第235話 準備完了、いざ!
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家族皆で朝食をすませた俺は、昨夜用意したバッグを背負い玄関に移動した。因みに服装は裕二のアドバイスに従い動きやすい物をチョイスした……と言いたいのだが、昨日の今日なのでキャンプに適した服装とは言い切れない。靴なんかは、普通のスニーカーだしな……。
そんな事を思いながら靴紐を結んでいると、玄関まで見送りに出て来た美佳が後ろに立って話し掛けてきた。
「それにしてもホントに急な話だよね、いきなりキャンプに行くだなんて」
「まぁ、な。でも、美佳が想像しているキャンプとは掛け離れていそうだぞ?」
羨ましそうな眼差しを向けてくる美佳に、俺が少し辛気くさ気な雰囲気を出しながら答えると、美佳は不思議そうに首を捻る。
「ええっ? そうなの? 皆で焚き火を囲んで、ワイワイ騒ぐんじゃないの?」
「それだったら良かったんだけどな……。どうも裕二の奴、本格的なキャンプをするみたいなんだよ」
「本格的なキャンプ?」
「ああ。昨日裕二から借りたキャンプ道具も、一人用のテントと寝袋と言った最低限の物だけだ。他には何もいらないのか?って聞いたら、最低限それだけあれば事足りるってさ」
「ええっ……」
俺の答えに、美佳は表情を若干引き攣らせ一歩後ろに下がった。
そう言う反応にもなるよな……今から行く俺もどうなるのか不安で仕方ないよ。
「よし……行くか」
「あっ、うん。行ってらっしゃい……」
靴紐を締め終えた俺は立ち上がり、後ろに立つ美佳の顔を見る。朝食を食べていた時は羨ましそうな雰囲気をしていたのに、今では哀れみの籠もった眼差しを向けていた。
止めてくれ、今から家を出たくなくなるじゃないか……。
「行ってくる。明日の……何時頃だろ? まぁ、余り遅くならない内に帰ってくるから」
俺は美佳にそう言い残し、若干重くなった足取りで家を後にした。
約束の10分程前に駅に到着すると、既に荷物を背負った裕二と柊さんが券売機の近くで話しながら待っていた。遅刻ではないが、どうやら俺が一番最後だったらしい。
俺は少しバツが悪い表情を浮かべながら、少し早歩き気味で二人の元へと急ぐ。
「ん? おお大樹、おはよう」
「おはよう」
俺の接近に気付いた裕二が手を軽く上げながら声を掛けてきたので、俺も手を軽く上げて答えながら返事を返す。柊さんも俺の視線に気付いたらしく、軽く会釈をして挨拶をしてきた。
とりあえず、一番最後だった事を謝っとくか。
「俺が最後みたいだな。悪いな、待たせちゃったようで」
「いや、まだ約束の時間前だし気にするなよ。なっ、柊さん」
「そうね。偶々、私達の方が先に到着したって言うだけだしね。遅刻したわけじゃないんだから、気にしないで九重君」
「ああっ、うん。了解」
これ以上話をこじらせても何にもならないので、俺はそこで話を打ち切った。
そして時間前に集合が完了したので、俺達は余裕を持ってこの後の予定について話を始める。
「で、裕二? この後どこに行くんだ? 駅に集まったって事は、遠くの山に行くのか?」
「山と言えば山だな。だけどその前に、今日のキャンプで使う足りない物を買ってからにしよう」
「? テントと寝袋以外にも、何か必要な物があるのか? 昨日の話を聞いている限りだと、あんまり物はいらない様な口ぶりだったけど……」
「急にキャンプ行きが決まったからな、細々とした小物が足りないんだよ」
そう言うと裕二はポケットからスマホを取り出し、お店の検索情報が表示された画面を俺と柊さんに掲示する。えっと、コレは……近くのスーパーマーケットとホームセンターか?
