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第244話 鈍る思考力

お気に入り19970超、PV26980000超、ジャンル別日刊53位、応援ありがとうございます。







 俺達は幻夜さんの開始合図を受け山に向かって一歩踏み出した後、一斉にサイドステップで左右に分かれるように跳んだ。何故かって? 

 それは勿論……。


「うんうん。ちゃんと、前回の教訓が活きているようだね……」


 俺達の取った反応に満足げに頷く幻夜さんと、右手に持ったペイントボールガンを俺達に向かって構えた室井さんの姿があったからだ。

 因みに、俺達が立っていた地面には赤い塗料が散乱している。


「そうですね。私が銃を取ろうと腰に手を回した時には、既に重心が左右に傾いて回避行動をとろうとしていました」

「自身に向けられた悪意に対する察知能力も、ちゃんと鍛えられているようだね。これもダンジョンでの、モンスターとの実践経験の豊富さのおかげかな?」

「実践にまさる経験はありませんからね」

 

 幻夜さんと室井さんは、呑気な様子で俺達の動きを評価し検証していた。もしかしたらと思い、開幕直後の不意打ち攻撃は警戒していたが勘弁してほしかったな。

 しかも室井さん、さも当たり前のような顔でペイントボールガンを腰に戻さないでください。また撃たれるんじゃないかと、心配でたまりません。


「……行っても良いですか?」

「ん? ああ勿論、頑張ってくれ」


 裕二が若干警戒した目つきで幻夜さんに行っても良いかと尋ねると、幻夜さんはまだ再出発していなかったのかと言った表情を浮かべていた。

 いや、貴方達の不意打ちのお陰で足止めをされたんですけど……。


「「「……」」」


 俺達は少々納得がいかないといった不満げな表情を浮かべながら、幻夜さんと室井さんの方を何度か振り返り警戒しながら再出発をきった。

 やっぱりこの訓練、前回と同様一筋縄じゃ行かないみたいだな。






 山の裾に足を踏み入れると同時に、俺達は顔を正面を向けたまま左斜め前方茂みの一点に視線だけを向けた。


「……いる、よな?」

「ああ。隠れているつもりなんだろうけど、俺達を攻撃しようって視線をビンビン感じるな」

「あれじゃ、自分から居場所を教えているようなものよね」


 距離にして、凡そ30m程だろうか? 事前に教えられた、ペイントボールガンの有効射程までは倍近い距離がある。つまり、この地点で撃たれる事はない。

 しかし、敵が待ち伏せをしている事に気付いている以上、これ以上の接近は不味いだろうな。


「早速、使ってみるか」


 そう言うと裕二は、バックパックのサイドポケットに仕舞っていたライトを取り出し、ライトの先を茂みに向け点灯スイッチを入れる。まだ太陽が出ているので辺りはそこそこ明るいが、だいぶ日も落ちて暗くなり始めているので収束された光がビームのように伸びるのが見える。

 そして伸びた光は狙い違わず、敵が待ち伏せしているであろう茂みを照らした。


「そこに隠れている人、見えてますよ」


 裕二が照らされた茂みに向かってそう告げると、茂みが揺れ迷彩服を着た人が出て来た。


「あちゃぁ……見付かった。随分遠くから見付けられたな?」

「茂みの奥から、俺達を凝視する視線を感じましたからね」

「ううん、視線か……」


 迷彩服の人は後頭部を掻きながら、あまり悔しくなさそうな声色で負け惜しみじみた言葉を口にする。まぁ実際、悔しくないのだろう。

 幻夜さんがこの訓練の為にと選んだ人が、ここまで露骨な視線を向けてくるなんてするはずがないだろうからな。恐らく、この訓練のチュートリアル的な役目を任されているのだろう。


「まぁとりあえず、発見おめでとう。だが、この先も同じように簡単に見付けられると思うなよ?」

「はい。ご忠告、ありがとうございます」

「じゃぁ、頑張れよ~」


 そう言って、迷彩服の人は手を振りながら茂みの奥へと戻っていった。 


「何だったんだろ、あの人? 随分ノリが軽かったけど……」

「さぁ? でも、お陰でこの訓練の要領は掴めたんじゃないか?」

「そうね」


 ちょっと風変わりな敵役の退場に少々困惑しつつ、俺達は再び頂上のポイントを目指し山登りを始めた。

 完全に太陽が落ちきる前に、頂上に到着しないとな。






 最初の接敵から凡そ5分間隔ほどで、潜伏している敵と遭遇した。最初、幾ら何でもこの潜伏密度はないだろう……と思っていたが、時間が経つにつれて次第に短い間隔で接敵させる意図が見えてくる。

 

