第256話 会話する場所には気を付けよう
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朝ダンの初発売まで、あと2日です。よろしくお願いします。
陣幕の前で足音は止まり、意識を集中し聞き耳を立てていた俺の耳に小さく息を整える音が聞こえた。取り敢えず、いきなり襲ってくるという感じではなさそうだ。
「あの、すみません。ちょっと、お話良いですか?」
陣幕の外から聞こえてきたのは、丁寧な口調の女性の声。あれ? 話し掛けてきたのって、女の人なの?
俺は少し腰を上げたまま警戒を続けつつ、視線を動かし裕二と柊さんに目で疑問を投げ掛ける。
「……(どうする? 返事する?)」
「……(いや、さっき顔見せたのに返事をしないのは変だろう)」
「……(それもそうよね。うん。取り敢えず警戒したまま、話を聞いてみましょう)」
と言ったやり取りをアイコンタクトで瞬時に済ませ、相手にあまり警戒されないよう同性の柊さんに返事をして貰う。
「はぁい、御用は何ですか?」
「えっ、あっ、ちょっとした挨拶と御願いがあって……」
御願い? 数時間は一緒の空間にいる事になるので挨拶というのは分からなくもないが、御願いとは?
俺達は目を合わせながら、意味が分からないなと首を傾げた。
「御願いって何だ?」
「さぁ? 話を聞いてみない事にはな……」
「そうね。こうしててもラチが明かないし、ちょっと顔を合わせて話して見ましょう」
「ああ、じゃぁ俺も一緒に顔を出すよ。流石に1人じゃ不用心だしね。裕二、万一の時はバックアップ頼むな」
「おう、任せろ」
相手に聞こえないように小声で相談した後、俺と柊さんは立ち上がり相手の反応を警戒しつつ陣幕から外に出る。一応、メインウエポンは2人とも持たないでおく。ダンジョン探索中の通路でなら兎も角、広場で休憩中の初対面の相手と話すのに、武器を持っての顔合わせでは友好的な接触は望めないだろう。どう考えても、武器を持ったままの顔合わせでは“貴方達の行動を警戒しています”と言っているような物だからな。
無論、相手が俺達の事を警戒心の薄い相手だと侮る可能性もあるが、サブウエポンを外していない事に気付かなければ相手こそが観察力が不足している事の証明になる。さてさて、彼等はどんな反応を見せる事やら……。
「ごめんなさいね、折角休憩していたのに呼び出しちゃって……」
「いえ。まだ休憩の準備をしていただけなので、お気になさらないで下さい」
陣幕の前に立っていたのは、協会推奨の防具を身につけた二人の男女だった。企業系探索者パーティーの人が声を掛けてきたのかと思っていたのだが、彼女らを見る限り大学生パーティーの方だったらしい。
そして軽く挨拶をすませた彼女達は、簡単な自己紹介を始めた。
「そう言って貰えると助かるわ。ええっと、自己紹介をして置くわね? 私は白石佳子、大学3年生よ。で、こっちが……」
「美田淳、彼女と同じ大学3年生だ。よろしく」
柊さんと同じくらいの背丈をした柔らかな笑みを浮かべる女性が白石さんで、裕二より少し背が高く体格も良い仏頂面をした男性が美田さんらしい。白石さんがメインの交渉役で、美田さんが護衛兼威圧担当ってところかな?
「ご丁寧にどうも。私は柊雪乃、高校2年生です。こっちが……」
「九重大樹、同じく高校2年生です」
軽く会釈をしながら、俺と柊さんは白石さん達と話し合いを始める。
さて、面倒な御願いじゃないと良いんだけどな……。
話し合い……交渉は白石さんと柊さんがメインで進む。と言っても、別に相手の手の内を探り合う物々しい代物ではなく、世間話を交えつつダンジョンに関する簡単な情報交換と言ったものだ。いわゆる女子トークって奴だな、若干血生臭い単語が多々入り混じってるけど。
因みにその間、俺と美田さんは話に耳を傾けつつ相手に妙な動きがないか警戒しあっていた。
「なるほど、そんな事があったんですね」
「そうなのよ、ホントあの時は大変だったわ……」
「そうですか。……ところで白石さん、先程おっしゃってた御願いって言うのは何ですか?」
軽いトークで場の空気も解れたと判断したらしい柊さんは、若干堅い声色で本題を切り出した。対して白石さんも本題に話が移った事を察し、緩んでいた表情を引き締めつつも何処かバツの悪そうな表情を浮かべ話を切り出す。
「ああ、うん。御願いって言うのは……恥ずかしい話なんだけど、少し水を分けて貰えないかな?って事なのよ」
「……水を、ですか?」
「……うん」
水を分けてくれ? えっ? もしかして、十分な量の水を持ってきてなかったのかこの人達?
