第22話 DPと今後の懸念
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お腹を摩りながら少年は立ち上がり、忌々しそうな眼差しを購買店の方に向けていた。俺も少年の視線の先を追って、購買店の方に目を向ける。するとそこには、ダンジョン協会の公式ショップで販売されている炭素繊維強化プラスチック製の最高グレードの全身防具に身を包んだ20歳前後の大学生らしき青年が、腕を組みながら少年を見下すような雰囲気を醸しながら仁王立ちしていた。
何事かと俺達が聞き耳を立てていると、少年と青年の罵り合いが始まった。
「はっ、ガキが!そんなショボイ装備しか持っていない様な奴は、皆の迷惑なんだよ! トットとお家に帰んな!」
「うるせぇ、この成金野郎が! テメェは金に飽かせて装備が立派なだけだろうが!」
「はっ! それがどうした? ツナギに野球のプロテクター、スコップ一本の土木工事業者の様なお前よりは遥かにマシだろうが!? ダンジョンに穴掘りしにでも来たのか!?」
「っ!」
「どうした!? 言い返さないのか! さっきまでの威勢は何処行った!?」
少年は悔しそうに唇を噛みながら青年の暴言に耐えていた。青年はその少年の様子に気を良くしたのか、更なる罵声の追い打ちをかけていく。
さっぱり状況が飲み込めない。一体何がどうして、ああなった?
「……何あれ?」
「さぁ?」
俺達は首を傾げながら事の成り行きを見守る。購買店からそこそこの距離が離れている停留所まで声が聞こえているので、かなり激しい言い争いだ。現に、ダンジョン内に潜っていなかった探索者達が、何事かと姿を見せ始めている。
幸い今の所、青年の最初の蹴り?、以外は手は出していない様で、互いに相手を罵り、怒号を交わし続けているだけだ。
「お前らみたいなマトモな装備も揃えられない連中が大勢来る御陰で、モンスターが居なくなって迷惑してんだ! 出直してこい!」
「っ! 仕方ねえだろうが! 年齢制限に引っかかって、武器が買えないんだよ!」
「はっ! だからスコップを持って来たってか!? だったら防具はどうした!? そんな玩具が役に立つか!」
ふむ、何となく喧嘩の内容が分かってきた。何と言うか……予想通りの展開になってるな。
……ん?あれは、協会の警備員か?
事務所が入っていたプレハブの方から、DPと書かれたポリカーボネイト製の透明な盾と白黒のパンダカラーに塗られた厳いプロテクターを身に着け警備員らしき5人組が、大慌てで少年と青年の喧嘩場に駆け寄ってきていた。彼らは素早く二人を半包囲下に置き、隊長らしき30代半ばの男性が投降を呼びかけ始める。
「二人とも動くな! DPだ! 大人しく我々の指示に従え!」
「「!?」」
「手を頭の後ろに組んで、俯せで地面に横になれ!」
黒光りする特殊警棒と盾を構え、何時でも飛びかかれる態勢を取っているDP隊員達の姿に、言い争いをしていた少年と青年は顔が引き攣っていた。
「どうした!? 指示に従わないつもりか!」
「ま、待ってくれ! 大人しく指示に従う!」
「な、何なんだよお前ら! 行き成り出てきて……」
腰を落とし今にも飛び掛って来そうなDP隊員達の姿に、青年は青褪めた表情を浮かべながら慌てて指示通り手を頭に乗せ地面に横になった。
しかし、DPを初めて見る少年は喧嘩で頭に血が昇っているのか、指示に従わずDP隊員に食ってかかる。その際、喧嘩相手の青年はDP隊員に食ってかかった少年に対し、哀れみを多分に含む苦笑を浮かべていた。
「確保!」
隊長は、食って掛かってきた少年を対象とした確保命令をDP隊員達に出す。隊員達は命令を受け、盾を構えたまま一斉に少年に飛びかかり、少年が反応する前に押し潰しながら素早く手足を拘束し地面に押さえつけた。
苦悶の表情を浮かべる少年の前に、隊長が中腰の態勢になり話しかける。
「まだ抵抗を続けるかね? 大人しく我々の指示に従うのならば、拘束は直ぐに解くが?」
「……」
関節を極められた痛みに耐えながら、少年は若干涙目になりながら首を何度も縦に振り大人しくする意思を伝えた。隊長は少年に抵抗の意思がない事を確認し、拘束を解くようにと隊員達に視線で指示する。拘束は直ぐに解かれ、少年は隊員達の手助けで立ち上がったが、両脇をDP隊員が固めていた。
そして、もう一人の喧嘩の当事者である青年も地面から立ち上がらされている所だ。
「喧嘩の理由を聞きたい所なのだが、人が集まり出しているココでは何だ。二人とも事務所の方に来て貰えるか?」
