第237話 山の中で遭遇す
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この山は近頃雨が降っていなかったらしく、乾いた枝木が多く落ちており簡単に薪を拾い集められる。表面が濡れた木は火が付きにくいので、薪にはあまり適さないらしいからな。
そしてしばらく薪を探し山の中を歩いていると、柊さんが裕二に疑問を投げかけた。
「ねぇ、広瀬君? 今回のキャンプって、どれくらい役に立つものなの?」
「えっ?」
「えっ、て……。今回のキャンプって、今度幻夜さんのところでやる訓練の事前演習みたいなものなのよね? でも、その割にはだいぶ……と言うか、かなり生温くないかしら?」
俺は薪を拾う手を止め、柊さんと裕二の話に耳を傾ける。
すると裕二は困ったような表情を浮かべながら、後頭部を手で掻きつつ柊さんの質問に返事を返した。
「どれくらい役に立つのかと聞かれると答えづらいんだけど……心積もりの役には立つ、かな?」
「心積もり、ね……」
裕二の返事に、柊さんは眉をひそめながら不満げな表情を浮かべていた。まぁ、そういう反応も無理ないか。前日に突然キャンプに行くと告げられ大慌てで準備をし、いざ来てみたらあまり役に立たないと言われたら、不満の一つも零したくなる。
俺だって裕二に向かって、ジト目を向けているのだから。
「折角だから言っておくけど今回のキャンプの目的は、幻夜さんの訓練をやる前に野外で寝泊まりする雰囲気を経験してもらう……って奴だからね」
「「……」」
「二人ともあまり、野外活動経験が無いみたいだからな。そんな状態で、いきなり幻夜さんの訓練に放り込んだら……まぁロクな結果にはならないだろうからさ」
「「……」」
裕二の説明を聞き、俺と柊さんは互いの顔を見合わせ直ぐに目線を逸らした。確かに裕二の言うように、俺も柊さんもキャンプなどの野外活動経験は学校行事でやった事がある程度と心許ないからな。いきなり幻夜さんの訓練に放り込むより、雰囲気だけでも味わわせてから……という気遣いなのだろう。
と言うか、重蔵さんや裕二がそんな気遣いをする訓練って……。
「いきなり厳しい訓練を受けるより、簡単にとはいえ事前に似た経験をしておけば少しは善戦できるってもんだからさ」
「……善戦、ね」
「言っておくけど、今回のキャンプは装備面で言うとあまりは参考にならないからね? テントや椅子と言った、いわゆる余分な装備品を今回は色々と持ってきているんだからさ」
「えっ? テントも余分な装備品になるの?」
裕二の言葉に、柊さんは少し意外そうな声を上げる。
「ダンジョン内で寝泊まりをするって事を前提にして考えると、テントや寝袋はいらないよ。ダンジョン内は基本安定した温度で雨なんかも降っていないからテントはいらないし、袋の中に入って包まる形式の寝袋だと敵襲があったときに反応が遅れるからさ」
「言われてみれば、確かにそうね……」
「まぁ俺達の場合、大樹のアレがあるからそこまで荷物を削る必要は無いけどね」
無言のまま、裕二と柊さんの視線が俺に向く。
はいはい、分かってますよ。いつも通り、俺は荷物持ちってことですよね。
それなりの量の薪を集め終えた俺達は、いったんキャンプ場に戻る事にした。
「良し。一先ず、これだけあれば一晩は持つだろう」
幹の太さが違う薪束が3つ、およそ30kgと言ったところだろうか?