俺と柊さんが何をやってるんだと言った眼差しで見ると、慌てた様子で白石さんが弁明という名の事情説明を始めた。
「ち、ちがうのよ! 元々私達も、遠征に必要な水は十分な量を用意して持ってきていたわ。でも……」
「でも?」
「つい先日、モンスターとの戦闘で不意を突かれて水を入れていた三つの容器の一つに穴が空いて破損しちゃったのよ」
「えっ、ああ、そうなんですか……」
白石さんは心底困ったような表情を浮かべ、美田さんは自分達の失態を晒す事が嫌なようで顔を逸らしていた。まぁ普通、表立って口にするような事じゃないからな。
つまりだ、彼女達は自分達のミスで遠征継続に必須の補給物資を紛失したって事か。
「取り敢えず、地上に戻るのに必要な量はギリギリ残っているのよ。でも……本来予定していたこの階層で活動を続ける事は出来そうにないの」
「えっと、それって、折角ここまで降りてきたのに、何も出来ずトンボ返りをするしかないって事ですか?」
「……そうなのよ」
柊さんの指摘を肯定した白石さんは陰鬱な溜息をつき、美田さんは無言のまま目を閉じ無念と言いたげな達観した表情を浮かべていた。まぁ、折角ここまで来たのに、成果無しってなったらな……。
まぁ一応、帰りの分の水は確保出来ているって事だから、帰還不能というわけではないと言う一点だけは不幸中の幸いだろうけど。
「今回の遠征にはそれなりの準備金が掛かってるから、手ぶらで帰るとなると今後の活動がかなり厳しくなるのよ。だから……」
「水を分けて欲しいと言う事ですか?」
「ええ」
白石さん達の事情を聞き、俺と柊さんは顔を見合わせ難しい表情を浮かべる。事情は分かるけど、軽々しくハイと答えるには難しい問題だからだ。
俺は階段際でキャンプを張る企業系探索者パーティーを指さしながら、白石さんに質問をする。
「あの、向こうのパーティーの方達には相談されてないんですか?」
「あの人達? 勿論したわ。でも、残念だけど分ける事は無理だって断られたの。貯水タンクに余裕はあるけど、もし仲間からの補給が十分に届かなかったりしたら自分達の首を絞める事になるから、何が起こるか分からない以上は私達に水を分ける事は出来ないって」
「ああ、それは……まぁ、正論ですね」
実際、白石さん達がモンスターとの戦闘で水を失っている以上、企業系探索者パーティーの補給部隊が無事に予定していた物資を全て届けてくれるとは限らない。その事を、白石さん達は自分達で証明してしまった。そうであるならば、軽々しく物資を譲る事は最終的に自分達の首を絞める事に繋がりかねないので、拒否されるのも無理はない。
その上、企業系探索者パーティーの人達にとって補給物資とは、会社から支給される備品だ。会社の備品を会社の許可もなく勝手に社員が他人に譲渡したら、それは物資の横流し……業務上横領と言う事になりかねない。誰だって、犯罪行為になりかねないリスクは負いたくはないからな。
「そんな状況で、何で私達の所に来たんですか? 向こうの人達と同じように、私達にも拒否されるとは思わなかったんですか?」
「勿論、思いはしたわ。でも……」
「でも、なんです?」
柊さんの質問に、白石さんは言い出し辛そうな、困った表情を浮かべながら、小声で返事を返す。
「聞こえてきたのよ、クリエイトウォーターって声が」
「えっ? ……あっ!」
俺と柊さんは顔を見合わせ、失敗したという表情を浮かべた。柊さんも出来るだけ小さな声で唱えていたが、どうやら予想以上に響きが良かったらしい。探索者はレベルアップで聴覚も強化されているので、意識していれば地獄耳並に良く聞こえるからな。
ついでに言うと、水問題を抱えていた白石さん達にはウォーターという単語が余計良く聞き取れた可能性があるけど。
「その反応、間違いないみたいね」
「「……」」
「御願い、水を分けて貰えないかしら?」
「「……」」
合掌しながら、頭を下げる白石さんの姿に、俺と柊さんは顔を見合わせ、沈黙する。思わず反応してしまった為、俺達の中に水魔法の使い手がいる事は、完全にバレてしまった。
……どうしよう?
