第257話 人の食の好みに口は出すな
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俺と柊さんが陣幕を出ると、緊張した面持ちの白石さんと美田さんが待っていた。まぁ、俺達の話し合いの如何によっては、探索続行か即時撤退するかが決まるんだからな。
「お待たせしました。すみません、ちょっと話が込み入ってしまって……」
「あっ、いいのよ気にしないで。私達が無理を言ってるんだし……」
柊さんが軽く頭を下げながら、待たせてしまった事を謝罪すると、少し慌てた様子で、白石さんがそれを止めた。まぁ、向こうが年上とは言え、無茶な御願いをしている立場だからな。
自分達を大きく見せようと、無駄に高圧的な態度を取られるよりはマシだ。
「そうですか。では早速、皆と話し合った結果をお伝えしますね」
「「……」」
柊さんのその言葉を聞き、白石さんと美田さんの表情が一気に引き締まり緊張した面持ちを浮かべた。
「皆と話し合った結果、条件付きでいいのなら水を提供しても良いんじゃないか?と言う事になりました」
「ほ、ホントに!?」
「ええ、本当ですよ。条件付きですけど……」
「ありがとう!」
白石さんは驚きと笑顔が入り交じった表情を浮かべ、美田さんは目を見開き静かに驚いていた。
「で、条件って言うのは何なの? 余程無理な事じゃなければ、大丈夫だと思うんだけど……」
「簡単に言うと、水の無償提供は出来ないという事です」
「えっ、あっ、それって……」
柊さんの言葉に何かを察した白井さんは、喜びを浮かべていた笑顔が少し曇る。
「はい。販売と言う形で良いのでしたら上限はありますが、お譲り出来ます」
「……えっと、お幾らかしら?」
「皆で話し合った結果、1リットル1万円で良ければお譲りします」
「一万!?」
白石さんは目を見開きながら手を口に当て驚きの声を上げ、美田さんは俺達を金の亡者め!と言いたげな嫌悪の眼差しで睨んできた。
白石さんの反応は仕方が無いと思うけど、美田さんの視線は心外だな……。
「あっ、ごめんなさい。えっ、でも……本当に一万円も?」
「はい。勿論、何でそんな金額を提示したのか説明はします」
柊さんは白石さん達の反応を涼しげな顔で受け流しつつ、淡々とした口調で先程俺達で話し合った理由を口にする。初めは驚きと嫌悪の眼差しを向けてきた二人も、説明が進むに従い半目になり最終的には申し訳ないと言った表情を浮かべていた。
どうやら、自分達がどれだけ面倒な御願いを持ち込んだのかに気が付いたようだ。水不足で切羽詰まっていたというのは分かるけど、出来ればその辺を考慮した上で御願いに来て欲しかったな。
「ごめんなさい。切羽詰まってて、気付かなかったわ……」
「すまん、迷惑を掛けた」
「あっ、いえ。水不足で追い詰められていたんでしたら、補給出来るとなれば他の事に考えが巡らなくなっても仕方がありませんよ」
落ち込む二人を柊さんは慰めつつ、話を本題に戻す。
「まぁそう言う訳なので、水の価格が高い事には納得して貰えましたか?」
「ええ。確かにそう言う理由があるのなら、貴方達に提示された価格も理解出来なくもないわ」
「高いけどな……」
「ええ」
二人とも、理解は出来るけど納得は仕切れないと言ったところかな? 理性では適正……寧ろ安い部類だと理解出来ても、スーパー等で売っている水の値段を知っているのでボッタクリでは?と言う疑いの感情が湧き出てくるのだろう。
だが、コレばっかりは無理矢理にでも納得して貰うしかない。
「少し、考えさせて貰っても良いかしら?」
「ええ勿論、額が額ですからね」
十リットル購入したら、十万円だからな。即答は難しいだろう。
「そう言って貰えると助かるわ。ああ、それともう一つ良いかしら?」
「何ですか?」
「仮に購入するとして、その場合に譲って貰える水の量はどれくらいかしら?」
「ああ、すみません。それを言ってませんでしたね、今回譲れる水の上限は五十リットルまでです。これ以上は探索中と言う事もあり、お譲り出来ません」
クリエイトウォーターは、1回使用する毎にEPを1消費する。仮に50回使っても、EPは50しか消費しないが現状、EPの回復薬等は発見されていないので、EPの回復を自然回復に頼るしかない状況だ。コレがダンジョンの外ならばEPを限界まで使用し造水し回復を待てば問題ないが、ダンジョンの中でとなると話が変わる。
例え休憩中であろうとも、何時モンスターが襲撃してくるか分からない。である以上、全てのEPを消費してしまうのは愚策である。また安全性を考えると、モンスターとの戦闘で消費する量とEPの自然回復する量のバランスを考え造水に回せるのは最大EP量の3分の1とするのが限界だろう。特に、人命が掛かっている訳でもなく、他人に提供する場合は。
勿論、柊さんの保有EPならば五十リットルの造水など負担にはならないだろうけど、レベルの偽装は必要だからね。
「五十か……」
「足りませんか?」
人間が一日に消費する水を三リットルとした場合、五人パーティーだと一日に消費する水は凡そ十五リットル。五十リットルの場合、3日分と言ったところだろう。
探索期間が三日……水代はペイ出来るかな?
