第240話 キャンプ終了
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朝食を食べ終えた後、俺達は荷物をまとめ撤収準備を始めた。
「裕二、使った竈ってどうやって後始末すればいいんだ?」
「薪が白く燃え尽きるまで待って、跡に残った灰を灰捨て場に持って行って処分するんだ」
「竈本体はどうするの? そのまま残すのは、当然駄目よね?」
「灰を処分した後、竈の跡に土を被せればOKだよ。使った石も纏めておいておけば、次の利用者へファイヤースポットを教える標になるから」
裕二の説明を聞き、俺は竈の中を覗く。若干燃え残っている薪があるので、竈の後片付けは燃え尽きるまで放置だな。先に、他の物を片付けよう。
まずは、空間収納から出した調理器具類からだな。目隠しのテントがあるうち、仕舞ってしまおう。
「裕二、柊さん。昨日出した調理器具類を持ってきてよ、先に片付けちゃうからさ」
「おう、洗い終わったヤツから持ってくな」
「個人で使った食器類は、今のうちに小分けしておいた方が良いわよね?」
「うん。その方が後で取り出す時に分けるのが簡単だね。それでお願い」
俺はテントの中で使わなかった調理器具類を収納しはじめ、柊さんが“洗浄”した鍋類や食器を裕二が運んでくるので順次収納していく。元々あまり数を出していないので、収納作業はすぐに終わったけどな。
「テントは夜露で表面が濡れてるから、タオルで拭いて暫く日に当てて乾燥させておいてくれ。あまり濡れたまま畳むと、次使うとき大変だからさ」
「短時間じゃ、完全には乾かないと思うけど良いのか?」
「ああ、少し湿気ている程度なら片付けても良いよ。帰ってから、仕舞う前に干すからさ」
「了解」
俺はタオルでテントの表面を拭いていく。凡その水滴は拭き取れたのだが、テントの生地自体が水を吸っているらしく、完全に乾かすには暫く太陽に当てて日干しするしかないな。
そして俺は、テントが太陽の日差しに当たっているのを確認した後、竈の中の燃え具合を確認する。
「良し、燃え尽きてるな。裕二、確認してくれないか?」
薪は全て白く燃え尽きているが、いくつか形が残っているので裕二に最終確認を頼む。裕二は竈の中を覗き込み、形が残った薪を靴先で軽くつつく。
すると薪は形を崩し、灰が少し舞い上がった。
「大丈夫だ。灰を捨てて、竈を片付けよう」
「おう」
灰を集め袋にまとめ灰捨て場の場所を知っている裕二が捨てに行き、俺と柊さんはその間に竈跡に砂をかぶせ石を片付けていく。
そして裕二が灰を捨てて戻ってくる頃には、竈の痕跡は分からなくなっていた。
「竈の片付けはOKだな。最後はテントの片付けだけど……どうだ大樹? 乾いてるか?」
「まだ、ちょっと湿気てる。とはいえ、拭いた直後よりは大分マシにはなっているけどな。柊さんの方はどう? 乾いてる」
「私のテントも、まだ少し湿気てるわね。広瀬君、もうテント畳んじゃう?」
「……完全に乾くのを待っていたら時間が掛かり過ぎるだろうから、もう畳んじゃおう。完全に乾かすのは、帰ってからかな」
若干残念気な表情を浮かべた裕二のGOサインをもらったので、俺と柊さんは建てた時の逆の手順でテントを畳んでいく。湿気ているので若干畳みにくいが、ものの5分ほどでテントを畳み終えた。
うん。テントの扱いも、だいぶ慣れたな。
「良し、片付け終了だな」
俺達の目の前には、全てのモノが片付けられ元の姿に戻ったテントサイトがあった。
因みに、現在時刻午前7時の少し前だ。皆、起きるのが朝早かったからな……。
テントサイトの片付けを終えた俺達は、小嵐さんのログハウスへと向かって移動していた。
「なぁ、裕二? 大丈夫か?」
「ん? 大丈夫って、何がだ?」
俺が少し不安げな表情を浮かべ尋ねると、裕二は俺が何を心配しているのか見当もつかないといった表情を浮かべ首を傾げた。
「何がって……まだ7時を少し回ったくらいだぞ? こんな朝早くから訪ねて行ったら、小嵐さんも対応に困るだろ?」
「ああ、その事を心配していたのか……大丈夫だよ」
「大丈夫って……」
「さっき灰を捨てに行った時に小嵐さんと会ったから、イノシシを取りに行くって伝えておいた」
……聞いてないぞ、そんな話。と言うか、話が通っているのならいると先に教えておいてくれよ。ほら、見てみろ。柊さんも胸をなでおろしながら、小さく安堵の息を漏らしているじゃないか。
何事も、報連相は大事だぞ!
「それを先に言ってくれよ」
「悪い悪い、もう伝えたと思い込んでたわ」
少し不満げな表情を浮かべ文句を言うと、裕二は顔の前に右手を掲げながら謝罪の言葉を口にした。……別に怒っている訳じゃないけどさ、軽くないか?
