幕間 参拾参話 合宿の裏側 その3
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1週間という短い期間で慌ただしく準備を進めた訓練準備も、当初の予想とは違い若干の余裕を持って無事完了した。コレも、一番手間取ると思っていた人員の手配が二つ返事でテキパキと決まったからだろう。
皆、えらくやる気を出してたからな。
「では、裕二さん達の迎えに行ってきます」
「ああ、頼むよ室井君。私達はその間に、最後の打ち合わせをしておくから」
「はい」
僕は現場責任者とて同行している幻夜さんに挨拶をしてから、裕二君らを迎えに車を走らせる。幸い、渋滞などに嵌まらず広瀬家に到着出来たのだが、予定より大分早く到着したので重蔵さんと道場でお茶を飲みながら裕二君らの集合を待つ事になった。
「いや、今回は急な頼み事をして悪かったの」
「いいえ。確かに急ではありましたけど、此方としても利のあるお話でしたので、お気になさらないで下さい」
「そうかね? そう言って貰えると助かるよ」
と言った、社交辞令的挨拶を和やかな表情を浮かべつつ一通り交わした後、本題……と言うか雑談を始める。流石に、裕二君らが集まるまで無言でお茶を啜り続けるわけにもいかないからな。
そして僕は、お茶を一口飲んで喉を湿らせてから口を開く。
「それにしても重蔵さん、今回の依頼は随分と裕二君らには厳しいものですね。こう言っては何ですが、とても高校生に課すような訓練内容ではありませんよ? どちらかと言うと、うちのSP候補生が最終試験的に受ける類いの訓練です」
「まっ、そうじゃろうな。普通、この様な訓練を課したところで、幾ら訓練を積んでいるとは言え高校生程度の者が容易にクリア出来るものではないじゃろうからの」
僕の質問に、重蔵さんは当然だと言った口調で返事を返してきた。
つまり重蔵さんにとっては、裕二君らに今回の訓練をクリアさせる事が真意ではないと言う事なのか?
「えっ? では何故、わざわざ?」
「人間、知っている事に対する対処は機敏に出来ても、知らない事に対しての対処は如何しても一手遅れるからの。室井君も知っておろう? その対処が一手遅れることが、どれ程致命的なものになり得るかは」
「そ、それは……はい」
重蔵さんの指摘に、僕は口の中に少し苦いものを感じつつ深く頷いた。重蔵さんが口にしたその経験は、確かに僕にもある。今思い出しても、自分の不甲斐なさ……自身の想像力の乏しさや努力不足を嘆くしかない。何故、もう少しでも想像力を働かせなかったのか。何故、経験豊富な先輩の仕事話を真剣に聞き集めていなかったのかと。
重蔵さんの言うように、知らない事への対処は如何しても一手遅れるという事実を僕は自分の経験から痛い程に知っている。
「裕二らが向かうダンジョンは多数のモンスターが跳梁跋扈し、倒したとしても時間が経てば再び出現する場所だそうじゃ。となるとじゃ、例え野営地周辺のモンスターを倒し安全を確保したとしても、安全な地とはいえん。緊張と疲労の隙間を狙い、まさかのタイミングで襲われる可能性も無きにしもあらずじゃからの」
「それで、今回の訓練という事ですか……」
「緊張と疲労で疲弊しておる状態で襲われると言う経験を訓練でしておけば、本番でも一手遅れるという事態は回避出来るかもしれんからの。特に疲弊している場合、思考が鈍り頭で考えてからでは更に対処は一手遅れる。最終的には咄嗟の反射でも、最適な対処を出来るようになれるのがベストなのじゃろうが……」
それは流石に、高望みが過ぎるのでは?確かに裕二君らは高校生……いや、探索者という視点から見てもかなり飛び抜けた存在だろう。だが、この手のものは時間を掛け培うしかない類いのものだ。
まぁ余程、天才的に才能がある場合は話は別だろうけど。
「まぁ、それは追々出来るようになれば良いじゃろう。今は無知を既知に変える事が先決じゃ、本人らは大分苦労するじゃろうがの」
と言い重蔵さんは、何処か楽しげな含み笑いを浮かべた。苦労する……どころじゃないんだけどな。俺は楽しげな重蔵さんに何とも言えず、苦笑を浮かべるしかなかった。
