第234話 コレだけで足りるのかな?
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重蔵さんは気持ちを落ち着かせる様にお茶を一口飲んだ後、俺達を半眼で眺めながら口を開く。
「まぁ……何だ? 取り敢えず、予想していた通りの返事じゃな」
「「は、はぁ……すみません」」
「謝るような事ではないぞ。だから、そんなに申し訳なさそうな顔をするでない」
俺と柊さんの意気消沈した様子を見て、重蔵さんは気にするなと言うが……気にするよな。
「そもそも登山やアウトドアを趣味にしておってもキャンプは兎も角、野営なんぞした事がある者は殆どおらん。お主等だけが、と言う事では無い」
「そう……ですね」
俺は小声で返事を返した後、何時までも気落ちしていても仕方が無いと思い直し、頭を振って気の迷いを振り払い重蔵さんの顔を正面から見る。
「……話を続けるとしよう。先も言ったが、お主等に野営の経験が足りないだろうと言う事は予想出来ておった。じゃが流石にそんな状態では、ダンジョン内で寝泊まりをするような探索を許すわけにはいかん。それは理解しておるな?」
「「「はい」」」
重蔵さんが心配するように、モンスターが跳梁跋扈するダンジョン内で野営の経験が無いのに寝泊まりをするなど正気の沙汰では無いだろう。最低でも、交替で見張りを立てながら休息を取る位の事が出来なければ話にならない。極度の緊張状態で眠れるかどうかは、別の話としても。
しかも、大人数で協力し合えるなら難易度も下がるのだろうが、俺達のような少人数パーティーでは交替で睡眠をとるのも難しい事は簡単に推測出来る。
「裕二には、その辺りの事も一通り仕込んではおるが、流石に経験者が一人で訓練もした事が無い者を率いての探索は難しいじゃろう。よってお主等……主に九重の坊主と柊の嬢ちゃんには夏休みに入る前に野営の経験を積んで貰う事にした」
「……野営の経験、ですか?」
「そうじゃ」
野営の経験を積むって……山籠もりでもするのだろうか?
だが、次に告げられた重蔵さんの言葉に俺達は頬を若干引き攣らせながら動揺した。
「幻夜の奴に話を通しておいた」
「げ、幻夜さん……ですか?」
「ああ。お主等の話をしてみると、奴も結構乗り気じゃったぞ」
幻夜さんと聞き、俺達の脳裏にビリビリ訓練の光景が過ぎる。肉体的には兎も角、精神的に中々辛い訓練だった。その幻夜さん協力の下に行われる野営訓練という事は……。
「以前、お主等が訓練したという山で2泊3日の野営訓練じゃ」
「2泊3日……ですか」
「そうじゃ。野営の経験を積もうとする以上、寝泊まりをせん事には話が始まらんからの」
重蔵さんは若干頬が引き攣った状態で思わず漏らした俺の言葉を聞き、口の端を緩めながら当然のように肯定する。
だが、その重蔵さんの表情に俺達は更に嫌な予感がした。
「あの、重蔵さん? その幻夜さんが協力してくれる野営訓練って、ただ山の中で2泊3日寝泊まりをするって事じゃ無いですよね?」
「当然じゃろ。ただ山の中で寝泊まりするだけじゃ、野営の経験にならんからの」
淡い期待を込めながら小さく手を上げつつ口にした柊さんの質問を、重蔵さんは一刀両断とばかりに切り捨てた。まぁ、分かってた事と言えば分かっていた事だけど、やっぱり普通の山籠もりじゃ無いんだな。
俺達はビリビリ訓練の再来を予感し、思わず重蔵さんから視線を外し天井を仰ぎ見た。
中々衝撃的な話に思わず黄昏れた俺達だったが、重蔵さんに促されお茶を飲んで落ち着いた。
「落ち着いたようじゃの? では、話を戻すぞ?」
「あっ、はい。取り乱してすみません」
軽く頭を下げ謝罪すると、重蔵さんは野外訓練に関する話を再開した。
「先程言った通り、お主等には幻夜の元で野営訓練を行って貰う。だが、幻夜と話は付いたとは言え、流石に今日明日で野営訓練をおこなう準備は出来んとの事じゃ」
「まぁ山一つ使っての訓練ともなれば、確かに準備するだけでも今日明日とは行きませんものね」
「その通りじゃ。準備の関係上、野営訓練は来週の週末からスタートじゃ」
「……分かりました」
今日コレから幻夜さんの所に行くぞ!と言われなかっただけでも、とりあえず一安心と言った所だろう。いきなり道場に室井さんが現れるとかいう、サプライズ的展開じゃ無く助かった。
だけど来週からか……野営訓練って何を準備すればいいんだ?
