第260話 口は災いの元、だよな
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面倒なお客さん達とのやり取りに関する反省会を終え、俺達は夜番の順番を決める事にした。
幻夜さんの訓練の如く、モンスターが五月雨のように襲ってくる事はないだろうが襲撃への備えは必要だからな。まぁコレをしなかったら、何の為にあんな訓練を受けたのか分からなくなる。
「俺は2番目で良いぞ。さっきは2人に、面倒な客の対応を任せっきりにしちゃったからな」
「えっ、良いの?」
「ああ」
裕二は若干申し訳なさげな表情を浮かべながら、一番中途半端な睡眠になる2番目を引き受けてくれる。まぁ確かに、面倒な交渉ではあったな。
とは言え、だ。
「でもあの時は、更に人を増やして特にどうなるという物でも無かったんだから、別に裕二が負い目を感じて負担が多い箇所に立候補する事でも無いと思うぞ?」
「そうね。ココは普通にジャンケンかくじ引きで決めても良いんじゃないかしら? じゃないと今後、何かしらかやらかした人が負担が多い場所をやるって流れになっちゃうわよ?」
柊さんの言うように、変な前例は作りたくないかな。怪我や体調不良なら夜番の順番を弄るのも仕方ないけど、今みたいに誰も特に消耗していない状態なら公平に決めた方が良い。
まぁ、前例と言っても3人しかいない現状だとあまり意味は無いと思うけど。
「俺としては特に反対はしないけど……2人はそれで良いのか?」
「うん」
「ええ」
「そっか……じゃぁクジを作るのも面倒だし、ジャンケンで順番を決めよう」
と言うわけで、ジャンケンである。
3人揃って右手を体の前に出し……。
「「「最初はグー、ジャンケン!」」」
と勢いよく拳を繰り出しジャンケンを始めたのは良いのだが……勝負が中々付かない。何故なら、3人が3人ともレベルアップ効果で動体視力が良くなっており、拳を振り下ろした握りの形で相手が出す手を見極めてしまっていたからだ。結果、アイコが30回ほど続いた。
……漫画かよと言いたいのだが、出来る物は出来てしまうのだから仕方が無いだろ?
「……うん、ルール追加。全員、手を振り上げた段階で目を瞑ろう。じゃないと、何時まで経っても決着が付かない」
「ああ、うん。そうだな、そうしよう。柊さんも良いよね?」
「ええ、勿論」
俺の提案に反対する者は、誰もいなかった。まぁ、このまま延々とジャンケンを続けるわけにも行かないからな。
そして気を入れ直し、拳を前に出し……。
「最初はグー、ジャンケン……」
「「「ポン!」」」
拳を振り上げた段階で目を瞑り、俺達は拳を出した。
そして目を瞑りながら拳を突き出し2秒ほど待った後、そっと目を開くと……。
「ああ、負けた……」
「よし、勝った!」
「ごめんなさいね、九重君」
俺はパーを出し、裕二と柊さんがチョキを出していた。つまり、俺の一人負けという事だ。
そしてジャンケンの結果、夜番は柊さん・俺・裕二の順番で行う事になった。
「じゃぁ、順番は今決めた通りという事で。後は時間だけど……」
「今回は別に急いで動く必要は無いからな、長めに休息時間を取っても問題ないだろう」
「そうね、この間の訓練でした2時間交替って言うのは結構キツかったものね。もう少し余裕を持った時間割の方が良いと思うわ」
2時間寝て、2時間警戒して、2時間寝る……。うん、この夜番スケジュールだと、やっぱりキツいよな。直ぐに寝られれば話は変わるけど、緊張と興奮でまぁ時間通りには眠れない。なので実質、1回の睡眠時間は1時間ちょっとあるかどうかだった。
……うん、余裕を持って休息が取れるスケジュールに賛成を一票。
「とは言っても、あまり長い時間ココで過ごすって言うのも問題だろうね」
「だろうな。あの大学生探索者パーティーは時間が来れば移動するかもしれないけど、企業系探索者パーティーは完全にベースに根を張って活動してるっぽいもんな。あまり長居していたら、また接触してくるかもしれない」
「流石に、また勧誘話を聞くのはごめんよね……」
俺だって、企業間の牽制ショーをまた見せられるのは、勘弁して欲しいよ。
って事はやっぱり、あまり時間を取っての長居は無用だよな。
「となると……少し長めにして3時間交替ぐらいかな?」
「3時間か……うん。まぁ、良いんじゃないか? 3時間もあれば、十分休息は取れるだろうしな」
「連続で6時間は寝れるものね」
と言うわけで、夜番は3時間交替と言う事で話が付いた。
うん、まぁ3時間もあれば程良く休息も取れるかな? ……変な事が起きなければ、だけど。
