第259話 スカウト合戦は他所でやってくれ
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白石さん達が去ったのを確認し俺と柊さんが陣幕の中に戻ろうとしていると、白石さん達とは別の人の気配が近づいてくるのを感じた。
しかもそれは、階段がある方向から……。
「「……」」
「ああ、ちょっと待ってくれ。気が付いてるのに、無言で戻ろうとしないでくれないかな?」
「「(チッ!)」」
気付いていませんよ、と言った体で戻ろうとした俺達を呼び止める声に、思わず内心で舌打ちを漏らす。いやいや、そこは黙って見送ってくれるのが、出来る大人の気遣いってものじゃないかな……?
そんな事を内心で思いつつ、俺は表情に出さないようにしながら声を掛けてきた主に向き直る。
「ああ、すみません気が付かなくって……で、何か御用ですか?」
「悪かったとは思うけど……そんな嫌そうな顔しないでくれないかな?」
申し訳なさと爽やかさを混ぜた笑顔を浮かべたつもりだったのだが、そこには頬を指先で掻きながら困った表情を浮かべる男性の姿……。どうやら俺は、表情を作るのに失敗したらしい。
「「「……」」」
気まずい雰囲気ながら、互いに困った表情を浮かべ合う。
だが、何時までもこうして顔を見合わせ続けても仕方が無いので、咳払いをして仕切り直しをする。
「ゴホン……で、何か御用ですか?」
「無かった事にするんだ……まぁ、良いんだけど。オッホン! 先程の彼等との交渉は見せて貰ったよ。中々見事な交渉だったね」
「は、はぁ……ありがとうございます?」
何故かいきなり称賛?された。困惑の表情を浮かべる俺と柊さんの様子に、男性は一瞬首を捻ったが何かに気付いた様に手を打ち合わせる。
「ああ、すまない。自己紹介がまだだったね。俺は馬場忠昌、波佐間商事の資材調達部ダンジョン資材調達課第5資材回収部隊隊長をしている」
「は、はぁ。そう、ですか……」
「あれっ、知らない? ウチの会社、結構広告には力を入れている筈なんだけど……」
聞き覚えがないかと聞かれたら、聞き覚えがない事もない。波佐間商事……確か、ダンジョンが民間に解放されて直ぐに活動を開始した会社だ。多くの会社が協会からダンジョン資材を仕入れ販売していた時期に、早い段階で自社で探索者部隊を揃え探索を行った会社の内の一つ……だったと記憶している。
何故そんな事を知っているのかって? あったんだよ、体育祭後に送られてきたスカウトというお誘いの中に。その関係で軽く会社について調べていたから、概要程度なら知っているんだよ。
「名前くらいなら、聞いた事は、あります。まぁ、ダンジョン関連の仕事をしているって程度ですけど……」
「まぁ就職世代の学生さんじゃないなら、その程度の認識でも仕方が無いかな?」
「何か……すみません」
「いや、気にしないでくれ。自分の認識より知名度が低かったって、勝手に落ち込んでるだけだから」
馬場さんは若干肩を落とした後、気合いを入れ直すように軽く頭を左右に振って俺達の方に向き直った。
「不甲斐ない姿を見せてしまったね」
「いえ。それで、そろそろご用件を伺っても?」
「ああ、すまない。君達に声を掛けた用件なんだけど、コレを」
「コレ?」
俺は馬場さんが差し出した4つ折りにされた小さな紙片を受け取り、横からのぞき込んでいる柊さんにも見えるように広げる。
中身は……。
「学生向け企業説明会?」
「ああ。今度、ダンジョン関連企業が合同で学生……高校生や大学生を対象にした企業説明会を行うんだ。それは、そのイベントの案内パンフレットさ」
「へぇー、就職説明会のような物ですか?」
「いや、もう少し軽い啓蒙を目的にしたイベントだよ。探索者という職業自体が出来て間もないカテゴリーだからね、コレから探索者になろうとしている者、現在学生で探索者している者、そんな人達にとって企業に所属し探索者活動をするというのが、どんな物かイメージしにくいと思わないかな? だからこのイベントは、各企業がどう言うスタンスでダンジョンに挑んでいるのかを紹介すると言う物だ」