「じゃが、その前にお主等にはやっておいて貰いたい事がある」
「やっておいて貰いたい事……ですか?」
何だろう? 訓練に使う道具の買い物かな?
そんな事を考えていると、重蔵さんは黙って話を聞いていた裕二の方に顔を向け話し掛ける。
「裕二」
「何?」
「お主この二人を連れて、明日から泊まりでキャンプに行ってこい」
「えっ……明日?」
「そうじゃ。いきなり幻夜ん所の野営訓練に放り込むより、一度野営を経験させて置いた方が良いじゃろうからな」
重蔵さんにそう言われ、裕二は俺と柊さんを観察するように眺める。
そして、重蔵さんに向かって顔を大きく縦に振って頷いた。
「分かった。確かに、未経験でいきなり山での野営訓練に放り込むのは酷だよな」
そして裕二の了承が得られた重蔵さんは、俺と柊さんに話し掛けて来る。
「と言う訳なんじゃが、お主。明日明後日と、キャンプに行けるかの?」
「え、ええっと……」
俺と柊さんは戸惑いながら、顔を見合わせる。話の流れからして、野外訓練前にキャンプとは言え経験して置いた方が良いのは確かだ。
その上、幸い試験週間という事もあり、今週末にコレと言った予定は無い。行けるか行けないかで言えば、問題なく明日からキャンプには行ける。だった……。
「スケジュール的な意味で言えば大丈夫ですけどキャンプや野営に必要な道具を一つも持っていませんよ?」
パッと思いつくだけでも、テントや寝袋等のキャンプ用品を俺は持っていない。それは柊さんも同じなようで、頭を何度も縦に振って俺の発言に同意している。
まさか、道具無しでって事は……ないよな?
「何、その辺は心配いらん。ウチの倉庫に、それ系の道具なら沢山置いてある。必要な物を持って行くと良い。但し……」
道具なら貸し出すと言ってくれたが、重蔵さんは裕二に探るような視線を送る。
「分かってる。最低限必要な物だけしか持って行かないよ」
「それならば良い。あくまでも、今回のキャンプは野営訓練の予行演習じゃ。レジャーで行くキャンプではないと言う事を理解しておれば、それで良い」
裕二と重蔵さんの遣り取りを聞き、どうやら明日から俺達が行くキャンプは、俺が想像しているワイワイ皆で楽しくやるキャンプとは一味違う物になるようだと理解した。
何をやるんだよ、ホント。
「と言うわけで、お主等は道具の心配はせんで良い。身一つで行けるぞ」
「は、はぁ……」
「で、他に質問や問題はないか?」
「えっ、ああっ……特には無い、です」
俺は返事の言葉に詰まりながら、柊さんに視線を送った。
すると、柊さんは小さく頭を縦に振り頷きながら口を開く。
「わ、私も特には……」
「では、明日キャンプに行くのは問題ないの?」
「「……はい」」
俺と柊さんは、力無く小声で返事を返しながら頭を縦に振る。
こうして、明日からのキャンプが確定した。
重蔵さんとの話し合いが終わった後、俺と柊さんは裕二に連れられキャンプ道具が収納してあるという倉庫に足を運んだ。
「ああ、ココだよココ。ちょっと待ってくれ、今開けるから」
そう言うと裕二は、重蔵さんから預かった鍵を使い倉庫の扉を開けた。倉庫の中は薄暗く、中に何が収納されているか分からない。
そう思っていると、裕二が入り口近くの内壁を探り電灯を点けた。
「結構、ゴチャゴチャしてるな。たまには、倉庫も整理しないとダメだな。えっと? キャンプ道具は確か、コッチに置いてた筈……」
裕二は足下に散乱した荷物を脇に寄せながら、倉庫の右奥の壁棚の方に入っていく。
そして。
「あった、あった。大樹! 荷物をそっちに渡すから、とりあえず倉庫の外に出してくれ。後で、使えるかどうかチェックする」
「分かった」
裕二は壁棚から円柱状のバッグを幾つか引き出し、俺に渡してくる。バッグの中から金属が擦れ合う軽い音が聞こえるので、多分このバッグの中身はテントだと思う。
しかし、昔学校の自然教室で使ったテントが入っていた収納バッグより小さい所を見ると、コレは恐らく一人用のテントかな?
「コレでラストだ。とりあえず、明日のキャンプで使う道具はこのぐらいで十分だろう」
「いや。コレで十分って……」
裕二が倉庫から取り出したのは、2Lペットボトルサイズの収納バッグが6つだけ。確かに重蔵さんに最低限の装備しか持って行かないといってはいたが……コレ、最低限以下じゃないか?
