第255話 食事の前に一仕事かな……
お気に入り21110超、PV30450000超、ジャンル別日刊27位、応援ありがとうございます。
朝ダンの発売まで、あと3日です。よろしくお願いします。
探索開始から7時間後、俺達は漸く29階層に到達。20階層以降にもなると降りてこられる探索者の数も急に少なくなるので、小走り気味に移動したので思ったより早く29階層まで降りてこられた。
25階層以降にもなると、企業系探索者パーティーと階段前広場で数度顔を合わせるくらいだったかな。
「と言う訳でだ、どうする? 何階層にキャンプベースを張ったら良いと思う? 俺は誰もベースを張ってなかった26階層辺りが良いと思うんだけど……」
「そうだな、俺は23階層かな? 学生系探索者パーティーより、企業系探索者パーティーの方が多かったし、モンスターの種類も適当だと思うしな」
「私は29階層……って言いたいけど、流石にココは色々な意味で不味いわよね。直ぐ上の階まで他の探索者パーティーが来ているのに、のんきに私達みたいな少人数パーティーが扉の前でキャンプベースを張っていたら……」
不思議……いや、不審に思うよな。上の28階層には、大規模な企業系探索者パーティーのキャンプベースが設営されていた。確りした作りの結構立派なキャンプだったので、それなりの期間あの階層に腰を下ろしている事が見て取れる。
只でさえ、25階層以降では学生系探索者パーティーとは遭遇しなかったのに、更に下。企業系探索者達の最前線と言うべき階層で俺達が普通にキャンプを張ってたら……。
「……うん。流石にココはないかな」
「そうだな。色々な意味で、アウトっぽいな」
「そう、よね」
スカウト目的以外でも、目を付けられる可能性が高くなる。既に体育祭関連で色々やらかしているが、わざわざ更なるネタを提供する意味はない。体育祭で行ったアレは、高レベル探索者ならばやってやれなくはないレベルのパフォーマンスだ。体育祭でテンションが上がった探索者の学生がハッチャケただけ、と言うのが落ち着いた今の印象だろう、たぶん……そう思っておきたい。
だが、ダンジョンの29階層で俺達のような少人数パーティーがキャンプとなると、話が変わってくる。ココは企業系探索者達が補給など後方支援を整え、大人数でパーティーを組み挑んでいる階層だ。そんな場所でキャンプなど、どうぞ怪しんで下さいと言ってるのとほぼ同義だ。調べられて困る事情を抱えている俺達にとって、そんなリスクは背負いたくはない。
「となると、23階層か26階層になるんだけど……」
「人がいる場所か、人がいない場所かって所だな」
「そうね……」
候補は2つ。どちらにもメリットデメリットがあるので、中々に悩ましい。
裕二が推す23階層は、学生系探索者が1組、企業系探索者が2組キャンプを張っていた。学生系探索者も高校生ではなく、大学生のサークル的パーティーだったので変に絡まれる可能性は低いだろう。企業系探索者の方も、28階層の探索者パーティー程ではないが確りとした作りをしたキャンプを張っていたので大きな問題は起きない、筈だ。ベースキャンプ地を共にするお隣さんとしては、そう悪くないメンバーだろう。逆に、人目があるという事で俺の“空間収納”スキルを大々的に使う事は出来ない。不便と言うほどでは無いが、少々我慢をする事になる。
俺が推す26階層は、今の所誰もキャンプを張っていなかった。その為、この階層にキャンプベースを張れば俺の“空間収納”を気兼ねなく使える。色々持ち込んでいるので、かなり快適に一夜を過ごせるだろう。だが当然、デメリットもある。この階層に出現するモンスター、アイアンテールフォックスは普通の狐と同じような大きさで結構素早い。小さな体を活かし素早く接近し、鉄のように堅い尻尾を振り攻撃してくるので、油断していると尻尾が当たり足を骨折する。当たり前だが、この階層に出てくるモンスターが単独襲撃してくる事はなく、骨折し足を止められたら探索者はアイアンテールフォックス達に群がられる事になって……。まぁ、俺達的には面倒ではあるが問題になる敵ではないけどな。
「人との交流を求めるなら23階層、快適に過ごしたいのなら26階層だな。誰もいない26階層なら、特に人間同士のトラブルは起きないだろうけど……」
「何時までも、他のパーティーと交流を持たないってのも考えものだろ」