夜番の順番も決まったので、俺達はさっそく寝床の準備に入った。と言っても、ダンジョン内なのでテント等を張ったりする必要も無く直ぐにできる。バックパックに入れていた組み立て式の簡易ベッドを取り出し、ポールを伸ばし手早く組み立てていく。
最近の品は、ホントに軽くコンパクトに出来てるよな。
「良し、ベッドの完成。寝心地も……まぁまぁかな?」
流石に家に置いてあるベッドなどと比べたら寝心地は悪いが、石畳の上に寝転ぶ事を考えれば十分に許容範囲内だ。寧ろ、状況を考えれば快適とも言える。
後はタオルを丸め枕にし、薄手のハーフケットを用意すれば……。
「よし、寝床の完成っと。裕二、柊さん、そっちはどう? 終わったから手伝おうか?」
「大丈夫だ。コッチも……今終わった」
「私ももう少しで完成だから、手伝いはいいわよ」
寝床の設置を終え二人の方を見てみると、二人も順調に寝床を完成させていた。柊さんは衝立代わりに、俺達のバックパックを並べて壁にしているけど。
因みに、今回持参した組み立てベッドは、3人とも同じ品の色違いバージョンだ。いざモンスターに襲撃された場合、撤去する余裕がなかったら放棄する可能性があるからな。在庫処分なのか、ネットで安く売っていたので、幾つかまとめ買いしておいた。
「完成したわよ」
「そう。じゃぁ、コレからどうしよう? もう、寝る?」
「と言われてもな……今の所あまり眠くはないんだよな」
「時間的には、まだ21時くらいだものね。確かに、寝るには早いと言えば早い時間よ」
柊さんは時計で現在時刻を確認しつつ、どうする?と言った表情を浮かべていた。
いや、どうするって言われても……寝るしかないんじゃないかな? こういう所では寝れる時に寝ておかないと、何時寝れない状況になるか分かった物じゃないからね。
「でもまぁ、寝る以外にもうやる事も無いしね。……横になって目を瞑れば寝られる、かな?」
「……かもな」
幻夜さんの訓練に比べ生ぬるい現状では、絶対に睡眠を取って少しでも精神的疲労を回復させると言う必死さは湧いてこない。眠れるか眠れないかと言われれば、眠れるだろうが……何時眠れる事やら。
「……まぁ、頑張って」
どうやって寝ろうかと悩む俺と裕二を眺めながら、柊さんは苦笑を漏らしていた。
こうなってくると、裕二が選んだ夜番の3番目も外れだな。幻夜さんの訓練では精神的疲労もあるが、睡眠薬の効果で慢性的な睡魔に襲われていたからこそ直ぐに眠れたのだろう。
睡眠薬か……用意した方が良いのか……いやいや、ダンジョン内で寝るのに薬を服用するなんてのはダメだ。万一の可能性を考えれば、薬で眠気が後を引く状態で等というのは危なすぎる。はぁ、やっぱり自力で眠るしかないよな。
「じゃぁ私、陣幕の外で夜番をしておくわね。二人はユックリ休んでよ」
そう言って、柊さんは陣幕の外に出て行った。
俺と裕二は一瞬顔を見合わせた後、半目になりながら一言呟き合う。
「「……寝よう」」
そうとしか、言いようが無いからな。俺と裕二はベッドに横になり、ハーフケットをかぶり目を閉じた。
さてさて、何時眠れる事やら……。
俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。多少のダルさを感じつつ上体を起こすと、朦朧としている意識が次第に覚醒していく。そして目元を手の甲で擦りつつ声が聞こえた方を見てみると、そこには陣幕の外から中をのぞき込んでいる柊さんが立っていた。
「……ああ、柊さん。……もう交替の時間?」
「ええ、そうよ」
俺は両手を上げ背を伸ばし体を解しつつ、柊さんの用件を確認する。まぁ、一つしか無いんだけどさ。
どうやら、何時の間にか眠れていたらしい。寝る前はちゃんと寝れるか不安だったが、何も問題なかったようだ。我がことながら、ダンジョン内で熟睡出来るなんて随分と神経が図太いな。
「そっか、もう3時間も経ったんだ。……どう? 何かあった?」
「特に何も無かったわ。他のキャンプベースにも夜番の人は立っていたけど、特に話し掛けてくる事もなかったわよ」
「そう、それは良かった。個別にスカウトに来られたら面倒だもんね」
「ただ、視線は感じてたわよ、視線は……ね」
どうやら俺達、注目の的になっているらしい。まぁ、俺達がこの階層でやらかした事を思えば無理もないか。注目が警戒ではないと言うだけでも、マシだと思っておかないとな。
「そう。じゃぁ、これ以上注目を集めないようにしないとね」
「そうね。と言って、モンスターが襲い掛かって来でもしない限りそんな注目を集める様な事は無いわよ」
その言葉を聞き、俺は眠気が残る半目で柊さんを睨んだ。
いま柊さんがノリでフラグっぽい事を口走ったけど……大丈夫、だよな?