若干雰囲気が悪くなったが、ログハウスの脇で薪割作業をしていた小嵐さんの姿を目にすると直ぐに霧散した。
「小嵐さん!」
「ん? おお、広瀬の。もう、帰り支度は終わったのか?」
「はい。ですので、先ほど伝えておいたようにイノシシを取りに来ました」
「おお、そうかそうか。しかし、悪いな。もうちょっとで薪割りが終わるから、少し待っていてくれ」
そう言って、小嵐さんは脇に置いてある数個残った丸太に視線を送った。
すると裕二はチラリと俺と柊さんに視線を送った後、小嵐さんに声をかける。
「じゃぁ、俺達も薪割りを手伝いますよ」
「ん? 良いのか?」
「はい。残り数個なら、皆でやった方が早く終わりますしね。なっ、良いだろ?」
裕二は俺達の方を振り返りながら、薪割り手伝うよな?と言った視線を送ってくる。
一瞬、いきなりの提案に戸惑いはしたが、別に嫌がる事でもないので頷きながら了承の返事を返す。
「別に良いけど俺、薪割りなんかした事ないぞ?」
「私もした事ないわ……」
「簡単だから、俺がやり方を教えるよ」
「じゃあ、やってみるか……」
俺達が裕二の提案に賛成したことを察し、小嵐さんはログハウスの脇にある物置を指さす。
「手伝ってくれるのなら、あそこの物置に予備の斧が置いてあるからそれを使ってくれ」
「はい、分かりました」
裕二は小嵐さんが指さした物置へ行き、小嵐さんが使っているものと同じ大きさの斧を持ってきた。
「怪我をしないように頼むな。無理そうなら、薪はそのまま置いておいてくれ」
「はい」
小嵐さんは裕二に作業場の注意をした後、再び薪割り作業に戻った。
「じゃぁまずは俺が手本を見せるから、二人はよく見ておいてくれ」
そう言うと裕二は丸太を一つ手に取り、地面に真っ直ぐ立つように設置し斧を構える。
「薪割りは、無理に一発で割る必要はない。最初は軽く叩いて、斧の刃を丸太に食い込ませるんだ」
裕二は軽く斧を持ち上げ、斧の自重を使うようにして丸太目がけて振り下ろす。すると斧は丸太に食い込み、斧を持ち上げると丸太も一緒に持ち上がった。
「後は、このまま斧を軽く振り下ろしていけば……」
裕二が数回、丸太がついたまま斧を振り下ろすと、丸太は刃が入った所からキレイに2つに割れた。
おお、スゲェ……。ほとんど力を入れてないのに、簡単に割れたな。
「こんな感じで何回か繰り返して、ちょうどいい大きさまで割っていくんだ」
「へぇ……、俺がイメージしていた薪割と大分違うな。もっと斧を大きく振りかぶって、力いっぱい叩き付けるイメージだったよ」
「ああ、それは間違ったイメージだな。そのやり方だと斧が丸太を外れたり、割れた薪が弾け飛んで危険なんだよ」
言われてみれば、確かにそうだなと裕二の説明に納得した。
「じゃあ二人とも、今俺がしたみたいにして薪を割ってみてくれ。何事も経験だ」
「そうだな。じゃあ、やってみるか」
俺は裕二から斧を受け取り、立て直した半分に割れた丸太目がけて斧を振り下ろした。
薪割りを終えた後、俺達は小嵐さんと一緒に昨日イノシシを解体した解体小屋に移動した。昨日から冷却しているイノシシ肉の皮剥ぎと、調理しやすい大きさへの分割作業をするためだ。
「良し、肉の冷却は大丈夫だな。じゃぁまずは、皮を剥いでいくぞ」
「「「はい」」」
「まずは足首に切り込みを入れて、皮を剥がしていくんだ。後はそのまま皮を剥がしていき、首回りまで剥がし終えたら皮がついたまま頭を切り落とす。まずは、そこまでやってみろ」
俺は小嵐さんに手渡された皮剥ぎナイフを持ち、目を軽く閉じ軽く深呼吸をし心を落ち着かせる。
そして……。
「……イキます」
足首に皮剥ぎナイフを入れ、イノシシの皮剥ぎ作業を始めた。
そして、小嵐さんの指導を受けつつ作業を進め1時間半後……。
「良し、終了だ。初めてのイノシシ解体にしては、上出来だ」
解体作業を終えた俺達は、小嵐さんの賛辞を受けつつ大きく息を吐きだした。
俺達の前には、調理パックで小分けされたイノシシ肉が山のように積み重なっていた。
「結構、いっぱい肉が取れましたね……」
「元のイノシシが、だいぶ大きかったからな。だがまぁ……大物な分、肉質は小さいやつに比べれば固いだろうな」
小嵐さんが少し残念気な雰囲気で漏らした言葉に、俺は首を小さく傾げながら質問をする。
「イノシシは大きいと、肉質が固いんですか?」
「肉質で言うと、60㎏前後の奴が柔らかくて旨いんだよ。80㎏を超えてくると、だんだん肉質は固くなっていくな」
「「「へぇ……」」」
俺達は思わず、小嵐さんの話に感嘆の声を漏らす。こんな肉質の違いの話など、経験者に聞いてみないと分からないことだからな。
スーパーで肉を買うとき、銘柄や産地は気にするが、個体の重量を気にするという奴はまずいない。むろん、料理人などのプロは別だけどな。
「だから俺としては、この肉を使って料理を作るのなら煮込み系の料理をおすすめする」
「……分かりました、参考にさせてもらいます」
焼き物か炒め物にしようと思っていたが、小嵐さんがこう言ってすすめている以上、煮込み料理を作る方が無難だろうな。煮込み料理か……イノシシカレーとか?
