第254話 キャンプ地の選定は一苦労
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少し視点が変わるだけで、いつもの光景が違って見えてくる。いつもなら人の多さに愚痴を漏らす入場待ちの列も、よくよく観察してみると長い列ができる原因が見えてきた。
みんな一様に、不安の色が浮かんでいる。そして緊張して、少しずつ足の進みが鈍っているからだ。特に、宿泊装備を抱えた探索者パーティーが。
「……皆、緊張してるね」
「ああ。バンジージャンプやウォータースライダーなんかのアトラクションで、待ち人数は少ないのに待ち時間が長くなるのと同じだな」
「一人一人が無意識に躊躇して、その小さな遅れの積み重ねが列の長さ、と言う訳ね」
「まぁ、これからモンスターとの戦闘があるかもしれないって言うのに躊躇なく入場、って訳にはいかないか……」
この入場待ちの列に並んでいる時点で皆も覚悟自体は出来ているのだろうが、いざ入場ゲートの前に立てば躊躇するのも人情と言うものだろう。後ろが混んでいるのは分かっていても、中々踏ん切りがつかないからな。
躊躇なくいける人からすれば、何をいまさらといった迷惑な話なんだろうけどさ。
「今まで、ダンジョン探索に浮かれてはしゃいでいるなくらいにしか見てなかったけど、あれは不安を隠す空元気だったんだな」
「もしくは、自分を鼓舞していたってところだろう」
不安は消せなくとも、誤魔化す事は出来る。
こんな簡単なことに今まで気付けなかったのかと、自分の不明が恥ずかしい。初めてのダンジョン泊という不安を抱いて、初めて周りの探索者達の心境に気づくなんて……はぁ。スライムダンジョンでの底上げのお陰で、今まで緊張はしても不安はほとんど抱かなかった。だがそのせいで、どうも俺の心情に関する感覚は他の探索者と随分乖離してしまっていたようだ。
「周りに他の探索者パーティーがいる中で泊まる時は、気を付けないといけないな。何が彼らの不安を刺激するか分かったものじゃない。変なトラブルはごめんだよ」
「確かにそうだな。食事や寝る時は一番気が抜けるのと同時に、一番気が張る時でもあるからな……」
裕二はシミジミと言った感じで、俺の言葉にうなずく。まぁ幻夜さんの訓練のお陰で、実体験としてその辺の心境は良く知ってるからな。あの時は訓練と分かっていたからまだ冷静に対処できたが、ダンジョン内では過敏に反応しそうだ。
これが緊張で神経過敏になっている探索者パーティーなら……下手をしたら絡まれるな。
「キャンプベースを張る場所を選ぶのは、場所だけじゃなく人も吟味しないといけないわね」
「そうだね」
「こっちから変に干渉をする気はないけど、向こうが拒否してそうな雰囲気ならそこは避けた方が無難だろうな」
揉め事は事前に回避するのが一番良い対処法だからな。下手に策を弄するより、最初から関わりを持たないという選択は無難だろう。
と、そんな事を話している内に列は進み、ようやく俺達に入場の順番が回ってきた。
「よし、じゃぁ今日も気合いを入れて頑張ろう」
「おう!」
「気合いを入れすぎて、無理をしないようにね」
頬を軽く両手で叩き気合いを入れ、俺達は入場ゲートを潜りダンジョン内部へと足を踏み入れた。
さぁ、いっちょやりますか。
ダンジョンの中に入った俺達は、先ずは2階層へ続く階段を目指し最短距離を進む。正直1階層目は特にこれと言って得られるものはないからな、序盤の階層は早々に通過してしまおう。
……とは言え、だ。
「必ずしも、モンスターと遭遇しないわけでもないんだよな……」
「なに独り言を呟いているんだ、大樹! モンスターを目の前にして油断していると、怪我をするぞ!」
「ああ、悪い」
先を急いでいた俺達の前に現れたのは、ホーンラビット。1階層に出現するモンスターなので、単独出現だ。今更単独のモンスター相手に後れを取る事はないと思うが、裕二の言うように油断していると思わぬ怪我をする可能性は残っている。
よって。
「裕二、正面からの相手を頼む! 柊さん、俺は右側に回るから左側から御願い!」
「おう、任せろ。バックアップ任せるぞ!」
「まかせて。今の所、目の前の敵以外が近寄ってくる気配はないわ」
「後続の探索者もまだ来てないみたいだ。裕二、他の探索者に見られる前に手早く片を付けよう」
単独出現したホーンラビット相手に、俺達3人が囲み袋叩きするという構図が完成した。
