幕間 参拾話 キャンプ場の管理者は見た
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長雨で林道に出来た大穴を砂で埋めつつ、俺は客足の戻り始めたキャンプ場を感慨深げに眺めていた。
昨年、ダンジョンというとんでもないものが世界中に出現したせいで、一時期はココの閉鎖も考える程に客足が遠のいてしまったが、今は徐々に客足も戻りキャンプ場を無理なく維持出来る程度には回復。このまま順調に時間が経てば、古くなった幾つかの設備を交換出来る程度の利益は出せる展望も見えてきている。
「ただ、な……」
客足が戻ってきたのは良いことではあるのだが、同時に、一部の客が問題を多発させている。一部の困った客……探索者達のことだ。彼等はダンジョンに潜り、モンスターと戦って居る関係上、モンスターと戦う術を日々磨いている。それ自体は大変結構なことなのだが、あろう事か、彼等はうちのキャンプ場で、真剣などのダンジョン探索で使用する武器を、振り回し練習しだしたのだ。
確かにうちは、人里離れた山奥のキャンプ場ではある。だが、だからと言って抜き身の真剣を振り回しても良いかと言われればそうではない。
「練習場所がないから、山の中でやれば人の迷惑にならないだろうって……はぁ」
キャンプベースから離れた場所で練習を行っているとは言え、他の一般キャンプ客もいるところでそんな事をされてはたまらない。実際、他の客から苦情が噴出し警察が出動する事態に発展したんだよな。
練習をしていた探索者連中は、警察署に連行され厳重注意。その時うちに泊まっていた他の客も、気分を害し半数が引き上げてしまった。
「そのせいでうちも“武器の持ち込み禁止”、なんて言う規則を作らざるを得なくなったんだよな」
ダンジョン出現前を思えば、は?と言いたくなるような規則だ。だが実際、この規則を作る前に探索者らしき客に利用目的を質問してみると、どいつもこいつもうちで練習しようと武器を持ち込もうとしていた。
そんなに武器の練習したければ、ダンジョン協会が運営している専用の施設に行けよと言いたい。
「さて、穴埋めも終わった事だし戻るか」
キャンプ客には聞かせられない愚痴を漏らし終えた後、穴埋めに使った道具と残った材料を手押し車に乗せ俺は小屋へと戻っていった。
管理事務所の2階で書類仕事をしていると、下の扉がノックされる音が聞こえてきた。良く聞き取れなかったが、予約という単語が混じって聞こえた気がしたのでおそらくうちに泊まる客だろう。
予約客の名前を思い出しつつ扉を開けると、そこには高校生らしき3人の男女が立って居た。何処か見覚えがある顔だな……ああ、広瀬さん所の。
「久しぶりだな、広瀬の坊主」
「お久しぶりです、小嵐さん」
久しぶりの再会に話が盛り上がった。広瀬の坊主の奴、顔つきも大人っぽくなっているし随分背も伸びている。確か、広瀬の坊主がうち来たのは一昨年……2年程前だったか? 成長期に2年も会っていないと、別人のようになっているな。
そして更に話をしてみると、どうやら今回は友達とキャンプに来たらしい。ただ、友達とは言え年頃の男2人に女1人のグループはどうなんだ?と思わなくもないがな。
「じゃぁ、怪我をしないように楽しんでくれ」
利用手続きと料金の支払いを終わらせ、俺は広瀬の坊主達3人を見送った。
キャンプ場を一回りし一通りの管理仕事を終えた俺が小屋で一休みしていると、扉のノック音と共に大きな声で名前をよばれた。折角の休憩時間を邪魔され、若干イラッとしたがコレも仕事だと思い応対に出る。
すると、扉を開けた先には若干申し訳なさげな表情を浮かべた広瀬の坊主と、その後ろに居心地悪げな坊主の友人達がいた。
「ええっと、すみません小嵐さん。トラブルが発生してしまいました」
「トラブル?」
「山の中で山菜を採っていたら、イノシシに襲われてしまって……」
「イノシシ!? おいおい、怪我はしなかったか!?」
イノシシに襲われたと聞き、俺は思わず広瀬の坊主の全身を上下になめるように観察した。服には汚れらしきものは無いので、広瀬の坊主に怪我はないようだ。と言う事は、他の奴が襲われたのか!? と慌てて坊主の後ろに視線を送ると………何だ、あの塊は?
「大樹が捕獲したんです」
「……ん? はっ? 捕獲?」
「はい」
広瀬の坊主が口にした予想外の言葉に、俺は思わず大口を開け間抜けな表情を浮かべた。
そして正気を取り戻した俺は、広瀬の坊主達が捕獲したというイノシシを前に今度こそ心の底から溜息を漏らす。イノシシ捕まえたってコイツ……特大の大物じゃないか。
「探索者やってるとは聞いたが、こんな大物を素手で捕まえられるもんなんだな……」
普通の人間が山の中でこんなのに襲われたら、大怪我は免れないうえ最悪は死ぬ。それを高校生が、無傷で捕獲ね? 俺はこのイノシシに襲われたという、九重の坊主の姿を観察する。靴やズボンの裾こそ汚れているが、概ね広瀬の坊主と同じように殆ど服に汚れはついていない。
つまり、無傷かつ服が汚れるほどの大立ち回りもしていないという事だ。全く、探索者って連中はホントにどうなってんだろうな?
