第245話 油断出来ない食事
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野営地も決まったので、早速テントを設営しようとバックパックを漁っていると裕二が待ったの声を掛けてくる。一体、何だっていうんだ? もう直ぐ日が落ちきると言うのに……。
俺は若干の不満と苛立ちが混ざった表情を浮かべながら、声を掛けてきた裕二に顔を向ける。
「何だよ、裕二。早く設営しないと日が落ちきって、辺りが完全に真っ暗……」
「分かってる。でも、今回の訓練でテントは使わない方が良いと思うんだ」
「……はぁっ?」
何だって? テントなし? こんな山の中で?
俺は裕二の言葉を聞いて信じられないといった感想を抱き、若干目を見開き驚きの表情を浮かべた。
「……何で、って聞いても良いよな?」
俺は一瞬間を開けた後、裕二に怪訝気な眼差しを向けながら発言の真意を尋ねた。
すると裕二は軽く頷き、テントなし泊の理由を口にする。
「勿論、理由はあるさ。今回の訓練は先週のキャンプと違い、何時何処から襲撃があるか分からない。そうなると、テントと言う密室……閉所に籠るのは得策じゃない。襲撃に対する対処行動をとる際、テントを出るという余計な一手間が必要になるからな。特に俺達が持っているテントの場合、完全に締め切っていると出る為には、インナー、アウターと2つのファスナーを開けて出る必要がある。そうなると一手間どころか二手間……もしくはそれ以上の隙が出来るだろうな」
「……」
「テントを壊して外に出るという手もあるけど、それを実行すると以降はテントとしての再利用は不可能だ。それなら、初めからテントは使用しない方が良いと思わないか?」
「……」
裕二の説明を聞き少し悩んだが、俺は小さく頭を縦に振って妥当な意見であると認めた。
確かに裕二の言うように襲撃を受ける可能性が高い以上、咄嗟の行動を制限するテントは使わない方が良いだろう。
「それに、実際のダンジョン内の環境だとテントを使う必要ないしな。少なくとも、俺達が潜った30階層まででは」
裕二は若干重苦しくなった場の空気を軽くしようと、揶揄う様な口調で苦笑いを浮かべつつ俺にダンジョン内部の環境を思い出させようとする。
ダンジョン内部の環境、か。うん……特に暑くも寒くもない室内だな。
「……そう、だな」
「だろ?」
テント……必要ないな、うん。俺はその考えに至り、軽く溜息を吐いた。
だが、テント不使用を決定する前に、一つ確認しておかないといけない事もある。
「えっと、柊さん? そんな訳なんだけどさ、柊さん的にテントなしで寝るっていうのはどうかな? 無理そうなら、テントを設営するけど……」
「……要らないわ」
柊さんは俺の問いかけに少し悩んだ後、若干後ろ髪を引かれている様な表情を浮かべながら要らないと告げる。本当に残念なんだけど……と言った感じだ。
そんな柊さんの様子に若干の罪悪感を抱いた俺は、控えめな口調と声量で最終確認をする。
「……無理しなくても良いんだよ?」
「良いの、気にしないで。広瀬君のテント不要説は、もっともな事なんだし……」
これ以上勧めるのは、我慢する事を決めた柊さんに失礼だな。
裕二もそんな柊さんの覚悟を察したのか、申し訳なさげに妥協案を提案する。
「……分かった。でも一応、目隠し用に簡易的な陣幕は作るから」
「……ありがとう」
柊さんは裕二の気遣いに、若干の申し訳なさと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「さて、話も纏まった事だし早速動こう」
「おう」
「ええ」
話している内に日も沈み辺りも真っ暗になってしまったので、俺達は照明をバックパックから取り出し野営地設営に取り掛かった。
本当なら、日が沈み切る前に設営には取り掛かりたかったんだけどなぁ……はぁ。
照明の明かりを頼りに、テントの布とその辺に落ちていた木を使って簡易的な陣幕を作る。最初はテントの骨組みポールを使おうかと思ったが、適正利用に反した使い方のせいか思ったより強度が弱く折れそうになったので止めた。コレは近い内に、ダンジョン用にちゃんとした陣幕を買って置いた方が良いだろう。