「……なるほど。コレが、飲んだ薬の効果か」

「だろうな。この同じような視線を向けてくる敵の多さも、その効果を確認させる為の作業って事だ」

「潜伏している敵を発見する距離が、時間を経つ毎に近くなってきているものね。確かに、薬が効いているわ」


 俺達は軽く頭を振りながら、霞が掛かったような頭で周囲の索敵を続ける。

 最初に山の裾野で敵を見付けた時は30m程の距離で視線を感じ見付けられたのだが、今は20m程まで近付かないと視線を感じる敵を見付ける事が出来ないでいた。視線を感じる事自体は、最初に接敵した敵役と向けてくる視線の強さで同程度なので簡単に察知できるのだが、その後の潜伏する敵を見付けるまでに時間が掛かっている。

 確かに最初に比べ日が陰り辺りが暗くなった事も一因だろうが、常に頭の隅に霞が掛かっているような感覚が集中力を乱す主原因だろう。


「今の所、眠気らしい眠気は感じないけど……厄介だな」

「疲労はないのに、思考が鈍るだけでここまで影響が出てくるとはな……」

「薬を飲んだ直後の初日でコレじゃ……相当気合いを入れないとこの先まずいわね」


 俺達は自分達の現状を把握し、思わず溜息を漏らす。最初から簡単な訓練では無いと思ってはいたが、想像以上にキツい訓練になりそうだなと。

 そう感じながら周囲を警戒していると、山頂までもう少しと言ったところで遂にその時が訪れた。


「「「……? !?」」」


 小さな違和感を感じた瞬間、小さな突発音と共に何かが空気を切り裂く小さな音が聞こえた。音が聞こえた俺達は、咄嗟にその場を飛び離れる。すると次の瞬間、木の幹に赤い塗料の花がさいた。

 そう、俺達は何時の間にか待ち伏せをしている敵の射程距離に踏み込んでおり、ペイントガンを撃たれたのだ。発砲されるまで敵の存在に気づけなかった事に、俺達は思わず愕然と一瞬思考に空白が生まれた。


「っ!? そこだ!」


 だが、何時までもショックを受けているわけにもいかない。

 俺はバックパックのサイドポケットからライトを取り出し、発砲音が聞こえた場所にライトを向け照射する。すると……。


「撃たれるまで気付けなかったのはいただけないが、良く避けたな」

「「「……」」」


 そんな言葉と共に、ライトで照らされた木の根元に生い茂る茂みと思っていた塊が動いた。

 それは全身に草木や小枝を付けた……ギリースーツを着た人間だった。


「おいおい、そう警戒するな。とりあえず追撃はしないから安心してくれ」


 いや、無理です。

 いくら訓練中で幻夜さんが用意した敵役だろうとは言え、日が落ちる寸前の山中に突然現れた未確認生物……山の中でギリースーツを着た人間に遭って警戒しないなんて事はチョットね?


「……まぁ、良い。兎も角、もうすぐ日が暮れる。山頂に到着したら直ぐに野営の準備を始めるんだな」


 そう言い残し、ギリースーツ姿のままその人は再び暗い山の中へと姿を消した。あんな装備の人も、この訓練に参加しているんだ……。

 そしてギリースーツの人の姿が消えた後、俺達は気まずい雰囲気を漂わせながら今起きた出来事について話をする。 


「なぁ? 撃たれる前、視線を感じたか?」

「いや、俺は気付かなかった」

「私も気付かなかったわね。でも撃たれる瞬間、害意を感じたわ」


 今まで待ち伏せしていた人達は、わざと俺達が気付くような視線を向けてくれていた。だが、先程攻撃をしてきたギリースーツの人は視線を悟らせる事は無く、発砲寸前に強い害意を俺達に向けてきたのだ。

 

「今までの人達が視線を分かる様に向けていたから、次の人も同じようにしてくる……何の根拠もなくそう思い込んでいたな」

「そう……だな。わざと単調な作業を繰り返させ、次の襲撃も同じ手口だと思考を誘導された」

「普段ならこんな手口には引っ掛からないのに……索敵に集中しすぎて他に頭が回らなかったわね」


 薬の効果で乱れる集中力や思考を補おうと索敵に集中したせいで、知らず知らずに楽な思考を行おうとしていたらしく単純な思考誘導に気づけなかった。次第に暮れていく日のせいで、段々と広がる山中の暗闇にたいする恐怖心。いつ来るか分からない襲撃に対する不安。薬の効果で霞乱れる思考と集中力……隙を突いた見事な手口と言わざるを得ない。