そして、俺達が肉の塊を眺めながらどう料理するか考えていると、小嵐さんが口元を少し吊り上げ意地の悪そうな笑みを浮かべながらとある提案をしてきた。
「それにしても、初めてにしては随分出来たもんだ。どうだ、お前ら? また解体やってみるか?」
「あっ、いえ、その……」
「暫くはいいかな……と」
「機会があったら考えます」
俺と柊さんは視線をずらしながら言葉を濁し、裕二はにこやかな笑みを浮かべながら社交辞令的発言でお断りした。正直言って、暫く解体作業は遠慮したい。
そんな俺達の反応に、小嵐さんは苦笑を漏らしていた。
「じゃぁ約束通り、いくらか肉を貰うな」
「はい、どうぞ。流石にこれだけの肉、俺達だけじゃ処理出来ませんからね」
俺達はカバンにイノシシ肉を入るだけ保冷剤とともに入れ、入りきれなかった分は小嵐さんに譲り渡した。小嵐さん曰く、ログハウスには大型の冷凍保管庫があるらしいので、譲った大量の肉の保管に問題はないとのことだ。
骨や皮も使い道があるからと引き取って貰えたが、一体何になるのやら……。
小嵐さんにお礼と別れを告げ、俺達はキャンプ場を後にし山道を下山していた。
「……そろそろ良いかな?」
「……良いんじゃないか? 特に人の気配も感じないしな。どう、柊さん」
「私も感じないわね。とりあえず、見える範囲に人はいないと思うわ」
「じゃあ今の内に、お肉は仕舞っておこう。保冷剤があるとはいえ、夏に生肉をカバンに入れて運ぶのは拙いと思うしね」
周辺状況の確認を終えた俺達は山道を少し外れ、背高く伸びた茂みの中でカバンからイノシシ肉を取り出し、手早く俺の“空間収納”に仕舞った。若干保冷剤が溶けているような感触があったので、保冷バッグでもないカバンに夏の炎天下は厳しかったようだ。
「良し、これで大丈夫だな」
「保冷剤が解け始めてたから、危なかったな」
「せっかく苦労して解体したのに、駄目にしちゃったら勿体無いものね」
イノシシ肉がなくなり軽くなったカバンを背負いなおし、俺達は再び山道を下り始めた。
暫く歩き続けると山道も終わり、駅まで続く道に出たので時計を確認してみると、電車が到着する時間にはまだまだ時間がある。
「なぁ、裕二? 随分早く下山したけどさ、電車が来るまであの寂れた駅で待つのか?」
「うーん、その事なんだけどな? 別に待つのなら待つでいいんだけど、ちょっと寄り道をしないか?」
「寄り道? どこに?」
裕二は駅に向かう道の反対側を指さし、寄り道先を告げる。
「温泉。ここから2駅分ほど離れた沿線沿いにあるんだけど、この時間でも立ち寄り湯が可能なんだよ。昨日は風呂に入れなかったから、皆で行ってみないか……」
「行きましょう!」
裕二の説明を途中で遮り、右手を挙げながら柊さんが温泉行に賛成の声を上げた。
「ええ、行きましょう。是非行きましょう、今すぐ行きましょう!」
「ええっと……柊さん?」
「まさか二人とも、嫌とは言わないわよね?」
妙な威圧感を発しながら否と言わせない雰囲気を隠そうともしない柊さんの姿に、俺と裕二は口元を引きつらせながら無言で唯々諾々と頷く事しか出来なかった。
「決まりね! じゃぁ広瀬君、さっそく温泉まで案内して。走っていけば、すぐに着くわよね?」
「ああ、うん。車で10分位のところだから、俺達なら走ればすぐだと思うよ……」
「近くじゃない! ほら、早く行くわよ!」
こうして、柊さんに追い立てられるように俺と裕二は温泉に向かって走り始めた。因みに裕二が案内してくれた温泉は、ぬる湯のアルカリ泉で中々気持ち良かったと言っておく。
こうして急遽開催されたキャンプは、貴重な教訓と沢山のお土産を得て終わりを迎えた。
とりえず、キャンプ終了ですね。ここで得た経験が、後の訓練で生きれば良いのですが。




