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幕間 参拾弐話 合宿の裏側 その2

お気に入り20420超、PV28740000超、ジャンル別日刊49位、応援ありがとうございます。


ご報告します。朝ダンが、ダッシュエックス文庫様より書籍化する事が決まりました!

詳しくは活動報告の方に記載していますので、そちらを御覧になって下さい。






 重蔵との話を終えた私は受話器を置き、相談を受けた内容を思い返し小さく息を吐き、気持ちを落ち着かせてから廊下の先に向かって人を呼ぶ声を上げる。


「おおい、誰かいないか?」

「……はい。どうされましたか?」


 声を上げ暫くすると、廊下の角からエプロンを着けた使用人の女性が顔を見せる。


「忙しいとこ悪いが、室井君を呼んでくれんか?」

「はい、分かりました。室井さんには幻夜様のお部屋を訪ねるよう、お伝えすればよろしいのでしょうか?」

「いや、司人の部屋に来るように伝えてくれ。アイツと少し相談しないといけない話があるからな」

「かしこまりました」


 女性は軽く一礼した後、慌ただしく見えない程度に足早く私の前を去って行った。

 そして私は司人の部屋へと足を進め、部屋に着くと扉を軽くノックし声を掛ける。


「司人、いまいいか?」

「えっ、ああ、お義父さんですか? はい、大丈夫ですよ」

「邪魔するぞ」


 部屋に入ると、司人は執務机に座り書類仕事をしていた。


「どうしたんですか、お義父さん? こんな時間に訪ねてこられて」

「ちょっとお前に相談したい事があってな」

「そうですか。では、そちらでお話を伺います」


 司人に促され、私は部屋の隅に設置されている応接ソファーに腰を下ろす。

 そして司人は執務室に備え付けのコーヒーサーバーから2人分を注いでから、私の正面に腰を下ろした。


「どうぞ」

「ありがとう、いただくよ」


 用意して貰ったコーヒーに口をつけると、司人が執務室を訪ねてきた理由を聞いてくる。


「で、お義父さん。話とは何ですか?」

「実は先程、重蔵の奴から電話を貰ってな」

「重蔵さんですか? それは交流試合の申し込みか何か?」

「交流……まぁ、一種の交流試合だな」


 私は司人が口にした言葉に、一理あるなと何度か頷きながら納得する。逆に、司人は私のそんな反応に、怪訝気な表情を浮かべた。

 私は軽く咳払いをし場を仕切り直してから、電話の内容を口にする。


「重蔵から相談された内容は孫、裕二君達に訓練をつけてくれないかというものだ」

「裕二君達にですか? ですがお義父さん、彼等には既に訓練を行ったではありませんか?」

「ああ。だが今回頼まれた訓練は、以前とだいぶ趣旨が異なっているみたいなんだよ。彼等、今度の夏休み期間中に、ダンジョン泊をしながらの探索を計画しているらしいのだよ」

「ダンジョン泊……って、えっ? 彼等、まだダンジョン泊をしたことがなかったんですか!?」


 司人は驚愕したと言うように、目を見開き私を凝視してくる。まぁ、無理もない反応かもしれないな。現在のダンジョン探索では深い階層に潜る場合、ダンジョン内にキャンプを張りながら数日掛けて行う事が常識となっている。特に凛々華の件で彼等から譲って貰った上級回復薬を得る為には、中層階……最低でも30階層に居るエリアボスを倒す必要があるのだから。

 つまり彼等はダンジョン内に泊まる事なく、日帰りで30階層まで行って戻ってきたと言う事になるからだ。


「私もこの話を重蔵の奴から聞いた時は、思わず絶句したよ。まさか、とね」

「……そ、それはそうですよ。30階層まで潜って日帰りで戻ってくるなんて無茶、高レベルとよばれている探索者にだって普通しないどころか出来ませんからね……」

「だが、彼等にはそれが出来たらしい。その実力の片鱗は、以前の訓練の時に私達も目にしているからな」

「そう、でしたね。確かにそんな真似が出来るのでしたら、あの訓練の結果も可笑しくはない、のかな?」


 以前行った訓練の結果を思い出すと、無理難題と思っていた課題をクリアされた悔しさと若干の罪悪感が湧く。少し経験を積めばあまりに順調に彼等が課題をクリアしていくので、訓練後半では半分意地になってうちの精鋭を投入したのだが、彼等はその上で課題をクリアした。

