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第242話 久しぶりの幻夜さん

お気に入り19850超、PV26540000超、ジャンル別日刊61位、応援ありがとうございます。







 週末に行われる幻夜さんの訓練に悶々とした不安を抱きつつ、返却されるテストの成績に一喜一憂しつつ一週間を過ごした。幸い、テストの方は部員全員が全教科平均点以上と言う結果を得られたので、成績不振として夏休み以降の探索者としての活動に制限を加えられる事はない。

 ……制限はないのだ。


「おはよう」

「おう、おはよう」

「とうとう、週末が来ちゃったな」

「ああ、きたな」


 教室に到着した俺は、既に登校して机に座っている裕二に軽口を交えつつ挨拶をする。

 ただし、俺と裕二の表情は何処か達観した色が浮かんでいた。


「……今日の放課後から行くんだよな?」

「ああ。前回と同様、家に迎えが来てくれるそうだ」

「と、言う事は……室井さんが来てくれるのか?」

「多分な」


 前回もだけど、本当にありがたい事だ。自力で幻夜さんの所に行こうと思えば、電車やバスを乗り継ぐので、それなりに時間が掛かるからな。

 だから、室井さんが送迎してくれたお陰で前回は平日の放課後でも訓練が出来たのだ。


「おはよう」

「「おはよう」」


 裕二と予定を確認していると、柊さんが登校し挨拶をしてきた。

 だが、その表情に俺達が浮かべていたような達観の色は浮かんでいない。


「柊さん、学校が終わったら直ぐに移動するつもりだけど大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。只、出来れば荷物を置きに一旦家によりたいわ」

「ええっと……」


 俺は柊さんの問いにつまり、裕二に視線を送る。

 すると裕二は、何でも無いように軽い口調で返事を返す。


「多分、大丈夫だよ。迎えの待ち合わせの時間は17時ぐらいだから、一旦家に帰る時間はあると思うよ」

「と、言う事らしいよ」

「教えてくれて、ありがとう。じゃぁ一旦家に戻った後、着替えと荷物を準備してから広瀬君の家に向かうわね」


 そう言って、柊さんは自分の席へと向かった。今日は6限授業で、大体15時半ぐらいに授業が終わるから……下校出来るのは16時位だな。持って行く荷物は用意してあるので、着替えと移動時間を考えても1時間あれば十分に余裕はある。

 流石に制服で、2泊3日のサバイバル訓練はしたくないしな。





 昼休み。何時ものように部室で弁当をつつきながら美佳達と話をしていると、美佳達は若干不満げな表情を浮かべ愚痴を漏らしだした。

 

「ホント、残念だよ。もう少しで後藤君達のグループから、赤点者を出せた所だったのに……」

「そうだね。赤点者が出てくれてたら、先生達も成績不振を理由に生活指導が出来たのに……」

「もう少し平均点が高ければ、赤点に出来たのに……」

「1点差で首の皮が繋がってだもんね……」


 話を聞くところによると、最後に返却されたテストで後藤グループから危うく赤点者が出るところだったらしい。赤点を取りかけた本人は勿論、後藤グループ全員が顔を引き攣らせていたそうだ。

 その赤点を取りかけた奴、あとでグループ全員に責められただろうな。


「テストを返されて悲鳴を上げかけた時は何事かと思ったけど、赤点ラインギリギリの点数を取ったって知った時は内心喜んだのに……」

「赤点ラインを教えられた時、心からの安堵の息を漏らしてたよね。残念だけど」


 全員揃って、あと一歩だったのに残念と言った表情を浮かべていた。赤点を取りかけているのを喜ばれるって、どんだけ恨みを買っているんだか。

 俺達も、立ち振る舞いには気を付けないといけないな。


「そう言えば、お兄ちゃん達ってさ。今日からだっけ?」

「ん? ああ」


 美佳は息を吐き出した後、場の澱んだ雰囲気を変えようと俺達の話題を話しに上げる。 


「泊まり掛けで訓練って、どんな訓練をするの?」

「さぁ? 詳細は俺達も聞いていないから、訓練内容は分からないよ。ただ、重蔵さんから漏れ聞く話からすると、野営中の警戒訓練だな。たぶん」

「警戒訓練?」


 先週行ったキャンプを報告した時に裕二が言われたという、襲撃、警備、休息の3役に分けて行うべきだったという事を考慮すると、幻夜さんが行う訓練は休息中に敵に襲われた際の対処訓練だろうと考えられる。

