第243話 そこまでするか……
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何が出てくるのかと不安な気持ちで一杯だった俺達の前に持ってこられたのは、乳白色の長方形プラスチックケースだった。それが俺達の前に一人一個ずつ置かれる。
……なに、コレ?
「あの……幻夜さん? 何ですか、コレ?」
警戒する眼差しでケースを見ながら、俺は幻夜さんにケースの正体を尋ねる。
そこはかとなく、不穏な雰囲気がケースの周りに漂っているように見えるんだけど……。
「まぁ、まずは開けてみなさい」
「は、はぁ……」
幻夜さんに勧められ、俺達は一瞬躊躇しつつプラスチックケースを開ける。
すると、中には白い円形錠剤が幾つか入っていた。
「……薬?」
「それは睡眠薬だよ」
「「「えっ!?」」」
幻夜さんの言葉に、俺達はプラスチックケースを持ったまま固まった。
睡眠……薬!?
「今回の訓練中、君達にはそれを服用して貰う」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 睡眠薬を飲んで訓練をするんですか!?」
思いもよらない幻夜さんの提案に、裕二が思わず声を上げる。むろん、俺も柊さんも声こそ上げていないが、内心は驚愕の感情で一杯だ。
「ああ。先程も言ったが、少々小細工をな」
「小細工が睡眠薬って……」
「安心しなさい。そこまで強い薬ではないから、動く事に支障は無いよ」
いや。その何処に安心する要素があるのかと、問い詰めたい気持ちで一杯なんですが……。
そんな俺達の困惑と動揺をよそに、幻夜さんは説明を続ける。
「人間にとって睡眠不足という状態は、一番警戒心と注意力を散漫にさせる状態だからね。事前の訓練で肉体と精神を疲労困憊の状態に追い詰める時間が無い以上、この手の小細工は必要だよ」
「は、はぁ……なるほど」
「君達が手にしている薬は、急に強い睡魔を誘う即効性タイプではなく、緩い睡魔が長時間続くように調合されている。従って、その薬を服用している間は常時緩い睡魔に襲われている状態を保つ事が出来る事だろう」
つまり俺達は、睡魔と戦いつつサバイバルをすると言う事か。
……マジかよ。
「さて、小細工の説明はこの辺りにしておこう。訓練内容自体の説明もしないといけないからね」
「「「は、はい……」」」
今一納得しきれない部分も残るが、幻夜さんは軽く手を叩き睡眠薬に関する話を締めた。
小細工の段階でこのレベルか……一体どんな訓練をやる事になるんだ?
お茶を啜り俺達が落ち着きを取り戻した事を確認し、幻夜さんは今回行う訓練内容の説明を始めた。
「さて、今回の訓練内容とルールだが、やる事自体は簡単だよ。君達には2泊3日、山でサバイバル生活をして貰うだけだ」
幻夜さんの口から告げられた訓練内容は、予想していた通りのものだった。
まぁ、睡眠薬の服用は予想外だったけどな。
「とは言え、ただサバイバル生活をして貰うだけでは意味が無い。君達がサバイバルをしている最中、彼等が昼夜を問わず不定期に襲い掛かる手筈になっている」
そう言って幻夜さんが指さす先には、軽く手を上げ挨拶をしてくる前回の訓練でもお世話になった門下生の方々。なので、俺達は座ったまま、声を出さないまま彼等に会釈をし返事を返した。
あっ、今回もお世話になります。
「つまり、君達は彼等の襲撃を警戒し撃退しつつサバイバル生活を行って貰うってことだね」
やっぱり、重蔵さんが言っていたのは正しかったようだ。先週のキャンプで、3役に分かれて訓練しておけば良かったというのはコレを見越してたんだろうな。
襲撃か……また電撃かな?
