを見て、頑張ってるなと他人事の様に聞き流す程度です。
そして遂に、連日のデモの成果か政府の事情か分かりませんが、ダンジョンが民間にも開放される事になりました。ですがダンジョンに入るには、日本ダンジョン協会という新設される団体が発行する、特殊地下構造体武装探索許可書と言う資格が必要なのですが……。
「美佳、何膨れっ面してるんだ?」
「何って、お兄ちゃん! 私はダンジョンに潜れないんだよ!?」
「まぁ、年齢が届いていないからな」
年齢制限に引っかかって、資格習得試験を受ける事さえ出来ません。
しかも、今年高校受験を控えていると言う事もあり家族皆、私が資格試験を受ける事を望んでいない様子です。ううっ、家の中には私の味方が居ません。これで、スタートダッシュを決めるだろう人達との差が開く事が決定してしまいました。ゲームと違って、初心者への救済措置なんてないのに……。数日後、初回の資格試験受講者の数が5万人を超えたとニュースで知り、思わず地団駄を踏みました。
でも、この1ヶ月後にもっと驚く事が……。
「ねぇ、お兄ちゃん。何で急にダンジョンに行こうと思ったの? お兄ちゃんて、ダンジョンに行く事にはあまり興味があった様には見えなかったんだけど……」
興味無さ気だったお兄ちゃんが、急に通称、探索者試験を受けると言い出しました。私がダンジョンに行きたいと言うと、常に窘めていたお兄ちゃんがです。お母さんは少し話し合った後、お兄ちゃんが持ってきた申請書にサインしていましたが、私は不思議でした。
少しシツコく理由を聞くと教えてくれたんですが、その理由には私は些か納得が行きません。ダンジョンは危ないと常に言っていたお兄ちゃんが、友達に誘われたからと言う理由だけで試験を受けるとは思えないんです。実際、ニュースでもダンジョン攻略に行った探索者の人達が、大小様々な怪我を負っていると言う事がよく取上げられています。なのに……何で了承したんだろ?結局、本当に理由を教えて貰えないまま、お兄ちゃんは探索者試験を受けに行きました。
探索者試験にお兄ちゃんが無事合格したようです!試験自体は簡単だったと言っていましたが、結果が発表されるまでは何処かそわそわしていました。週末に協会支部へ行って、正式登録してくるそうです。
「ただいま」
「おかえり! どうだった? 無事に登録出来た?」
「ああ」
夕方、空が茜色に染まり始めた時お兄ちゃんは帰ってきました。朝家を出掛けた時には持っていなかった細長い革製のバッグを持っています。聞いたら裕二さんに譲って貰った物だと言っていました。でも、お兄ちゃんの表情は何処か思い詰めている様にも見えます。登録で、何かあったのかな?夕食後、リビングで家族皆でお兄ちゃんの許可書の用紙とカードを見せて貰ったけど、何て言うか……普通だった。もう少し凝った装いでも良いんじゃないかな?
「「お邪魔します」」
「いらっしゃい。さっ、上がって上がって」
お兄ちゃんの友達が家に来た。裕二さんは知ってるけど、あの女の人は誰?もしかして、探索者試験を一緒に受けた友達って、裕二さんとあの女の人だったの!?リビングから顔を出し玄関を見ていると、お兄ちゃんが紹介してくれた。女の人は柊雪乃さん。お兄ちゃんとはクラスメートで、探索者試験を一緒に受けたんだって。
お兄ちゃんは二人を部屋に案内し飲み物を取り上がって行った後、夕方近くまで部屋から出てこなかった。少し部屋の方が騒がしかったけど、ダンジョン行きの話で盛り上がっていたのかな?二人が帰った後、お兄ちゃんの顔が何処か晴れ晴れとしていた。ここ最近は思い詰めている様な表情が多かったので、久しぶりに気が張り詰めていないお兄ちゃんを見た様な気がする。そしてダンジョンへ行く前の週は、連日二人がお兄ちゃんを訪ねて家に来た。そんなに事前に話し合う事があったのかな?
「お帰りお兄ちゃん!」
「……ただいま」
日が沈み始めた夕方、ダンジョンへ行って来たお兄ちゃんが帰ってきた。特に目立つ怪我はしていない様で、私は一先ず安堵の息を吐き出しながら胸を撫で下ろす。ダンジョンの話を聴こうとしたが、お母さんに夕食を済ませてからと窘められ、その場で聞く事は諦めリビングへ移動した。
皆揃って食卓を囲んでいたのだが、お兄ちゃんの様子が可怪しい。お兄ちゃんが大好物である生姜焼きを、箸で啄くだけで一向に食べようとしていないなんて。お母さんもお兄ちゃんの様子が可怪しい事に気が付いて、お兄ちゃんの夕食を御茶漬に変えていた。どうしたんだろ?
「まだかな……?」
夕食後、お兄ちゃんの部屋でダンジョンの話を聞こうと待機していた。お兄ちゃんの部屋の床には、ダンジョンへ持っていった荷物が無造作に置かれている。帰宅後直ぐに夕食だったから、まだ片付けが済んでいないみたい。片付けて上げようかと考えていると、お兄ちゃんが部屋に入ってきた。
お兄ちゃんにダンジョンの様子を聞くと、細長い革バッグを手渡される。
「取り出してみて」
お兄ちゃんの言われた様にバッグのチャックを開けると、中から黒塗の鞘に収まった日本刀が出て来た。その姿を見た瞬間、私の体は固まる。ズッシリと来る重さが、遊戯用の模造品等ではなく本物である事を如実に語っていた。日本刀……お兄ちゃんが名前は不知火と教えてくれた。不知火を鞘から引き抜くと、鏡の様に私の顔を映し出す白銀の刀身が姿を見せる。初めて見るその姿に、私の目は瞬時に奪われた。心が吸い込まれる様な感覚を感じていると、お兄ちゃんの言葉で意識が現実に戻る。不知火は命を奪う凶器なのだと。
頭をハンマーで殴られたような気がした。不知火を持つ私の手は震える。お兄ちゃんはハッキリと、不知火を持ってダンジョンへ赴きモンスターを殺したと言う。私はダンジョン攻略と言う物がどういう物か、思い違いをしていた。ゲームや漫画とは違うんだと。そう思った瞬間、自分の不明を感じ目尻に涙が滲む。この時、何も言え無くなった私はただ俯いて目尻の涙を溢れさせない様にする事しか出来なかった。そんな私に、お兄ちゃんは選択肢を投げかけて来る。このまま話を聞き続けるか、話を聞くのを止めるのかと。無理に話を聞かなくて良いと言ってもくれたが、私はお兄ちゃんの話を聞き続ける覚悟を決め、歯を食いしばり顔を上げお兄ちゃんの目を見た。
もう一話閑話を挟んで、第2章は終わりです。




