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幕間 参拾壱話 合宿の裏側 その1

お気に入り20360超、PV28550000超、ジャンル別日刊66位、応援ありがとうございます。

   





 近状報告を兼ねた世間話を交えつつ、幻夜へ頼み事の話を付けたワシは受話器を置く。突然の頼み事ではあったが、ありがたい事に幻夜は二つ返事で頼み事を引き受けてくれた。

 貸しは作っておくもんじゃな。 


「よしよし、コレで下準備は完了じゃな。じゃが、流石にいきなり幻夜の所に放り込むのは酷じゃろう。明日で試験も終わる事じゃし、予行演習くらいはさせておくかの」


 電話台の上の壁に掛けられたカレンダーの日付を確認しつつ、ワシは孫と友人達の予定を確認する。流石に、テスト期間中にアヤツらの集中を著しく乱させるわけにはいかないからの。

 じゃが、試験が終わってしまえば話は別じゃ。


「まずは裕二の奴に、試験終わりに坊主らをウチに連れて来るように話をしておくかの」


 ワシはこの話をした時の孫達の反応を想像し口元を軽くつり上げつつ、軽快な足取りで孫の部屋へと歩いて行く。






 そして翌日、ワシの前に私服に着替えた孫等が座っていた。


「すまんの、待たせてしまって」

「あっ、いえ」


 柊の嬢ちゃんに煎れて貰った茶で喉を潤した後、ワシは話を切り出す。孫等は夏休みを利用して、泊まり込みでダンジョンに挑む計画を立てておった。が、話を聞いてみると無計画……いや、準備不足が目に付く。野営経験……キャンプの経験もロクに無い状態で、よくモンスターが闊歩するダンジョン内で寝泊まりしようと考えたものじゃ。

 確かに孫等の強さ的に見れば、攻略済みの階層に居る様なモンスターは敵ではないのだろうが、寝泊まりしようと思えば強いだけではすまない。色々と習得しておかねばならん技能というものがあるからの。なので、ワシは本題を口にする。


「幻夜の奴に話を通しておいた」


 そう言った瞬間、予想通り孫等の表情が一斉に引き攣る。まぁ、前回の幻夜が施した訓練の内容を思えば、こう言う反応をするのも無理はないかの。中々に、厳しい訓練だったようじゃしな。レベルアップで身体能力は強化されても、精神は別という良い例じゃろう。じゃからこそ、これからする訓練に意味がある。

 そして、渋っておった孫等を説得し幻夜の訓練合宿への参加を認めさせた後、ワシは救済案?を提案した。


「裕二、二人を連れて明日からキャンプに行ってこい」


 キャンプ経験も乏しい状態だと、いきなり幻夜の訓練はキツいだろうからな。慣らしは必要じゃろう。最低限、警戒しつつ食事と寝床の確保が出来る程度の経験はしておいた方が良いだろう。連続で活動する以上、適切な休息は必須じゃからな。

 そして急遽明日出発という事で孫達は少し渋ったが、道具の貸し出しと事前演習の必要性を説いたおかげか、若干諦めの雰囲気を纏いつつ頷き了承した。渋々と言った感じじゃがな、簡易的なものでも事前に経験しておけば本番が楽になるはずじゃぞ? 







「じゃぁ、行ってくるよ」

「気を付けてな」


 翌日、キャンプ道具を背負い家を出る裕二を見送った後、ワシは電話を掛ける。


「……おお、幻夜か? ワシじゃ、ワシ、重蔵じゃ」

「ああ、重蔵か。随分朝早くから電話をしてきたな。どうした?」


 電話を取り次いで貰い、暫く待っていると幻夜の奴が電話に出た。


「ああ、いや。先日頼んだ件の確認をな。どうじゃ?」

「今、色々と手配しているところだよ」

「すまんの。急に面倒な頼み事をしてしまって」

「いや、気にするな。まぁ、確かに急な頼みではあるが、此方としてもメリットはある話だからな」

「メリット?」


 孫等が売った借りにかこつけて、此方が一方的に得をしていると思っておったのだが……。


「裕二君らの訓練相手を務めさせると、ウチの新人達にも良い刺激になるんだよ。前回の訓練で相手を務めた連中も、裕二君等のお陰で世界の広さを知ったのか以前より一層訓練に精を出していてな……」

「そうか。まぁ、そちらにも益があるというのなら、こちらとしても少しは気が楽になると言う物じゃな」

「探索者を相手にするという現場を想定した場合、裕二君らは得がたい相手だよ」


 孫らは隠しているつもりじゃろうが、幻夜の奴にはバレているようじゃな。まぁ向こうもお孫さんが探索者をしている以上、ウチの孫らが一般的な探索者を優に超える力を持っていると言う事は容易に推察出来るじゃろうな。