そして暫く重蔵さんと話をしていると道場の入り口が開く音が聞こえ、通学バッグを持った制服姿の裕二君が姿を見せる。
「こんにちは、室井さん。すみません、迎えに来て下さったのに待たせてしまって……」
「こんにちは、裕二君。いやいや気にしないで、僕の方が予定より大分早く到着しただけだから」
僕の姿を見て、慌てたように頭を下げ謝罪する裕二君に気にするなと声を掛ける。実際、渋滞の可能性を見込んで早めに出たせいで、予定時間より大分早く到着した僕が悪いのだ。
裕二君達が謝る必要は無い。
「裕二、お客さんの前にそんな姿で出てくんじゃない。ボーッとしとらんで、着替えをすませ持って行く道具をとってこんか」
「あっ、うん。すみません、室井さん。直ぐ着替えてきますので」
「ああ、別にそんなに急がなくて良いよ。慌てて、忘れ物しないようにね」
「はい。じゃぁ、少し失礼します」
そう言って一礼した後、裕二君は道場を後にした。
「すまんの、室井君。無作法な奴で」
「いいえ。表に止めている車を見て、裕二君もいち早く挨拶をと思ったのでしょう」
「そうかね」
そして裕二君が退席し暫し待っていると荷物を持ち、私服に着替えをすませた彼が姿を見せる。
「お待たせしました」
「ああ裕二君、お疲れ様。約束の時間までには、まだ時間があるんだから、そんなに急がなくて良かったんだよ?」
「あっ、いえ。元々持って行く物の準備は出来ていましたので、そこまで急いではいませんよ」
「そっか。じゃぁお茶でも飲みながら、後の二人が来るのを待とうか?」
「はい」
裕二君を交えお茶を飲みながら、九重君と柊さんが来るのを待つ事にした。とは言え、先程までの合宿の裏話等はせず、裕二君らの近状報告を兼ねた雑談だけどね。
そして九重君と柊さんが到着したのは、集合予定時間の10分前だった。
「じゃぁ重蔵さん、お弟子さん達をお預かりしますね」
「ああ、よろしく頼むよ室井君」
重蔵さんに見送られつつ、僕は3人を車に乗せ出発する。
そして、後ろの席で和気藹々としつつ合宿について期待と不安を寄せる3人の姿をルームミラー越しに眺めながら、僕は内心で彼等がコレから受ける苦労を想像し哀れみの眼差しを送った。強く生きてくれ、と。
裕二君らを迎えに行った室井君の車が、山道を戻ってくるのが見えた。
「さて皆、主役のご到着だ。歓迎の準備に抜かりはないな?」
「ええ、バッチリ準備ととのえています」
「先発隊も、既に予定の位置に伏せてます」
「そうか。では、問題ないな」
全員の顔を見るように室内を見回してみると皆、気合いの入った表情を浮かべていた。皆、前回のリベンジに燃えてるようだな。
そして室井君の車がプレハブ小屋の前で止まり、暫し間を開けてから扉がノックされ声が掛けられる。
「失礼します」
「おお、良く来たな皆」
扉を開けると、そこには荷物を持った裕二君らが居た。前回の訓練から然程時間は経っていないが、纏う雰囲気が以前よりも洗練されたものになっている。彼等もあの訓練後、ダンジョン攻略などで実戦を重ねより磨き上げられているらしい。コレはひょっとすると、以前より苦戦するかもしれないな。
そして彼等をプレハブ小屋に迎え入れ、お茶を飲みつつ今回の訓練に関する説明を行っていく。久しぶりの再会という事もあり、コレから行う訓練に対する緊張が有りながらも和やかに進んだのだが、説明の中で睡眠薬を使用すると発言したところ彼等の表情が一気に引き攣った。
「く、薬を使うんですか?」
「今回の訓練上、どうしても必要だからね」
どうして今回の訓練で睡眠薬を使う必要があるのかを丁寧に説明すると、彼等も若干納得いかないと言った表情を浮かべてはいるが最終的には了承してくれた。まぁ、いきなりこんな提案をされたなら当然の反応だな。だが睡眠薬を使わないとなると、彼らをこの訓練に適した状態にまで追い込むのに何日かかるのか皆目見当も付かない。前回の訓練の時でも、疲れてこそいるが疲弊していると言った感じは最後まで感じられなかったからな。
そして睡眠薬の件は話が付いたので、落ち着きを取り戻した彼等に訓練の内容を説明する。
「さて、今回の訓練内容とルールだが、やる事自体は簡単だよ。君達には2泊3日、山でサバイバル生活をして貰うだけだ」