キャンプ素人の俺にはこの薪の量が多いか少ないか判別できないが、経験豊富な裕二が大丈夫と言っているので多分足りるのだろう。
「薪を置いたら、もう一度山に入って食材探しをしよう」
「えっ、食材を探す? でもさ裕二、食材なら十分な量を持ってきてるぞ?」
「それは、もちろん知ってるよ。でも、今度やる訓練で食料品の持ち込みが認められるかわからないからな。二人にも一応、どれが食べられる物か食べられない物かを知っておいてもらった方が良いと思ってさ」
「「……」」
俺と柊さんは裕二の話を聞き、思わず顔が少し引き攣る。
こう言う事を言うという事は、裕二は今度の訓練では自給自足のサバイバル訓練をやると思っているという事か……。まぁ確かに、以前受けた訓練を思えば、その可能性はなくもない。むしろ、可能性としては高い方だとさえ思える。
「とりあえず、山に自生している山菜系を中心に探してみようと思ってる。夏だけどココは比較的標高が高い場所だから、ワラビやヤマウドなんかが採れるかもしれないぞ?」
「えっ? でも広瀬君、ワラビやヤマウドは春の山菜じゃなかったかしら? 今の時期じゃ、育ちすぎて食べるには適して無いはずよ?」
「数は少ないだろうけど、夏に出た若い芽が幾らかはあるはずだよ。多分、一食分くらいなら集められると思う」
裕二と柊さんが山菜について意見を交わしあっているが、正直に言って俺はカヤの外だ。山菜の収穫時期なんて、今まで特に興味もなかったので一切知らないからな。二人が何をいっているのか、聞いていてもさっぱりだ。今度暇な時に図鑑を見て山菜の勉強してみるか……と、二人を見つつ自分の無知を悔やみながら密かに決意した。
そして、テントを張った場所まで戻ってきた俺達は薪束を置き、再び山の中へと山菜探しに出発する。
「ほら、そこの草」
しばらく歩いていると、突然裕二が伸びきった草を指差し声を上げる。
「この時期だと完全に伸びきっているけど、掻き分けて根本を探してみてくれ。多分、若芽があると思う」
「本当かよ?」
俺には単なる伸びきった雑草の固まりのようにしか見えないのだが、自信あり気に裕二が指示するのでとりあえず根本を探してみる事にした。
すると……。
「ん? もしかして、これかな?」
草を掻き分けて根本を見てみると、そこには葉が開く前の若芽がポツンとあった。
俺は若芽の根本を掴んで折り、採った若芽を裕二に見せる。
「ああ、それがワラビだよ。山菜の中では有名な部類の奴だから、大樹も名前は聞いたことあるんじゃ無いか?」
「名前は知ってるぞ。偶に、オヒタシとかになって出てくる奴だな」
「そのワラビだ。ただし、生で食べると食中毒を起こす可能性があるから、確りとアク抜きしないといけない奴なんだけどな」
「食中毒って、マジかよ……」
俺は摘み取ったワラビを目線の高さまで持ち上げ、若干不安げな眼差しで眺める。先程までコレが食べられるのかと感心していたが、今は些か不安な気持ちが込み上げてきていた。
「ワラビ中毒ってやつね。でも、アク抜きすれば問題ないわ」
「柊さんの言う通り、十分にアク抜きをすれば食べても何も問題ないよ。だから大樹、そんな不安げな眼差しでワラビを見なくても良いんだぞ?」
「あ、ああ……分かった」
俺は食中毒という単語に若干の不安を残しつつ、アクを抜けば食べても大丈夫と言う裕二と柊さんの言葉を信じることにした。普段食卓に上がれば普通に食べている以上、必要以上に気にしてもしょうが無いからな。
俺は持ってきていたビニールの手提げ袋に、摘み取ったワラビを放り入れた。
「さあて。どうやらこの辺りはワラビが群生して居るみたいだから、一塊になって探すより分かれて回収しよう」
「そうね。1食分のワラビを採取するなら、分かれて採る方が効率的だものね」
「と、言う訳で大樹。分かれて探すという事で良いか? さっき回収したワラビと同じような大きさの物を中心に回収してくれれば良いからさ」
そう言いながら、裕二と柊さんの視線が俺に集中する。山菜知識が無い俺が一番の不安材料だから、2人のこの反応も仕方ない。
俺は頬を指先で掻きながら、若干困ったような表情を浮かべつつ返事を返す。
「ああ、分かった。多分、大丈夫だ」
「そうか、じゃぁ散開してワラビを集めよう。一応、他にも山菜があったら一緒に回収してくれ。それと大樹、採取した物が食べられる山菜かどうか判断が付かなかったら声を掛けてくれ。直ぐにそっちに行くからさ」
「助かる。その時は頼むな」
山菜採取初心者である俺に気を遣ってくれる裕二に、軽く右手を上げながら感謝の意を伝える。
「じゃぁ皆、暫くの間解散って事で。それと、ある程度時間が経ったら俺が声を出すから集まってくれよ」
「ああ、了解」
「ええ、分かったわ」
そうして、俺達は3方に分かれ各々山菜集めを始めた。
採取目標は、ビニール袋一杯集めるって所かな?