ダンジョンに、支柱になるような木なんて落ちてないだろうからな。
「良し、とりあえず設営完了っと。飯の準備をしよう」
「と言っても、加熱パックにレトルト食品と水を入れるだけなんだけどな」
「簡単で良いじゃないか。何時襲撃があるか分からない以上、食事も出来るだけ簡単に取れる方が良いって」
「まっ、そうなんだろうけどな」
俺は地面にレジャーシートを敷き、幻夜さんに提供して貰った食料セットを取り出す。先ず加熱パックに密閉袋から取り出した発熱剤をいれ、水を入れたアルミボトルと筑前煮のレトルトパックをいれる。アルミボトルは、お湯を沸かす為だ。こうすると出来ると、説明書に書いてあるからな。
「大樹のおかずは、筑前煮なんだ」
「ん? そう言う裕二は、肉じゃがか」
「ああ」
おかずのレトルトパックは数種類配布されていたので、今回選んだおかずは全員バラバラだ。予備物資のコンテナを覗いたら、更に色々な種類のレトルトパックが入っていたので、この訓練中に同じおかずを食べる事はないかな? 因みに、柊さんは鯖の味噌煮を選んでいる。
これは、アレか? 食事だけがこの訓練中の楽しみだぞ、って言う無言のメッセージとか……。
「後は、温まるまで放置だな」
「何分ぐらいかかるもんなんだ?」
「説明書によると、15分から30分くらい掛かるって書いてあるな。まぁ時間は、様子を見つつ適時にって所だな」
「15分か……先に温めながら陣幕を張れば良かったな」
「別に急ぐ事もないんだから、ゆっくり待てば良いさ」
とは言え、何もする事がない山の中での15分は結構長いからな。家なら15分くらい、あっという間に過ぎるって言うのに……。何して時間を潰そう?
などと、そんな事を蒸気を上げ始めた加熱パックを眺めながら思っていると、柊さんが徐に口を開く。
「……ねぇ、二人とも? 今夜の夜番はどうする?」
「夜番か……先週のキャンプの時と同じって訳にはいかないよな?」
「そうだな……」
柊さんの疑問に、俺と裕二は薬のせいで思考が鈍っている頭で考える。
夜番か……こんなコンディションじゃポカしそうだよな。
「……2人体制を敷いた方が良いだろうな。今のコンディションを考えると」
裕二が若干苦々しげな表情を浮かべながら、夜番の2人体制を提案してきた。
確かに2人体制なら、1人で全方位を警戒するより負担が軽減出来るからな。コンディションが悪く警戒網に穴が開きそうなら、警戒要員の数を増やすというのは正しい対処だろう。
「そう、だよな。こんな思考が鈍った頭じゃ、夜番中に寝落ちする事はないにしても、敵が接近してくる痕跡を見落とす可能性は普段に比べかなり高いと思う。夜番の人を増やすのには、賛成」
「私も夜番を増やすと言う提案には、賛成よ。こんなコンディションじゃ、1人で襲撃を警戒しきれるとは口が裂けても言えないわ」
俺と柊さんも自分達の体調は把握しているので、裕二の提案に特に反論する事はなかった。山頂直前での襲撃を察知出来なかった現状を思えば、1人で全方位からの襲撃を警戒し続けるのは困難だろうからな。
それに、複数方向からの襲撃という事態を想定すれば、夜番要員が1人というのは些か心許ない体制だ。
「じゃぁ、夜番は2人体制って事で良いか?」
「うん」
「ええ」
裕二の確認に、俺と柊さんは軽く頷き同意の意思を示した。
夜番の順番は後で相談だな。
「おっと。何だかんだと言ってる内に、そこそこいい時間が経ってたな」
話に一段落が付いた俺は時間を確認し、加熱パックからおかずのレトルトパックを取り出し火傷をしないように気を付けながら取り出す。取り出したレトルトパックに触れると程良く温まっており、食べ頃の温度と言えた。
「おかずは大丈夫だな。問題は水を入れたボトルなんだけど……」
加熱パックから取り出そうとアルミボトルに触れた瞬間、俺はアルミボトルから慌てて手を離した。
熱っ! 偶に自販機から出てくる過剰に加熱された缶コーヒーの缶より熱くね、コレ!?