 さっきの攻撃を避けられたのも、肉体的精神的疲労が無く、ギリースーツの人がわざと害意を見せたからだ。


「疲労や眠気からくる思考の単純化……か、気を付けないとな」

「ああ。眠気一つで、こうまで全体のパフォーマンスが低下するなんて……」

「私達、今までに眠気を感じるような長時間のダンジョン探索はしてこなかったものね」


 柊さんの言う通り、俺達は今まで短時間のダンジョン探索しか経験した事がない。眠気……いや、強い疲労を感じる前にはダンジョンを脱出していたからな。

 故に、今回の訓練のような状況下での行動は初めてと言っても良い。


「……行こう。日が落ちきる前に山頂の周辺を確認しておこう」

「そう、だな。周辺状況をある程度把握しておけば、どこが襲撃されやすいか予想できるしな」

「ええ」


 俺達は自分達の不甲斐なさに意気消沈しつつ、山頂目指し歩き出した。






 到着した山頂はそれなりの広さの空間が切り開かれており、幻夜さんが麓で説明していたように簡易トイレと補給物資が入っていると言っていたコンテナが置かれていた。


「……草木に隠れて、間近まで接近されるって事は無さそうだな」

「そうだな。と言っても、完全にペイントボールガンの射程圏外って訳にはいかなさそうだから、警戒は必要だけど」

「木の陰に隠れて最大射程で射撃……命中するかどうかは分からないけど、油断していると当たる事もありそうね」


 安心……とは言えないが見通しはそう悪くはない。ちゃんと警戒していれば、早々不意打ちを食らう事もないだろう。

 普通の状態なら。


「とりあえず、完全に日が落ちきる前に野営の準備を進めよう」


 俺は遠くの山の裾野に隠れ切ろうとしている太陽を眺めながら、裕二と柊さんに野営の準備を進めようと話し掛ける。昨日今日と雨は降っていないので地面が湿気ているという事はないが、シートを広げる場所は重要だからな。石がゴロゴロ落ちているような場所は、出来れば避けておきたい。日が完全に落ちきると、それを調べるのも一苦労だからな。

 俺達は切り開かれた場所を少し歩き回り、シートを広げる場所を品定めし始める。


「良し、ココに広げよう。比較的平坦だしな」


 俺が品定めをした場所は、切り開かれた頂上の中央部。石や木の根などの物が少なく一番平坦で寝心地も良さそうだ。

 だが、裕二は反対の声を上げた。


「いやっ、ちょっと待て大樹。そこじゃ、全周からの襲撃を受け易い。寧ろ、あそこなんか良くないか?」

「あそこ?」


 反対した裕二が指さした場所は、補給物資の入ったコンテナの陰だ。


「あそこなら、コンテナを背にして警戒する方向を限定出来る」

「あそこか……」


 確かに、裕二の主張にも一理ある。警戒する方向が限定出来れば、それだけ労力が減るからな。

 そう思って納得しかけていると、今度は柊さんから反対の声があがる。


「私は反対。寧ろ、九重君の言っている場所の方が良いと思うわ」

「えっと、それはどうしてかな柊さん? 警戒する方向が減れば、見張り担当の負担も減ると思うんだけど……」

 

 柊さんの反対意見に、裕二は理由を尋ねる。

 

「確かに警戒する方向は減るかもしれないけど……反対側から曲射で狙ってきたら死角からの攻撃で対処が遅れるかもしれないわ。特にあのコンテナは、幻夜さん側が用意して設置しているんですもの。どこからどの角度で撃てば当てられるかを、事前に確認している可能性があるわ。逆に九重君が選んだ場所なら、確かに見張り担当は全方向からの攻撃を警戒する必要が出てくるけど、全周を死角無く見渡す事が出来るわ」

「ううん……」

 

 柊さんの意見を聞き、俺と裕二はどちらかを選んだ場合のメリットデメリットに頭を悩ませる。警戒方向を減らし見張り役の負担減をとるか、死角を無くす事を優先するか……一長一短。どちらを選んでもリスクは消えない。

 3人で十数秒ほど悩んだ結果、結論が出る。 


「じゃぁ、中央部に野営地を作るって事で良いかな?」

「ああ。見張り役の負担は増えるだろうが、死角を作らず全周を警戒出来る方が良いだろう」


 と言うわけで、野営地は頂上の中央部となった。

 薬のせいで普段のパフォーマンスを発揮出来ないのが些か心配だが、やるしかない。
















眠かったり疲れてると、思考って段々と単純化しますよね。後になって、何であんなバカな事を考えていたんだ?と思うことはよくあります。

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― 新着の感想 ―
いや迷彩服もギリースーツもそんな変わらんやろ…… いや睡眠薬で思考がにぶってるからもろに警戒心出てますよ〜って意味の文章なのか?
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