啓蒙、ね。まぁ、青田買いや他職業への人材流出を防ぐとか言う目的も含まれてそうだけど。
ええっと? イベントの開催期間は盆明けの土日の2日間で、全国20カ所の政令指定都市で開催か……結構規模が大きなイベントだな。あっ、ダンジョン協会も協賛してるみたいだ。
「イベントでは各企業の基本的な勤務体系や支給装備品、バックアップ体制などについて説明が行われる予定だ」
「啓蒙という割には、結構本格的ですね」
「啓蒙だからこそだよ。ココで来場者達に変なイメージを持たれると、企業どころか業界全体のイメージが損なわれるからね。新しい人材が入ってこない業界なんて、衰退の一途をたどるしかない。後継者問題ってのは、どんな職でも避けられない問題さ」
成る程、確かに新しく出来たカテゴリーの職業だからこそ、正しいイメージを伝えないと後々問題を残す事になるよな。
「それと、そこに書いてあるように学生さんは学生証を提示してくれれば入場料は無料になる」
「はぁ、それは学生の財布にはありがたい事ですね……」
「先ずは、人に集まって貰わないと意味が無いからね」
と互いに軽く笑い合い、ある程度和やかな雰囲気が場に流れた。
だが……。
「で、本題は何ですか? まさかイベントの御案内だけ、って事はないですよね?」
「まぁ、な。本題はコッチだ」
そう言って、馬場さんは再び小さな紙片を差し出してきた。
って、コレは名刺か?
「簡単に言うと、スカウトだよ」
「……スカウト、ですか?」
「ああ。と言っても、俺のような下っ端に採用権なんて物はないけどな。会社からの指示で、めぼしいフリーの探索者がいれば声掛けと報告をするように言われているんだ」
「……成る程、そう言う事ですか」
「ああ、そう言う事だ。この階層に来れるだけで、探索者として一角の人材である事は確かだからな。声かけの条件としては、問題ない」
フリーと言う条件は?と聞きたいが、白石さん達との交渉の時に高校生だと名乗っているので、企業所属ではないと判断された可能性が高い。
「と言っても、いきなりスカウトだの何だの言っても疑わしい限りだと思う。だから、さっきのイベントパンフだ。ウチの会社もそのイベントにブースを出しているから、そこでウチがどう言うスタンスの会社かを知ってくれるとありがたい。今渡した名刺をブースの担当者に見せてくれれば、より詳しく教えてくれるはずだ」
「その為のパンフレットだったんですね」
何でダンジョン内にこんな物を持ってきてるんだ?と思っていたが、成る程。確かにダンジョン内で会った企業系探索者に名刺を渡されスカウトされるより、警戒感を解きつつ誠意を示しながらイベントに誘導し説明を専門とする担当者に引き継いだ方がスカウトが成功する可能性が高いだろうしな。
暫くパンフレット片手に馬場さんの話を聞いていると、もう一人階段横のキャンプから近付いてくる男性が見える。
って、あっちはもう一つの企業系探索者パーティーのテントだよな……つまりは。
「すみません、お話の途中……私どものお話を聞いて頂けませんか?」
やっぱりコッチの用件も、スカウト話だよな……。馬場さんが一瞬、嫌そうな目で話に割り込んできた男性を見てるし、直ぐ表情を取り繕ったけどさ。
男性は馬場さんの反応を華麗にスルーしつつ、名刺を差し出してきた。
「申し遅れました。私、こう言う者です」
男性が出した名刺には、正井食品材料調達部ダンジョン食品担当課調達担当係第2班作岡旭と書いてあった。
「作岡さん、ですか……。えっと、ご用件とは?」
「私の用件も、そちらの波佐間商事と同じです」
「と言う事は、つまり……」
「端的に言って、スカウトです」
ああ、やっぱりそうか……。
馬場さんが俺達に声を掛けたので、慌てて声を掛けに来たと言った感じなのだろう。直ぐに話を終えず、俺達と馬場さんが和やかに話を続けていたので焦って話に割り込んできたのかな?