「2店とも9時から営業開始だから、今から移動すれば開店直後に入店出来る」
「……ああ、だから集合時間を9時にしてたのか」
「そう言う事。と言うわけで、荷物は駅のロッカーに預けて買い出しに行こうぜ」
それだけ言うと裕二は、駅のコインロッカーコーナーに向かって歩き出す。俺と柊さんは一瞬顔を見合わせた後、軽く頷き合ってから裕二の後を追ってコインロッカーコーナーへと付いていく。
そしてコインロッカーに荷物を預けた後、俺達は先に駅から少し離れているホームセンターから回る事にした。
「それで、ホームセンターでは何を買うつもりなんだ?」
「最低限買おうと思っているのは、食事時に使う折り畳みの椅子とローテーブル、それと寝袋の下に敷くマットだな」
「椅子とテーブルにマット……?」
「ああ。ダンジョンに何度も持っていく物は専門店で買った作りが確りした物の方が良いんだろうけど、今回のキャンプだけで使う物だからな。ホームセンターで安い代用品をそろえようと思う、時間も無いしな」
昨日のやり取りで食事は地面に直に座って取るものと覚悟していたが、椅子とテーブルがあると言うのならば嬉しい。野営訓練の予行演習とは言え、流石にホコリっぽい食事は勘弁して欲しいからな。
嫌だぞ、口の中がジャリジャリする食事なんてさ。
「ねぇ、広瀬君? テントの中で寝袋を使うのに、マットも敷くの?」
「えっ? ああ、それはね柊さん。テントの中とは言え直敷きだと、寝袋を突き抜けて地面からの冷気が伝わってくるんだよ。特に冬だと、場合によっては凍えるね」
「えっ、そうなの?」
裕二の説明に、柊さんは少し驚いた様な声を上げる。寝袋を使って寒いって……それは嫌だな。
「直敷きだと寝袋の背中になる部分が押しつぶされて、空気による断熱層が無くなるからね。だからエアマットなんかを敷いて、断熱層を確保しないといけないんだ」
「そう……気を付けないといけない事が色々とあるのね」
「夏山ならまだしも、冬山だとこの少しの差が命取りになりかねないからね。面倒に思えても、手を抜けないよ」
と言った裕二の説明を聞いている内に、俺達は最初の目的地であるホームセンターに到着した。時刻は9時を少し回った所なので、このまま入店する事が可能だ。
「うーん。流石に朝一だと、お客さんの数が少ないな」
入店した店内を一瞥してみると、開店間もないこの時間はお客の数より店員の数の方が多い。
「まぁ良いんじゃないか、大樹? 商品を見て回る分には、人が少ない方が見て回りやすいからな」
「そうよ。あまり人が多いと、同じ陳列棚を見る人の視線とかを気にしてユックリ選べないじゃない。寧ろ今は、絶好の買い物タイムよ」
「ああっ、えっと、うん。そうだね。じゃ、じゃぁ……アウトドアコーナーの方にいってみようか」
裕二と柊さんの意見に圧され、俺は二人を先導するように天井から垂れ下がる看板を参考にアウトドア商品が置かれているであろうコーナーを目指し歩き出す。テントが吊されているので、アソコのコーナーで間違いない。
そして1分ほど歩くと、アウトドア用品コーナーに到着した。棚を3つ使って作られた売り場には様々な種類のアウトドア用品が陳列されていた。
「結構、色んな種類の物が一杯置いてあるな。あっ、数は少ないけど有名なメーカーの品もあるじゃないか」
「へぇ……そうなんだな。でもさ、俺的には聞いた事がないメーカーばかりだけど……?」
俺がそう口にすると、裕二は少し残念気な表情を雰囲気を醸しだす。
「まぁ、興味が無いのなら知らないか……でもまぁ、そこそこ良い品も取り扱っているって事は覚えておいてくれ」
「わかった。で、どれを買うんだ?」
「とりあえず、コレとコレを3つずつ……」
ホームセンターでの買い物は裕二主導で進み、1000円前後のお手頃価格の商品を中心に必要な物を買いそろえていく。値段が値段なので作りが多少粗い部分も見て取れるが、一度使ったら壊れるという物でも無いので問題は無い。そして必要な品をカゴに入れレジに通すと、合計8000円程で済んだ。
しかし裕二曰く、専門店で本格的な物を買えば椅子一つで今回の合計金額を軽く超えると言っていた。知らなかったけど、キャンプ用品って高いんだな……。
「良し、ココでの買い物はコレで終わりだ。次のスーパーに行くぞ」
「おう」
「ええ」
色々買ったので少々嵩張る荷物を抱え、俺達は次の目的地であるスーパーマーケットへ移動する。
「スーパーでは食料品の買い込みだ。レトルトや保存食系を中心に買っていくぞ」
