第238話 お土産が出来たな……
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俺の喚び声を聞き合流した裕二と柊さんが、呆れた様な眼差しを俺に向けてくる。いや、大きな溜息のオマケ付きか。
まぁ、2人がそんな反応を示した理由は分かっているんだけどさ。
「なぁ、大樹? 一応確認しておくんだが……それは何だ?」
「……」
頭痛そうにコメカミを押さえながら苦々し気な口調で尋ねてくる裕二の横で、呆れた表情を隠しもしない柊さんが顔を上下に振って頷いていた。
なので、俺はそんな2人から視線を逸らしながら声小さげに返事を返す。
「何って……イノシシ、かな?」
「「……はぁ」」
そんな俺の答えに、裕二と柊さんは大きな溜息を吐く。
そして、その視線の先には手足を縛られたイノシシが転がっていた。
「なぁ、大樹? 俺達、山菜を採りに分かれたよな? なんで、イノシシなんか狩ってるんだよ……」
「いや……俺だって、好きで狩ったんじゃないからな? いわゆる、緊急事態に対する適切な対処って奴だ」
心底呆れた様子で非難めいた言葉を口にする裕二に、俺は仕方なかったんだと苦しい反論をした。だが、やはりこの反論は苦しすぎたらしい。
残念な物を見るような眼差しを浮かべた柊さんが、顔の前に上げた右手を左右に小さく振りながら口を開く。
「九重君、九重君。流石にその言い訳は、色々な意味で苦しいと思うわよ? 私達ならイノシシを狩らなくても、逃げる事ぐらい簡単だもの」
「いや、確かにそうなんだけど……ね?」
柊さんのもっともな意見から顔を逸らしつつ、俺はバツが悪い表情を浮かべる。
「ね?……って言われても困るわ。とりあえず、どう言う経緯でイノシシを狩ることになったのか教えて貰えないかしら? その辺の事情が分からないと、これ以上は何とも言えないもの」
「……分かった。じゃぁ簡単に説明するね。先ず始めに……」
俺は裕二と柊さんに、山菜採りが何時の間にかイノシシ狩りに変わった経緯を説明し始めた。
俺が5分程掛けて事情説明を終えると、裕二は何とも言えない困ったような表情を浮かべていた。
そして絞り出したような声で、イノシシ狩りに至った経緯に対する感想を口にする
「……成る程。つまり突然現れた大樹を目の当たりにして、イノシシの防衛本能が過剰反応を起こしたと言う事だろうな……」
「? それはどう言う事なの、広瀬君?」
「えっ? ああ、ええっと、つまりだな?」
裕二の説明によると、こうだ。俺を襲ったイノシシには、俺という強者と遭遇した瞬間、2つの選択肢が現れたのだろうと。すなわち、殺るか殺られるか。
俺は首を捻りながら、3つめの選択肢として逃げるというものはないのかと裕二に尋ねると、裕二は首を横に振った。裕二曰く、恐らくイノシシは本能的に、俺が逃げ切れる相手ではないと悟ったのだろうと。
「いや、悟ったのだろうって……俺、最初っから逃げ腰でイノシシの突撃攻撃を躱し続けていたんだぞ?」
「それはあくまでも、大樹視点での話だ。イノシシからしたら、何時でも殺せるのに延々と嬲り続けられているように感じたかもしれない。それに最初に言っただろ? 防衛本能が過剰反応を起こしてるって」
「つまり、殺られる前に殺れって事か……」
「ああ、要するにだ。恐怖で思考が追い詰められ視野狭窄になった結果、目の前の敵を倒すという事以外の考えが浮かんでこなかったんだろうってことさ。特に、そのイノシシの体格からするとそいつ、恐らくこの辺りの野生動物の中ではヌシ的なやつだったんじゃないか?」
俺は裕二の視線に釣られ、自分の後ろに転がっているイノシシに視線を送る。
体長150cm程、ぱっと見で楽に100kgを超えているだろう巨体……うん。ヌシだろうと言われたら、否定出来ない大きさだな。
「もっと小さな個体だったら、成功の可否に関係なく即座に逃げたかもしれないけど、そいつクラスの大きさだったら、突撃が当たればもしかしたらワンチャンあるかも?と考えたかもしれないな」
「そんな考えが巡るのなら、そのまま逃げるを選択してくれたら苦労もなかったんだけどな……」
俺は若干恨みがましい眼差しを、後ろのイノシシに向けた。突撃を避けた時点で走り去ってくれたら、後を追う気はなかったのに……。
一瞬、シンミリとした空気が俺と裕二の間に漂ったが、柊さんが柏手を打った事でシンミリとした空気は打ち消えた。
