第23話 自宅にて
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地元駅近くのカフェで軽く駄弁った後、二人と別れ家に帰ってきた時には、既に夕日は半分以上沈んでいた。既に家族は全員帰宅しており、俺が一番最後の様だ。玄関で美佳の奴が出迎えてくれ、俺にダンジョンでの話をしきりに聞いてきたのだが、リビングから母が顔を出し、夕食にするので荷物を置いて来る様にと、俺に促した事で渋々諦めていた。
荷物を自室に置いてきた俺は、家族皆と揃って食卓を囲む。メニューは一汁三菜、簡単に言えば生姜焼き定食だ。食欲をそそる湯気と香りを立てているのだが、ダンジョンでの出来事、特にモンスターを斬った時の感触と光景が未だ脳裏を離れず、食事の手が進まない。吐き気が来ていないのが、せめてもの救いだった。
「どうしたの大樹?あまり箸が進んでいないみたいだけど……」
箸で生姜焼きをつつきながらも、遅々として箸を進めない俺の様子に、母さんが心配そうに声をかけてくる。心配をかけない様に食べ進めたいのは山々なのだが、箸が口まで動かない。
……仕方ない。
「ごめん、母さん。折角用意して貰ったのに、チョッと食欲がないや」
「そう……じゃぁ、お茶漬何てどうかしら? 病気じゃないのなら、少しは胃に食べ物を入れておいた方が良いわよ?」
お茶漬けか、流し込めばいけるか?何も食べないと言うのは、アレだしな。
「うん。お願い」
「じゃぁ、ちょっと待ってちょうだい。インスタントの袋が残っていた筈よ」
母さんは席から立ち上がり、俺のご飯茶碗を持ってキッチンの方へと向かった。
俺って、細くはなくとも結構繊細な精神をしていたんだな。
昼食はダンジョンから出て来た直後と言う事もあって精神が高ぶっていたのか、コンビニのサンドウィッチを何の気なく食べられたのだが、いざ自宅で落ち着いて食事を取ろうとするとこのざまか。
そんな俺と母さんのやり取りを見ていた美佳が、心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫なの、お兄ちゃん? 大好きな生姜焼きを残すなんて……」
「ん? ああ、ちょっと食欲がないだけで、別に病気って訳じゃないから大丈夫だよ」
「そう」
美佳は俺の返答に、少し安心したかの様な表情を浮かべた。
自分では気が付いていないけど、顔色に出ているのかな?特に調子が悪い訳じゃないんだけど……。
「お兄ちゃんは今日、ダンジョンに行ってきたんだよね?」
胸をなで下ろした後、俺の顔を覗き込んでくる美佳の瞳には好奇の色が見て取れた。
「ああ。友達と行ってきたよ」
「どうだった!? モンスターと戦ったの!?」
戦った、か。やっぱり、そう言う発想になるんだよな。
俺はチラリと美佳から視線を外し、父さんの様子を見てみる。美佳の発言に一緒に食事を取っている父さんが、どう反応するのか気になったのだが……TVニュースを見たまま特に反応を示さず食事を続けていた。
これが今のご時世の、普通の反応か……。
「……ああ、戦ったよ」
「じゃぁ、ドロップアイテムも出たんだよね!? どんなアイテム!?」
箸を手に持ったままの美佳は、興奮気味に身を乗り出し齧り付く様に俺にダンジョンでの様子を尋ねてくる。興味津々と言った様子を全身で表現していた。
「何騒いでるの、今は食事中よ?そう言う話は、ご飯を食べ終わってからにしなさい」
美佳が大声を上げながら騒いでいると、お茶漬けが入った大き目の茶碗を手に持った母さんが静かにする様にと嗜める。御茶漬の入った茶碗を俺の前に置き、母さんは美佳の隣の席に座った。
梅茶漬けだな、これ。
「……うん、分かった。でもお兄ちゃん、後で話を聞かせてよね!」
「ああ、良いよ」
さて、どうするか。今回ダンジョンで経験した事を正直に話した方が良いんだろうけど、グロ話(モンスター殺害)に欝展開(探索者同士の殺し合いの可能性)一直線の様な話なんだけどな。
どう話した物かと悩みつつ、お茶漬を軽く箸で掻き混ぜ一口口に流し込む。すると、梅の酸味が減退している食欲を刺激し、サラサラとした米粒が抵抗無く喉を優しく通過していく。
うん、美味しい。