「おいおい、大丈夫か大樹? 火傷してないか?」
「ふう、ふう、ああ大丈夫。とりあえずコレなら、お湯は大丈夫だと思うぞ」
100度は超えてないだろうけど、保温された電気ポットのお湯くらいはありそうだ。意外に温まるんだな、コレ。カップ麺系は難しそうだけど、味噌汁やスープを作るには十分だな。
俺は加熱パックの思わぬ高性能さに感心しつつ、フリーズドライ飯のパックを開ける。お湯を注ぎ、3分待てば良いだけのお手軽調理で食品だ。五目ご飯やピラフなど色々種類があるが、今回は初めて食べるという事もあり無難な白飯を作る事にした。
「お湯を線まで入れて……後は待つだけだな」
おかずのレトルトパックを保温の為に加熱パックの中に戻し、熱々のアルミボトルをタオルを使って取り出し零さないように気を付けながらお湯をフリーズドライ飯のパックの注水線と書かれた位置まで注いだ。
そして待つ事3分……。
「良し、完成だな」
お湯を注いだパックを開くと、湯気を立て美味しそうな香りを漂わせる白米が完成していた。ホント、便利でお手軽な世の中になったよな。
そして保温していたおかずのレトルトパックを取り出し、食料セットに付属していたプラスチックスプーンを用意すれば……晩ご飯の完成だ。
「じゃぁ早速、食べようか」
「おう」
「ええ」
俺達は手を合わせ……。
「「「いただきまっ!?」」」
いざ夕食を食べようとした瞬間、強い視線と害意を感じた俺達は咄嗟に座っていたシートの上から跳ね上がるように立ち上がり、瞬時に視線と害意から身を隠すようにコンテナの影へと退避した。
そして、咄嗟に掴んで持ち出していたライトを使い……。
「……そこ!」
コンテナの陰から少しだけ顔出し、ライトの光を視線と害意の発生源に向けて照射した。
すると数秒後、ライトの光で照らされた茂みが揺れギリースーツ姿の人が姿を見せる。
「中々いい反応だぞ。だけど、少々迂闊な行動だったな。何時いかなる時でも、警戒は怠らないように気を付けるんだぞ」
そう言い残し、ギリースーツ姿の人は再び山の中へと姿を消していった。
……食事くらい、ゆっくり摂らせてくれよ。
再襲撃を警戒し周囲の状況を慎重に確認した後、少なくとも警戒範囲内に誰も潜んではいないと考えた俺達はシートに再び腰を下ろし溜息をつく。
「はぁ……、本当に頭が回ってないな俺達。それはそうだよな。何時襲撃があるか分からない状況なのに、警戒要員も置かずに全員で一斉に食事を取ろうとするなんて……」
「ああ、そうだな。食事中なんて、襲撃者側からしたら隙だらけの状況だもんな……」
「全員が地面に座り込んでの食事だなんて、どうぞ襲って下さいって言っているようなものですもんね……」
襲われた原因を考察した結果、俺達は自分達の犯した不手際に思考が鈍った頭に頭痛を覚えた。
因みに当然の事だが、折角作った温かかった夕飯はこの騒動で冷めきってしまっている。
「対策としては、コレからの食事は警戒役を立てながら交替で取ろう……って事くらいだな」
「そうだな。少なくとも1人は、襲撃に即応出来る体制は整えておかないと……」
「ええ。それにしても、ホント質が悪い訓練よね。食事セットもトラップの一つだなんて……」
柊さんは忌々しげな眼差しで、シートの上で放置され冷え切った夕飯を睨み付けた。うん。まぁ……その感想には俺と裕二も同意見だ。これ見よがしに簡単に調理出来る食料が用意されていたので、薬の効果で思考が鈍っていたと言う事も合わさり何の疑問も抱かず手を付けてしまった。キツい訓練中に、温かく美味しそうな食事がとれる。いくら気を張って警戒していても、ついつい気が緩んでしまう状況だよな。
隙を見付けるのではなく、隙を見せる状況を作ると言う事か……。
「だけど、こうなってくると用意された食料には何か仕込まれているんじゃないか?って疑いたくなってくるな」
「そうだな。とは言え、俺達の手元にある食料はコレだけだしな……」
「何よ、2日間ぐらい食事を取らなくても大丈夫よ!とは、とてもじゃないけど言えないものね……」
「「「……」」」
俺達は無言で用意した夕食を、疑いの眼差しで眺める事しか出来なかった。果たして俺達は、コレに手を付けても大丈夫なのだろうか? まさかとは思うが、下剤とか仕込まれてはいないよな?
と、一度疑いだしてしまうと次から次へと疑念が吹き出してきた。
おいしそうな食事を前にしたら、気が緩みますよね。