 もっと難易度を上げておけば良かったとか、大人気なかった対応をしてしまったなぁ、などと若干複雑な心境である。


「ですが意外ですね。それだけのことを成せる力を持つ彼等が、ダンジョン泊を行ったことがなかったとは。上級回復薬を持っていると聞いていたので、春休みやゴールデンウィークを利用し既に長期間のダンジョン泊を行っていると思っていたのですが……」

「聞くところによると、彼等はそこまでダンジョン探索にのめり込んでは居ないようだ。学校生活や日常生活を大事にしているらしいからね。噂に聞く、学校を留年や中退しダンジョン探索にのめり込む子らとは違うみたいだ。だがそうなると、彼等がダンジョン探索に掛けられる時間は必然的に限られてくる」


 学生の留年者や中退者の増加は、TVや新聞でも度々に取り上げられる話題だ。探索者資格が交付されて以来、10代の若年層探索者資格保有率は増加の一途をたどっている。それに伴い、探索作業に精を出すあまり単位を落としたり負傷したりなどし、留年や退学したりする学生が増加している事が問題になっていた。

 うちの凛々華も、彼等が上級回復薬を譲ってくれていなければ、その内の1人になっていたかもしれなかったな。


「そうですね。そういう方針だと、彼等は土日ぐらいしかダンジョン探索は出来ませんね」

「平日は夕方から重蔵の奴が稽古をつけてやっているらしいから、腕が錆び付くことはないだろう。だが、お前の言うようにダンジョン探索は土日くらいしか出来ないだろうな。それも、学校や日常を優先するとなると、毎週かならずと言うわけにもいかないだろうね」

「休日に家族と出かけることや、友人と遊ぶことも大事な日常の一幕ですからね。時間の全てをダンジョンに、ってのは確かに考え物ですよ」

「そうだな」


 普段の生活を崩してまで、ダンジョンにのめり込むようなやり方は感心出来ない。そう考えると、裕二君らの活動方針は好ましいものであろう。ただまぁ、活動時間に比して些か以上に彼等が持っている力は大きすぎるきらいはあるが。

 とそこまで考え、少々話が脱線していたので話を本題に戻す。


「話は戻すが、重蔵の奴に頼まれた訓練というのが、野営中の襲撃対処訓練だ」

「野営中の襲撃対処訓練……ああ、なる程。ダンジョン内で寝泊まりする時の訓練ですか。確かにその内容だと、以前の訓練だけでは足りませんね。以前の訓練はあくまでも、襲撃者やトラップを察知し対処する方法や警護対象を安全に離脱させる方法を学ぶ訓練でしたから」

「疲労した中で安全に休息を取る方法は、また別の心構えや技術が必要だからな」


 疲労がピークに達する中、適切なタイミングで休息をとろうと思えば、見極めにそれなりの経験が必要だ。早すぎれば行動範囲を狭め、遅ければ疲労が限界を超える。集団が大きくなれば成る程、適切なタイミングで休憩を取るというのは難しい。無論、個人や小人数の場合でも体力や集中力に個人差がある以上、見極めが必要になる。軍隊などの場合、訓練により事前に最低限質の均一化がなされているが、高レベルの探索者とは言え只の高校生に同じものを求めるのは酷だろう。

 となると、後は実際に経験させ互いの限界を見極めさせるほかは無い。


「前回といい、重蔵さんは中々彼等に厳しいですね」

「それだけ期待していると言うことだろうな。実際、彼等の飲み込みの良さは高レベル探索者という事も含め、中々に興味深い。彼等が重蔵の弟子でなければ、私が直接鍛えたいくらいだよ」

「それはそれは、お義父さんもずいぶん彼等のことを買われてますね」

「当然だ。前回の訓練を見て、何も感じないという事は無いからな」


 実際問題、前回の訓練では裕二君らに課題をまんまとクリアされてしまったが、こちら側としても得られたものは大きかった。一番の収穫は、訓練に参加したうちの者達が抱く探索者に対する慢心を打ち砕くことができた事だろう。

 探索者資格が出来てから、凛々華を筆頭にうちの若い者達を中心に探索者になる者は居た。だが、実際に身内から探索者になった者が居たからだろうか? 解放当初のダンジョンの混雑もあり、凛々華を含めうちの連中は皆レベル上げが上手く行かなかったことで、探索者として受ける身体強化などの恩恵は微々たるものだった。その為か、若手の探索者を相手にした稽古でも、ベテラン勢は苦戦することはあっても負けることはなかった。お陰で一時期うちでは、探索者の力とは世間で言う程の大したものでは無く、訓練を受けたこともない力を持つだけの素人が相手なら自分達が負けることはないといった認識がまかり通りかけたのだ。