そんな俺と柊さんの不安に満ちた眼差しを受けながら、裕二は残りの3つの収納バッグを手に持ったまま平然とした様子で倉庫から出て来た。
「さっ、使えるかチェックするぞ」
「いや、裕二。使えるかどうかってより、明日のキャンプに持って行く道具ってコレだけか?」
「そうだぞ。雨除けと保温には、最低限コレだけの道具があれば事足りるからな。野営で一番避けたいのは、雨や低い外気温による体温の低下だ。この時期なら、標高の高い山にでも行かない限り極端な気温低下もないしな。無論、体温調節しやすいように、上に羽織る服は持って行った方が良いぞ」
裕二は、俺と柊さんの不安気な様子など意に介さず、この道具だけで十分だと言い切った。経験者の裕二が言う以上、恐らく大丈夫なのだろうが……経験が無いので判断が付かず、不安が残る。
「まずは、簡単な寝袋の方からチェックしよう」
「あっ、うん。分かった」
「……分かったわ」
寝袋が入った収納バッグを手にした裕二に促され、俺と柊さんも同じように寝袋の収納バッグを手に持つ。って、軽いなコレ。多分、1kgも無いんじゃないか?
俺と柊さんは寝袋の入ったバッグの、想像以上に軽い重量に驚きながら中身を取り出した。寝袋の色は青と黒のツートンカラーで、手にした感触的に中身の素材はダウンだろうか?
「……うん、とりあえず大丈夫そうだな。大きなホツレもないし、中身も飛び出してない」
「コッチも大丈夫だぞ」
「私の方も特に問題ないわ、カビ臭いって事も無いしね」
寝袋の内外を一通りチェックしてみたが、全員問題なし。柊さんが言うようにカビ臭くもないが、一応明日まで干して寝袋に空気を通して置いた方が良いかな?
そして寝袋のチェックを終えた俺達は、残るテントのチェックに入る。
「テントの組み立て方法は簡単だ。付属のポールを伸ばしてテント生地のスリーブに通すだけだから、一人でも数分あれば組める筈だぞ」
裕二はそう言いながら、ポールを手際よく連結しながらテントを組み立てていく。その姿を見ている分には簡単そうに見えるのだが、テントを一人で組み立てた経験の無い俺は若干不安だった。特にテント生地に通したポールを湾曲させ、テントを立体的にする作業が。
ポール……折れないよな?
「まぁ、聞く分には簡単そうな……」
「九重君、とりあえずやってみましょう?」
「……そうだね、柊さん」
何事も、先ずは挑戦だ。不安がっているだけでは、先に進めない。今はダンジョンの中といった。命の危険がある場所での作業というわけでもないしな。
と言うわけで、俺と柊さんもテントの組み立て作業を始めたのだが……。
「げっ、折れた!?」
「ん? どうした大樹?」
「……悪い、裕二。力を入れすぎて、ポールが折れた」
悪い予感が的中。ポールを湾曲させテントを膨らませる行程で力を入れた瞬間、伸ばしたポールの中央部分が折れたのだ。
俺は裕二に頭を下げ謝りながら、折れたポールを裕二に見せる。
「ああ、コレか。何度も使ってたからな、多分疲労してたんだろう。たしか交換用のポールがあったから、大丈夫だ。ちょっと取ってくるから、待っててくれ」
そう言って裕二が倉庫から交換用のポールを取り出してくれたので、無事に俺のテントも組み立て完了。一通りチェックしてみたが、組み立て時にポールが折れた事以外に問題は出なかった。
「良し。明日持って行く道具は、コレで大丈夫だな。後は着替え何かの個人の持ち物と、食料なんだけど……食料は明日行く前に調達すれば良いか」
「そうだな。持っていく荷物は、ダンジョン探索の時に使う物を持ってくれば良いのか?」
「防具や武器はいらないぞ。夜に使うライト類なんかの、最低限の物だけ持ってくれば十分だ」
「そうなると、動きやすい服装とバッグ一つで十分そうね」
広げたテントと寝袋を畳み片付けながら、俺達は明日のキャンプについて口々に意見を出し合った。結果、裕二の意見を採用し持っていく荷物は必要最小限。着替えと小物を少々と言った具合になった。
そして。
「じゃぁ二人とも、明日の朝9時頃に駅に集合って事で」
「分かった、朝の9時に集合だな」
「また明日ね、広瀬君」
俺と柊さんは貸して貰ったテントと寝袋を持って、裕二の家を後にした。
さてさて、どんな物になるか分からないけど明日のキャンプ……野営?頑張ろう。
試験開けの週末は、最低限装備でのキャンプ……ガチキャンですね。




