第248話 訓練の弊害
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朝の喧噪に賑わう教室で俺……いや、俺達3人は机に力無く突っ伏していた。散々な目に遭った幻夜さんの訓練から解放され、休息日も挟まずの学校だ。肉体的にはどうと言ったものではないのだが、精神的な面で言えば疲労困憊も良いところ。1日で良いので、リフレッシュ休暇が欲しいよ、ホント。
そして、クラスメート達がテスト明けの週末を如何に楽しく過ごしたかの話を耳にしていると、ますます気が滅入ってくる。何してるんだろ俺達、って具合にさ。
「おいおい、どうしたんだよ九重? 漸く面倒なテストも全部終わって、何の気兼ねもなく遊べた休み明けだってのにさ?」
机に突っ伏しダレている俺に、誰かが心配と呆れが入り交じった声色で話し掛けてきた。
「……ん? ああ、重盛か」
気怠げに顔だけ上げ上目遣い気味に声の主を確認すると、そこには若干呆れたような表情を浮かべ重盛が腰を曲げ俺の顔をのぞき込むような姿勢で立っていた。
そして、俺の気のない返事を耳にした重盛は軽く溜息を吐きつつ口を開く。
「重盛か……はないだろ? 心配して声を掛けてやったって言うのにさ」
「ああ、悪い。ちょっと疲れててさ……」
重盛の反応を見て流石に失礼な言葉だったかなと思った俺は、倦怠感で重い上体を起こし重盛に顔を向ける。
「……本当に疲れてるみたいだな。週末、何かあったのか?」
「ああ、ちょっとした事だけどな」
「ちょっとした事、ね? 何時もお前と連んでる、広瀬や柊もくたばってるのにか?」
そう言いながら重盛は顔を教室の2点……裕二と柊さんの机に視線を向けていた。何時もなら話に割って入ってくる裕二も、その気力も無いらしく机に突っ伏したまま耳だけ俺達の話に向けている……と思う。柊さんに至っては、完全に沈黙。寝ているんじゃないんだろうかとさえ思えてくる無反応っぷりだ。
コレでは、ちょっとした事と言っても信用度はゼロだよな。
「……週末、ダンジョンにでも行って来たのか? で、そこで何かあったとか?」
「……」
それだったら、もう少しマシだったかも。とは言え、素直に睡眠薬飲まされて山の中をペイントボールガン片手の集団に追いかけ回されてた……なんて言う訳にもいかないしな。どんな新しいイジメだよ!って突っ込まれるのがオチだろう。
しかも、もう何度かやると言ったら奇異の眼差しが向けられるのは不可避と……詰んでね?
「……」
「おい?」
「ああ、何て言うか……確かに何かはあったな」
俺は重盛の顔から視線を逸らしつつ、目を右往左往させつつ当たり障りがない言い訳?を考える。
疲れ果てている事に値する理由かつ、奇異の眼差しを受けない言い訳は……。
「えっと、その、だな? 実は週末、裕二の誘いに乗って裕二の家の道場に顔を出したんだよ」
「ああ、そう言えば広瀬の家、道場を運営してるって言っていたな」
「そうそう。で、その誘われた理由ってのが他流派との交流会だったんだよ」
裕二のお誘い(重蔵さんの勧め)で他流派(幻夜さん達)との交流(夜の山で追いかけっこ)に参加……。うん、嘘は言ってないかな嘘は。
「交流会ね……それって、そんなに疲れるようなものなのか? 俺的には、ちょっと話をしてたら後は宴会……ってイメージなんだけど」
「交流会と言っても、色々種類があるからな。重盛がイメージしている交流会って、かなり気安い部類のイメージだと思うよ」
「と言う事は、お前等がした交流会はかなりお堅い部類だったって事か……」
「お堅いというか……荒々しい、かな?」
少しでも気を抜けばペイント弾が飛んでくる交流会だからな……。お行儀良く正装をして、ウンヌンカンヌン難しい話をするような交流会ではない。
とは言え、そっちだった場合でも今と変わらず精神的疲労で辟易としていそうだけど。
「荒々しい?」
「要するに、他流派による手合わせ交流会だったんだよ。俺と柊さんも探索者をやる上で、嗜み程度でも武術を囓って置いた方が良いと思って裕二の所で習ってるからな。その関係で一応、俺達も門下生って扱いでお声が掛かったって所なんだよ」
「へー、成る程な。で、その交流会のせいでお前等は全員お疲れだと?」
俺は黙って頭を縦に振り、重盛の質問に肯定の返事を返す。
重盛も俺の返答を見て、一応納得しているような表情を浮かべているが、納得出来ない部分もあるのか再び口を開き疑問を投げ掛けてくる。
「でもさ、面倒な交流会とは言え、そこまで疲れるようなものなのか? 何回か手合わせをすれば終わりそうなものなんじゃ……」
「3日連続でもか?」
「はっ? 3日?」