「そうね。これからはダンジョン泊をしながら探索をしようとしている以上、今までのように挨拶程度の交流だけって訳にもいかないでしょうしね……」
常に誰もいない最前線で探索を続けていくと言うのなら今までの方針でも問題ないのだろうが、そうでないのなら他の探索者パーティーとの交流は何れ必ず必要になってくる。その時、他のパーティーとの交流に慣れていないと言うのはいかがなものだろうか。
陰で、探索者としてはトップレベルなのに、コミュ障のボッチパーティーだなとか呼ばれそうだな。
「なぁ、大樹。今23階層にいるメンバーは、初めて交流する相手としてはそこそこ良いと思うぞ?」
「大学生と社会人のグループだからな、同世代の高校生を相手にするよりは楽かもしれないな」
「そうね。下手に同世代のグループを相手にすると、環境や実績の違いに嫉妬や妬みを買う可能性があるわ」
「俺達、裏技使ってるせいで、一般の探索者と比べたらかなり恵まれてるからな……」
俺達と一般的な学生探索者を比べると、資金や装備、実績や育成環境など上げれば切りがない程違いがある。他の探索者パーティーとの交流中、話の流れでその辺の事をウッカリ漏らすと諍いの原因になるかもしれない。誰だって、自分より良い目を見ている相手を見れば先ずは羨むからな。無論、後の会話で印象は改善出来る可能性はあるが、同世代だと変にプライドが邪魔をして聞く耳持たないと言った状態にもなりかねない。それを思えば、多少なりとも年が離れている相手と交流を持ち会話の練習をしておいた方が良い。
まぁ、多少マシって言う程度だけどな。
「じゃぁ、今回のキャンプベースは23階層に設置するって事で良いかな?」
「ああ、良いと思うぞ」
「私も賛成よ。積極的に他の探索者パーティーと関わる必要はないと思うけど、話し掛けられたら嫌がらず話をするくらいには慣れていた方が良いわ」
と言うわけで、今回は23階層にキャンプベースを張って、受け身ながらも交流を持とうと言う事になった。……って、あれ? 字面にするとコレ、ボッチの対人会話リハビリみたいじゃね?
キャンプベースの設置場所が決まれば、後は早い。俺達は遭遇するモンスター達を蹴散らしつつ、一気に6階層を駆け上がり30分と経たず23階層まで戻ってきた。
「意外と早く戻って来れたな」
「ここらの階層まで潜ってこれる探索者は少ないからな、遠慮なく走ればこんなものだろ」
「それより2人とも、早くベースを設営するわよ。もう、それなりに良い時間なんだから」
「「はーぃ」」
柊さんが腕時計の針を指さしながら、俺と裕二に早くベースの設営に取りかかるよう促してくる。と言っても、あまりやる事はないんだけどな。
先ずは階段前の広場を見回し、自分達のベースが設営出来る場所を見定める。先客の探索者パーティーは広場の4隅の内3つを占めており、企業系パーティーが22階層に続く階段近くの両壁際を抑え、学生パーティーが右壁際中央にベースを設営していた。
「左壁際中央かな? 俺達がベースを張るところは」
「そうだな。通路際は、いざモンスターが入ってきた時に対処する時間が少なくなるだろうから、そこがベースを作るには無難だろう」
「そうね、そこなら他のパーティーとも適当な距離も置けるわ。それに、あまり近付くと互いに警戒して苛立ってしまうもの」
「じゃぁ、左壁際中央に設置しよう」
俺達は壁際に近づきながら、警戒するような眼差しを向けてくる3パーティーに軽く会釈をしておく。変に威張り散らしたり無視をするよりも、謙虚な姿勢で軽く愛想を振りまいておく方が印象は良くなるからな。少なくとも数時間は一緒の空間で過ごすのだ、第一印象最悪という状態で過ごすのは誰だって嫌なものだ。
結果、会釈が功を奏したのか警戒の眼差しは薄れ、俺達のような少人数パーティーでよくと言った興味深げな眼差しに変わっていた。
「取り敢えず、第一印象は悪くないみたいだね」
「みたいだな。俺達がお隣さんの人柄を警戒しているって事は、向こうも警戒するって事だからな」
「無作法で迷惑な隣人は、何処であろうと嫌われるものよ。顔を合わせたら、笑顔で挨拶をする。只、それだけの事でいいのよ」
柊さんの言う通りである。普通に笑顔で挨拶してくれるだけで、いざという時でも話し掛けやすくなると言うものだ。コレが無言や不機嫌そうに吐き捨てるような挨拶だったら、話し掛けるどころか近付こうともしたくないからな。
