第247話 訓練の真意
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幻夜さん達の姿を確認した俺達は、ダンジョン内で遭遇した知り合いが突然凶行に走り襲撃をしかけてくる……と言うシチュエーションかと眼差しを鋭くし警戒感を露わにした。
だが、そんな俺達の警戒心を察した幻夜さん達は一定の距離、ペイントボールガンの有効射程距離外で立ち止まり軽く両手を上げながら話し掛けてくる。
「おはよう皆、思ったより元気そうだね。それと、話し合いをしにきただけだから警戒しなくても良いからね」
「「「……」」」
そう和やかに話し掛けてくる幻夜さんに対し、俺達は周囲を注意深く見渡し伏兵がいないか警戒する。話し合いに来ただけだと言う幻夜さんの言葉を素直に聞き入れられるほど、今の俺達には心の余裕はない。
幻夜さんとの話しに集中している最中に……と言う事が無いとは言い切れない状況だからな。
「……ふむ。知り合いだからと言って、無警戒に迎え入れない用心深さはあるようだね」
「……どうも」
自分の言葉を聞いても、微塵も警戒心を解かない俺達の態度に幻夜さんは不満気な表情は浮かべず、逆に若干満足そうな表情を浮かべていた。
……本当に話し合いだけをしに来たのか、ますます怪しくなってきた気がするな。
「だが、今回は本当に話し合いをしに来ただけだからね? そろそろ手を上げ続けておくのも辛くなってきたことだし、そちらに行っても大丈夫かな?」
「……どうぞ」
一瞬返事を躊躇したものの、裕二は幻夜さん達に着席を促す。……と言っても、椅子などと言った上等なものは無く、地面に敷いたシートなんだけどな。
だが、幻夜さん達は気にすることなく、シートの上に腰を下ろした。
「「「……」」」
不審な素振りを見せることなく着座した幻夜さん達の姿を見て、俺達だけが立ったままでいるのは失礼だと思い周囲を警戒しつつシートの余った部分に座った。
「「「「「……」」」」」
全員が着座したものの、誰も口を開かないせいで暫し沈黙が流れる。
だが、流石にそう長く沈黙が続くわけもなく、幻夜さんが軽く溜息を吐きつつ口を開く。
「……ふぅ、仕方が無いね。そのままで良いから、話を聞かせて貰うよ。良いね?」
「……はい」
「……この辺りの気持ちの切り替え方は、今後の課題かな? 君達の、隙を見せないように警戒を続ける姿勢は立派だと思うよ。だけどね? 人間、何時までも集中力を保つのは難しい。何事においても、メリハリは重要だからね? 無理に集中力を維持し続けようとした結果、いざという時に集中力を切らしたら意味が無いんだからさ」
俺達は幻夜さんの忠言に、若干の気拙さを覚え視線を逸らす。幻夜さんの言い分は理解出来るが、神経が高ぶっているせいで上手く切り替えが出来ないのだ。
そんな俺達の態度に幻夜さんは苦笑をにじませながら、まだまだだなと言った表情を浮かべた。
幻夜さんに一言断りを入れてから立ち上がり辺りを念入りに確認した後、俺達は軽く深呼吸をし警戒を解く。とは言っても最低限の警戒……幻夜さん達の行動警戒は残すけどな。
俺達が着座し話を聞く体制が整った事を確認した幻夜さんは、話を始める
「さて……もう良いかね?」
「「「……はい」」」
「では、本題に入ろう。私達が朝早くから君達の元を訪れたのは、薬の効果が切れかけ思考力がある程度戻っているタイミングで話をしたかったからだよ」
訪問タイミングの理由を聞き、 俺達は姿勢を正し幻夜さんの話に耳を傾ける。思考がハッキリしている時にしておきたい話となれば、只の世間話をしに訪れたというわけではないだろうからな。
朝食を食べたりしていたので今は5時半過ぎ、殆ど薬の効果は抜けており新しい薬を服用する前で危ないところだった。
「まず聞きたいのは、昨日からの訓練を振り返って感じた君達の感想だね」
「感想……ですか? まだ1日目が終わっただけですよ?」
「そう、まだ1日目が終わっただけだ。だからこそ、感じたことを聞いておきたいんだよ」
「「「……」」」
「何でもいいんだ、感じた事を言ってみてくれ」
俺達は幻夜さんの意図が読めず、思わず困惑した表情を浮かべた顔を見合わせた。
普通、訓練で感じた感想など訓練の全行程が終了した後に聞くものだからな。こんな序盤も序盤の段階で、態々訓練計画の責任者が聞きに来るようなことではない。