裕二のアドバイスに従い伸びきった草を目印にして山菜を探していたのだが、中々食べ頃といって良い大きさの物が見つからない。偶に程良い大きさの物を見付けるも、茎が堅くなっており食べられるかどうか判断に困る物だったりした。
「ふぅ……。山菜集めって、中々難しいな」
俺は山菜探しで曲げ続けていた腰を伸ばしながら、ビニール袋の半分も集まっていないワラビを眺めながら愚痴を漏らす。
そしてチラリと時計を確認すると、山菜探しを始めて20分程が経過していた。
「それにしても……ある程度時間が経ったら声を掛けるとは言っていたけど、何時まで続けるんだ?」
俺は散開し近くに居ない裕二を探すように、頭を左右に振って周囲を見渡した。だが、裕二の姿どころか柊さんの姿も見えず、若干焦りの色を顔に浮かべ出す。
……ヤベッ、ココ何処だ?
「……もしかして、俺って迷子か?」
嫌な予感に、俺は額に冷や汗が吹き出す感触を覚えた。山菜探しに夢中になるあまり、何時しか辺りは見慣れぬ光景に変わっていた事に。
俺は慌てて来た道をとって返し、裕二達と合流しようと足を踏み出したのだが、一歩踏み出した時点で足を止めた。何故なら、来た道が良く分からないからだ。
「……」
額に浮かんだ冷や汗がこめかみを通り、アゴの輪郭に沿って流れ落ち……そしてアゴ先から地面に向かって滴り落ちた。
そして……。
「おおい!? 裕二!? 柊さん!? 何処だ!? 声が聞こえたら、返事をしてくれ!?」
俺は恥も外聞も捨て、大声を上げ助けを求めた。焦って目標も定めず移動すれば、更に迷子になるので救助を待つしか無いからな。ココなら少なくとも、解散地点から山菜を探しながら20分圏内と言う事は確実だ。 裕二か柊さんに声が届く可能性は、無作為に動いた後に行う声かけより幾分かは高い。
そう信じ、俺は助けを求める声を上げ続けた。すると……。
「ん?」
俺の助けを求める声が届いたのか、近くの茂みから草木をかき分ける音が聞こえた。一瞬、裕二か柊さんが迎えに来てくれたかと安堵し高揚したが、茂みの先から感じる気配が2人の物では無い事に気付き、咄嗟に身構え警戒する。
そして、茂みの揺れが段々と近寄ってきて、そいつは姿を見せた。
「……イノシシ?」
茂みから姿を見せたのは、興奮しているらしく鼻息の荒い体重が100kgを楽に超えていそうな大柄のイノシシだ。
何で裕二達が来ないで、こんなのが出てくるんだよ……。
「「……」」
俺とイノシシは、無言で睨み合ったまま相対する。このまま何事もなく、サヨナラが出来れば良いのだが……イノシシの方はどうやら俺を逃がす気は無いようだ。鼻息が荒く、目は殺気立ち、前足で地面を蹴っている。コレって……。
「明らかに俺を敵と捉えて攻撃態勢に入ってるよな、このイノシシ……」
どうやらこのイノシシ、このまま俺を見逃す気は微塵もないらしい。俺が如何するかと悩んでいる間にも、イノシシは徐々に頭を下げ前傾姿勢をとり今にも突撃を開始しそうだ。
「まぁ落ち着け、イノシシ君。ココで争っても、互いにとって何の得もないぞ……って、おい!?」
イノシシを落ち着かせようと、俺は穏やかな口調と動作でイノシシの気を鎮めようとしたが……どうやら逆効果だったらしい。イノシシからすると、俺がした語りかけとジェスチャーは挑発行為と受け取られてしまったようだ。
イノシシは俺目掛けて、一直線に突撃してくる。走行速度もかなり出ており100kg越えの体重と併せた場合、真面にぶつかれば人は簡単に死にかねない。
「だけど、真っ直ぐに突撃してくるだけなら躱すのは簡単なんだよな」
俺は突撃してきたイノシシと接触する直前、右側に大きくサイドステップし突撃をかわした。ダンジョンに出現するモンスターと比べれば、この程度の突撃を躱すのはそう難しくない。
しかし……。
「巨体に似合わず、意外に機敏な動きをするな」
突撃を躱されてもイノシシは走行速度を維持しつつ若干大きく旋回し、再度俺に向かって突撃を敢行しようとしていた。寧ろ、速度が乗っている分、先程の突撃より走行速度は速く感じられる。
「ホント、どうしてこうなったんだ?」
そんなイノシシの姿を眺めながら、俺は溜息を漏らした。
迷子の上、イノシシ君と遭遇。
……牡丹鍋って美味しいですよね?