「で、お前等はコイツを如何したいって?」
俺は、手足を縛られ、地面に転がされているイノシシの背中を撫でつつ、広瀬の坊主達の希望を尋ねる。すると、広瀬の坊主はコイツを食べたい、と言いだした。まぁ、リリースする事が出来ない以上、無駄にせず食べるというのは良いことだ。
ただ……。
「食べるまでの下処理に時間が掛かるから、今日直ぐに食べることは出来ないぞ」
広瀬の坊主達は、仕留めたイノシシを今日の晩ご飯にと思っているようだが、そうはいかない。確かに解体して直ぐに食べようと思えば食べられないこともないが、とてもではないがオススメは出来ない代物だ。キチンとした処理を施さないと、獣臭さが凄いのだ。
下手をすれば、二度と食べるものかとトラウマものになりかねない。
「そうですか……残念です」
「とりあえず解体小屋の方へ、コイツを運ぶぞ。何時までもココに置いて置いたら、他の客が驚くからな」
「「「はい」」」
「じゃぁ台車を持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
「あっ、ちょっと待って小嵐さん」
流石に100kg以上あるイノシシを手で運ぶのは一苦労するので、解体小屋に置いてある台車をとりに行こうとすると広瀬の坊主が待ったの声を掛けてきた。何だと思い振り返ると、九重の坊主がイノシシの足を掴んで持ち上げる光景が目に飛び込んできた。
……はぁ!?
「俺達が持って運ぶので、台車はいりません」
「あっ、ああ、そうか……重くないのか?」
「いえ、この位なら全然。実際、山からここまで運んでこれましたし」
「そ、そうだな。それじゃぁ、頼むよ……」
た、探索者はモンスターを倒してレベルが上がると、身体能力が向上するとは聞いていたが……あんな重いものを軽々と持つ事も出来るんだな。俺はその衝撃映像に暫し固まってしまったが、何時までも固まっているわけにもいかないので小屋まで坊主達を案内する。
そして解体小屋に到着した俺達は、先ず小屋の外の水道でイノシシに水をかけ汚れを落とす。その際、水を掛けられたことで起きたイノシシが暴れだしたが、広瀬の坊主が素早く首筋に手刀を叩きつけ再び意識を刈り取った。……凄えな、おい。
「よし、じゃぁ先ずは血抜きからだ。こいつを、天井の鎖に吊るしてくれ」
「「「はい」」」
イノシシの解体作業を見学したいと広瀬の坊主達が言いだしたので、助手をするのなら良いと許可を出す。吊り下げ作業は力がいり中々重労働なのだが、コイツらにとっては苦も無い作業らしく、指示通りに手際よくイノシシを吊るしていく。
そして、他にも俺は坊主達に指示を出しながら解体の準備を進め完了する。
「じゃぁ、解体を始めるぞ。作業中、気分が悪くなったりしたら無理せずに小屋の外に出ろよ」
坊主達もモンスター相手に探索者をやっている以上、血を見る機会はゼロではないだろう。
しかし、血を見るのが苦手と言う人は意外に多い。特にこの手の作業は普通に日常生活を送っていると、まず遭遇する事はないからな。と思いつつ、俺はイノシシの頸動脈目掛けて刃物を突き刺した。
内臓抜きと部位毎の解体を終えた俺は、冷水に解体した肉を晒し冷却工程を始めた。
「よし、今日の作業はここまでだ。後の作業は、肉が冷える明日だな」
「はい」
「「……はい」」
広瀬の坊主はハッキリとした口調で返してきたが、九重の坊主と柊の嬢ちゃんは意気消沈した様子で返してくる。どうやら2人には、途中退出こそしなかったが衝撃的な体験だったらしい。
まぁ、慣れない奴だと、こんなものだろうな。
「残りの作業は明日するが、お前らはいつ頃に帰るんだ?」
「午前中の内には、ココを出ようと思っています」
「そうか。じゃぁ明日の作業は1,2時間で終わると思うから、そのつもりで来てくれ」
「はい。ありがとうございます」
明日の約束を決めた後、全員で作業場を片付ける。解体作業の性質上しかたが無いとは言え、床に血が飛び散っているので、熱湯で消毒しつつブラシをかける。
そして全ての後片付けを終えると、俺は広瀬の坊主達と解体小屋の前で別れた。
「ふぅ……疲れたな、色々と」
昔馴染み客の一人である広瀬の坊主の顔を久しぶりに見たが、随分と成長? したものだ。元々武術家の家系で、年一でココに合宿訓練で訪れていたので小さい頃から知ってはいた。昨年はダンジョン騒動で来れなかったが、また来てくれた事は素直に嬉しいものだ。