「幻夜さん。それはつまり、前回の訓練で使った電撃装置を使うって事ですか?」
「いいや、今回アレは使いませんよ」
ほっ、電撃は無しか……。結構痛いんだよな、アレ。
だが、安堵したのは幻夜さんの口から次の言葉が出るまでだった。
「アレを使うと一時的にせよ、眠気が暫く飛びますからね」
優しさからの提案じゃないんですね……。
俺は幻夜さんの浮かべる笑顔を正面から見れず、思わず視線を逸らした。だがそれは、どうやら俺だけでなく、裕二と柊さんも同じ思いだったようだけどな。
「今回は電撃装置の代わりに、ペイントボールガンをつかうよ。当たると弾の中に封入されている塗料が服や肌に付着するから、汚れたくなかったら頑張って襲撃者の接近を阻むか弾を避けてくれ」
「「「……」」」
俺達の脳裏に、塗料まみれでキャンプをしている自分達の姿が思い浮かんだ。
うん、塗料まみれで2泊3日は勘弁して欲しいな。
「なお、襲撃者を阻む方法は、このあと配布するライトを使って貰うよ」
「ライト……ですか?」
「光を収束させる機能を持つ、ズームライトと言う物だ。狭い範囲に光を集める事によって、遠くの場所をピンポイントで照らす事が出来るんだよ」
「ああ、アレですね」
裕二はズームライトに心当たりがあったのか、胸の前に出した手を動かしライトの先端を伸縮させる動作をする。そう言えば以前、探索者装備をそろえようと装備品を買いあさっていた時に、ライトの項目でそう言う商品があったな。
あの時は、特に必要じゃなかったから購入しなかったけど。
「配るライトはズームモードで固定されているから、襲撃者が近づいてきたらそのライトを使って攻撃前に襲撃者を照らしてもらう。ライトで照らされた襲撃者は襲撃失敗、そのまま撤収して貰う」
「俺達が接近して、直接襲撃者を取り押さえるというのはダメですか?」
「今回の訓練目的は、安全な休息の取り方を覚えるだからね。直接襲撃犯を抑えるのではなく、自分達が定めた安全地帯に接近してくる襲撃者を事前に察知し、襲撃を掛けられる前に対処する事を覚えて貰いたい」
「……つまり今回の訓練において、俺達はライトで接近してきた襲撃者を照らす事以外の反撃行動は禁止という事ですね」
「その通りだよ」
ズームライトとなると照らす範囲も狭いだろうから、襲撃者の気配に警戒し注意深く周囲を観察し続けないと見落とす可能性は高い。それを薬の睡魔に襲われている状態でとなると……初日は何とかなっても、2日目3日目が危ないかもな。
俺達は撃退する状況を想像し、その困難さに眉を顰める。
「もう少しルール説明があるんだけど、先に道具を配っておこう。その方が説明も理解しやすそうだしね」
そう言って幻夜さんは門下生の人に指示を出し、訓練に使う道具一式を俺達の前に並べた。
「今回此方が用意した物は食料とライト、そして地図が一式だね」
並べられた荷物は、意外に少なかった。食事は事前に用意すると言われていたので持ってこなかったが、幻夜さんが用意してくれた食料は、缶詰やレトルト食品と2Lのペットボトルの水だ。多分コレ、防災グッズ系の食品だよね? 発熱剤パックもあるので、暖かいの食べられるのは嬉しいけど。
それとこの地図……。
「幻夜さん。この地図は、以前の訓練で使っていた物と同じ物ですか?」
「いや、少し変わっているよ。前回の訓練で使った物は、あくまでもあの訓練に適したポイントを記入していたからね。今回の訓練には、今回の訓練に適した物を使わないと」
「なるほど」
あらためて地図を見てみると、記入されているポイントは全部で20カ所。以前山を駆け巡った経験を元にすると、この場所は確か簡単に切り開かれていた場所だった筈だ。
つまり、地図に記載されているこの点は野営地を兼ねたポイントという事か。
「今回の訓練では地図に記されているポイントを、このサイコロを使って出た目の数順に回って貰うから」
そう言って幻夜さんは、見慣れない形のサイコロを俺達の前に転がしてきた。三角形が組み合わせて出来たサイコロ……書かれた数字を見ると20面ダイスのようだ。
こんなサイコロもあるんだな……。
「各ポイント間の移動は、遭難や怪我のリスクを考慮し日が出ている間だけ。日が落ちている間は、最寄りのポイントで野営をしてくれ。あと、日が落ちきって無くとも、辺りが暗くなり始めたら野営の準備をする事をオススメするよ」
「……分かりました」
確かに夜間の移動自体は可能だろうけど、薬の影響等を考えると夜間の移動は極力避けた方が良いだろうな。それに手持ちの照明が十分で無い以上、ある程度日の明かりが残っている内に野営の準備は進めて置いた方が良いだろう。
真っ暗闇の中では、襲撃者を警戒しつつ野営の準備を進めるのはキツいだろうしな。
「以上で、今回の訓練に関する説明は全部終わったんだけど……何か質問はあるかな?」
俺達は顔を見合わせ、互いに何か無いかと確認し合う。俺としては特にコレと言って質問は思いつかなかったのだが、柊さんがそっと手を上げ若干恥ずかしそうに質問を口にする。
「えっと、幻夜さん。トイレは……」
ああ、そうだよな。確かにトイレは死活問題だよな。
今回の訓練の性質上、俺達はある意味衆人環視の只中にいる状態だ。そんな中でトイレは……ね?