1対3は卑怯だ? いやいや、態々余裕を見せて1対1で相手をする方が馬鹿だよ。試合や決闘じゃないんだ、怪我なく確実に仕留められる体勢を整えて戦うのは当然だ。
「おりゃぁぁっ!」
「ギュッ!?」
裕二はホーンラビットが動く前に素早く間合いに踏み込み腕を一閃、ホーンラビットは避ける間もなく短い悲鳴と共に体を上下に分断された。うん、相変わらず見事な腕前だ。
そして裕二は踏み込んだ勢いのまま足を止めず走り抜け、上下に分断された切断面から溢れ出る血を浴びる前にその場を離脱していた。
「ふぅっ……終わったな」
振り返った裕二は残心を忘れず、ホーンラビットの粒子化が始まり確実に息絶えた事を確認してから緊張を解いた。
上下に分断された上で生きているとは思えないが、相手は未だ詳細不明のモンスター。中には首を刎ねられても生き残るモンスターがいるかもしれない以上、幾度となく倒した事があるモンスターであっても油断は厳禁だ。同じ見た目で変異したモンスターの出現とか、ゲームやラノベでは良く出てくる展開だからな。
「……ドロップは無しか」
「まぁ、仕方が無いんじゃないか? いつもドロップするとは限らないんだしさ」
残念ながら、今回の戦闘での収穫はゼロ。悔しがっても仕方が無いので、ココは怪我なく撃退出来たと喜んでおくのが無難だろう。
「さて、思わぬ足止めにあったけど先に進もう」
モンスターとの戦闘を経て、俺達の不安や緊張は程良く解れた。確かにダンジョン泊に対する不安は残るが、そればかりに気を向けているわけには行かないからな。
俺達は周辺警戒をしつつ、先程まで以上に慎重な足取りで先へ進む。
ダンジョン探索を開始して1時間、俺達は7階層の階段前広場まで到達した。
流石にここまで来ると、モンスターとの戦闘回数は十回を数えた。これが多いと見るか少ないと見るかは別にして、普通のパーティーならばそれなりに消耗すると言う物だ。
「……皆、結構疲れた表情を浮かべてるな」
「そう、だな。高レベル探索者なら兎も角、10レベル前後の探索者じゃ半日掛かりってのもザラだろうからな」
「戦闘の緊張を保ったまま半日……か」
広場では多数の探索者パーティーが休息を取っており、一部の例外を除いて色濃い疲労の色が顔に浮かんでいた。特に疲労が多いのは若い探索者……おそらく夏休み前に資格を取得した新高校1年生組だろう。
寧ろ、早くて2、3ヶ月ほどの短期間でここまで来れた彼等は立派な探索中毒者といえる。
「まだベースを張るほどの階層じゃないけど、この階層で疲労を抱える探索者がこれだけ多いとなると……」
「ここから更に下の階層となると……もっと疲労が色濃い探索者が増えるだろうな」
「つまり、気難しい探索者が増えるって事よね……はぁ」
柊さんの言う通り、ここから下の階層に挑んでいる探索者は更に疲労を抱え気が立っているだろうと、容易に想像が付く。疲れていると、普段穏やかな人でも気が立って些細な事でも苛立つからな。
特に、こんな危険なモンスターが我が物顔で闊歩する場所だしな。
「いつも日帰りで、他の探索者とはダンジョン内で挨拶をして別れる程度の接触だけだったから気付かなかったけど、休憩中の数時間を普段顔を見ない連中と過ごすって言うのは、結構精神的に負担になるだろうな」
「だな。特に20階層を超えるようになれば、辿り着けるメンバーも狭まってくるから顔見知り率も増えるだろうし……俺達って警戒される可能性高くないか?」
裕二の心配は当然だろう。実際、前にクマ素材を取りに行った時、20階層以降で探索中に遭遇したパーティーは10組もいなかった。裕二の言うように、今までキャンプを張った事がなかった俺達が急に宿泊の準備を始めれば警戒される可能性は高いだろう。
と、そんな風に考え不安が胸中をよぎっていると、柊さんが更なる不安材料を投げ込んでくる。
「そうね。新顔として受け入れてくれるのなら良いけど、競争相手になる出る杭って思われたら……」
「「……」」
なんか、一悶着起きそうな予感がするな。
でもまぁ、挨拶程度の接触とは言え、一応顔見知りと言えば顔見知りなんだし大丈夫かな? 基本的に現在、20階層以降に到達している探索者パーティーは企業系探索者が殆どだ。やはり初期投資に掛けられる資本の差というのは大きい。その上、彼等は会社の名前と言うか看板を背負っているので、余程の事がない限り手を出してくる事はないだろう。