 それを思えば、幻夜側としてもトップクラスの探索者を相手し、安全に経験を積めると言う場を得られると言うのは大変価値のある訓練なのだろう。


「無論、裕二君らには凛々華の件で大変な恩がある。私達としては、私達に用意出来る最高の訓練を提供するのが一番の恩返しになると思っている」

「まぁ、そうじゃな。本人達にはかなりキツい訓練に感じるじゃろうが、アヤツ等がキツいと感じる訓練など容易に用意はできんからな」


 技能的な面で言えば、孫等はまだまだ未熟な面が目立つ。じゃが、レベルアップで向上した身体能力を加えれば、総合的にはかなり高い戦闘能力を持っている。その為、未熟故に得られる経験というものを得られる機会が激減してしまっていた。体力不足による持久力向上の大切さ、持久力切れによる集中力の欠落具合……強くなる上で経験し認識しておかねばならないものは山程ある。だが孫等はレベルアップという抜け道のお陰で、本来訓練や実践で苦汁をなめる機会を失った。本人達も知識としてはそれらの重要さは認識しているのだろうが、身に染みて感じるかと聞けば感じていると断言は出来ないだろう。

 しかし、今の孫等にそれを体感させる場を整えるのは、控えめに言っても至難の業だ。


「確かにな。前回の訓練でも、裕二君らを苦戦させられたのはウチの精鋭クラスの者だけだったからな、それも最初の方だけだ。攻略法を学び慣れてしまえば、容易く突破されてしまったよ」

「本人達はキツい訓練だったと思っておるんじゃろうが、アレはそれなりの訓練を受けた人間でも本来なら攻略不能といえるレベルの訓練じゃ。まして少々訓練が施された高校生が、キツい程度ですませられるものでは無いじゃろうて」

「ああ、その通りだ。おかげでウチも高レベルの探索者がどう言ったものなのか、あの訓練で骨身に染みて実感させられたよ。ウチの商売上、コレからはああ言った相手をいずれは相手にしていかねばならんかと思うと……」


 電話口から、幻夜の奴の重い溜息が漏れ聞こえてきた。どうやら前回の訓練で孫達が与えた影響は、中々大きなものだったらしい。まぁワシとしても、孫達程とはいかずとも、それに近い力を持つ者達が複数で自分達が護衛する対象に向かって襲い掛かってきたらと思うと……防ぎきれない可能性が出てくるかもしれんの。

 VIPの護衛を生業としている幻夜の所としては、早急に探索者対策を立てる必要があるか……。 


「そう言う事だから、訓練に関しては心配しないでくれ。ウチとしても、裕二君達との訓練は好ましいものだからな。まぁ出来れば、もう少し早く声を掛けてくれるとありがたいが」

「ははっ、すまんな」


 確かに、急と言えば急じゃったからな。今度からはもう少し早く、幻夜の奴に相談しようかの。

 その後、訓練に際してちょっとした打ち合わせをしてからワシは幻夜との電話を切った。







「……ぬるいの」

「……ぬるい?」


 帰ってきた裕二からキャンプ内容の報告を聞き、ワシは眉を顰めつつ思わずそう漏らした。

 お土産付きのちょっとしたアクシデントの件は別に良いのだが、孫達がホントに警戒要員を置いた形だけのキャンプをしてきたからだ。何の為の予行演習かは言って置いた筈なんじゃがな……。


「裕二。ワシが何の為に、お主らをキャンプに行かせたかは分かっておろうな?」

「? ああ、今度幻夜さんのところでやる合宿訓練の予行演習の為だろ?」

「そう、それなのにお主らときたら……何の為にキャンプに行ったのじゃ? イノシシの件は別にしても、何をのんきに寝ておる。夜中こそ休息役、警戒役、襲撃役に分かれ、野営の予行演習くらいせぬか!」


 ワシの指摘に裕二は呆気に取られたような表情を浮かべた後、バツが悪そうにワシから顔を逸らした。

 指摘された事に気付かなかった……いや、坊主達に野外宿泊の経験だけを積ませようとしよったな。全く、甘いの。


「い、いや……で、でも、大樹も柊さんもキャンプには慣れていなかったから、まずは慣れることを優先にと思って……」

「慣れている慣れていないは、お主等の準備不足のせいじゃろう。お主等が探索者になって、既に半年以上は経っておる。長期休暇……夏休み等を利用してダンジョンに潜るという考えは前々からあったのじゃろ?

