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幕間 参拾伍話 ある夏休みの一幕

お気に入り20730超、PV29520000超、ジャンル別日刊62位、応援ありがとうございます。


今話が平成最後の更新となります。いつも本作を応援して下さった皆様、ありがとうございました。令和に変わりましても頑張りますので、引き続き応援していただけると幸いです。






 


 情け容赦なく燦々と降り注ぐ日差しによって、運動場は陽炎が揺らめく程に熱せられている。今年も気温は真夏日を楽々と超え、猛暑日の日々が続いていた。 

 そのせいか、夏の大会に向けた最後の調整にと先程まで運動場で走っていた数少ない陸上部も、日陰を求め早々に姿を消している。まぁこんな気温の中、無理をして走っていたら熱中症で倒れるから無理もないか。大会前の練習で倒れるって……それだと本末転倒だしな。


「おい、原田! まだ授業中だぞ、よそ見をするな」

「あっ、すみません!」


 俺は先生に怒られ、慌てて前を向き板書の写し作業に戻る。

 そして、先生が黒板の板書と説明を再開したので、俺は空席の目立つ教室をチラリと眺め小さくため息を漏らす。やっぱり人が少ないと、先生の目が一人一人に行き届く分、よそ見をしていると目立つな……と。

 

「それにしても、ほんと少ないよな……夏期講習に来てる奴」

 

 思わず漏れる愚痴。うちのクラスで夏期講習に来てるのは、俺を含めて8人。全員、探索者免許を持っていない者達だけだ。免許持ちの連中は夏休みが始まるのと同時に、殆どの奴がダンジョンヘと突撃していった。他の教室も似たような出席率らしく、先生が頭を抱えていたのが印象的だったな。一応夏期講習への参加の可否は自由とは言え、去年はほぼ全員が出てきていたことを思えば雲泥の差だよ。

 その上、気合いが入っている奴なんかは、ダンジョン近くの安い素泊まり湯治宿を夏休み期間中押さえたと言っていた。どこにそんな金があるんだと疑問に思い聞いてみると、春休みのダンジョン探索でスキルスクロールを二つ手に入れたらしい。だが鑑定した結果、あまり有用なスキルスクロールではなかったらしく、それは自分達で使わず売却。売却益を、夏休み期間中の軍資金に回すことにしたそうだ。賢い選択……なのだろうか? ダンジョンに潜ったことがない、非探索者の俺には判断がつきかねる。

 だが、俺達の話を漏れ聞いていたクラスメイトの探索者が羨ましそうな眼差しを向けてきていたので、悪い選択という事でも無さそうだった……と思う。たぶん、な。


「原田、なに上の空で考え事をしているんだ? 折角、夏休み期間中の講義に出て来ているんだ、講義に集中しろ」

「あっ、すみません」

「すみませんじゃない。俺の講義を聞かなくても良いのなら、前に出てこの問題を解いてみろ」


 そう言って、先生は黒板に問題を書き出した。うげっ、何で態々そんな難しい問題を出すんだよ! 思わずマジかと言った表情に出した俺の顔を見て、先生は意地の悪い笑みを浮かべた。講義を真面目に聞いていなかった俺に対する意趣返しなのだろうが、先生が生徒に向ける笑みじゃないだろ、それは。

 俺は渋々と言った足取りで黒板の前まで歩いて行く。その道すがら、講義に参加しているクラスメート達から呆れと哀れみが籠もった眼差しを貰った。と言うか、そんなのよりも誰か助言の一つくらいくれよ。


「……」

「分からないのか?」


 中々板書の手が進まない俺に、先生が淡々とした口調で聞いてきた。

 べつに嫌みったらしい口調というわけでもないのに、暑い中出て来てるのに何をしているんだよ、と言った先生の思いが深く俺の胸に刺さる。正直に言って、怒りの感情より申し訳なさが込み上げてくる。


「……はい」

「今日の講義を確り聞いて理解していれば、時間は掛かっても必ず解ける問題だぞ」

「ああ、その……すみません」

「残りの講義を確り聞いて、今日教えたところをちゃんと復習しておくように」

「はい」


 着席を指示された俺は、肩を落としながら元来た道を戻っていく。チラリと視線を先程まで呆れと哀れみの視線を向けてきたクラスメイト達に向けてみると、一斉に眼を逸らされた……中には顔ごと。

 誰か一人ぐらい慰めてくれても良いじゃないか……自業自得だけどさ。


「さて、ちょっと横道にそれたけど講義を続けるぞ」


 そんな先生の声を聞きながら、自分の席に座った俺は今度こそ正面を向いて講義に集中し始めた。

 2学期の初めの授業が去年の3学期初めのように怪我人続出で、こんな有様(出席者8人)になってないと良いなと思いながら。





 