「? 別に保存食系じゃなくても、今回は弁当を買って持って行けば良くないか? それに本番の時だって、俺が収納しておけば問題ないしさ」
俺の【空間収納】を使えば、弁当をダンジョン内に持ち込む事も容易だ。準備や後片付けが面倒な食事が簡素化出来るので、何時モンスターが襲い掛かってくるか分からないダンジョンでのメリットは大きい。
態々保存食を温めて食事をとるより、そっちの方が良い筈なんだけど……。
「まぁ大樹の言う通りなんだろうけど、一般的な探索者の野営スタイルも身に付けておかないと、いざ野営地で他のパーティーとはち合せした時に偽装できないよ。経験した事のない事を取り繕おうとすると、何処かに違和感が滲み出るからな」
「そうかもしれないわね。普段やりなれていない事だと、無意識にチグハグな行動を取るかもしれないわ」
「ああ、確かに。今回は裕二の言うように、保存食系の食事を用意する練習をした方が良いな」
ダンジョン泊の初日なら弁当を持っていても然程可笑しくはないだろうが、2日目3日目と続けば流石に違和感が出てくる。そうなってくると、自然に食事は保存食系の物が中心になってくる。
その上、俺達が夏休みに潜ろうとしているのはダンジョン30階層以降……俺達の足でも日帰りは無理だからな。そんな位置で遭遇した他のパーティーに俺達が出来合いの弁当を食べている姿を見られれば、【空間収納】スキルを持っている事が露見する可能性が高い。少なくとも疑われはするだろう。そうなると必然的に、ダンジョン内での食事は保存食を中心にしたものが無難だろうな。
「と、到着。じゃあ、手早く買い物をすませよう」
「おう。しかし保存食というと、カップ麺とかが良いのか?」
「カップ麺ばかりだと、栄養が偏るわよ。九重君に持っていって貰うと考えると、冷凍食品なんかもありよね?」
「俺としては、手軽に作れて軽いフリーズドライ食品なんかが良いと思うぞ?」
俺達は口々に自分の食べたい物の希望を述べながら、保存食系の商品が置かれている棚を歩いて回った。するとカップ麺を筆頭に、探してみると結構色々な保存食が並んでおり、組み合わせのバリエーション豊富なメニューが組めそうだ。今度、保存食を専門的に扱うお店を見て回るのも良いかな。
そして買い物を終えた俺達は、預けた荷物を取りに駅のコインロッカーコーナーに移動した。
「良し、コレで買い足しはOKだな。買った物は均等に分けて、食料品は各自で持とう。無いとは思うけど、はぐれて遭難なんかした時に手持ちの食料がなかったらアウトだからな」
「そうだな。用心して置くに越した事はないだろうからな」
「そうね。ああ、でも九重君。調理器具類は嵩張るから、後で収納して貰えるかしら?」
「勿論良いよ……良いよな裕二?」
「ん、まぁ良いか。ああ、でもケトルだけはバッグの方に入れて置いてくれ。コンロなんかは現地で石を組んで作れるから誤魔化せるけど、お湯を沸かす容器だけは持ってないと可笑しいからな。保存食を直に囓るのかって、突っ込まれるよ」
お湯で戻す系の食品を持っているのに、お湯を沸かす道具を持っていなかったら可笑しいよな。まぁ、食えない事はないが……あまり美味しくはないと思う。水でも戻せない事はないだろうが、温かい食事の方がモチベーション維持の為には良いに決まっている。
「了解。じゃぁ、ケトルだけバッグに入れて持っておくよ」
「頼む」
「ありがとう、九重君」
……ん? 何か自然な流れで、俺が持って行く事が決まったけど……まぁ良いか。ケトルも特別重い品って訳でもないしな。
そして買い込んだ荷物の割り振りと整理を終えた俺達は、駅の改札を抜けホームへと登った。
「それで裕二、コレから何処に行くんだ? 普通にキャンプ場……って訳でもないんだろ?」
「ああ、うん、まぁ、そうだな。一応キャンプ場と言えばキャンプ場なんだが、いわゆる普通のキャンプ場って訳じゃないかな?」
「「普通のキャンプ場じゃない?」」
歯切れの悪い裕二の返事に、俺と柊さんは首を傾げる。
「最近のキャンプ場は何でも設備が揃っている所が多いんだけど、コレから行く所はトイレなんかの最低限の設備以外何もない硬派なキャンプ場だ。鬱蒼とした草木が生い茂る自然豊かな場所だけど、クマなんかの危険な野生動物は多分でない……と思う」
おいおい、裕二。何で、最後の所で視線を逸らしたんだよ?
裕二の不審な態度に、俺と柊さんは一体どんな所に連れて行かれるのか?と言い知れぬ不安がつのっていく。
買いたしも終了し、いよいよキャンプ場へ向かいます。
現地調達も考えましたが、食料品は持ち込みます。ダンジョンへ行くときは、持っていきますからね。