「「……はい」」
冷静さを取り戻し意気消沈した二人は、DP隊員達に付き添われながら事務所が入っているプレハブ倉庫へと去っていく。隊長は扉を吹き飛ばされた購買店の店員と幾つか会話を交わし聞き取り調査をした後、後頭部を掻き毟りながら疲れた様に溜息を吐く。その姿に悲哀を感じるのは気のせいだろうか?更に幾つか会話を交わした後、隊長は書類を店員に渡し隊員達の後を重い足取りで追っていった。
突然始まった探索者同士のイザコザ騒動はDPの介入と言う形で終了し、何とも言えない空気だけが残される。
俺達は暫くの間、DP隊員達に引き連れられ姿を消した二人が入っていったプレハブ倉庫の入口を凝視していた。
「……噂では聞いていたけど、強いねDPの人って」
「そう、だな」
「……探索者を一蹴していたわよ?」
DPの強さに、俺達は言葉もなかった。
探索者同士のイザコザが起きた場合どう対処するのか?と思っていたが、講習の時に警察の専門対策チームが控えていると言っていたのを覚えている。警察官等を配備して、探索者同士のイザコザを止められるのかと思っていたのだが……。
「押し倒した動きは、柊さん並に早くなかったか?」
「……確かに。瞬発力は柊さん以上だったな」
「と言う事は、DPの隊員ってレベル30以上って事?」
俺に視線を向けながら聞いてくる柊さんの質問に、俺は申し訳ないと言う表情を浮かべながら顔を横に振るう。いや、あまりの展開の速さに唖然としていて、鑑定解析するタイミングを逃しちゃったんだよね。だから、DP隊員のレベルが分からない。
「……」
「……」
ごめんなさい。だからそんな蔑む様な目で、俺を見ないで。
俺だって、ヘマをしたって言う自覚はありますよ?でも、行き成りあんな重武装の警備員が出て来て、説得もそこそこに問答無用で制圧する何て思わないじゃない?ここ日本だよ?単独の立て篭り犯に対しても、説得に説得を重ねて最終段階で渋々強行制圧に移る国だよ?
流石に、あんな急展開は読めないって。
「……はぁ。それにしても、あの動きから見てDPは、ダンジョンが一般開放される前にしっかりレベル上げをやっていたみたいだな。専門チームだけだろうけど、一般の探索者程度は楽に押さえ込める練度もあるみたいだし」
「そうね。まぁ、治安機構が何の対策も立て無いって言う事はないでしょうしね。でも、まぁあの対応でも探索者が相手なら仕方ないと思うわ」
「確かに、身体能力だけでも一般人の数倍だからな。その上、スキルや魔法って言う目に見えない凶器を持っているから、何かする前に早期制圧しないと周辺被害も出かねない」
「スタンガンなんかを使われないだけ、まだマシな対応じゃないかしら?」
……言われてみれば、二人の言う様にDPのあの対応もそう間違ったものじゃないよな。
俺達も全力でパンチを繰り出せば、薄いコンクリート壁位なら楽に穴を開けられる。下手に抵抗される余地を残そう物なら、取り押さえるDPの方に被害が出かねない。それに、悠長に時間を掛けて説得していて魔法やスキルを使われれば、周辺の建物や野次馬達にも被害が拡大するからな。
「まぁ今の所、レベルが低い探索者同士のトラブルなら、DPが問題なく制圧してくれるみたいだから良いんじゃない? 面倒事を起こさなければ、DPのお世話になる事もないだろうし」
「そうだな」
「ただ、ダンジョン中でのトラブルは対処してはくれないでしょうから、ダンジョン内部で揉め事に遭遇しない様に気を付けた方が良いわね」
「……それって」
柊さんの言葉に、俺は一つ嫌な想像が頭に浮かび体が強張り、俺と同様の推論が浮かんだのか裕二も顔色が変わった。
そして、柊さんは言い辛そうにその言葉を口にする。
「ダンジョン内で探索者同士の揉め事が起きた場合、最悪の事態に発展する可能性があるわ」
「最悪……つまり、探索者同士の殺し合いってこと?」
「ええ。無い……とは思いたいんだけどね」
血の気が引く。絶対に起こらない、とは言い切れない可能性だ。
あえて考えない様にはしていた事ではあるが、これからもダンジョンに潜り続けるのなら考慮しておかないといけない可能性だろう。
「実際に探索者同士が揉め事を起こしている場面に遭遇すると、どうしてもその可能性が頭から離れないのよ」
「確かにそうだな。ダンジョン内は言ってみれば、巨大な密室。今は多数の探索者達が似た様な階層に多数密集しているけど、何れ各階層に分散して1階層当たりの人口密度は確実に減る。そうなった時、それまでに揉め事を起こして恨みを買っていたら……」