 冷房の効いた学校の図書室の机に教科書やノートを大きく広げ、私は黙々と夏休みの課題を処理していく。場所を取りすぎだという苦情が来ることもなく、必要な参考書を広げたまま勉強が出来る。

 そしてある程度一区切りが付いた私は背伸びをして、凝り固まった体を解しながら図書室の中を見渡しポツリと漏らす。


「夏休みだというのに、閑散としてるわね。去年だったら、席の取り合いになってたのに……」


 1年生らしき生徒はそれなりの人数が利用しているのが目に付くが、自分を含めた2,3年生は疎らに目に付く程度。去年ならば、1年は別の場所を使えとばかりに夏期講習を終えた2、3年生が開館時間一杯席を埋め尽くしていたと言うのに……。言うまでも無く、学生にとって勉強が出来る涼しい場所は早い者勝ちの席取り合戦……だった筈なんだけど、今年は事情が異なっていた。

 そもそもの話において、2、3年生の夏期講習の出席率自体が非常に低い。当然、夏期講習にも出てこない生徒が態々学校の図書室に自習をしに来るわけもない訳で……図書室を利用する2、3年生自体が少ないのだ。お陰で、講義終了と同時に図書室へ向けてダッシュする必要が無くなったけど……。


「一緒に勉強をする人も居ないのよね……」

 

 席取り合戦のライバルが減るという意味では良いことなのだけど、課題を相談し合えるクラスメートが殆ど居ないわ。特に今やっている勉強は受験勉強というわけではなく、夏休みの課題。正直に言ってこの手のものは人海戦術で課題を分担し、感想文等個人で熟さないといけないもの以外は終わった者から写させて貰うのが一番効率が良い。一人で全部の課題を終わらせようと思ったら、結構時間が掛かるもの。楽が出来るのなら、楽をして夏休みを目一杯楽しみたい。


「これも全て、ダンジョンなんてものが出てきたせいよ……」


 コツコツと進めてはいるものの、今だ終わっていない……手もつけていない夏休みの課題の山を見ながら、私は誰にぶつけて良いのか分からない愚痴を口には出さず内心で漏らした。

 ダンジョンなんて厄ネタをバラ撒いた馬鹿、今すぐ出て来なさい! 古今東西、ありとあらゆる罵声を知る限りぶつけてあげるから! 


「はぁ……皆、今頃何してるのかしら?」


 私は誰でもない誰かへの罵声を一通り吐き出した後、図書室の窓から見える嫌になる程に太陽光が降り注ぐ青空を見ながら、ダンジョンで一山当ててくると迷言を残し出かけていったクラスメート達の姿を思い出した。彼女達の探索者としてダンジョンに挑む姿は見たことがないので、テレビや雑誌で見たモンスターの姿を思い出すと不安がふつふつと込み上げてくる。

 去年の冬休み明けのように、彼女達が包帯塗れのミイラ姿で学校に登校してくる光景が脳裏を過ぎた。前回は怪我こそしているが、クラスメート全員登校して来たが……。


「クラスメイトが欠けた教室で、新学期は迎えたくないわね」


 私は嫌な想像に顔を顰めながら、クラスメート全員が揃って新学期を迎えられる事を切に願った。

 例え、多少のお化け屋敷風味が付け加えられていたとしても、全員揃っていることが大事だからね。






 俺はゴールに渾身の力を込めサッカーボールを蹴り込み、大きくネットが揺れた姿を見て、大きく溜息を吐き出し両手を腰に当て空を仰ぎ見……途方に暮れた。

 そんな俺の姿を見た後輩が、声を掛けづらそうにしながらも心配気に声を掛けてくる。


「キャプテン……」

「言うな」


 だが俺は一言だけ発し、後輩が次の言葉を口にするのを止めさせた。

 何を言っても慰めにもならないのだ、それなら無理に何かを言わせるだけ可哀想だ。


「……終わったな」

「……」

「まさか始まる前に終わるなんて、入部した時は思っても見なかったよ……」


 そこまでが、俺の我慢の限界だった。ゴールしたボールが跳ね返り途中まで転がり止まった姿を見た俺は、両手で顔を覆い隠しすすり泣き始めた。自然と涙が溢れ出してきて、必死に止めようとするが自分では止められない。

 その上……。


「ああ、くそっ! せめて、大会にだけでも参加したかったな……!」


 表に出す……後輩達の前では絶対に見せないつもりだった愚痴が、嗚咽と共に止め処なく漏れ出してきた。腰に手を当て胸を張っていた体勢も、自然と膝が折れ前屈みになる。

 涙を止めよう、口を閉じ後輩達に向かって空元気だとしても虚勢を張ってやろうと思うが、体が……心が言う事を聞いてくれない。

 