「柊さん、縁起でも無い事を言わないでよ。もし本当にそうなったらどうするんだよ……」
「あっ、ごめんなさい。ついノリで、変な事を口走っちゃったわね」
「もう……」
俺はベッドから起き上がり、寝る為に外しておいた装備を、身に着けていく。武器や防具を着けていなくても、素手で対処できない事もないが、他のパーティーの目がある以上、目に見える装備は整えておかないとな。
パンチやキックでモンスターを蹴散らす高校生……うん、完全にアウトな絵面だな。
「良し、準備完了っと。じゃぁ柊さん、夜番お疲れ様。交替するからユックリ休んでよ」
「ええ、じゃぁ後は御願いね?」
「うん、任せてよ」
そして俺は柊さんと入れ替わるように、陣幕の外に出て夜番を始めた。
陣幕の外に出た俺は、座布団代わりの断熱シートを広げ腰を下ろした。裕二と交代する3時間後まで、立ちっぱなしって言うのは流石に勘弁して欲しいからな。
それにしても……。
「柊さんが言うように、やっぱりコッチを見てるな」
腰を下ろした俺に、3方向から視線が向けられたのを感じた。
いや、注目の的だね……ちっとも嬉しくないけど。
「この視線に晒されながら3時間か……辛いな」
何時までも視線を向け続けられる事はないだろうが、自分が監視されているかと思うと何とも居心地が悪い。かといって、夜番を放棄するわけにも行かないし……はぁ。忍耐の3時間だな。
俺は溜息を吐きつつ、向けられる視線から意識を逸らしながら通路への入り口を監視する。
「……ん?」
暫く何も起きない暇な時間を過ごしていると不意に、敵意……害意が向けられているのを感じた。と言っても、ピンポイントで俺に向けられているのではなく広場にいる全員に向けられているようだ。
つまり……。
「はぁ、柊さんがあんな事を口走るから……」
俺は溜息を吐きつつ立ち上がり、中を覗き込みながら陣幕の中で眠る裕二と柊さんに声を掛ける。
「裕二、柊さん。悪いけど、起きてくれるかな?」
たいして大きくもない声で俺が二人に声を掛けた数秒後、陣幕の中から返事が返ってきた
「……どうした大樹? もう交替の時間か?」
「残念だけど、お客さんかもしれない」
「……お客さん?」
「これは……敵?」
裕二はまだ若干寝ぼけているらしく敵意を感じ取れなかったようだが、夜番をしてから寝ていた柊さんは覚醒が早かったらしく敵意を感じ取れたらしい。
「そっ。まだこっちに来るとは決まってないけど、ここには来ると思う」
「?……!? お客さんって、モンスターの事か!」
「そっ。まだ確定はしてないけど、来る可能性は高いと思うから起きて貰ったんだよ。あと、少し声が大きいぞ裕二」
「わ、悪い……って、そうじゃない! 敵が来るんなら、早く準備を整えないと!」
漸く頭が覚醒し現状を把握した裕二は、若干寝ボケた様子で慌てて装備を身に着けていく。普段なら慌てる事無く冷静に対処するのに、寝起きだと裕二でもこんな調子なんだな。
因みに柊さんは、寝ぼけて慌てる裕二の横で手早く装備を整えていた。
「そんなに急がなくても良いぞ、まだこっちに来るって……って、ん? コレは……」
広がっていた敵意に指向性が宿り、微かに聞こえていた足音がしだいに大きくなっていくように聞こえる。はぁ……コッチに来るの確定だよ、コレ。
早速、フラグ回収ですね。さて、何が出てくるのやら……