「ええっ、それじゃぁ……」
全員で牽制をしあっていてもラチがあかないので、俺は若干目を泳がせながら口を開く。
「薬を服用したせいもあるんでしょうが、碌に思考が回っていなかったので、敵の簡単な誘導に乗ってしまいました」
「……誘導とは?」
「同じ襲撃シチュエーションを繰り返された事で、次の襲撃も同じシチュエーションの繰り返しだと何の根拠もなく思い込んでしまいました。結果、待ち伏せをしていた敵の存在に気付くことが出来ずに攻撃を防ぐことが出来ませんでした」
「同じ攻撃が続く事に、君達は違和感や不安を抱かなかったのかい?」
「あの時は薬の効果で思考が鈍っていたので、敵に誘導されているという考えまで思考が回りませんでした」
「なるほど……他には?」
俺の話を聞き終えた幻夜さんは、顔を裕二と柊さんに向ける。
「食事……ですかね」
「うん? 食事とは?」
躊躇しつつ口に出した裕二の言葉に、幻夜さんは怪訝気な表情を浮かべ少し首を傾げた。
「泊まり掛けの訓練と聞いていた以上、最低限の食料は自分達で用意しておくべきでした。思考力が落ちていて1度疑い出すと際限なく悪い方悪い方に考えてしまう結果に……。疑心暗鬼になりすぎて、本来一時の休息になるはずの食事が精神的負担にしかなりませんでした」
「ああ、うん。食料品には何も仕掛けてはいなかったんだけどね……君達の考え過ぎだよ」
「そうとは思ったんですけど……疑念を払拭する事が出来ませんでした」
「そうか……」
裕二の話を聞き、幻夜さんは若干申し訳なさそうな表情を浮かべていた。別に幻夜さんが悪いわけじゃないのに……何か、すみません。
そして幻夜さんは若干気拙気な表情を浮かべつつ、最後の1人である柊さんの方に顔を向ける。
「私は……今回の訓練でパーティー構成人数の少なさが気になりました」
「ほう……何故かね?」
「私達、今まで3人でダンジョン攻略をしてきました。その経験上、日帰り可能な範囲であればダンジョン攻略におけるモンスターとの戦闘は、3人で十分に対処可能だと思います。ですけど……」
「ですけど?」
「泊まり掛けでダンジョンに潜り続けようとすれば、3人では厳しいと感じました。戦闘やトラップ突破などの攻略自体は大丈夫でしょうが、見張りが必要な泊まり掛けの攻略では3人では十分な休憩時間を確保する事は難しいと思います。1日2日なら何とかなるかもしれませんけど、探索が長期間になればなるほど十分な睡眠や休息が取れず疲弊していくと思いました」
柊さんの感想を聞き、俺と裕二は顔を縦に振って同意した。引き出しダンジョンの件があるので、無闇矢鱈にパーティーメンバーを増やそうとは思わないが、増員の代わりになる何かしらかの対策は必要だと思っている。泊まり掛け探索に慣れれば状況も変わって来るのかもしれないが、現状では泊まり掛け探索は1泊2日に抑えておくのが無難だろう。短い睡眠時間でも1日くらいなら、自分達のパフォーマンスを危険な水準に落とさず帰還出来るだろうからな。
ダンジョンは潜れば潜るほどに、モンスターの強さやトラップの狡猾さが増していく。危険度が次第に増していくというのに、十分な休息が取れないというのは避けたいからな。
俺達の訓練初日の感想を聞き終えた幻夜さんは暫く目を閉じ考え込んだ後、何処か満足げな表情を浮かべ口を開く。
「訓練初日にして、中々の成果を得られたようだね」
「成果……ですか」
「自分達の至らなさを自覚する。それはとても重要なことだよ。至らないところを自覚出来なければ、改善する事もままならないからね」
幻夜さんの言葉に、俺達は確かにと思った。問題点を自覚したからこそ、どうにかしようと色々な手立てを考えるからな。
「そう、ですね。確かに今までダンジョン探索中に疲労困憊……思考力が鈍るような事態には遭遇したことがなかったので、今回の訓練のお陰でそう言う状態に陥った場合、自分達がどう言う状態に陥るのか認識できました」
「疲労による思考力の低下が、ココまで各行動に影響を及ぼすとは思ってもみませんでしたね」
「思考が鈍っている状態で安全に休息を取れる環境を作る事の難しさも、今回の訓練のお陰で実感できました」
俺達は堰を切ったかのように、口々に自分の不甲斐なさ至らなさを吐き出した。
すると幻夜さんは、そんな俺達の様子に苦笑をにじませ口を開く。
