第252話 お泊まりの前準備
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課題の終了報告メールを確認した俺は、2人に集まってダンジョン行きの準備をしようと返事を返した。流石に、課題を片付け終え気疲れしている状態でダンジョンに行くのもアレだしな。今日はダンジョン行きの準備をしつつ、体調を整える休養日に充てたほうが良いだろう。と、そんな事を考えると二人から短い了承の返事が返ってきた。ただし、集合時間はお昼になったけどな。
そして昼食会を兼ねたファミレスに集合した若干疲れが残る表情を浮かべた裕二と柊さんに向かって、疲れを感じさせない溌剌とした表情を浮かべつつ俺は口を開く。
「と言う訳で、買い出しだ!」
「お、おう」
「え、ええ」
疲れた表情を浮かべたまま、二人はあまり乗り気ではないと言いたげな力のない返事を返してくる。
「って、2人とも元気ないな……」
「「誰のせいだ(よ)、誰の……」」
俺の発した言葉が癇に障ったらしく、二人は恨みがましげな眼差しを俺に向けながら地を這うような低い口調で抗議の声を上げる。俺は思わず2人の反応に頬を引き攣らせ、ソファーの背もたれに背中が着くくらい瞬時に身を引いた。
すると、そんな俺の反応に2人は小さく溜息を吐きつつ、恨みがましげな眼差しを向けたまま抗議の理由を口にする。
「別にお前が悪いって訳じゃないんだけどさ、お前が思ってたよりも早く課題が終わったってメールを送ってくるから、今日で終わらせるつもりだった分を焦って深夜にやってたんだよ……お陰で全部終わったけどさ」
「私も同じよ。お店の方を手伝ってたから九重君からメールが来て、中身を見たら課題が終わったって言うじゃない。私も早く終わらせなきゃって思って、慌てて残っていた課題を終わらせたのよ……」
……軽い気持ちで出した俺の課題終了報告のメールが、色々騒ぎを起こしたらしい。別に課題終了を催促したつもりはなかったのに、結果として2人を焦らせる結果に……か。
「……何か、ごめん」
わざとではないが意図せぬ結果を導いてしまったようなので、俺は若干落ち込みつつ軽く頭を下げ謝罪した。ほんと、誰が悪いというわけではないんだろうけどな……。
すると2人は微妙な表情を浮かべ、バツの悪そうな表情を浮かべながら口を開く。
「いや、別に大樹が頭を下げて謝る必要はないぞ。元々やらなければならなかった課題なんだし、俺達が言ってる事は只の愚痴なんだしさ」
「そうよ、九重君。只の愚痴に、そんなに頭を下げながら謝られたら、こっちこそ申し訳なくなってくるわ。“へー、そうなんだ”くらいに軽く聞き流してよ」
「ああ、うん」
どうやら俺はリアクションを間違えたらしく、誰もが眼を逸らし合う何とも言えない若干微妙な空気が俺達の間に流れた。どうすんだよこの微妙な空気、誰か何とかしてくれ!
「お待たせしました。デザートのケーキをお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
「では、ごゆっくりどうぞ」
願いが通じたのか、ウェイトレスさんがデザートを運んできてくれた。ココだ、ここで悪い空気の流れを変えないと……!