「「「……キャプテン」」」


 言葉を噛み殺したような後輩達の呻きのような呟きと、踏み出そうとして踏み出せない気配を背中越しに感じた。すると、最後の最後で後輩達に格好悪い姿を見せてしまったなという自分に対する後悔と、何も出来ない無力感を感じさせてしまったという後輩達への後悔がほんの少し湧き出してくる。

 だが、そのほんの小さな切っ掛けのお陰で、少しずつだが暴走する感情が収まり始めた。


「……」


 暫く時間をおき、俺は漸く涙が止まり立ち上がることが出来た。 

 そして俺は振り返らずに、見守っていた後輩達に向かって謝罪の言葉を口にする。


「……悪い、格好悪いところを見せたな」

「い、いえ。キャプテンは全然格好悪くないです! これまで全力で頑張ってきたサッカーが、こんな終わり方をしたんだから……」

「それでも、だ。……本当なら、お前等にこんな姿を見せるつもりは無かったんだけど、感情が抑えきれなかった」

「「「……」」」


 ユニフォームの袖で目元を拭い、俺は後輩達の方を向く。目は泣きはらしたので真っ赤に充血し腫れているだろうが、俺は出来る限り明るい笑顔を浮かべて語りかけ、後輩達も背筋を伸ばし俺の言葉に耳を傾ける。

 俺のキャプテンとしての、最後の挨拶だ。これだけは確り話さないとな。


「皆。残念だけど、定員割れを起こしたウチの部は今年の夏大会には出場出来ない。だけど何よりも残念なことは、次々と部員が辞めていく中、最後まで部に残ってくれたお前達と夏大会に出れないことだ。少し前の体育祭では、何とか部の存在をアピールして部員を集め夏大会にと思って頑張ったが……あいつらに話題を全部持って行かれた」

「「「……」」」


 俺はこの間行われた、体育祭を思い出す。あんな超絶パフォーマンスを目の前でされたら、俺達に勝ち目なんぞ微塵も無かった。と言うか、本当に同じ人間が出来る動きなのか? 探索者って皆、あんな事が出来る連中なのだろうか?

 そもそも、文化部系の部活なのに何で運動部系の部活より派手な動きのパフォーマンスやるんだ? 文化系の部活なら文化系らしく、体より言葉で部の魅力を語れよな!


「それでも俺達は諦めず、夏大会の間だけでも部員として参加してくれる人が居ないか探した。探したんだよな……」

「「「……」」」


 受験を控える3年生は頼んでもダメだろうから、1、2年生を中心に皆で声を掛けた。

 だが、考えることは皆一緒だな。他の運動部も部員不足に喘いでいたので、大会期間中だけとは言え新入部員の取り合いが起きた。大会出場に必要な選手の数が少ない部活は何とか最低限の部員数の確保に成功していたが、ウチのように10人を超える選手が必要な部は……厳しい壁だったな。


「俺達を含めて6人。6人しか……いや、6人も集まってくれたがそこまでだ。6人じゃ、試合は出来ないからな」

「「「……」」」


 後輩達の方から、悔しさから歯を食いしばる音が聞こえた気がする。

 必死に入部の勧誘を続けて、色よい返事が貰えたのが2人しかいなかった。確かに他の部に先を越されたというのもあるが、部員獲得失敗の最大の原因は勿論アレだ。


「ダンジョン……アレが出現したせいで全てが変わった。世界も、人も」

「「「……」」」


 アレが出現したせいで元いた部員達が大勢辞め、サッカー部は開店休業状態。辞めた元部員に再入部をすすめたり、新規部員を獲得しようにもダンジョンに挑むもの……探索者と言う存在が邪魔をする。

 今のスポーツ界は、探索者の存在を受け入れる器が存在しないからな。


「だけど、探索者よりサッカーが好きという奴は必ず居る! 今年の大会には出られなかったが、サッカーを続けることを諦めないで欲しい。続けていれば……続けていれば、きっと一緒にやりたいと言ってくれる奴が出てくるはずだからな。……俺からは以上だ」     

「「「キャプテン、これまでお疲れ様でした!」」」


 俺は後輩達から最敬礼と共に労いの言葉を受け、止まっていた筈の涙が再び溢れ出てくるのを感じた。

 だから俺は今度こそ虚勢を張り、歪みそうになる顔に笑顔を浮かべ後輩達に一言送る。


「皆、後を頼むな」

「「「はい!」」」


 こうして、俺のサッカーに捧げた高校3年間の青春は終わりを迎えた。

 















今話で、この章最後の幕間です。次回から、新章を開始します。


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― 新着の感想 ―
あーあー、あんなことした理由を説明しないから…… なんで加害者の将来とか心配してんの?
[一言] 色々考えさせられる話でした。 他の一般生徒と視点になるだけでこうもダンジョンが憎くなったりするものなんですね。早くお偉いさん達に何とかして欲しいです(過労で倒れない程度にw) 主人公達の影響…
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