「まぁ、思考力が鈍っている時には幾ら考えても無駄だよ。碌な考えは思い浮かばないし、思いついたとしても変な方向にズレた考えだったりと、散々な結果を招きかねないからね」
「……幻夜さん、こう言う場合は如何対処すればいいものなんですか?」
「そうだね、一番はそんな状態に陥る状況を作らないという事かな? 無理な探索スケジュールは組まない、食事の度に昼寝などの休憩を挟む、警戒に割けるパーティー人数を増やす、とかだね」
……確かにそうだ。自分達が疲労困憊に陥り探索続行が困難と言った状況に陥らない、これが一番重要なんだよな。
だけど……。
「でも、それはあくまでも陥らないようにする為の対処法ですよね? 陥った場合の対処法は……」
「その場合は、一刻も早く休息を取る事だね。5分10分の睡眠でも摂ることが出来れば、状況は大分好転するからね。もしくは、考えることを捨てるかな?」
「考えることを捨てる……ですか?」
ん? アレ? 話の前後が矛盾していないか? 短時間の睡眠を取るってのは、思考力を回復させる為の方法だろ? それなのに、考えるのを捨てるってのは……。
「正確には鈍った思考による判断より、蓄積した経験則を元にした直感に身を任せると言ったものだよ」
「直感に任せる……」
「まぁこの方法は、沢山の経験の積み重ねがあって初めて成立する方法だから、今の君達では取れない方法だろう」
「「「……」」」
俺達は幻夜さんの示した対処法に今一ピンとこず、戸惑いの表情を浮かべながら若干困惑した顔を見合わせた。
すると幻夜さんは、右手でアゴを擦りながら少し考えを巡らせ口を開く。
「分かりづらかったかな? そうだね、身近な例で例えると……夜遅くまで残業をし疲れ切ったサラリーマンが、電車の席で熟睡していても自分の降りる駅が近付いたら急に跳ね起きる……と言った感じだね。アレは思考の末の反応という訳ではなく、長年の経験を元に下車駅が近付いていることを直感的に察しての反射行動のようなものだから」
幻夜さんの口にした例えを思い浮かべ、俺達は一斉に手を叩いて納得した。確かにあれこそ、経験則を元にした直感的行動だよな。って、ん? ダンジョン内での休憩中に、アレをする? いやいや、無理無理。流石に、あんな反応は……ね? って、アレ? 今回の訓練は、もしかして……。
嫌な予感がし幻夜さんの顔を見ると、そこには何かを含んだ笑みが口元に浮かんでいた。
「その表情を見るに、察したようだね? 君達が受けている今回の訓練は、敵中での野営訓練と言う目的の他に、疲労困憊時の敵襲に対する対処の経験を積んでもらうと言う目的がある。訓練で様々な経験を積めば、本番で思考が鈍っていたとしても素早い対処が可能になるからね」
「「「……」」」
幻夜さんの浮かべる笑みを目にし、俺達は背中に氷柱を入れられたかのような寒気を感じた。
「よって、これより本格的に訓練を開始する。昨夜は訓練の雰囲気に慣れて貰う為に様子見程度のハラスメント攻撃に徹したが、今日からは手加減無く襲撃を仕掛けさせて貰うよ」
「えっ、本格的に……?」
「じゃぁ、昨日までの襲撃は……?」
「えっ、えっ?」
「可能な限り、多種多様な方法で襲撃を仕掛けるので頑張って凌いでほしい。ココで得られた経験はきっと、ダンジョン探索においても無駄にはならないはずだ」
「「「……」」」
そう言うと幻夜さんはシートから立ち上がり、俺達に向かって憐憫の眼差しを向けつつ一礼した室井さんを連れて山道の方に向かって歩き始める。
そして足を止めることなく幻夜さんは振り返り、俺達に向かって言葉を残した。
「そうそう、私達がココを離れ暫くしたら攻撃を始めるように言ってあるから、薬を服用し移動の準備を整えて置いた方が良い。では、頑張ってくれ」
すると今度こそ幻夜さん達は振り返ることなく、山裾に続く山道を降りていった。今からが訓練本番って……嘘だろ。俺達は幻夜さんが残した言葉に戦慄しつつ急いで薬を服用し移動の準備を始め……地獄の訓練本番が幕を開ける。
そして2日後、服の至る所が真っ赤なペイント塗料で染まった俺達の姿が山裾のプレハブ小屋の前にあった。
昔、通勤に電車を使ってた時、疲れて車内で眠り込みましたけど何故か毎回下車駅の一つ前の駅で起きれていましたね。これも経験の蓄積の賜物……と言いたいですけど一度失敗して終点駅まで行きましたっけ隣の県の。




