第261話 む、無視するんだ……
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周りを見渡してみると、通路の近くに陣取っている大学生パーティーの方にも動きがあった。元々夜番をしていた人の他に、寝起きらしく少々機嫌悪げな男性が武装した状態で一人出て来ている。
パーティーメンバー全員が武装して出て来ていないところを見るに、何かが接近している気配は感じ取っているが、まだモンスターとは確信出来ていないと言った感じなのだろう。
「企業パーティーの方は……まだ動き無しか」
とは言っても、俺達の動きを見ていた夜番の人がテントの方に声を掛けているので全く無警戒という事でもなさそうだ。まぁ、確信が持てず用心の為と言った感じなので動きは鈍いけどな。
「お待たせ九重君……結構近付いてきてるみたいね」
装備を調えた二人が出てくる頃には、かなり近くまでモンスターが近寄ってきていた。何故なら、先程まで微かに聞こえる程度だった足音が、少し耳を澄ませればハッキリと聞こえてきているからだ。
しかも、この足音の感じは……複数で纏まって近付いてきてるな。
「そうだね。しかも複数体いるみたいだから、攻撃対象は分散するかも……」
そう言って俺は、広場にキャンプを張る他の探索者パーティーを一瞥する。
大学生パーティーの方は夜番以外にも戦闘員がいるのでそれなりに対応出来るかもしれないけど、企業系パーティーは対応が遅いので下手をすれば真面に奇襲攻撃を受けるかもしれないな。
「なぁ……企業系パーティーの人にも声を掛けた方が良いんじゃないか?」
「…でもさ、何て言うんだ? モンスターが近付いてきてるから気を付けてくださいとでも?」
「まぁ言っても、信じて貰えないか私達の能力を疑ってくるでしょうね」
裕二が心配げな表情を浮かべながら、注意を促すように勧めてくるが、俺と柊さんは一瞬渋い表情を浮かべ、首を軽く左右に振った。こう言っては何だが、大した信頼関係もない高校生が騒いでも、向こうさんが即座に対応してくれるとは思えない上、間近に迫ったモンスターに対する防衛態勢を崩す事にもなる。無論、この階層に出てくるモンスター程度なら、一対複数の戦いであっても、俺達が負ける事はないだろう。だが、周りに他のパーティーがいる状態でのそれは、俺達の高すぎる戦闘能力が際立って目立ちすぎる。確実に、他のパーティーの興味を惹くだろうな。
更に、自分達が気付いてない危機に気付いた高校生パーティーともなれば……熱烈スカウト案件ですね。ヤダよ、そんなのは……面倒臭い。とは言え、全く忠告無しというのも考え物だな。
「通路の奥にモンスターの姿が見えた段階で、大声で叫んで注意を促すって辺りでどうかな? それなら向こうも信じるだろうし、少しは対応を準備する時間も取れるだろうしさ」
「そうね、それが無難な対応かもしれないわね。幸い、モンスターの足はそれほど速くはないみたいだしね」
おそらくもうすぐモンスターの姿が見えるはずだ、薄暗く不鮮明だったとしても実物が目の前にいる以上信じないわけにも行かないだろうからな。
若干不満というか無念そうな表情を浮かべていた裕二は、俺と柊さんの提案に渋々と言った様子で首を縦に振った。
「分かった」
「悪いな裕二、他に良い考えが浮かばなくて」
「いや、俺が無理を言ってるのは分かってるって。確かに考えてみれば、モンスターの襲撃を前にして下手な動きは無理だよな。ああクソ、まだ半分頭が寝ボケてるみたいだな……」