白石さん達には悪いが、一旦返事を保留し陣幕の中で待機していた裕二も交え、緊急会議を開く。因みに、その際先程の反省を活かし、柊さんに風魔法“サイレントウォール”を使って貰った。この魔法は、周囲に風の壁を作り、中と外の音の振動を遮断する、という魔法だ。但し、あまり大きな音は遮断出来ないので、小声での会話が推奨、と言う微妙な性能。柊さんも習得後、あまり使い道がなく死蔵していた魔法だが、この様な状況では重宝する。
「どうする? 水、提供する?」
「……提供する事自体は簡単だけど、気軽に提供すると後々面倒な事になると思うぞ、多分」
「そう、よね。ココで彼女達に水を提供すると、自分も私もって人達が湧いてくるか、出てくるようになるでしょうね」
「2匹目のドジョウ狙いの連中だね。確かにそれは厄介だよな……でも」
「水を出せる事がバレてるからな。持ち込みなら余裕がないって拒否も出来るだろうけど魔法で造水が出来る以上、理由もなく拒否するのは難しいだろうな……」
だが、ココで無条件に水を提供すると最悪、今後柊さんは造水機のような扱いをされる可能性がある。何であの人達には水を提供したのに、私達には提供してくれないのか?と大勢の探索者に言われたら、揉め事を避ける為に水を提供する必要が出てくる。
そして一度その流れが出来てしまうと、それ以降も提供し続ける必要が……って、それは嫌だな、うん。
「提供するにしても、何かしらか厳しめの条件を付けないと不味いわね」
「だな。無条件で提供するのが、一番ダメな事だろう」
「厳しめの条件を設定しておけば、次の提供を要望してくる連中に対する防波堤になるからね」
「となると、どんな条件が良いかしら? あまり厳しすぎる交換条件だと、ぼったくりって言われてしまうわ」
「「う……ん」」
一番簡単な交換条件は、お金を使った販売という形だろう。だがそうなると、値段設定が面倒だ。いったい全体、幾らぐらいの価格を掲示するのが適切な値付けなのだろう? 確か以前、テレビで見た富士山の山頂に設置された自販機でペットボトルジュースが一本五百円ぐらいで売られていた。柊さんの魔法で出せる水は、一回一リットル。千円くらいに設定するのが適切なのだろうか?
だが正直に言って、一般人でも頑張れば到達出来る富士山山頂と、高レベル探索者が数日かけても到達困難なダンジョン。果たして、同じ価格帯で良いのだろうか?
「……一リットル千円ってのは安いかな?」
「普通の水と考えれば高いだろうけど、場所が場所だからな……正直安すぎるんじゃないか?」
「そうね。でも、流石に一リットル十万円はやり過ぎよね?」
「うん、流石にそれはね?」
基準がない値付けほど難しいものは無いな、例え高くても何かしらかの比較対象があれば、値付けの根拠として説得材料になるのに……。
と頭を悩ませていると、裕二が急に手を叩いた。
「あっ」
「ん? どうしたんだ裕二、急に……」
「いやな? そう言えば昔、テレビで高級ミネラルウォーターって特集をやってたな……って」
「ほほう?」
「確かその中で、一本一万円ぐらいする奴があった、と思う」
裕二が見たという水が今いくらで取引されているかは知らないが、実在するというのなら値付けの根拠にするには十分だ。危険地帯で購入出来る希少性を前面に押し出して、高値の理由に納得して貰おう。嫌なら、別に無理をして購入して貰う必要はないんだから。
「良し。じゃぁそれを根拠にして、その値段でいこう」
「つまり、一リットル一万円って事か?」
「そっ、購入の躊躇を誘うには良い値段じゃないかな?」
「そうね。仮に十リットル買おうとしたら……十万円。この辺りの深い階層なら兎も角、上の方の階層だったら買うのは躊躇する値段よね」
何処の高級酒だよ!って値段だからね。よっぽど事態が逼迫してなければ、おいそれと手を出そうとは思わない値段だ。
だけど、水を譲らないとは言っていない以上、購入の是非は相手に委ねてある。高額出費にたいする文句は、準備不足で物資を切らした自分達の失態だと思い諦めて貰おう。
「それじゃぁ、この条件を呑むのなら白石さん達に水を提供するって伝えるよ?」
「おう」
「良いわよ」
「よし。じゃぁ柊さん、この魔法を解いてよ」
柊さんが魔法を解くと風の壁が解け、白石さんと美田さんの不安に満ちた小声の会話が聞こえてくる。
さて……この条件で納得してくれるかな?