「金曜の夕方から日曜の昼過ぎまで、交流会は3日間あったんだよ。その間、何十回と強制的に手合わせを……」
俺が遠い目をしながら交流会の期間を口にすると、重盛は顔を引き攣らせつつ慌てて止めに掛かる。
「悪い、九重。確かに3日もそんな交流会が続けば、心身共に疲れ果てるよな」
「体力的には探索者をやってるから何とかなったんだけど、気が休まる暇が無くてな。休憩を取ろうと思ったら、直ぐに手合わせのお誘いがさ……」
「もう良い、分かったから。とりあえず、授業に支障が無い程度にユックリしとけよ、なっ?」
重盛は気拙さと気の毒さが交じった声で、若干虚ろな雰囲気を醸し出した俺の話を打ち切ろうとする。まぁこんな話を聞けば普通、慌てて話を逸らすか打ち切ろうとするよな。
俺は慌てる重盛の顔を真っ直ぐに見た後、軽く頭を縦に振った。
「ああ、うん。そうだな。悪いけど、そうさせて貰うわ」
「そうそう、ユックリ休んだ方が良いって」
「ああ」
俺は重盛に一言断りを入れた後、再び机に突っ伏した。
はぁ……何と言うか、今日はやる気が出ないな。
気を抜けば直ぐに突っ伏しそうになりながらも、何とか午前中の授業を乗り切り昼休みを迎えた。何時も通り、昼食をとろうと部室に弁当は持ってきているのだが……誰も手を付けない。
「「「……」」」
俺達3人は持参した弁当を前に、無言で周囲に誰か潜んでいないか無意識に探っていた。
そして暫し……と言ってもほんの1分程だが、周囲の警戒を終えた俺達は安堵の息をついた後、互いに目配りをしてから弁当に手を伸ばした。俺と柊さんの2人だけが。
「!? って!? 何でココでこんな事をしてるんだよ、俺達!?」
「「!?」」
裕二の叫び……と言うかツッコミを受け、俺と柊さんは弁当に伸ばした手を止め愕然とした表情を浮かべた。そうだよ! 何で部室で弁当を食べようというのに、自然と見張り役を立ててるんだよ!?
「「「……」」」
引き攣った表情を浮かべた俺達は無言で視線を交わした後、気拙げな表情を浮かべ視線を逸らしあった。
うん。間違いなく、幻夜さんとの訓練の弊害だよなコレ。
「……何してるの、お兄ちゃん達? 部屋の中の空気が、まるでお通夜みたいな雰囲気だよ?」
扉が開く音が響くと同時に、自分達のあまりにアレな行動で生まれた重苦しい雰囲気が漂っていた部室に、呆れ成分満載の声が響く。
咄嗟にと声がした方に視線を送ると、そこには困惑と呆れが入り交じった表情を浮かべた美佳がいた。因みに、後ろに控えている3人の後輩達は盛大に表情を引き攣らせている。
「「「……」」」
美佳達の出現に、俺達は思わず固まってしまった。うわっ、最悪。もの凄く、みっともない所を見られちゃったよ。
「はぁ……入るね」
と、俺達が固まっている内に美佳達は部室に入ってくる。
呆れた様子で席に着く美佳の後ろから、俺達の様子を窺いつつおっかなびっくりと言った様子で慎重な足取りで席に着く3人。気拙い空気が流れる。
だが……。
「まだ昨日の夕飯や朝ご飯の時みたいに、週末にした訓練の癖が抜けないの?」
美佳の言葉の意味が良く分からない後輩3人は首を傾げ、裕二と柊さんは俺に驚きの視線を向ける。
そして俺は苦々し気な表情を浮かべながら、頭を小さく縦に振りつつ返事を口にする。
「ああ。3人揃うと……つい、な」
「そうなんだ……無理はしないでね?」
「ああ、気をつかわせて悪いな」
俺は美佳に礼を言いつつ、昨日の夕飯の時は今以上に酷い空気になったからなと思い出しつつ弁当に手を伸ばす。すると、コレが部室の重苦しい空気を打破する切っ掛けになったのか、皆自分の弁当に手を伸ばし始めた。
そうだよ、部室で敵襲を警戒する必要なんて無いんだよな。折角の弁当なんだ、もっと気軽に食べよう。
「……そう言えば先輩? 週末の訓練って、どんな事をしてきたんですか?」
「「「……!」」」
弁当も一通り食べ終わり、お茶を飲んで一服していると、不意に日野さんが週末の訓練について質問を投げ掛けて来た。そう言えば先週末、合宿訓練をしてくると教えていたんだよな。それは気にもなるか。
だが、思わず俺達が体を硬くした為、一瞬部室内に緊張が走った。
「えっ? あっ、その……聞いちゃ不味いことでしたか?」
そんな俺達の反応に、日野さんは聞いたら不味いことを聞いてしまったのかもと動揺した。
「あっ、いや。別に悪い事ではないんだけど……」
慌てて動揺する日野さんにフォローを入れるがはてさて、どう訓練内容を説明したものか。重盛にした言い訳を伝えても良いのだが、初心者段階とは言え探索者である美佳や沙織ちゃんも聞いている以上、あまり変な説明をして間違った認識を植え付けるというのは避けたい。
となると、素直に訓練内容を教えるのが良いの……かな?