そう言って裕二は自分の頬を数回叩いたり、頭を左右に振ったりしていた。俺は一瞬、柊さんに“クリエイトウォーターで水ぶっ掛けてやったら?”と言いそうになったが、流石にね?まぁ時間が有ったら、実際に裕二の奴実行したかもしれないけどさ。
しかし、残念な事にそんな時間は無い。
「見えたぞ。4・5・6……10体はいるな」
「あの姿は……コボルトね」
通路の先の曲がり角から姿を見せたモンスターは、メイスのような形をした棍棒を持ったオオカミっぽい顔付きの二足歩行のモンスター……コボルトだった。
コボルトはそこまで動きは速くないが、複数での戦いを得意とするモンスターだ。単体戦力はそこまで高くはないが、数が集まると中々に厄介な敵と言える。
「と言うわけだ、頼む裕二」
「おう。すぅ……“敵襲! モンスターが来るぞ!”」
裕二が大声でモンスターが出現した事を叫ぶと、他のパーティーも慌てて動き出し階段前広場がにわかに騒がしくなり出した。
裕二の大声に反応し、企業系探索者パーティーのキャンプから眩しい光の柱……ライトの光が伸びて通路の先を照らす。その光が照らし出した先には、眩しそうに顔を手で覆い足を止めたコボルト集団の姿が浮かび上がっていた。
そしてその直後、階段前広場に甲高い笛の音が鳴り響くと共に、先程の裕二より大きな声で警告が続けざまに発せられた。
「総員起床! モンスターの出現を確認! 直ちに迎撃準備を整えろ!」
「敵モンスターはコボルト! 数は推定10体!」
「おい、皆起きろ! 敵が来たぞ!」
企業パーティーと大学生パーティーで若干反応に違いはあるが、慌てて全員を起こし迎撃準備を整え始めたのは一緒だった。企業系探索者パーティーでは、こう言った場合の役割分担が決められているのだろう。若干戸惑っている様子だが、武装したメンバーが数名直ぐにキャンプから飛び出し夜番と合流、素早く最低限の防衛線を構築していた。夜番に立っていた一名だけではなく、キャンプの中に武装済みのメンバーを数名待機させていたらしい。逆に、大学生パーティーは夜番がモンスターの接近を警戒しつつ、夜番に呼ばれ出て来ていた男性が慌てた様子で残りのメンバーを起こしに掛かっていた。
だが何処のパーティーも共に、一分以内に全員武装を整え出て来たのは流石である。伊達にダンジョン泊を含め、ここまで降りてこられたわけではないらしい。
「中々の対応だな。これなら各パーティーともに、接敵前に最低限の防衛線は張れそうだな」
「ああ、夜番の警戒発令からの対応は、流石って感じだな」
「まぁ私達が警告を発するまで、夜番が警告を発せなかったってのは微妙だけどね。今回はコボルトが相手だったから接敵前に準備時間が取れたから良いけど、コレがもっと素早いモンスターだったら最低限の防衛ライン構築も危ないところよ」
俺達は他パーティーの対応を見て、感心半分呆れ半分と言った感想を抱いた。こんな出来だと、俺達が泊まるつもりでいた26階層に彼等が泊まった場合、最悪は襲撃をまともに受けていた可能性さえ出てくる。夜番が気付いた時には接敵寸前、襲撃音で起きだす寝ボケ半分のメンバー、血飛沫と悲鳴が木霊するベースキャンプ……。
うん、28階層でベースキャンプを張ってた企業系探索者パーティーは相当優秀な探索者パーティーだったんだな。
「とは言え、だ。……来るぞ」
「だな。おっ、分散したな……」
「そう、ね。でも、4・4・4って……」
「「「……あれ?」」」
俺達は武器を構えたまま、一斉に首を傾げた。
通路から階段前広場に侵入してきたコボルト達は全部で12体、3つの集団に分散し大学生パーティーと2つの企業系パーティーを襲い始めた。……って、俺達の相手は?