「……闇討ちされる可能性があるね」
漫画やゲームの中の出来事と思っていた可能性が、急に現実味を帯びて出てきた。
モンスターの横取り、ドロップアイテムの拾得格差、1ダンジョン当たりの探索者人口の多さ、収入額の格差、ダンジョン攻略に対する主義主張の差、揉めようと思えば、ネタは幾らでも出てくる。むしろ、恨みを買わない探索者などいるのだろうか?人間などちょっとした事で他人を恨み、妬み、嫉妬する。本人に自覚がなくとも、恨まれるものだ。
そして、ダンジョンと言う特殊な事情が存在する場は、そうした恨みを晴らすのにはもってこいの場とも言える。モンスターが跳梁跋扈し致死性の罠がある関係上、探索者がダンジョン内で死亡しても目撃者でも居ない限り、それはモンスターや罠によって死亡した物と取られるだろう。詳しく調査しようにも、場所が場所だ。巧妙に隠蔽された場合、深く追及する事も出来ない。
そこまで考え、俺達の額に冷や汗が浮かぶ。
「普通なら、幾ら思い詰めても大多数の人は様々な事情で思い止まって諦めるんだろうけど……」
「犯行に必要な武器を合法的に所持出来て犯行現場は隠蔽が容易、目撃者の発生確率が低く慌てて逃走する必要もない。更に、モンスターと言えどオークやゴブリン等の人型生物の殺害経験があれば……」
「犯行に及ぶ精神的抵抗は、一般人に比べたら相当低いでしょうね」
「この上、探索者を殺してもEXPが手に入るなんて事にでもなっていたら……」
俺達の顔色は既に白くなっている。考えれば考えるだけ、現状のダンジョン事情は相当やばい状況に思えた。
暫く俺達の間に、何とも言えない沈黙が広がる。場の沈黙を破ろうと、俺は唾を飲み込み言葉を捻り出す。
「でも、こうなると結果的にだけど、遠出してココに来て良かったよ。近場に行ってたらと思うと……ゾッとする」
「……そうだな。レベル差を身近な知り合いに悟られたくないって理由で、簡単に考えて避けてただけなんだけどな。避けて正解だったな」
「そうね。今にして思えば、レベルの差なんて些細な物よ。普段生活する場の身近な人間が集まるダンジョンなんて、最悪よ」
柊さんの言う通り、身近な人間……学校関係者が多く利用する最寄りのダンジョンなど、俺には底無し沼の泥穴にしか思えない。俺達の生活圏で一番恨みを買う機会が多い場とは何処かと考えれば、答えは一つ学校である。クラスメイトの中にでさえ不倶戴天の敵とまでは行かなくとも、仲が悪く口さえろくすっぽ利かない奴だっているのだ。これが学校規模でと考えれば、自分が把握していない恨みを買ってそうな者の数など考えたくもない。
そして、ダンジョンが一般公開されて以来、学校関係者の多くは探索者になっており、彼らは最寄りのダンジョンに潜っている。俺達は、揃って顔を顰めながら、溜息を吐く。頭痛が痛い、正にそんな心境だった。
しかし、何時までも頭を悩ませているだけではどうしようもない。俺は隣で疲れた表情を浮かべる裕二に声をかける。
「裕二」
「ん?何だ」
「重蔵さんに、剣術の稽古を付けて貰える様に頼んで貰えないか?」
モンスターが相手だから対人剣術は要らないと思い断ったのだが、対人戦を行う可能性が出てきた以上、初歩の事でも良いので対人剣術の事を学んでおきたい。一度断っているので頼みずらいのだが、背に腹は変えられない。
俺は裕二に頭を下げ、重蔵さんへの仲介を頼み込む。
「あの、広瀬君?出来れば私もお願い」
頼み込む俺の姿を見て、柊さんも俺と同様に頭を下げる。
「……」
何か思う事があるのか、裕二は目を閉じ暫く考え込む。そして……。
「……分かった。頼んでみる」
「そうか、あり「ただし」」
礼を言おうとした俺の言葉を遮る様に、裕二は言葉を続ける。
「ただし、俺に出来る事は飽く迄も仲介だけだ。最終的には爺さんが決める事だからな」
「ああ、それで十分だ。ありがとう」
「ありがとう、広瀬くん」
「……」
俺と柊さんのお礼に気恥ずかしくなったのか、裕二はそっぽを向く。
まぁ何にしても、この心配が無駄になる事を祈っておかないとな。色々とあったが、今回のダンジョン攻略は内外共に得られた物が沢山あった。コレをどう糧にするかはこれから次第だな。
そして漸く、駅へのシャトルバスが姿を見せる。シャトルバスには昼過ぎだと言うのに、多くの探索者達が乗り込んでいた。到着客が下車し切るのを待って、俺達は荷物を持ちシャトルバスへと乗り込み帰路へと就く。
人間の敵は人間って事ですね。




