第253話 いつも通り?に準備を整え
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朝ダンの発売まで、あと一週間を切りました!
電子版も書籍版と同時販売なので、よろしくお願いします。
いつもの電車に乗って、いつものダンジョン最寄り駅まで行く。ただそれだけの事なのに、会話が少なくなり妙に緊張した雰囲気が俺達の間に漂う。やっぱり二人も、初めてのダンジョン泊に緊張しているらしい。
そんな若干居心地の悪い電車移動の末、ダンジョンの最寄り駅に到着した。
「やっと、到着したよ……」
「なんか、いつもより時間が掛かったような気がするな」
俺は座りっぱなしで凝り固まった体を背伸ばしで解しつつ、探索者らしき人々が群がる駅前のロータリーを見回す。人の多さもだが、彼等が身に着ける荷物の多さに先ず目が行った。
「皆、中々の重装備だな」
「ああ。と言うか、宿泊装備が嵩増してるんだろうな」
裕二の言葉に、俺は頷き同意する。探索者として、大容量のバックパックを背負っているのはよく見る姿だが、今バス待ちの列に並んでいる人達のバックパックには、ワンタッチ式テントや丸められた断熱シートが括り付けられていた。
ダンジョン行きのバスの列に並んでいなかったら、パッと見ソロキャンパーに見える。
「それと、よく見ると宿泊装備を持ってるのは学生さんが多いわね」
「えっ? あっ、ホントだ。確かに宿泊装備を背負ってるのは、若い人が多いね」
柊さんの指摘するように、宿泊装備を身に着けている人は1:3位の比率で若い人が多い。夏休みという事もあるのだろうが、大人の方が専業探索者率が高いのでもう少し多くてもいいのでは?と疑問に思った。
すると裕二が軽く手を打ち合わせつつ、思いついた事を呟く。
「ああ、そうか。多分、会社所属の人とかは自社の営業車とかで直接ダンジョンの方に行ってるんだよ。会社単位でダンジョンに行ってるのなら、わざわざ運行時間が決められた路線バスに乗る必要はないからな」
「なるほど、確かにそうかもしれないな。そうなると、今バスの列に並んでいる人は個人事業主の人や本職とは別に趣味で探索者をやっている人達か?」
「おそらく、そうね。それなら彼等が宿泊装備を持っていない理由も、何となく分かるわ。会社勤めの人なら、連休でもない限り泊まり掛けの探索は難しいもの。私達学生が夏休み期間中だからと言って、社会人の人まで長期休暇中とは限らないわ」
特に今日みたいな平日に来ている以上、次の日に仕事がある人ならば泊まり掛けの探索は無理だろう。まぁ、ダンジョン探索後に直接出社するとか言う強者はいるかもしれないけど。
それを思うと、個人業者以外で今ここに来ている人はシフト制でもない限り有給を取ってきている事に……ダンジョン中毒は学生に限らない社会人にも適用される問題じゃないかな、うん。
探索者を満載したバスに揺られ到着したダンジョンは、また少し様相が変わっていた。以前来た時には開いていたスペースに、新しいプレハブ建屋が建てられていたからだ。
「また何か、新しい建物が建ってるな」
「そうだな、まぁ元々ここは最低限必要な建物だけを突貫工事で作ったような場所だったからな。余裕が出来れば、要望が多く出される設備の充実を図るのも自然な流れと言う物じゃないか?」
「ああ、確かにそうかも」
裕二の意見に頷きつつ、ロータリーの中を見回してみる。するとバス待合所の壁に、新しい建屋のオープンを知らせるポスターが貼ってあった。
「えーっと、フードショップ?」
「フード……飲食店って事か?」
「でも……何の匂いもしないわよ?」
貼られたポスターによると、新しい建屋は何かしらかの食品を扱う物のようだ。
しかし、建屋の風下に位置している俺達に、何か食べ物を調理している匂いが漂ってこないので飲食店である可能性は低そうだ。営業時間前だとしても、換気していれば仕込みの段階で何かしらの匂いが漂ってくるからな。
「……ちょっと、覗いてみる?」
「そう、だな。少しくらいなら良いんじゃないか?」
興味が湧いた俺と裕二は頷き合った後、柊さんの方に視線を送る。
「私も良いわよ、どんな物が置いてあるか少し気になるしね」
「じゃぁ、ちょっとだけ覗いてみようか」
今日は特に急いでいるわけでもないので、フードショップを覗いてみる事にした。