「とは言え、急に話に割り込みこの様な事を言っても信じてもらえないでしょう。ですので、私どもの会社もそちらのイベントにブースを開いていますので、是非判断の参考になさって下さい。差し上げた名刺をブースの担当者の方に提示して頂ければ、より詳しく説明をして貰えます」
「あ、はい……」
「では、私はこの辺で。お話を聞いて頂きありがとうございました」
作岡さんは俺達に軽く会釈をした後、馬場さんの方を向き……。
「お話中に割り込んでしまい、申し訳ございませんでした」
「あっ、いえ。お気になさらないで下さい」
「そう言って貰えると助かります。では、コレにて失礼させて頂きます」
そう言って作岡さんは話し足りないと言ったような未練を一切見せず、悠々とした足取りで自分達のキャンプへと去って行く。そんな作岡さんの背中を、俺達と馬場さんは若干唖然とした眼差しで見送った。
うん、見事な去り際だ。だがその分……。
「「……」」
「……」
「「……」」
作岡さんの去り際があまりにも見事だった為、俺と柊さんは無言で馬場さんに“何時までいるの?”といった視線を送っていた。
そしてその思いが通じたのか雰囲気を察したのか、馬場さんは居心地悪げな表情を浮かべながら口を開く。
「じゃ、じゃぁ自分もそろそろお暇します」
「あっ、はい。そうですか……」
「あ、ああ。じゃぁ良かったら、説明会イベントに来てくれ。出来るだけサービスするよう、担当者に伝えておくから」
「あっ、はい」
そう言って馬場さんは居心地悪げな表情を浮かべたまま、足早に俺達の前から立ち去っていった。
あっ、そっか。もしかして作岡さんがアッサリ退いたのは、コレを狙ってたのかな? 下手に相手の話を遮りスカウトを妨害して揉め事を起こすより、無作法を装い少々強引に話に割り込み用件を述べてアッサリ退く。そうすれば、先にスカウト話をしていた馬場さんはしつこくスカウトを続ける迷惑な人という印象を俺達に植え付ける事が出来る。だが勿論、馬場さんとしてもそんな印象を俺達に残したい筈がない。そうすると、馬場さんがとれる選択肢は一つ。素早く、その場を去るという行動しかない。結果、俺達とのスカウト交渉は曖昧なまま終了。有望な探索者を他社に押さえられる事を防ぐと共に、自社のアピールも忘れないっと。
うん、見事な妨害工作だな……。
「……戻ろっか?」
「……うん」
唐突に企業間の牽制合戦に巻き込まれた俺と柊さんは、若干疲れた表情を浮かべつつ陣幕の中へと戻った。その際、出迎えてくれた裕二の気の毒そうな視線により、更に精神的に疲れたけどな。
はぁ……。
やっと終わった。それが裕二の用意してくれていたコーヒーを飲みながら抱いた、ここ1、2時間の出来事に対する感想だ。正直こんな大変な目に遭うのだったら、最初っから無人の26階層でキャンプを張れば良かったと思わなくもなかった。
だが。
「もう少し、周りに人がいる時の会話や行動には気を付けて置いた方が良いな」
「ああ、自分達にとって当然と思う行動や会話でも、他人にとってはどんな価値があるか分かった物じゃないからな」
「そうね。寧ろ、この段階で気付けただけマシよ。もっと上の階層の人が多いところで同じ事をしてたら、それこそ今頃大騒ぎになっていたかもしれないわ」
柊さんの言う通りだろう。もし上の階層で同じ事をしていたら、我先にと水を求め多くの探索者パーティーに詰め寄られていたかもしれない。ダンジョン泊をしようとする探索者が持つ荷物の中で、水が一番場所を取り無闇矢鱈に量を減らせない物だからな。そんなネックになっている部分が解決するとなれば、どうにかして俺達を利用しようと画策する馬鹿が出てこないとも限らない。
それを思えば、まだ自制が効くで有ろう人達が集まったココでやらかしたのは不幸中の幸い、得難い経験を得たと言うものだ。色々と疲れたけどさ。
「取り敢えず、ダンジョン泊中の立ち振る舞いって奴を覚えないとこの先キツいかもしれないな」
「そうだな。この間の訓練で、ダンジョン内で寝泊まりする事自体に問題はあまり無いと思うけど、どんな言動が他の探索者を刺激するのか知っておかないと不味いだろうな、やっぱり」
「そうね。TPOを踏まえた立ち振る舞いは、トラブルを避ける基本だもの。帰ったら、その辺をもう少し調べましょう」
「「賛成」」
コーヒーを飲みながら互いに苦笑いを浮かべつつ、訓練だけでは身に付けられない事もあるのだとシミジミと感じた。とは言え、あと数時間はココにいる予定なのだ。その間に新しく何かやらかさないか……少し心配だな。