ケーキにフォークを何度か突き刺しつつ、俺はこの後の買い出しについて話題をふった。
「え、えっと。この後の買い出しについてなんだけど、基本的な食料品なんかの他に欲しいものってあるかな? せっかく買い物に行くんだから、別にダンジョンに持って行く物以外でも良いしさ」
「そ、そうだな……」
「そ、そうね……」
2人もこの場の空気の悪さを何とかしたかったらしく、俺の振った話題に瞬時に食いついてくれた。よし、この勢いで気拙いこの雰囲気を払拭しよう。
「ああ、そうだ! ダンジョンに持って行く物じゃないけど、帽子なんかを見に行きたいんだけど……いいか? 今年の夏も結構、日差しがきつそうみたいだしさ」
少し考え裕二が捻りだした物は、帽子だった。確かに今日も結構な日差しの強さだしな、帽子があるとかなり助かるだろう。それに帽子なら、皆で見に行けるしな。
そう思いチラリと視線を柊さんに向けると、意図を察した柊さんが軽く頷く。
「そうね。帽子なら、私も見てみたいかな」
「じゃ、じゃぁ買い出しついでに帽子も見て回ろうか?」
「おう」
「ええ」
皆が賛同した事で場の空気も若干軽くなり、まだ若干ぎこちなさは残るが安堵の笑みが浮かぶ。よしよし、場の空気の変更は成功っと。俺はやっと安心し、デザートのケーキを口に運んだ。うん、美味い。
一通りの買い出しをすませた俺達は、駅近くのショッピングセンターに足を運んだ。ダンジョンに持って行く食料品を買った店の被服コーナーにも帽子自体は置いてはあるのだが、せっかく駅近くまで来ているのだから専門店に行ってみるのも有りだろう。普段行かないお店だし、物見遊山がてらにも良いだろうしな。
そして色々置いてある商品を試しながら帽子屋を一通り見回った後、各々気に入ったものを購入した。因みに俺がサファリハットで裕二はワークキャップ、柊さんがバケットハットだ。選んだ一番の理由はセール品で安かったからだな、うん。
「取り敢えず、これで今日買っておくものは揃ったか?」
「そうだな。取り敢えず、こんなもので良いと思うぞ。後の細かな物の買い足しは、実際にいってみてから決めよう。一度行けば、いる物いらない物が分かるからな」
「そうね。でもまぁ今日そろえた物だけで、取り敢えずは足りないって事はないと思うわよ」
基本的に俺達のパーティーには、偽装は必要だが荷物の運搬重量制限と言うものは無い。何故なら、俺が持つ“空間収納”スキルの恩恵があるからだ。このスキルがなければ、どの荷物を持っていくか厳選しなければいけないが、重量制限が無い以上は必要と思うものを片っ端から持って行けるからな。
必要物資の運搬に多くの運搬重量枠を割いている他の探索者パーティーからすれば、夢物語のようなスキルだ。
「じゃぁ上の階にフードコートがあるみたいだから、そこで少し休憩しない?」
「そう、だな。買い出しも終わった事だし、何かジュースでも飲むか」
「そうね、良いんじゃないかしら」
「じゃぁ行こうか、昼食時は外れてるから混む程には人もいないと思うよ」
案内看板を確認すると、フードコートは一つ上のフロア中央部に設置されているようだった。規模はそれほど大きくはないが、大手ファストフードチェーンを含め数店舗入っている。
そして実際にフードコートに足を運んでみると予想通り、昼食時から外れているという事もありフードコートの利用者は疎らだった。
「さっき食事を取ったから、飲み物と軽いつまみで良いよね?」
「だな。特に運動したって訳じゃないから、流石にがっつりとしたメニューはいらないな」
「むしろ私は、飲み物だけでも良いわよ」
そうなると主食系をメインに扱っている店は選択外にするとして……やっぱり大手ファストフード店の1択かな。俺はその店を指さし2人にあそこで良いかと確認してみると、2人は少しも迷いを見せず頷き賛成した。まぁ、選択肢自体が少ないからな。
結局、大手ファストフード店で俺と裕二はコーラとポテトを注文し、柊さんはアイスカフェラテだけを注文し人気が少ない席に腰を下ろした。
「先ずは、お疲れ様」
「「お疲れ様」」
各々ドリンクを手に持って、お約束の挨拶をする。念の為に言っとくけど、入ってるのはジュースだからな? 何か、仕事終わりの飲み会の始まりっぽいけどさ。
ジュースを1口飲んで喉を潤した後、俺が先ず口を開く。
「これで一応、準備完了かな?」
「そうだな。取り敢えず準備完了だな」
「じゃぁ予定通り、ダンジョン行きは明後日って事で良いかな?」
「ああ、大丈夫だ」
「私も大丈夫よ」
ドリンク片手に気軽な態度のまま、俺達はダンジョン行きを決めた。このダンジョン行きは元々予定していたので、特に問題はない。だから2人は今日までに課題を終わらせ明日は休める様にスケジュールを組んでいたのだろうが……うん、この話は忘れよう。ほじくり返しても損しかない話だからな。