近付いてみると建屋は中々大きく、ちょっとしたスーパー位の大きさがある。見た目はプレハブ倉庫だけどな。中に入ってみると、店の3分の2程がうず高く積み重ねられた段ボールの山に埋もれており、業務用と言った雰囲気が醸し出されていた。
「……中々に凄い光景だな」
「ああ。でも、商品のラインナップ的には箱買いしそうな物ばかりだから、そう間違った配置方法でもなくはないんじゃないか……多分」
「まぁ、そっか」
箱積みされ並んでいる物は基本的に、カップラーメンやレトルトなのどのインスタント食品だ。確かにこれからダンジョン内部に持って行こうと言うのならば、箱買いもあるだろう。
「食料品を買って持ってくるのが面倒臭いから、近場で買えるようにしてくれって要望でも出てたのかな? で、ココが新設されたとか?」
「ああ、そうかもしれないな。探索者の身体能力的には重くなくても、それなりに嵩張るからな食料品って。近場に住んでいるのなら兎も角、俺達のように遠方から通っているとなると嵩張る荷物は出来るだけ持って長距離移動したくないからな。それもソロの1日分位なら兎も角、数人パーティの数日分ともなれば……」
「近場で手に入れられる事に越した事はないな」
段ボール幾つ分にもなる荷物を持って電車に乗っている集団か……普通に邪魔だな。社用車を持っている企業系探索者なら兎も角、公共交通機関を利用する自営業系探索者や学生系探索者としては中々苦慮する状況だ。誰だって、白い目で見られたくはないものな。
だが、現地で食料品を調達出来るのなら、そう言った状況は回避出来る。
「どこで買っても食料は食料だからな。場所がら、多少は値上がりしてるけど」
「まぁ、この位なら許容範囲内じゃないか? 富士山の一本500円のジュースみたいに、元値の何倍もってわけじゃないしさ」
パッと見回した限り、下の店と比べ1~2割増しの値段と言ったところかな? まぁ、山奥まで運ぶ運搬費もあるから、これ位は仕方ないだろう。
まぁ、買うかどうか話は別だけどさ。
「それはそうと、柊さん。さっきから静かだけど、何か気になるものでも有った?」
「……アレよ」
「アレ?」
柊さんが指さす一角に顔を向けると、そこは他の場所とは大分雰囲気が違っていた。俺と裕二が見ていたのが倉庫だとすれば、柊さんが指さした場所はおしゃれなカフェだ。ガラス製のショーケースが並び、店員さんが待機している……高級食品コーナーか?
「ダンジョン食材を使ったレトルトコーナーだそうよ」
「ダンジョン食材を使ったレトルト?」
何それ、凄く気になるんですけど。
俺も裕二と興味津々と言った眼差しで見ていると、柊さんが少し控え気味な声で尋ねてくる。
「ちょっと見に行ってきて良いかしら?」
「あっ、うん。って言うか、俺達も見に行くよ。なっ、裕二?」
「ああ」
と言うわけで、レトルトコーナーに足を進める。
到着したレトルトコーナーを見回してみると、俺達の他に客はいなかった。
「へー、色々あるな」
常温保存が可能な、湯煎で温める方式のレトルト食品が色々並んでいた。定番のカレーを筆頭に各種スープ類や丼物、オツマミ系など幅広い。
ただし……。
「0が一桁多いわね」
「カレーのレトルトパックが一つ、3000円か……」
「まぁ、ダンジョン食材を使ってるんだし、仕方ないんじゃないか?」
一つ一つが、めちゃくちゃ高い高級レトルト食品だった。このコーナーを利用する客が少ないのは、これが理由だろう。このコーナーの商品一つで、普通のレトルトを箱で買えるからな。この値段じゃ、手を出す奴は滅多にいないだろう。
と、そんな事を思いながらショーケースを眺めていると、店員さんが声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
「あっ、いえ。何があるか見ていただけなので、特にこれと言った物は……」
「そうなんですか? では何か、オススメの商品をお持ちいたしましょうか?」
「えっ? ああっ、ええっと……」
中々押しの強い店員さんだ。俺はどう答えたら良いのか困り、裕二と柊さんに視線で助けを求めた。
だが。
「「……」」
目線を逸らされた。自分で何とかしろって事? そんな……。
俺は孤立無援の状態で、やっと来た客を逃がしてなるものかとばかりに迫り来る店員さんを相手との戦いを始めた。