「ああ、それを説明していなかったね。簡易トイレを山の頂上に設置しているから、訓練中トイレを使いたかったら山頂のポイントを目指してくれ」
「あっ、はい。ありがとうございます!」
「本来トイレは穴を掘ってその辺で……と言いたいが、今回の訓練ではそれは難しいだろうからね」
柊さんは幻夜さんの説明を聞き、心底ホッとしたというような安堵の表情を浮かべた。うん、流石に女の子にこの状況は厳しいよな。
「さて、他に質問は?」
幻夜さんはもう一度俺達の顔を見回し、他に質問はないかと問い掛けてきた。
すると、今度は裕二が質問を口にする。
「水の補給は如何すれば良いですか? トイレと同じように、何処かのポイントで補充を?」
「山頂のポイントに、水ボトルが保管ケースに入っているからそれを持って行ってくれ。他にも、食料品の追加補給分も同じように保管ケースに入っているから、足りない場合は持って行ってくれて構わないよ」
「分かりました」
この流れで行くと、山頂のポイントにその手の物が纏まっていると言った感じか……。コレは一度、山頂のポイントに行った方が良さそうだな。
そんな事を思っていると、幻夜さんが俺に質問は無いかと言った視線を向けてきたので俺は首を左右に振っておく。聞きたい事は、大体聞いたからな。
「質問はないようだね。では着替えをすませ、早速訓練を開始するとしよう」
「「「はい! よろしく御願いします」」」
俺達は椅子から立ち上がり、幻夜さん達に頭を下げた。
さぁて、気合い入れて頑張るぞ!
着替えをすませた俺達は、準備してきていた荷物を身に着けプレハブ小屋の前に整列した。着替え終えた俺達の格好は、動きやすいジャージと背中に先週使ったキャンプ用品が入ったバックパック。
部活の登山合宿です、と言っても通用しそうだな。
「準備出来たようだね」
「はい」
「ではダイスを振って目指すポイントを決めて……と言いたい所だけど、もうこの時間だからね。今日は山頂のポイントで野営をして貰おうと思う」
そう言って、幻夜さんは夕日で赤く染まる空を見ながら呟いた。
移動や説明なんかで時間を使ったので、何だかんだと言って既に18時20分近く。あと1時間もしないで日が落ちる事を思えば、初日はポイント間の移動を無くし野営警戒に集中した方が良いだろうな。
「ああそうそう、さっきの説明の時に言い忘れてたけど、山中では山火事対策で火気厳禁。つまり、焚き火はしたらダメだからね」
「あっ、はい。だから発熱パックが用意されてたんですね」
言われてみれば確かに、キャンプ場などの整備された場所でも無いかぎり、素人が下手に焚き火を行ったら山火事の危険は消えないからな。鎮火していると思っていた焚き火跡から、燃え残りが再発火して周りの木々に燃え移るとかさ。
前回のキャンプから帰って調べてみたら、日本で起こる山火事の大半は人為的ミスが原因だって書かれてたもんな。
「では、そろそろ訓練を始めるとしよう。3人とも、渡しておいた睡眠薬を飲んでくれ」
「「「……はい」」」
幻夜さんの服用指示に、後ろで控えていた室井さんが水の入った紙コップを俺達に差し出してくる。
俺達はピルケースから睡眠薬の錠剤を一つ取り出し、一瞬躊躇したあと口に放り込み水で胃に流し込んだ。即効性じゃないとは聞いているけど……どう効果が発揮されるのか予想も出来ず不安だな。
「飲んだみたいだね。薬の効果は、30分もすれば実感出来るようになるはずだよ」
「30分……ですか」
「頂上近くまで行けば、薬の効果が体感出来るようになっていると思うよ」
大したことは無いと言いたげな幻夜さんの言葉に、俺は一抹の不安が脳裏を過ぎった。今までの事を思えば、幻夜さん基準の大したことないだからな……心配しかない。
だが、既に薬を服用してしまった以上、どうしようもない。
「薬の効果が持続するのは、凡そ6時間。今が大体18時だから、0時・6時・12時・18時の1日4回の服用を忘れないように気を付けてくれ」
「はい」
一日4回も飲まないといけないのか……ちょっと面倒だな。
「では訓練スタートだ、君達の健闘を祈る。食事と休憩は、キチンと取るんだよ」
「「「はい」」」
こうして俺達の2泊3日の野営訓練が始まった。
小細工の正体は睡眠薬。
睡魔に襲われている時って、集中力が保てず作業が手につかなくなりますからね。