「御茶漬は大丈夫そうね。生姜焼きは、明日のお弁当に詰めておいて上げるわ」
「うん。ありがとう」
今は食べられそうにないが、生姜焼き自体は大好きだから取っておいて貰えると助かる。一晩寝て明日になれば、気分も変わって食べられる様になるかもしれないし。
俺は御茶漬を少しずつ胃に流し込み、満腹とは言い難いが程々に腹も満ちた。
「ごちそうさま」
俺が一番に食べ終わったが、皆はまだ食事中なので離席はせずTVニュースを見る事にした。
ダンジョンが出来ても、世間は相も変わらず面白い内容のニュース等はない。まぁ外国の様に、毎日探索者が殺人や強盗をおこした、と言うニュースが流れないだけマシだろう。国民性と言えば良いのか、今の所日本人の探索者達が起こした犯罪といえば、精々がレベルが上がった影響で増力した力を制御できず起こしてしまった、器物破損程度だ。大概の事件は、示談で話が済んでいるらしい。動画投稿サイトでも、多数の探索者が起こしたハプニング映像が投稿されているしな。
「ごちそうさま」
時間潰しになんと無くTVを見ていると、何時の間にか皆食事を済ませていた。
母さんは使った食器類を片付け始め、父さんはTVのチャンネルを弄り野球中継を見始める。そして、美佳の奴は……。
「さぁ、お兄ちゃん! 食事も終わった事だし、お話聞かせて!」
俺の腕に絡み付いてきた。この年代の兄妹にありがちな、嫌悪され避けられたりしないのは嬉しいのだが、そろそろこの抱き着きグセは何とかならないのだろうか?色々と当たっていて困るのだが。
しかっし、まぁ、良いか。元々、探索者やダンジョンの事に付いては話そうとは思っていたしな。
「分かった。俺の部屋で良いか?荷物の片付け何かもしたいからさ」
部屋に荷物を置いて、直ぐ夕食だったからな。不知火の手入れもしたいし、今日使った防具類の点検もしたい。
「うん!」
「そうか。じゃぁ、チョッと準備して来る。先に部屋に行っていてくれ」
俺が美佳の腕組みを解き先に行ってくれと言うと、美佳は嬉しそうに頷き階段を登っていった。
俺は美佳の後ろ姿を見送った後、父さんと母さんに話しかける。
「父さん母さん、チョッと良いかな?」
「ん?何だ?」
「……何?」
俺の声に反応し、TVから顔を外し俺を見る父さんと、片付けを止めキッチンから顔を出す母さん。
「今から美佳に、ダンジョンの事や探索者の事について話すんだけど、ちょっと内容がショッキングな事になるから、フォローをお願いして良いかな?」
「? フォローしないといけない様な内容なのか?」
「うん」
不思議そうな表情を浮かべる父さんに、俺はハッキリとした口調で断言する。
これから俺が、美佳の探索者やダンジョンに持っている憧れに似た幻想を現実と言う凶器でブチ壊すのだ。ショックは大きいだろうから、俺以外のフォローは必須だろう。
「何を話すのかは分からないけど、分かったわ。要するに、美佳を慰めれば良いのね?」
「うん。お願い。上手くいけば、ダンジョン、ダンジョンとは言わなくとなると思うから」
「あら、そうなの? そうなったら助かるわ。あの子ったら、ダンジョン特集の雑誌なんかを買いあさって、全然受験勉強に身が入っていないんだもの」
俺の話に、母さんが何処か歓迎している様な雰囲気を醸し出しながら、美佳へのフォローの件を了承してくれた。
……何か意図と少し違うけど、まぁ、良いか。さて、準備も済んだことだし、行くか。
俺は台所に置いてある水の入ったペットボトルを手に持って、美佳の待つ自室へと向かった。
俺が部屋に着くと、美佳は俺のベッドに腰掛け準備万端といった様子で待ち構えていた。待ちきれないといった様子で、俺に話しかけてくる。
「で、どんな所だったのダンジョンって? 雑誌やTVの特集とかとどう違うの?」
美佳の言う様に、最近では雑誌やTV等でダンジョン内部の様子が掲載されている。
しかし、やはり写真は写真、映像は映像。場の雰囲気という様な物までは再現出来ておらず、全体的にアミューズメントパークの施設案内?と言った出来栄えだ。ダンジョンの良い面だけを強調し、都合の良い様に編集し報道する。使い古された手ではあるがゆえに効果的といえた。
そして、そうした雑誌やTVの教えるダンジョンのイメージが、殆どの一般人が思い描くダンジョンのイメージであり、現在のダンジョン熱を支えている。