ルールは単純明快、襲い来る刺客を撃退しつつ2泊3日のサバイバルだ。字面だけみれば前回の訓練をクリアした彼等にとって然程難しい課題では無い様に思えるが、睡眠薬を服用してとなると途端に高難易度の課題に変わる。草木が生い茂る視界不良の山中で刺客を警戒しつつ過ごすだけでも一苦労なのに、睡眠薬で思考力を乱し鈍らされた状態では単純な移動でさえままならない。その上、昼夜を問わず神出鬼没に刺客が襲い掛かってくるとなると……。
そんな今回の訓練の困難さに眉を顰める彼等を見ながら、私は残りのルールについて説明する。
「それと、今回の訓練では地図に記されているポイントを、このサイコロを使って出た目の数順に回って貰う」
無造作に動き回るのではなく、決められたポイントに向かって移動するという事は、それだけで移動ルートが制限され待ち伏せをされる可能性が高くなる。例え誰も潜んでいなかったとしても、潜んでいるかもしれないと警戒し続けなくてはいけないストレスは、徐々に彼等の精神を蝕んでいくだろう。そうなってしまえば只でさえ睡眠薬で思考が乱されているのに、更に集中力や注意力が乱されてしまう。
つまりこの訓練の間、彼等は常に強いストレスを受けることになるのだ。うん……重蔵の注文とは言え、少々やり過ぎたかもしれないな。とは言え、ここまで準備してしまったものは仕方が無い。やれるだけやって、無理そうなら即座に中断出来るように気を付けよう。
「では着替えをすませ、早速訓練を開始するとしよう」
「「「はい! よろしく御願いします」」」
3人は元気よく……半ばヤケクソ気味にも感じられる勢いの良さで返事をし、荷物を持って更衣室へと向かった。まぁ、何事も諦めが肝心とも言うから……頑張ってくれ。
そして着替えを終えた3人と私、室井君は出発前の最終確認を行う。
「ではダイスを振って目指すポイントを決めて……と言いたい所だけど、もうこの時間だからね。今日は山頂のポイントで野営をして貰おうと思う」
睡眠薬を服用した状態を経験していない中、いきなり夜の移動は危険だからな。それに今夜は先ずはお試しといった、様子見からだ。とは言え、仕込むべきものは既に仕込んではいるのだけどね。
そして山中生活をする上での注意点を幾つか教えた後、最後に彼等に睡眠薬を服用して貰う。
「では訓練スタートだ、君達の健闘を祈る。食事と休憩は、キチンと取るんだよ」
「「「はい」」」
不安いっぱいと言った表情を浮かべながら3人は初日の野営地、山頂目指して歩き出す。
念の為、前回の訓練でも行った出発直後の不意打ちを行ってみたのだが、室井君がペイントボールガンを抜こうと手を腰に入れただけで3人は室井君から一斉に距離を取った。結果、室井君が撃ったペイントボール弾は地面に赤い花を咲かせるだけで終わる。この反応から見るに、どうやら三人とも鈍っているという事は無いようだ。前回の教訓が生きているという事だな。
そして今度こそ3人は、山頂目指し出発した。
「行ったな……」
「ええ、行きましたね」
私達は山に入り3人姿が見えなくなったのを確認し、ポツリと呟いた。
「さてさて、彼等がどうこの課題を乗り越えてくれるか楽しませて貰うとしよう」
「かなり極限状態まで追い込むことになりますからね……これ以上は危ないと思ったら直ぐに止めに入れる準備はしておきます」
室井君の心配はもっともだな。
「そうだな。とりあえず明日の早朝にでも、彼らの様子を見に行こう。明日の時点で危ないようなら、訓練内容を少々考え直さないといけないからね」
「流石に彼等も一晩過ごしただけで、どうこうなるほど柔なものではないんじゃないんですか?」
「確かにそうだが、兆候くらいは見て取れるだろう。一夜過ごした時点で危ない兆候が見られるのなら、訓練の続行は止めた方が良い。下手をすると、トラウマを植え付けることになってしまうからな」
彼ら程の力を持つ探索者がトラウマを抱え、ちょっとしたことを切っ掛けに暴走する様になる。少し想像するだけでも、本人を含め周りに与える被害は考えたくも無いものになりかねない。
彼らなら大丈夫だとは思うが、心配しすぎて損をするものでは無いからな。
自分達で組んだ訓練内容ながら、若干悪乗りしすぎたかもと反省中の幻夜さんです。