「ううん。偶然だろうけど、私達の持ってる容器のサイズと同じだな……って」
「そうですか……」
白石さん達は、五十リットルの容器を持ってきてたんだ。と言う事は、行き帰り分の水はあるって言ってたから、一週間から十日のスケジュールを組んでたのかな? 向こうの人数が分からないから、大凡だけどさ。
「じゃぁ、ちょっと皆と相談してくるから、また来るわ」
「はい」
そう言って、白石さんと美田さんは自分達のキャンプベースへと帰って行った。
肩は落ちてるのに、足取りが軽やかな後ろ姿ってのも妙な光景だな。
白石さん達が帰った後、俺と柊さんは陣幕の中へと戻る。すると陣幕の中では、裕二がコンロの前に座りレトルトパックを温めていた。
そういえば、ご飯の準備をしてたんだよな。
「お疲れさま。取り敢えず、穏便に事は運びそうだな」
「そうだと良いんだけどな……」
「伝える事は伝えたんだから、後は向こうの考え方しだいよ。購入を控えて戻るも良し、購入して探索を続けるも良しよ」
柊さんの言う通りだな、俺達に出来る事は選択肢の提示くらいだ。俺達も別に商売をするつもりはないので、購入しようが購入しまいがどっちでも良い事だしな。
さて、そんな事より飯だ飯。
「裕二、コレってもう温まってるのか?」
「ああ、一応な。こっちもそろそろ……大丈夫なはずだ」
「ありがとう、広瀬君。ごめんね、準備を全部任せちゃって」
「別にいいよ、温めただけだしな。寧ろ、こっちこそ面倒事を押しつけるみたいな形になっちゃって悪かったね」
と言った具合に、互いに軽く謝罪し合った。まぁ誰が悪いって訳でもないので、話はコレで終りだ。
そして俺と柊さんが白石さん達と交渉している間に裕二が準備してくれた物は、アルファ米の白米と、カレーのレトルトパックだ。うん、キャンプの定番のメニューだな。
「後はコレを焼いてみるか」
そう言って裕二が取り出したのは、皆大好きミノ肉だ。ここに来る途中遭遇したので、確りと狩っておいた。まぁ残念だけど、霜降りミノ肉はドロップしなかったけどな。
裕二は懐刀を使ってミノ肉を切り分け、塩を振って網の上に置いた。こんな事に懐刀を使って良いのか?と一瞬疑問に思ったが、使用後“洗浄”スキルを使って綺麗にしていたのでまぁ良いか。
「じゃぁ、肉が焼けるのを待ちつつカレーを食べるか」
「そうだな。じゃぁ、いただきます」
「いただきます」
俺はレトルトパックを開き、アルファ米の袋に流し込む。皿に盛った方が見た目は良いんだろうけど、ゴミが増えるからな。使わなくても済むのなら、余分な物は使わない方が片付けは楽だ。
「うん、普通に美味しいな」
「まぁ、カレーだからな。よっぽどの珍品じゃなければ、早々外れは引かないって」
「そうね。レトルトカレーで外れを引いたなんて話、滅多に耳にしない話題よ」
多少のアルミ臭さのような物を感じるが、普段から口にしているレトルトカレーなので味に問題はない。寧ろ、ホッとする味だ。こんな所で食べる食事だからこそ、普段食べ慣れた物の方が良いのかな?
美味しい食事に頬を緩ませながら、俺達は黙々とカレーを口に運んだ。……って!
「おい、裕二! 焼きすぎ、焼きすぎ! 裏返さないと、焦げるぞ!」
「ん? ああ、悪い」
そう言って裕二は、若干強めの焼き色が付いた肉を割り箸でひっくり返していく。
「それにしても、相変わらず良い匂いをさせるよな、この肉」
「そうだな、実に食欲をくすぐる匂いだ」
炭が弾ける小さな破裂音、香ばしく焼けた表面、炭に落ちた脂から立ち上がる煙り。その全てが、俺達の食欲を刺激し魅了してくる。
そしてミディアムレアに焼き上がった肉を、俺達は生唾を飲みながら食べた。
「うーん、美味い。サッパリしているのに濃厚な旨味、そりゃ人気も出るよな」
「ああ、値段相応の味って奴だな。手元に塩しかないってのが、少し残念だけどな」
「そう? 私は下手なタレを付けるより、塩の方が美味しいと思うわよ?」
「「……」」
アレ? 裕二、柊さん?