「そうですね。私は当主としての仕事の関係で、自衛隊所属の高レベルの探索者といわれる者と接触する機会がありました。おかげで探索者の得る力について、皆のように誤解することなく済んでいましたが、あの頃の凛々華達を見ただけだったら誤解していたかもしれませんね」

「百聞は一見にしかずとは、よく言ったものだ。彼等の訓練に参加した者は、今では率先して探索者対策に取り組んでいるんだからな」


 余程衝撃だったのだろう。訓練に参加する前は、素人探索者相手の訓練に参加する意味など無いと文句を言っていたのに、訓練後は意見を真逆に反転させていた。

 それこそ今までの傲った怠慢振りを恥じるように、鬼気迫るようにして。 


「訓練を受けたことがない素人だからこそ、どのような行動を取るのか予測不可能ですからね。その上、襲撃者が探索者としての恩恵を十全に受けていたらと思うと……」

「現状のままでは、護衛対象を守り切れるとは言い切れないな」


 探索者の恩恵を十全に受けた者であれば、素人でも素手で護衛対象を一撃、そこら辺に落ちている石ころを投げても銃弾並みの凶器に早変わりする。つまるところ、探索者が襲撃者となれば彼等に武器という物は必要が無い。今まで以上に、何時何処で何処から襲われるか事前に想定し、対処法を幾重にも考案しておかねばならないという、コレまでとは根本的に異なる対処を求められている。

 そんな未来が間近に迫っている事に、裕二君らとの訓練を行ったことで彼等は骨身に染み実感出来たのだ。


「今回の訓練は、うちとしても良い機会だと思います。雪辱を果たそうと前回の参加者達も奮起するだろうし、考案した探索者対策の実証を行うことも出来ます」

「おいおい司人、恩人である裕二君らを実験動物扱いするな」

「勿論ですよ。ですが、訓練をする以上、双方に利がある形にした方が妙な遠慮や借りを作らないですみます」

「まぁ、そうだな。重蔵の奴も訓練内容に関しては、遠慮せずにやってくれと言っていたからな」


 まったく重蔵の奴、出来る限り孫等を追い込んでくれとは……。アイツは、彼等をどういう風に育てるつもりなんだか。幾ら探索者としての力があるとは言え、彼等は高校生の子供なんだぞ。

 とは言え、前回の訓練内容を思えば私も重蔵のことをどうのこうの言う資格は無いのだろうが。


「遠慮せずと言う事は、訓練内容は以前と同様こちらに任せてくれるという事ですね」

「そうだな。さて、どんな内容にするのが効果的か……」


 私と司人は重蔵に依頼された訓練内容について、どのようにするか考えを巡らせ始めた。

 そして暫くすると呼び出していた室井君も到着し、話し合いに合流する。






 幻夜さんと司人さんと言ううちのツートップに指名され、僕は来週行う裕二君らの訓練の準備を進めていた。急な訓練かつ準備期間も短いこともあり、手配は難航すると思っていたがトントン拍子に話が進む。

 訓練地の確保も、以前の訓練でも使用した山を使うことで無事に解決。物資の手配も、食品等の消耗品を補充するだけで済んだ。何より……。


「一番手配に時間が掛かると思っていた人員の確保が、こうまで簡単に進むとは予想外でしたね」


 前回の訓練に参加した者達を中心に、訓練相手が裕二君らであることを話しつつ打診すると、如何しても外せない予定がある者以外は殆ど二つ返事で訓練に参加することに同意してくれた。寧ろ、話を聞いた者達が自分達も参加させて欲しいと言う、志願者が大勢でたのだ。お陰で当初予定していた人数の、倍近くの人員を確保出来た。

 この事を幻夜さんと司人さんに報告すると、参加者の数に驚いた表情を見せた後、ニヤリと背筋に冷たいものが走る含み笑みを浮かべる。予定変更という囁き声が聞こえたのは、僕の気のせいだと思いたい。


「裕二君、柊さん、九重君……きっと訓練は大変な事になるだろうけど、頑張って」


 僕はツートップの悪巧みを横目に見つつ、訓練を受ける3人に小声で頼りないエールを送りながら執務室を後にした。

















幻夜さん達も探索者の登場で、中々先行きが見通せない状況ですよね。


朝ダンの書影を頂きましたので、掲載しておきます。

挿絵(By みてみん)

素晴らしい書影を作って貰え、感謝で胸がいっぱいです。


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