まぁ、そんな感じで第一接触に成功した俺達は、向けられる視線を感じつつバックパックから荷物を出しベースの設置を始めた。
「先ずは陣幕……目隠しの設置だな」
「人から丸見えってのは、見る方も見られる方どっちも気まずいからな」
「2人とも、話はそこら辺にして手伝ってよ。これ、1人じゃ設置しづらいんだから」
「あっ、ごめんごめん」
柊さんに注意された俺と裕二は、急いで作業に取りかかった。先ずは分割されたポールを組み立て支柱を作り、壁シートを留め具で取り付ける。正直、風が吹けば直ぐに吹き飛ばされそうなほど貧弱で、最低限の目隠しの機能しかないが、コンパクトに収納出来ると言う一点に於いては優秀な品だ。
因みに壁シートが薄いので遮光性はほぼゼロ、内側でランタンライトを点けたら影絵が出来る。照明点灯厳禁の陣幕って何だよ、おい。
「よし、取り敢えず設置完了。にしても、相変わらずペラッペラだよな、コレ」
「ちゃんとした作りの奴だと、あまりコンパクトに収納出来ないからってコレにしたんだから仕方が無いだろ?」
「ちゃんとしたのだと、容量が倍ぐらいに膨れ上がるもの。この大きさのバッグだと、これ以上大きいと何で他の道具が収納出来ているんだって疑われてしまうわ」
俺達の背負っている擬装用のバッグは大きい部類に入るが、あくまでも一般の市販品。プロ登山家が使うような、寝袋やテントをバッグの外に縛り付ける様なものではない。町中で背負っていても違和感がないデザインの品なので、宿泊道具だけでなく食料や他の探索道具、ドロップ品等を入れるとなると一つ一つの品が大きいと明らかに容量不足である。
“空間収納”スキルがあるから、動きの邪魔にならない大きさのバッグにしたが……コレからダンジョン泊もするとなると、擬装用でももう一回りは大きいバッグに変えた方が良いかもしれないな。
「まぁ、その辺は今後の改善点として、ベースの設置を続けよう」
陣幕が完成したので、他の荷物も紐解いていく。先ずは床に敷くレジャーシートだ。と言っても、コレも陣幕と同様極薄品なので、ほぼ直接地面に座っているのと変わらない……まぁ気分の切り替えの為に敷く品だな。
「……うん、尻が冷たいな」
「分かっていた事だろ、こんな薄いシートなんだしさ。冷たいのなら、サッサと断熱シートを引けよ」
レジャーシートの上に銀マットを敷くと、若干寒さがやわらいだ気がした。
と、そんな風にじゃれ合いつつベースの設置を続ける事10分、俺達のキャンプベースは一通りの完成をみる。
「さてと、どうする? 直ぐご飯の用意に入る?」
「他にやる事も無いしな、良いんじゃないか?」
「そうね。それなりにお腹も減ってる事だし、ご飯にしましょうか」
と言うわけで、食事だ。だがその前に陣幕から顔を出し、此方の様子を窺っている他のパーティーに向かって軽く会釈しつつ、事前に用意していた紙を掲げる。“食事中”と書いた紙を。こうして事前に知らせてないと、いきなり煙が上がり何事だと騒ぎになるからな。ちょっとした気配りと注意喚起だ。
そして、周知をすませた俺は、ホームセンターで購入した、使い捨てインスタントバーベキューコンロを取り出し、ライターで火を着ける。簡単に火が付き、1時間は燃えるという便利な代物だ。
「よし、火が着いたな。さっ、お湯を沸かそう」
コンロとほぼ同じ大きさの使い捨てアルミ鍋をのせ、中に水を張る。
と言うわけで先生、御願いします!
「クリエイトウォーター」
柊さんが、鍋の上に手を掲げながら呪文を唱えると、手のひらから、スポーツテストで使う砲丸くらいの大きさの、水球があらわれる。ダンジョン泊の為に、スライムダンジョン産のスキルスクロールで、覚えて貰った水魔法だ。1回の使用で、およそ1リットルの水を生み出してくれる。
水の運搬って、結構重労働な上にスペースを取るからなぁ。現地調達出来るのなら、それにこした事はない。
「ありがとう柊さん。後は、お湯が沸くのを待つだけだね……」
コンロに掛けられたアルミ鍋に張った水を3人で見守りながら待っていると、俺達の陣幕に数人の人が近付いてくる気配を感じた。悪意や邪気は感じないが、一体なんのようだ?
俺達は軽く腰を上げ、何時でも動けるように準備をしつつ相手のアクションを待つ事にした。面倒事は勘弁してくれよ……。