何故か何時の間にか、二人の間に不穏な雰囲気が……。
「いやいや柊さん、何を言ってるんです? 美味しく食べる為に試行錯誤し作られたタレを付けてこそ、肉の味が生きるって言うものですよ?」
「あら、そうかしら? 塩で食べるからこそ、肉本来が持つ旨味を味わえるんだと思わないかしら?」
「「……」」
裕二も柊さんも和やかな笑みを浮かべつつ、塩かタレの持論を展開していく。だが暫くすると、二人は自分の主張を曲げないまま無言で何か妙な圧迫感を放ち始めた。あれ? 何か、急に空気が薄くなったような気が……。って、こんな所で変な争いを始めるなって!
俺は手を打ち合わせ、裕二と柊さんの論戦の仲裁に入る。
「はい、はい、そこまで! 二人とも……折角の食事なんだから、もっと皆で楽しく食べようよ?」
「……ああ、そうだな。すまない、ちょっとヒートアップしすぎた」
「そうね、ごめんなさい」
「良いよ、別に。それに、塩かタレなんてその人が好きな方を選べば良いんだしさ、そんなに争う様な事じゃないって」
その俺の言葉が届いたのか、先程までの自分達の会話を思い出したらしく裕二も柊さんも苦笑いを浮かべていた。
「そうだな、自分が好きな方を選べば良いだけなんだよな」
「そうね。別に食の好みなんて人それぞれなんだから、自分が好きな方を選べば良いだけだものね」
「そうそう。塩かタレかなんて、わざわざ言い争う必要なんてないんだよ」
良かった、取り敢えずコレで不穏な空気の中で食べなくてすむ。
ホント、塩かタレかで言い争うだなんて、裕二も柊さんもまだまだ子供だよな。大体さ……。
「焼き肉は檸檬タレが一番良いに決まってるじゃないか」
「はぁっ?」
「え゛っ?」
「? ……あっ」
どうやら心の中で思っていた事が、口に出ていたらしい。ははっ、二人とも……そんな怖い目でこっちを見ないでよ。
因みに、この後の食事は皆で侃々諤々……賑やかな雰囲気の中で頂きました。うん。口は災いの元って、こう言う事を言うんだな。
食事を終え暫くすると、タイミングを見計らっていたのか陣幕の外から俺達に声が掛けられた。コレは、白石さんの声だな。
俺と柊さんが陣幕を出ると、笑顔で此方に手を振っている白石さんと美田さんが立っていた。
「すみません、何度もお呼びしちゃって」
「いいえ、構いませんよ。それで、相談は纏まりましたか?」
「はい。それでちょっと相談したい事があるんですけど……良いですか?」
「? 何ですか?」
相談? ああ、もしかして価格交渉かな? ああでも、一度値引きしたって先例を作るとなぁ……。
俺と柊さんの表情が少し曇ったのを見て、白石さんは慌てたように胸の前で両手を振って声を上げる。
「ああ、違うのよ。別に、値下げ交渉がしたいって事じゃないの」
「そうなんですか? じゃ、相談って言うのは……」
白石さんは言い辛そうに口籠もった後、意を決し口を開く。
「その、ね? 水は購入しようって方向で話は決まったんだけど、手持ちが足りないのよ」
「えっ? ああ、そう言う事ですか……」
「ええ。五百円玉は何枚か持ってるんだけど、お札やカードを入れた財布は上のロッカーに保管してあるのよ。ほら、ダンジョン探索中に落としたら取りに戻る事も一苦労……命がけじゃない? 流石にそれは、ね?」
「まぁ、確かにそうですよね」
財布は惜しいが、命はもっと惜しいからな。それを思うと、2、3階層の休憩スペースで使う小銭以外は、使う場所も無いのに持ち込む必要は無い。
だがそうなると、ダンジョン内に持ち込む金銭は多くとも数千円ぐらいしか手元にないか……。
「だから相談なんだけど、お金の代わりにドロップアイテムで水を購入するっていうのはダメかしら?」
「ドロップアイテムでですか……」
俺と柊さんは顔を見合わせ、白石さんの提案を受けるかどうか相談を始めた。