「はいはい、2人ともそこまで。とりあえず狩っちゃった物は仕方ないから、それを如何するか決めましょう?」
「如何するって……そうだね。どうしよう?」
「食べる……にしても色々下処理をしないといけないからな。今日の晩飯で、って訳にもいかないだろうな」
柊さんの発言を皮切りに、俺達の視線が地面に転がるイノシシに集中する。
その際、俺は裕二の言った言葉に疑問を覚えた。
「なぁ、裕二? このイノシシ、晩飯に使えないのか? 解体すれば、食べられるんじゃ……?」
「食えない事もないだろうが、獣臭くてたぶん不味いぞ? こういった物は血抜きなんかの下処理をした後、数日熟成させた方が美味いんだよ」
「へぇー」
「ダンジョンでドロップするモンスター肉は何故か、その辺の下処理をしなくても美味しく食えるけど、本来野生動物の肉は適切な処理をしないと食えないんだよ」
俺が抱いた疑問は、ある意味ダンジョン慣れした事による弊害だったらしい。確かに言われてみれば、裕二の言う通りである。
しかし、碌な下処理をしなくて即食べられる肉がブロック状でドロップするって……。
「で、結局どうすれば良いのよ? 解体しても晩御飯に使えないんじゃ、テントに持って帰っても意味ないじゃない……」
「そうだね。多少怪我はしてるだろうけど、仕留めてはいないから……リリースかな?」
すぐには食べられないと聞き、食材としての興味を失いはじめた俺と柊さんは、転がるイノシシをリリースしようと考えはじめていると、慌てて裕二が止めにはいる。
「待て待て、それはやめろ! 手負いの野生動物を、むやみに解放するな! 人間に恨みを覚えていたら、人間を襲ったりすることだってあるんだぞ!」
「「……あっ!?」」
「特にこんな大物、下手をすれば死人が出る」
裕二にリリースする問題点をキツく指摘され、俺と柊さんはバツが悪い表情を浮かべ視線を逸らした。いらないからと言って、リリースすればそれで済む話じゃなかったな。
そんな俺達の反応に、裕二は大きく溜息を吐きながら顔を手で押さえた。そして数秒を考えを巡らせた後、とある提案を口にする。
「……小嵐さんに引き取って貰うか」
「小嵐さんに?」
「ああ。あの人、狩猟免許を持っているから偶に自分で罠を仕掛けて、野生動物を獲るんだよ。ココのキャンプ場だって、野生動物に荒らされたりしないように維持しないといけないからな。解体小屋もあるから、頼めばうまく処理してくれると思う」
裕二の提案を受けた俺と柊さんは顔を見合わせた後、軽く頷き合ってから返事をする。
「賛成。リリース出来ない以上、何とかしないといけないしな」
「それに下処理をするにも、私達イノシシを解体した経験なんて無いものね。経験がある人がしてくれた方が、お肉も美味く出来るってものだものね」
あくまでも、イノシシの解体を頼むだけで面倒事を押しつけているのではないのだ……たぶん。
「そうと決まれば、コイツが起きる前に運ぶか。大樹、縛るのを手伝ってくれ」
「なぁ、裕二? キャンプ場の方に運ぶのなら、コイツしめなくて良いのか? 途中で目を覚ましたら、暴れると思うぞ?」
早速イノシシを運ぼうと近寄る裕二に、俺は疑問を投げ掛ける。利用者が少ないとは言え、人が居るキャンプ場に生きたままイノシシを運ぶのはいかがなものかと。
すると裕二は、小さく顔を左右に振った。
「血抜きをするには、心臓が動いていないと出来ないんだよ」
「なる程、確かにポンプが動いていないと血は抜けないか」
「その通りだ。ただし檻とかが無い以上、運ぶ時は細心の注意を払っておかないとな」
生かしたまま持って行く理由に納得した俺は、裕二の指示に従いイノシシの手足を持ってきていた紐で縛り上げていく。そこそこ太めの紐だが、イノシシを縛るには若干心許ない気もするな。
そして出来る限り厳重に縛り上げた後、俺と裕二で拾った丸太を縛った足の間に通し持ち上げた。
「よし、特に問題ないな。柊さん、悪いけど先にキャンプ場に行って小嵐さんに話を通しておいてくれないかな?」
「良いわよ。でも、何て伝えれば良いかしら?」
「普通に、襲ってきたイノシシを捕まえたから解体して貰えないか……って感じで大丈夫だと思うよ……多分」
「そう……とりあえず、そう伝えてみるわね」
目の前で行われる2人の会話を耳にしながら、俺はふと思った。襲ってきたイノシシを捕まえたから解体して欲しい、か。それって、普通のキャンプ客からは絶対出てこない台詞じゃないかな?