 ただし前回の訓練を思えば、普通の訓練とは行かないだろうな……。


「野営……俺達がキャンプしているところを襲うから、どうやって襲撃者に対処するかを見るって訓練だよ。たぶんな」

「つまり……寝込みを襲われるって事?」

「……聞こえが悪いが、まぁそうだな」


 俺は美佳の問い掛けに、顔が引き攣る。寝込みを襲うって……ほら見て見ろ。さっきまで素知らぬ顔で話を聞いていた柊さんの表情が、美佳の話を聞いて若干引き攣ってるぞ。

 頭を掻きながら俺は、美佳に話し掛ける。


「ダンジョンの深い階層まで潜るって事は、必然的にダンジョン内で寝泊まりする必要が出てくるからな。休憩中、モンスターの襲撃を受けた場合の対処訓練はやっておかないと不味い。流石に、何日も睡眠しなくて良いって訳にもいかないからな」

「……うん、そうだね」


 俺の説明に、美佳を始め後輩組は神妙な表情を浮かべつつ納得した。特に、美佳や沙織ちゃんにとっては探索者を続けていれば何れ関係してくる話だ。

 とは言え、今の美佳達に幻夜さんの訓練は過剰だろうけどな。 


「そんなわけで、日曜まで俺達は訓練に行ってくるから」

「……頑張ってね」

「ああ」


 その後も色々話をしていると昼休み終了を知らせる予鈴が鳴ったので、俺達は美佳達と別れ教室に戻っていた。






 HRも終わり、放課後を迎えた。クラスメート達は部活や帰路へと、思い思いの場所へと散っていく。

 無論、俺達も。


「じゃぁ、一旦荷物を置きに家に帰るよ」

「ああ。待ち合わせの時間を忘れないようにな」

「17時よね? 分かってるわ、用意が出来たら出来るだけ早く広瀬君の家に向かうわ」

「それで頼むよ。17時待ち合わせとは言え、少し前には迎えが来るだろうからね」

 

 俺達は校門の前で待ち合わせ時間を確認した後、それぞれの家へと向かって移動を始めた。HRが少し長引き、既に16時間近なので急がないとな。

 俺は小走り気味……と言っても、自転車並の速度なんだけどな……で家に向かう。


「ただいま」


 結果、ものの十数分で家に到着した。俺は急いで部屋に入り着替えをすませ、荷物を持ってリビングへ降りる。

 すると、リビングではコーヒーを飲みながらTVを見ている母さんがいた。


「ん? あら、もう行くの大樹?」

「うん。待ち合わせの時間が近いからね。じゃぁ、帰ってくるのは日曜日になるから」

「怪我がないように気を付けるのよ?」


 それは俺じゃなく、幻夜さんに言って欲しいな。


「ああ、うん。気を付けるよ。

行ってきます」


 俺は母さんに挨拶をすませた後、荷物を持って裕二の家へと急ぐ。既に16時半を回っているので、急がないと。

 そして小走りで走る事十数分後、俺は裕二の家の近くまで来た。


「ん? あの車は……」


 裕二の家の前に、一台の白いワンボックスカーが、止まっているのを見付ける。その止められている車には、見覚えがあった。あれは、室井さんの車だな。 

 念の為に時計を確認してみると、時間は16時45分だった。


「もう来てたんだ」


 約束の15分前だが車内に誰もいないところを見ると、もっと前に到着していたのだろう。

 室井さんの姿が見えないのは、挨拶にでも行っているのかな?


「俺も急がないと」


 俺は扉脇のインターホンを鳴らし、許可を貰ってから門を潜り道場へと向かう。

 すると道場の中では重蔵さんと室井さん、出かける準備を整えた裕二がお茶を飲みながら雑談をしていた。


「遅くなりました!」

「ん? おお、九重の坊主か。準備は出来ておるようじゃな」


 道場に入ってきた俺の姿を一瞥し、重蔵さんが声を掛けてくる。


「お久しぶりです、九重君」

「お久しぶりです、室井さん。今日は迎えに来て下さって、ありがとうございます」

 

 室井さんが軽く会釈をしながら挨拶をしてきたので、俺も合わせるように軽く会釈をしながらお礼の言葉と共に挨拶をする。


「いいえ、お気になさらず」


 室井さんは穏やかな笑みを浮かべながら、俺に気にするなと返事を返してくる。

 前も思ったけど、いくら幻夜さんに言われた事だとは言え、俺達のような子供を送迎するという使いっ走りのような事をさせられているのに、表立って一切の不平不満を感じさせないこの佇まい……出来た大人の余裕って奴だな。

 

「思ったより早かったな」

「着替えて荷物を持ってくるだけだからな。大して時間は掛からないよ」


 挨拶をすませ開いていた裕二の隣に座ると、重蔵さんと室井さんの話を黙って聞いていたらしい裕二が話し掛けてきた。

 

「柊さんは?」

「まだだな。時間的には、多分もうすぐ来るんじゃないか?」


 道場の壁に掛けられた時計を見てみると、50分を過ぎている。となると、柊さんももうすぐ来るだろう。

 そんな事を考えていると、道場の入り口から声が聞こえてきた。


「遅くなりました、柊です」

「噂をすれば、なんとやらだな」

「だな」

 