俺は楽しそうに聞いてくる妹に、無言で不知火を入れた竹刀の収納バッグを手渡す。今まで触らせた事はなかったが、この後の話には必要だろう。
「? 何これ?」
「俺がダンジョンで使った武器。中から取り出してみて」
美佳は俺に言われたた通り、バッグのファスナーを開け不知火を取り出す。
不知火の姿を見て手に持った時、美佳の顔色が僅かに驚きの色に変わる。収納バッグを回収し、鞘に収まった不知火を手に持つ美佳に、俺は出来るだけ穏やかな口調で話しかけた。
「持って見てどうだ?重いだろう?」
「う、うん。結構ズッシリと来るね。お兄ちゃんがダンジョンに持っていった武器って、コレなんだ……」
「俺の友達の裕二、知ってるだろ? アイツの爺さんから、譲って貰った物なんだ。軍刀って言う日本刀の一種だよ、銘は不知火」
「日本刀……不知火」
美佳は不知火を凝視したまま、ポツリと言葉を漏らす。
どう思って見ているかまでは分からないけど、不知火の重さは美佳の高揚していた心境を沈静化させる事に効果的だったようだ。
「ちょっと刀身を引き出してみ、ああ、全部引き抜くと危ないから、少しだけだよ」
「う、うん」
不意の先走りや脱落を防止する駐爪の外し方を美佳に教え、刀身を少し抜かせる。姿を見せた波紋のない白銀の刀身に、俺と美佳の顔が映り込む。
美佳の、息を呑む音が聞こえた。美佳の体は硬直し、刀身に映り込む、自分の顔を凝視している様子が、手に取るように分かる。俺も同じだったからな。
「美佳、もう元に戻していいよ」
「! う、うん。分かった」
美佳は不知火の刀身を鞘に戻し、暫しの間手の中に収まる不知火の存在を呆然とした様子で見続けていた。
だからこそ、教えておこう。自分の手の中にある物が、どういう物であるかと言う事を。
「重いだろ? それがイキモノの命を奪う武器の重さだよ」
「!!」
美佳は口をパクパク開け閉めしながら、俺に何かを言いたそうだったが言葉に出来ていない。段々と美佳の顔色は悪くなっていき、不知火を持つ手が微かに震えている様に見えるのは、気の所為だろうか?
……うん、少し刺激が強かったかな?
「俺はそれを持ってダンジョンに行ったんだ。無論モンスターと戦う時にも……」
「お兄ちゃん、それって……」
俺は目を潤ませ不安気な様子で聞いてくる美佳に、首を縦に振りながらハッキリと断言した。
「モンスターを斬ったんだ、その不知火で。つまり……殺したんだよ」
「……」
「ダンジョンでモンスターと戦うって言う事は、モンスターを殺すって言う事なんだ。美佳はさっき雑誌やTVとはどう違うのかって聞いたよね?書かれていない、映し出されていない事での一番の違いはそこだよ。討伐しただの駆除しただのと、濁した様に書いたり言ったりしているけど、結局は殺しているんだよ、モンスターを」
「……」
俺の話を聞いた美佳は、不知火を見たまま俯き黙り込んでいる。
そこには、つい先程まで俺にダンジョンの話を楽し気に聞いてきた美佳の様子は微塵もない。まぁ、ダンジョン攻略に美佳が抱いていた憧れを、無遠慮に打ち壊したからな。だけど、この程度はまだまだ序の口だ。今日のダンジョン攻略で感じ取り実感した、他にも教えておいた方が良い、教えておかないといけない事柄が腐る程ある。
美佳にはキツイだろうけど、中途半端に教えるよりもダンジョンに纏わる危険性なんかを徹底的に教えておいた方が良いだろう。
「美佳。辛いかもしれないだろうけど、俺の話の続きを聞く気はあるか?」
「……」
「別に無理に聞く必要はないけど、美佳が今でもダンジョンに行こうと思っているのなら聞いておいた方が良いぞ」
美佳は暫くの間ジットして何の反応も示さなかったが、不知火を握る手に力を入れユックリと俯いていた顔を上げる。歯を食いしばり、潤んだ瞳で俺の目を見ながら美佳は力強く頷いた。
ダンジョンへ行く事を諦めなかったのは残念だけど、聞く覚悟を決めたのなら話そう。
「分かった。じゃぁ、まず何から話そうか?」
俺は美佳から不知火を受け取りながら、話す内容を考え始める。
美佳ちゃんの説得です。モンスターを討伐後なら、主人公の言葉にも重みと説得力が出るかなと。