そんな事を思いながら、キャンプ場の方に向かって走って行く柊さんの後ろ姿を見送った。
俺達が運んだイノシシを見て、小嵐さんは唖然とした表情を浮かべながら大口を開けていた。
「……そいつが、お前等が捕まえたって言うイノシシか?」
「はい。山菜を探して山の中を歩き回っていたら襲ってきたので、捕まえました」
小嵐さんが信じられないものを見るような目で俺達を見てきたので、裕二が皆でイノシシを捕まえたと説明する。本当は俺一人で捕まえたんだけどな。
「現物が目の前にある以上、本当の事なんだろうが……はぁ」
小嵐さんは心底疲れたというような溜息を吐いた後、あらためて俺達の顔を見渡す。
「お前等が探索者をやっているとは説明されたが……凄いな。見たところ怪我もないし、ロクな武器も持たずにこんな大物を仕留めるなんて」
「イノシシの攻撃避け続けて、疲れたところをついただけですよ」
「そんな風に、何でも無いかのように言うところが凄いんだよ……」
小嵐さんは裕二の返事に苦笑を漏らした後、俺達をログハウスから少し離れた解体小屋の方に案内してくれた。解体小屋は然程大きくはない木造建築の平屋で、恐らく廃村の放棄建物を再利用したものだろう。
そしてイノシシを洗浄し小屋に入れると、小嵐さん指導のもと俺達の初イノシシ解体実習?が始まった。
「じゃぁ先ずは血を抜くから、鎖で後ろ足を縛って吊し鼻を括って暴れられないように固定してくれ」
「「「はい」」」
天井の梁から垂れ下がる鎖に俺と裕二が後ろ足を縛り付け吊るし、柊さんがイノシシの鼻先にワイヤーを掛け地面のアンカーボルトと固定する。
そして小嵐さんが固定具合を確認すると、いよいよイノシシの解体が始まった。
日が陰り始め、辺りが少し暗くなり始める。
内臓抜きと部位解体作業を終えた俺達は、肉を半日程冷却するという小嵐さんの指示を受け自分達のテントに戻った。解体作業を終え、テントに戻る道すがら俺と柊さんは終始無言だったけどな。
「「……」」
「おおい、大丈夫か2人とも?」
「あっ、うん。大丈夫だ」
「私も……大丈夫よ」
裕二の心配する声に、俺と柊さんは何処か心ここにあらずといった感じで返事を返す。
イノシシの解体作業は中々に衝撃的だった。大量に流れ出る血などは既にモンスターとの戦闘で見慣れたものなのだが、実際にナイフ等を使い解体し肉を取り分けるというのは不思議な感覚を覚え何とも言えない感情が湧いて出てくる。
「とりあえず、コレでも飲んで落ち着けよ」
そう言って裕二は、俺と柊さんに竈を使って湧かしたお湯でいれたココアを差し出してきた。
「「……ふぅ」」
無言で受け取った俺と柊さんはココアを1口飲み、胸に溜まった諸々を溜息と共に吐き出した。
「……落ち着いたか?」
「ああ。ありがとう、裕二」
「ありがとう、広瀬君」
人心地が付き落ち着きを取り戻したところで俺と柊さんは裕二にお礼を言い、コレからの事について話をする。
「イノシシ肉は明日引き取りに行くとして、今日の晩ご飯は予定通り街で買ってきたものを使おう。集めた山菜も、ついでに調理してな」
「山菜……そう言えば悪い。イノシシ狩りのせいで山菜は集められなかった」
俺は頭を下げ、山菜収穫0だった件を二人に謝る。襲われる前に持っていた山菜は、逃げる時に邪魔だったから捨てちゃったからな。
「気にするな。食料自体は持ってきているから、取れれば良いかぐらいの事だったからな」
「私と広瀬君が集めた物だけでも十分な量があるから、気にしなくて良いわ。寧ろ、取り過ぎたぐらいだし……」
「ありがとう」
二人が集めた山菜は袋1杯分……ココで全部食べるのは無理だよな、残った物はお土産にしよう。
それにしてもイノシシ肉と山菜か……これは鍋を作れといってるのかな?
「よし、暗くなる前に晩飯を作ってしまおう。手元が見えなくなると、危ないからな」
「賛成。と言っても、殆どレトルトだから温めるだけなんだけどね」
「失敗無く、美味しいご飯が食べられるんなら良いじゃない」
俺達は小さく笑い声を上げた後、晩飯の準備を始めた。
イノシシ肉は下処理に時間がかかるので、お土産行きです。下手な処理をして臭みが残るより、お土産にした方が良いですよね?