 少しすると、柊さんが道場に上がってきた。 


「あっ、お久しぶりです室井さん」

「お久しぶりです、柊さん。お元気そうで何よりで」


 室井さんと柊さんが軽く挨拶を交わした後、俺と裕二は荷物を持って立ち上がる。


「室井さん、皆揃った事だし行きましょう」

「あっ、うん。そうだね。それじゃぁ広瀬さん、お弟子さん達お預かりしますね」

「うむ。よろしく頼むよ、室井君。幻夜の奴に、よろしくの」

「はい」


 室井さんは重蔵さんに挨拶をすませると、俺達を連れ道場を後にした。

 そして裕二の家を後にした俺達は、荷物を室井さんの車のトランクに入れ車に乗る。


「よろしく御願いします、室井さん」


 荷物をトランクにいれている間に電話を掛けていた室井さんに、俺は声を掛ける。


「うん。じゃぁ皆、出発するからシートベルトを締めてくれ」

「「「はい」」」

 

 全員がベルトを締めた事を確認し、室井さんの車は出発する。






 室井さんの車に乗って走る事、30分ほど。前回の訓練でお世話になった、幻夜さん所有の山に到着した。

 それなりに期間が空いているせいか、散々走り回り見慣れた山なのに懐かしい感じがする。


「はい、到着です。荷物を下ろして、建物の方に移動して下さい。出発前に電話を入れておいたので、お待ちになっている筈ですよ」

「あっ、分かりました。送って下さって、ありがとうございます」


 車を駐車スペースに移動させ始めた室井さんにお礼を述べた後、勝手知ったるなんとやら、俺達はプレハブの方へ移動する。

 入る前に裕二が軽くプレハブ小屋の扉をノックすると、男性の声で返事が返ってきた。


「失礼します」

「おお、良く来たな皆」


 プレハブ小屋の中には、幻夜さんの他に数人がいた。名前までは分からないが、前回の訓練でもお世話になった事がある人達だ。と言う事は、今回もこの人達が俺達の訓練を手伝ってくれるのだろうか。


「あっ、ハイ。お久しぶりです、幻夜さん。急な御願いを聞いて頂き、ありがとうございます」

「「ありがとうございます」」


 裕二が頭を下げながら、今回の訓練についてお礼の言葉を口にしたので、俺と柊さんも合わせるように頭を下げながらお礼の言葉を告げた。

 

「いやいや、気にしないでくれ。君達には返しきれないほどの恩があるからね。余程の無茶でもなければ、何時でも協力するよ」

「あっ、えっ、その……ありがとうございま、す?」


 前回の訓練の事もそうだが、凛々華さんの怪我の件で上級回復薬を譲った事は俺達が思っている以上に、藤木家の人達には大恩になっているらしい。

 譲った俺達が申し訳ないと思うほどに。 


「それより先ず、お茶の一杯でも飲みなさい。訓練を始める前に、色々と事前に説明をしておく事もあるからね」

「あっ、はい。ありがとうございます」


 俺達は幻夜さんに促されるまま空いている席に座り、煎れて貰ったお茶を貰う。

 そして幻夜さんによって、今回の訓練内容が説明される。


「さて、訓練内容についての説明を始めようか?」

「よろしく御願いします」

「今回の訓練では、君達の野営中の警戒感を鍛える事が目的だ。人間、食事時や睡眠中等の気が抜けている時に襲撃を受けると脆いからね。今回の訓練を通し、集中力や注意力が散漫となる時に襲撃を受けても、最低限対応出来る力を身に付けて貰う。ここまでは良いかな?」

「「「はい」」」


 幻夜さんの問いに、俺達は頷きながら答える。


「したがって今回の訓練は、君達に山中で野営をして貰い我々が不定期に襲い掛かると言う物だ」

「「「……」」」

 

 幻夜さんの説明を聞き、想像していた訓練内容だったのでやっぱりかと思った。

 だが……。


「しかしながら、この訓練には一つ問題がある」

「問題、ですか?」

「ああ。この手の訓練をする場合、普通は事前に他の訓練で対象者を疲労困憊にさせておく必要があるんだ。何故なら体力や集中力、注意力が万全の状態でうけても効果が薄いからね」

「は、はぁ……」

「よって、今回の訓練では君達に少々小細工を施させて貰う」

 

 そう言って幻夜さんは、プレハブの中に居る人に何かを持ってくるように指示を出す。その際、プレハブ小屋の中に居る幻夜さん以外の人が俺達に気の毒そうな眼差しを向けてきたのが妙に気になった。

 ……ねぇ? 俺達、一体何をされるの?
















幻夜さんの訓練スタートです。はてさて、どうなることやら……。

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[一言] どんなに嫌いな相手にだって相手の不幸を願うような真似しちゃあ駄目だろ
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