そう言う考えがあったのなら、ワシが指摘する前に事前にキャンプ経験を積んでおくなどしておくべきじゃろうに。今回のキャンプでお主等がすべきだった事は、坊主らがキャンプに慣れることではなく、いかに襲撃を防ぎつつ十分な休息を取る事が出来るかを学ぶという事じゃ」

「……」


 キャンプの主導の拙さを責めるようなワシの言葉に、反論しようとした裕二は押し黙った。

 ふぅ……この様子では、幻夜の訓練で大分苦労する事になるじゃろうな。何せ碌なノウハウもなく、ぶっつけ本番で襲撃を防ぎつつ休息を取らねばならぬのじゃから。

 

「……まぁ、コレもいい経験になるじゃろう」


 本番を想定し、十分に行う意味を理解した適切な訓練こそ意味がある。ただ何となくといった曖昧な理由で行う訓練など、明確な目的を定めた訓練と比べれば時間の浪費でしかない。今回、孫等がやったキャンプは正にコレと言える。

 まぁ時間の浪費だけで済めば良いのだが、事と次第によっては生死に直結するからの。






「よろしく頼むよ、室井君」

「いえ、こちらこそ」


 裕二達を迎えに来てくれた室井君と茶を飲みながら、世間話をしつつ九重の坊主達がくるのを待っていた。裕二はすでに帰宅しているのだが、九重の坊主と柊の嬢ちゃんは学校終わりに直接というわけにはいかないからの。


「ワシが言うのも何じゃが、急な頼みだったのにもかかわらず良くこの短期間で準備が間に合ったの」

「確かに急には急でしたが、1番手間が掛かる人員の手配が意外に簡単に出来たので、そこまで大変ではありませんでしたよ」

「ほぅ? そんなに暇している連中が多かったのか?」

「いえ。前回の訓練の件も有り、裕二さん達が訓練相手だと伝えると参加希望者が多数出たんです。おかげで皆さん、ヤル気一杯ですよ」

「そうかそうか、それはどちらにとっても良い訓練になりそうじゃの」


 ワシは茶を飲みながら、思わず口角を上げ愉快げな笑みを浮かべた。

 先日のキャンプが上手くいかなかった以上、気合い十分な襲撃者が襲い掛かるこの訓練は孫達にとって想像以上に厳しいものになるじゃろうな。まぁ苦しんだ分、得られるものは多いじゃろうから頑張って貰おう。

 そして暫く室井君と談笑していると、九重の坊主と柊の嬢ちゃんが到着した。


「では室井君、幻夜の奴によろしくの」

「はい」


 挨拶をすませると、室井君が運転する孫達を乗せた車が走って行った。

 





 3日後、帰ってきた孫達は疲労困憊といったありさまだった。まぁある程度は予想出来ていた事なので、そう驚くような結果ではないがの。

 

「随分、草臥れたようじゃの裕二」

「……ああ、もう心底疲れたよ」


 うむ、ワシと話すのも億劫と言った感じじゃな。今横になれば、直ぐさま寝落ちしそうじゃの。


「と言う事は、ロクに休息も取れなかったようじゃの。どうじゃ? 先週のキャンプで適切な予行演習をしておけば、今回の訓練はもう少し上手くやれたかもと思わんか?」

「そう、だな。先週爺さんに言われたことが、骨身に染みたよ、ほんと」

「そうかそうか、それは大変じゃったな。まぁ今日の所は疲れておるじゃろうから、あまり詳しくは聞かんでおこう。ゆっくり休むと良い」

「……うん、じゃぁおやすみ」


 そう言うと、裕二はフラつく足取りで自室へと向かっていった。

 そしてそんな裕二を見送った後、ワシは幻夜に電話を掛ける。


「おお、幻夜か? 今、裕二の奴が帰ってきたぞ。随分と草臥れたようじゃったが、中々激しい訓練じゃったようじゃな」

「ああ、中々だったよ。ウチの訓練参加者も今、プレハブ小屋の方で死んだように寝ているからな」

「ははぁ、双方にとって随分と有意義な訓練になったようじゃの」


 ワシと幻夜は、電話口で噛み殺すように小さく笑い声を上げる。


「では予定通り、来週もよろしく頼むの」

「ああ、任せておけ。とは言っても、今回の事を経験した裕二君ら相手に、ウチの連中が善戦出来るか心配だがな」

「苦汁をなめた経験を次に生かせないようなら、訓練をする意味が無いからの」

「そうだな。どれ、ウチの連中にも発破を掛けておくとするかな」


 楽しげな声で相槌をうちつつ、ワシは電話を切った。

 翌週、今回の反省を生かした孫達が圧倒したと聞き、思わずニヤけてしまったのは幻夜の奴には秘密じゃ。 
















重蔵さんサイドから見た、合宿訓練の日々です。色々と裏で動いていますね。

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