「……2人はどう思う?」
「別に言っても良いんじゃないか? 特にコレと言って、悪い事をしてる訳でもないんだしさ?」
「そうね。あまり積極的に言い広めるような事ではないでしょうけど、内々の話なら良いんじゃないかしら? それに変に情報を絞って、誤解をあたえるのもアレでしょうしね」
「そう、だね」
2人の意見を聞き俺は、不安と遠慮を抱きつつも興味津々と言った様子の後輩達に、素直に訓練内容を教える事にした。まぁ、ドン引きされるんだろうけどな。俺は後輩4人組の方を向き、週末に行った訓練の内容を話し始めた。
そして、話が終わると……。
「「「「……」」」」
全員が揃いも揃って顔を盛大に引き攣らせながら、唖然とした表情を浮かべていた。まぁ、そうなるよな。だが、何時までも唖然としていてもらっているのも困る。
なので、早々に正気に戻って貰おう。
「おおい、大丈夫か?」
右手を顔の前で軽く左右に振り4人の意識を戻そうとしてみるが、どうやら思っていた以上に衝撃が凄かったらしく中々正気に戻らない。
となると、次の手としては……。
「ダメか……じゃぁ」
俺はおもむろに両手を胸の前に伸ばし、手を勢いよく打ち合わせる。その瞬間、部室の中に大きな破裂音が響き渡った。想像以上に、意外と大きな音が出るな。
すると柏手の音に反応した美佳達の肩は小さく跳ね上がり、唖然とした色を浮かべていた瞳に正気の色が戻る。
「大丈夫か?」
「う、うん。……じゃなくて! 何、その訓練内容!? お兄ちゃん達、そんな事をしてたの!?」
正気を取り戻した美佳は開口一番に、俺達が受けた訓練内容に悲鳴のような驚愕の声を上げ、他の3人も声こそ上げていないが、何度も頭を縦に振って美佳の意見に賛同していた。
「あ、ああ。まぁ、な」
「うっそ……信じられない。本当にそんな訓練を……」
俺が語った訓練内容に間違いは無いと肯定すると、美佳は絶句したように口を閉じ黙り込んだ。
「ああ、でもな? 確かに過酷な訓練だけど、出来るのならやっておいた方が良い訓練である事に間違いはない。ぶっつけ本番で痛い目を見るより、訓練で痛い目を見てでも事前に心構えを作っている方が何倍も良いからな。何故かって? それは本番での失敗が即、大怪我に繋がるからさ」
「……」
「実際問題。今回の訓練を受けてたからこそ、俺達も疲労からくるパフォーマンスの低下がここまで深刻なものなんだと初めて実感できたよ。良く山登りなんかで“余力のある内に引き返せないと、引き返す事も出来なくなる。限界ギリギリまで頑張った結果、引き返せなくなったでは意味が無い”なんて言うけど正にそれだったよ。訓練中に休息を取るにしても、余力が無い状態じゃ休息にはならなかったからな」
特に訓練三日目など、休息をしている筈なのに逆に疲労していたような気さえもした。だからこそ、如何に余力を残すか……疲労蓄積を上手くコントロールし回復するかの重要さが身に染みる訓練だったよ。
そして後輩4人は話を理解しようと暫く難しい表情を浮かべ黙り込んだが、思った以上に長々と話していたらしく……時間切れとなった。昼休みの終了前を知らせるチャイムが鳴ったのだ。
「時間切れだな、そろそろ解散しよう。皆、あまり考え込んで午後の授業に遅れないようにな?」
「「「「……はい」」」」
「また放課後にでも、話の続きをしよう。何か質問があれば、その時に聞くからさ」
4人は話を消化しきれないと言った様子だが、午後の授業に遅れる訳にも行かないからな。俺達は手早く弁当類を片付け、腰の重い4人を追い立てるように部室から追い出し部室の鍵を閉めた。
さて、後半戦も頑張るか。
過酷な訓練を行ったせいで、神経過敏状態ですね。元の感覚に戻るまで、どれくらい掛かる事やら……。