「じゃぁ、明日は如何する? 今日みたいに集まって準備でも……と言っても、もう殆ど終わってるか」
「そうだな、次の日ダンジョンに行くのに激しい稽古ってのも違うだろうしな。体を鈍らせない軽めの運動程度なら、態々集まってする事もないだろう」
「えっと私、明日は買い出しが終わったら午後から家の手伝いをするつもりだったから……」
「あっ、そうなんだ。じゃぁ明日は、無理に集まる必要はないかな」
と言うわけで、明日は完全にオフ。それぞれ好きに過ごし、明後日駅前に集合すると言う事で話は纏まった。まぁ、せっかく夏季講習も課題も終わった夏休みだ、気兼ねなく自由に遊び回るのも良いだろう。明後日には、ダンジョンで寝泊まりしなきゃならないんだしな。
そしてお疲れ様会?を終えた俺達はフードコートをあとにした後、人目の無い場所に移動し購入した食料品等のダンジョンに持って行く物品を俺の“空間収納”に仕舞ってから解散した。
買い物を終え帰宅した俺を最初に出迎えたのは、達成感がありながらも疲れた表情を浮かべ、若干恨みがましさを滲ませる口調の美佳だった。
「た、ただいま」
「お帰りお兄ちゃん、皆とのお買い物は楽しかった?」
「あ、ああ。それなりに……」
俺は思わず引き攣りそうになる頬を抑えつつ、美佳に不機嫌そうな理由を聞いてみる。
「えっと、美佳? おれ、何かしたか?」
「別に、お兄ちゃんが何かしたって訳じゃないよ。ただ……」
「た、ただ?」
「自分が必死に課題を終わらせようと頑張っているのに、お兄ちゃん達は今頃楽しく遊んでいるんだろうな……って思っただけ」
そう言って美佳は俺から視線を外し、頬を膨らませながらそっぽを向いた。
ああ、成る程。つまり美佳は、置いてけぼりにされていじけていたって訳か。
「い、いや……仕方が無いだろ? 何だかんだ言ったって、美佳はまだ課題終わってなかったんだろ? それに、もう少しで終わるから、ラストスパートだって張り切ってたしさ?」
「それはそうだけど……一言くらい誘ってくれても良かったじゃない」
「ああ、うん。まぁ、そうだな……」
正直、面倒臭ぇ……と叫びたい。まぁ、面と向かっては言えないけどさ。朝食の時にラストスパートだ!と言ってたから、邪魔しないようにと気を遣って声を掛けなかったのだが、何でこうなるかな。
俺はそっぽを向きヘソを曲げた美佳を眺めながら、困ったように頭を掻きつつ打開策を練る。といっても、執れる手段は余りないんだけどな。俺は内心で小さく溜息を吐きつつ、美佳に話し掛ける。
「それで美佳、課題の方は終わったのか?」
「うん、終わったよ。集中してやったからね」
返事に微妙に棘があるが、無視だ無視。ココで変に突っ込むと、更にヘソを曲げるからな。
「じゃ、じゃぁ明日、一緒に買い物に行くか? 丁度、明日は何もないしさ?」
「……」
「ああもう、分かったよ。何か奢ってやるから、機嫌直せって」
「えっ、ホント!? やった!」
「はぁ……」
何かカモられたような気がするが、深く気にすると更に落ち込みそうになるから辞めておこう。今は、美佳の機嫌が直った事だけを喜んでおくか。
と、疲れ気味だった表情から一転し満面の笑みで喜ぶ美佳を見て思った。
「さて、行くか」
荷物を詰めたバックパックを背負い、皆に一声掛けてから俺は家を出る。昨日は美佳と美佳が声を掛けた沙織ちゃんと一緒に買い物に出かけたが、今日はダンジョン行きだ。初めての泊まり掛け……ダンジョン内での宿泊を含めた探索である。たったそれだけの違いで、半年以上繰り返し通って通い慣れた通勤?経路も、いつもと違う景色に見えてきた。
新鮮という意味ではなく、神経過敏で普段目の行かない細かな場所に目が行くと言った意味だ。
「緊張しているつもりはないんだけどな……」
自分が思っている以上に、ダンジョン泊に対し不安を持っている事に驚く。まぁ完全に無関心という状態も問題だが、緊張して変なミスを起こさない様に気を付けよう。
俺は苦笑を漏らしつつ、少し足早に集合場所の駅を目指して足を進めた。
「おはよう!」
「あっ、九重君。おはよう」
集合時間の10分程前に到着すると、先に柊さんが到着していた。
「早いね、柊さん。もしかして、大分待ってた?」
「私も2、3分前に到着したばかりだから、大して待ってないわ」
「そう、それなら良いんだけど……」
と、柊さんとそんな話をしていると、少し慌てた様子の裕二が声を掛けながら駆け寄ってきた。
「悪い、遅れた!」
「別に遅れてはないぞ」
「えっ、そうか? まぁ、ええっと、取り敢えず、おはよう」
「「おはよう」」
良し。予定の10分前だけど全員揃った事だし……行くか。
お泊まり準備完了、次回はいよいよダンジョンです。