俺は右手にビニール袋を持ち歩きながら、恨みがましい眼差しで前を歩く裕二と柊さんの背中を睨付けていた。自分らだけ上手く逃げやがったな、と。
結局俺は店員さんの接客攻勢を凌ぎきれず、コンソメスープとカレーのレトルトを購入した。2つ合わせて、5000円の出費だ。
「……」
「「……」」
「後で分けてやらないからな、この裏切り者」
俺が低い声で愚痴を呟くと、裕二と柊さんは足を止め振り返った。
そして顔の前で両手を合わせ……。
「「ごめん!」」
頭を下げながら、謝罪の言葉を口にした。
「いや、ホント悪い。でもさ? アソコで口を挟んだらあの店員さん、俺達にも売り込みをしてきた筈だぜ?」
「だから九重君には悪いと思ったけど……」
「……見捨てたと?」
俺の言葉を肯定するように、バツの悪そうな表情を浮かべたまま2人は小さく頷いた。
そんな姿を見て、俺は小さく溜息を漏らす。
「分からなくはないけど、だからと言って見捨てる事はないじゃないか。強引にでも引き剥がしてくれれば、逃げ切れたかもしれないじゃないか」
「あっ、いや、まぁ確かにそうかもしれないけど……」
「あの店員さん、九重君から見えないようにしながら、私達に邪魔するなって凄い目線でずっと訴えかけてきたのよ? だからちょっと、引き剥がしづらい雰囲気が……ね?」
「ああ。ちょっと、な」
その時の事を思い出したのか、裕二と柊さんは若干頬を引き攣らせながら遠い目をしていた。
俺が商品を買わせられている裏で、そんな攻防が繰り広げられていたとは……あの店員さん、何者だ?
「「「……」」」
何とも言えない雰囲気が漂う。
だが、何時までもこうしてはいられないので……。
「おっほん」
わざとらしい大きな咳払いを入れ、気不味い雰囲気を打ち払う。
「まっ、まぁ兎も角、受付に行こうか。ココに何時までも立ち止まっていてもしょうがないしさ」
「あっ、ああ、そうだな。行くか」
「えっ、ええ、そね。行きましょう」
ギコチナイ笑みを浮かべ合いながら、俺達は凄すぎる店員さんの事を頭の片隅に仕舞い込んだ。
うん、これは忘却の彼方に放っておく方が良いな。
いつも通り手続きをすませ、更衣室で着替えをすませる。
いよいよ、ダンジョン突入だな。
「どうした大樹、顔が強ばってるぞ。緊張してるのか?」
「そう言う裕二こそ、動きが少し硬いぞ」
「「……ははっ」」
少し硬い表情を浮かべながら、互いに苦笑を浮かべ合う。やっぱり初めての事をしようとすると、如何しても緊張してしまうな。
「お待たせ、2人とも」
「あっ、柊さん」
着替えをすませた柊さんが合流してきたが、やっぱり柊さんも若干表情が強ばっている。
「……よし。じゃぁ皆揃った事だし、いつも通り準備運動をすませよう」
「おう」
「ええ」
いつも通り部屋を借り、いつも通りの準備運動……緊張している時こそ、いつも通りと言うのが重要だ。所謂、ルーティーンという奴だな。いつも通り、普段通りの事を繰り返し気持ちを落ち着かせる。
まぁ、プロスポーツ選手がやるようなものに比べたらお遊びのようなものだが、効果はあったかな?
「よし、今度こそ準備完了だな」
「ああ」
「ええ」
準備運動が一通り終わる頃には、皆の顔から強ばりが消えていた。
「じゃぁ、最終確認をするよ。今回の探索の目的は、ダンジョン内での寝泊まりを経験する事。29階層まで降りながら、キャンプベースを張るのに適当な場所を探す……で良いかな?」
「ああ。30階層以降の探索をしてみたいとは思うけど、今回は未探索階層の調査は入れない方が良いだろう。複数の目標を立てるより、一つの目標を確実に達成する事を目指した方が良いだろうしな」
「私も30階層がどんなところかって言うのには興味あるけど、今回はキャンプベースの設営地の吟味に時間を割いた方が良いわ。変な探索者がいる階層でキャンプベースを張ったら、トラブルの元ですもの。初めてダンジョン内で寝泊まりをする以上、場所選びは慎重にした方が良いわ」
よし、これで全員の共通認識も問題ないな。最初に目標の確認をしていないと、いざという時に方針を巡って揉めたりするしな……面倒でも確り確認を、だ。確かに30階層到達という誘惑に心引かれるが、今回は確実にダンジョン泊を成功させよう。二兎を追う者は一兎をも得ずって諺もあるしな。
さて……行くか。