逆に個人事業主……学生系は俺達を出る杭、利益を減らすライバルとみて手を出してくる可能性がなくもない。まぁ、ほぼゼロに近い可能性だろうがな。しかし以前、遊ぶ小遣いほしさにPKと言うアホをやらかした実物と遭遇している以上、警戒をしないわけにもいかない。何だろ? 探索者を続ければ続けるほど、人間不信になっていくような気がするな。
「まっ、まぁ、ココでアレコレと気にしていてもしょうがない、特に疲れているわけでもないんだし、先に進もう」
「そう、だな。行くか」
「そうね、行きましょう」
俺達は休憩を取っている探索者達から気まずげに眼を逸らし、階段前の広場から続く通路へと先を急ぐように足を進めた。
途中、小まめに休憩を挟みつつ探索開始から5時間後、俺達はついに20階層の階段前広場まで到達した。ここまで来ると、遭遇する探索者パーティーも数がかなり減ってくる。ココにいる探索者パーティーも、片手で足りるくらいだしさ。
それでも、夏休み開始前に比べれば多いんだけどな。企業系探索者パーティーも増えているが、やはり学生系探索者パーティーの増加が目を見張る。と言うかコイツら、ちゃんと夏季講習や夏休みの課題は熟しているのだろうか? ……してないだろうな。
「ここまで来ると、探索者も大分減ったね。どうする、この辺りにキャンプを張ることにする?」
「確かにこれ位の人数なら広場に複数のパーティーがキャンプを張っても、それなりに距離を開けられるから揉める事も少ないだろうな」
「そうね。でも一応予定では、29階層まで降りてみてからキャンプを張る場所を決めるって言ってたんだし、一度29階層まで降りてみましょう」
ココにキャンプベースを張っても良いかなと俺と裕二が思っていると、柊さんが困ったような表情を浮かべながら待ったを掛けてきた。確かに当初の予定では、29階層まで降りてから道中調べた場所からキャンプベース設営地を選定する事にしていた。まだ時間に余裕がある以上、当初の予定通り進めた方が良いかな。
それに、下の階層に適当な場所がなければ、ここまで戻ってくれば良いだけだし。
「そうだね。今日は制限時間がある訳じゃないんだから、焦って場所を決める必要はないか」
「だな。まぁこの分だと、20階層以降なら状況はあまり変わらなさそうだけどな。後はキャンプを張る探索者パーティーのメンバーと、出現するモンスターの種類を気にすればいいだろう」
「そうね。メンバー的には個人事業主や学生系がいる階層より、企業系探索者が陣取っている階層の方が良いでしょうね。モンスターの種類に関しては、小型すぎず移動速度が遅めのモンスターがいる階層が良いと思うわ」
柊さんの挙げた条件は、ダンジョン内でキャンプベースを張るのに適切だろう。
現地スカウトという声かけをされる可能性はあるが、会社の名前を背負っている企業系探索者なら過剰な接触はしてこないだろう。迷惑行為だと会社に訴えられると、向こうも面倒だろうからな。モンスターも小型すぎるとそれなりに近付いてこないとあまり足音が聞こえないだろうし、移動速度が速いと迎撃態勢を整える時間が短くなる。
それらの条件を加味すると、キャンプベースを張るのに適切な階層は……。
「その条件だと、20、23、24、27、29階層……かな?」
「24、27は外しても良いと思うぞ。アソコの階層に出現するモンスターって、移動速度が速い奴が偶に混じるから外しておいた方が無難だ」
「となると20、23、29階層が今の所、キャンプベース候補地かしら?」
「モンスターの条件面から見るとね。でもまぁ、妥協するならメンバー条件よりモンスター条件を妥協した方が良いと思う。面倒な人を相手するより、モンスターを相手にした方がまだマシだろうしさ」
人と争うと、些細な事でも因縁が残るからな。そうなると信用の置けない、もしくは恨みを持つ探索者パーティーが自分達の近くをうろつく事になり、恒常的に続く精神的負担になってくる。
嫌だぞ、ずっと背中を気にしながらのダンジョン探索なんて。
「そうだな。後はキャンプを張る探索者パーティーしだいだな。まぁ、これは実際に足を運んで、自分の目で見ないと分からないけどな」
「そうね。でも、九重君の言う事は尤もよ。人を相手にするより、モンスターを相手にした方がいくらかはマシですもの」
皆の意見が揃い、取り敢えずダンジョン探索の続行が決まった。まぁ、時間を気にしなくて良いのなら、それほど難しい事ではないしな。
と言うわけで、ダンジョン探索続行だ。