しかし……。
「まさか、イノシシを狩ってくるとは思っても見なかったぞ。しかも、あんな大物を」
おそらくあのイノシシ、この辺りの山のヌシ的存在だったんじゃないのだろうか? アレが居なくなった影響がどう出るのか、若干心配である。だがまぁ、狩ってしまったものはしかたが無い。リリースするわけにも行かないからな。
残さず、美味しく食べてやるのが一番の供養だろう。
「ふぅ……場内の見回りをして今日の仕事は終わりにするか」
そして俺は場内を見回った後、事務所兼住居の小屋へと戻った。
翌朝、俺は朝の見回りを兼ねた散歩に出かける。薄らと朝霧が掛かり若干肌寒さがあるが、慣れればコレも清々しい朝の一風景だ。俺はユックリ景色を楽しみながら、キャンプサイトの方へ歩いて行く。すると、動き出しの早い客は既に朝食の準備を始めており、どこからともなくパンが焼ける良い匂いが漂ってくる。
空腹の胃袋を刺激される、素晴らしくも小憎らしい魅惑的な匂いだ。
「そうだな、窯でパンでも焼くか」
となると、確か割った薪が少なくなっていたから準備しないといけないな。帰ったら、薪割りでもするか。俺はパンの焼ける匂いに生唾を飲みつつ、見回りを続ける。
すると……。
「あっ、小嵐さん。おはようございます!」
「ん? ああ広瀬の坊主か。おはよう、随分と早いな。もう動き出してるのか」
「はい。朝日が昇ると一緒に」
おいおい、それは流石に早すぎないか? まだ7時前だぞ?
しかも広瀬の坊主の奴、灰を捨てに行こうとしているという事は、もう朝食も済ませたのか……。
「……気合いが入ってるな」
「慣れない環境で早めに目が覚めた、って所が本音ですけどね」
「そうか」
若干恥ずかしげな表情を浮かべながら、広瀬の坊主は苦笑を漏らしていた。
しかし、こうも早くに朝食を終わらせてしまうとやる事も無いだろうに……ふぅ、仕方が無い。
「じゃぁ、解体の続きは早めにするか?」
「えっ、良いんですか?」
「ああ。俺としても、早めに終わらせられるのなら早めに終わらせておきたいからな」
「ああ、すみません。御手数をお掛けします」
「気にするな」
申し訳なさそうに頭を下げる広瀬の坊主に、俺は気にするなと軽く手を振っておく。俺は広瀬の坊主と、帰り支度を済ませたら小屋に来るという約束をしそこで別れた。うん、大体1時間後くらいかな?
そして見回り兼散歩を終えた俺は朝食を済ませ、広瀬の坊主達が来るまで薪割りをしておく事にした。すると……。
「小嵐さん!」
予想より早く広瀬の坊主達が来たので、薪割りが中途半端になってしまったが薪割りの手伝いを進言してくれた事により予定より早く、そして多くの薪割りが出来た。コレだけあれば、暫くは薪割りをしなくてすみそうだな。
そして薪割りを終えた後、俺は広瀬の坊主達を解体小屋へと連れ移動し解体作業の続きを行う。肉も十分に冷えており、作業を進めても問題なさそうだ。
「じゃぁ皮剥ぎから始めるぞ」
そして解体作業を再開して1時間半、イノシシの解体は終了した。骨や内臓を除いて解体した肉は凡そ数十キロ、小分けした調理パックが山のように積み重なっている。流石に広瀬の坊主達が、コレを全部持ち帰るのは無理だろうな。
予想通り、広瀬の坊主達は十数キロ分の肉を保冷剤と共にバッグに仕舞っておしまいだった。
「じゃぁ約束通り、残りの肉や骨は俺が引き取るって事で良いな?」
「はい。寧ろ残りものを押しつけるような形になってしまい、すみません」
「なに、気にするな。うちには大型冷凍庫もあるし、客に振る舞うって使い道もあるから寧ろありがたいよ」
「そう言って貰えると、助かります」
まぁ実際、沢山あっても困るような物じゃないしな。
そして肉を大型冷凍庫に運び入れるのを手伝って貰った後、広瀬の坊主達は予定通り午前中の内にうちを出て帰って行った。しかし、たった1泊しかしていかなかったのに随分強烈な印象を残していった奴らだったよ。
尚、貰ったイノシシ肉は骨で出汁を取り鍋にし、キャンプ客達に振る舞ったところ大好評。この大盤振る舞いしたイノシシ鍋が、利用客増加の切っ掛けになったのは嬉しい誤算だった。
小嵐さんから見た、大樹達のキャンプ風景です。山菜取りしてたら、素手で巨大イノシシが獲れたってどういう状況だよ!?って話ですよね。