「……なぁ」
「……何だ?」
「コレってさ……避けられて無いか、俺達?」
「……そうかも、しれないな」
「そう、ね。あのコボルト達、確かに一瞬だけどコッチを見てたものね……直ぐに眼を逸らしたけど」
「「「……」」」
何とも言えない気まずい雰囲気が、俺達から醸し出される。
コボルトに眼を逸らされるって……これはアレかな? 皆怖いのに行きたくなかったから、怖くないのに向かっていったってやつなんじゃ……。
「み、見る目があるんだな……コボルトって」
「め、目と言うより、は、鼻なんじゃないか?」
「「……はっ、ははっ」」
「……二人とも現実逃避はそれ位にしておいた方が良いわよ」
俺と裕二は乾いた笑い声と笑みを浮かべ、柊さんはそんな俺達に突っ込みを入れた。いや、現実逃避が悪いのは分かるけど……笑うしかないじゃん、この状況はさ。
俺と裕二は柊さんの忠告を受け、頭を左右に振って変な思考を振り払い正気を取り戻す。
「とは言っても……どうするの、この状況?」
「どうするって言われてもな……」
「援護に入る……って訳にもいかないわよね」
「だよね……」
俺達が現実逃避をしている間、既に他のパーティーはコボルトとの戦闘に入っていた。
つまり、援護の為とはいえ下手に参戦する訳にはいかないのだ。
「……苦戦、してるな」
「ああ。企業系のパーティーの方は上手く連携して戦っているけど、大学生パーティーの方は……」
「連携自体は出来てるけど、個々の戦闘能力がちょっと足りないわね」
「多分原因は、パーティーメンバーの大半が寝起きだからってのだろうけど……不味いね」
企業系パーティーの方は上手く連携を取り、堅実にコボルトの相手をしているので時間は掛かるだろうが問題なく討ち取れそうである。
だが逆に、大学生パーティーの方は動きに精彩を欠いて苦戦していた。このままでは負けないにしても、怪我を負わずに勝つというのは難しいだろう。
「援護に入りたいけど……」
「止めておけ。今の乱戦状態で下手にはいると連携が崩れかねない」
「それに、向こうの感情もあるわ。基本ダンジョンでは、手助けを求められない限りは手出し無用だもの。今の状況だと、此方から手助けを申し込んでも……」
柊さんは言いづらそうに語尾を濁したけど、断られる可能性は高い。今の彼等の状況は、怪我をせずに勝つのは難しい状況なのであって、勝てない状況ではないのだ。
未だパーティーメンバーの誰も怪我を負っていない状況で、手助けを頼む探索者はまぁいないだろう。何故なら手助けを頼んだ場合、手助けの報酬としてドロップアイテムを折半しなくてはならないからだ。初めから共同で挑んでいるような状況なら兎も角、この状況で手助けを求めると言う判断は中々決断がつきづらい。
「……見守るしかないかな」
「だな。だけど、助けを求められたら即座に割って入れる用意はしておいた方が良いだろう」
「助けを求められれば、だけどね。それに……」
助けを求められる可能性は、かなり低いと思う。その上、大学生パーティーが戦う姿を観察した結果、時間経過と戦闘の高揚感の為か、次第に動きに精彩が出て来ている。コレなら怪我はしても、致命傷に繋がるような大怪我はしないだろう。
骨折が大怪我に該当しなければだが。
「ってあっ、企業側の戦闘が何時の間にか終わってるし……」
「なに? あっ、本当だ。誰も怪我をしてないところを見ると……」
「特に苦戦はしなかったみたいね」
俺達の意識が、苦戦する大学生パーティーの戦闘に偏っていたせいで、何時の間にか、企業系のパーティーの方の戦闘は終わってしまっていた。返り血は浴びているようだが、浴びた本人達に怪我をしているような動きは、見受けられない。最初に見た感じでも、連携が上手くいき、的確に対処していたからな。今回は集団が分散し、4体程度のコボルトが相手だったので、問題なかったのだろう。
まぁその分、大学生パーティーは苦戦が目立つな。
「あっ、漸く一体倒したわ」
柊さんがポツリと漏らしたその言葉の通り、大学生パーティーは苦戦の末一体目のコボルトを倒していた。コレで残り三体。分散していた戦力を残りのコボルトに振り直した結果、それからの決着までの流れは早かった。
倒したコボルトを抑えていた人員が、動きを拘束され足を止めていたコボルトの後ろに回り込み武器の剣を一閃。背中を切り裂かれたコボルトはたまらず膝を折り、武器を取り落とし体勢を崩し隙を見せたところを袋叩きにあい呆気なく討ち取られる。後は同じ事の繰り返し、最後のコボルトが倒されたのは最初のコボルトが倒されてから、一分と掛からなかった。
「終了、だな」
「ああ、追加のモンスターも……来なさそうだしな」
結局、コボルトの襲撃は失敗。どのパーティーも、怪我人を一人も出さずに無事撃退出来た。
とは言え、だ。
「見られてる、よな?」
「ああ、見られてるな」
「見られてるわね」
今回の戦闘で俺達は一切戦闘を行っていないのに、悪い意味で他のパーティーからの注目を集めてしまった。戦闘を一切していない……押しつけた訳ではないのに、一切戦闘していないのだ。コボルトに無視される形で。
うん。何をしたんだって、人の興味を集めるには十分な事だよな……はぁ。
戦えませんでした、相手が向かってこなかったので……です。




