幕間 二拾八話 とあるスカウトマン達
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朝礼が終わり暫くすると、俺は脇田課長に会議室に呼び出された。まぁ他にも、2人程同行者がいるけどな。気付かない内に何かやらかしてたかな?と俺は首を傾げ、ここ最近の記憶を掘り返しながら内心戦々恐々としつつ会議室の扉を開けた。
すると、会議室に一足早く到着していたらしい脇田課長がジロリと俺達の事を睨み付け……はしていないが探るような眼差しを向けてくる。な、何に、ほんとに?
「急に呼び出して悪かったね冬樹君、田川君、近藤さん」
「いえ、気にしないで下さい課長」
「それで課長? 私達が呼び出された理由は何でしょうか?」
「呼び出されたメンバー的に、この間の件が関係しているような気がしますが……」
そう。今回脇田課長に呼び出されたメンバーは、この間一緒にある調査に従事したメンバーだ。同じメンバーが呼び出されている以上、前回の調査に関連する用件で呼び出された可能性が一番高いのだが……。
冬樹さんの質問に、脇田課長が小さく頷いたのでどうやら当たりらしい。
「君の推測通りだよ。取り敢えず皆、見て貰いたい映像があるから座ってくれ」
「はい」
促されるままに俺達が椅子に座っている間、脇田課長はプロジェクターとパソコンを操作し会議室の壁に映像を映す準備をしていた。
「コレから君達に見て貰う映像は、先日私が視察で赴いたとある高校で行われた体育祭の映像だ。ある程度編集し纏めたダイジェスト映像なので、感想や質問は映像が終わった後にしてくれ」
そう言って、脇田課長は部屋の照明を落とし映像の再生を始める。映し出された映像の最初のシーンは、オーソドックスに徒競走から始まった。トラックを走る生徒の速さに少々違和感を覚えるが、まぁよく見る体育祭の一幕だろう。途中、交通事故並みに派手な転倒をした生徒も映っていたので心配したが、転倒した生徒は直ぐに起き上がり走り出したのには思わず驚いた。あの頑丈さ、彼も探索者なのだろうな。
「探索者と非探索者の差が激しいな……」
「そうだな。両者を同じ競技で一緒にするのは……コレを見ると無理そうだな」
俺が思わず漏らした感想に、冬樹さんが同意の呟きを漏らした。ヤッパリそう言う結論に至るよな、この映像を見ていると。
「お2人とも、議論は後で……」
「ああ、そうだね。ごめん」
眉を顰めた近藤さんに小声で注意されたので、俺と冬樹さんは軽く頭を下げ再び視線を映像に向けた。映像に映る体育祭は徒競走系の種目ばかりなのが気になったが、肉体が接触し怪我をする危険性が高い種目は自粛するよう指示が出ていたというTVニュースを思い出し納得した。
そして……。
「皆、ここからが注目して欲しい部分だよ」
今まで黙って映像を見ていた脇田課長が、そう口を開いた。
そして始まったのは、部活動紹介を兼ねた部活対抗リレー。各部代表が各々の部活衣装や道具を持ち、アピール行進をしながら入場してくる。コレの何処に、脇田課長が言う注目する点があるんだ?
「あっ」
と、俺が首を傾げていると近藤さんが小さく声を上げる。何かあったのかと思い近藤さんに視線を移そうとした時、視界の隅に見知った顔が映った。
アレは、この間俺達が調査の為に尾行していた学生君か……。
「そう。先日、私が体育祭の視察に赴いたのには彼等が通う学校だったからと言う理由があるのだよ。無論、他にも理由はあるけどね」
つまり彼等がいたからこそ、この学校を視察先に選んだという事か。俺達が急ぎ調査に派遣された件も併せて、随分とダンジョン協会の注目を集めているんだな彼等。
そして映像は進み、生徒達がグラウンド一杯に広がり……それは始まった。
「「「「……」」」」
俺達が尾行した調査対象の3人による、激しい拳の打ち合いから始まった。肉を打ち据える打撃音こそ聞こえてこないが、土煙が舞い上がる力強い踏み込み音や打ち出される拳の鋭い風切り音がグラウンド中に響き渡る。
まるで、格闘ゲームやアクション映画のワンシーンだ。
「……マジかよ、コレ」
映像から視線が外せないまま、思わず口から漏れる唖然とした俺の呟き声。だが今度は先程と違い、誰も反応を返さない。恐らく、冬樹さんも近藤さんも俺と同じように唖然と映像に見入っているのだろう。
そして、暫く激しい拳の打ち合いが続いた後、唐突に女の子の声が響き何かが投げ込まれた。
「アレは……剣か?」
「ああ、流石に本物じゃ無いだろうけどな」
「槍もありますよ……」
剣や槍を受け取った彼等は、先程までより更に激しく動く。正直な話、遠目の映像だから彼等の動きが分かるが、目の前だったら俺程度では気付く前に切り捨てられている自信がある。探索者由来の力やスピードだけでは無い、剣や槍を振るう彼等個人の技量が卓越しているからだ。
そして、彼等の剣舞は時間と共に激しさを一層増していく。
「「「……」」」
声も無い。以前、スタッフ不足との事で駆り出されイベントで目にした、高レベル探索者が行った剣舞と比べても遜色が無い……いや。此方が上かな?
兎も角、本当に彼等が高校生なのか疑わしいと思えてくる。
「あっ!」
女の子の持つ槍と男の子の剣がぶつかり、剣が根元から折れる。だが、もう1人の男の子が気付いていないのか剣の折れた男の子に斬りかかっていた。咄嗟に危ない、そう思ったのだが心配無用だったよ。剣が折れた子は手元の残った柄を巧みに使い、斬りかかった男の子の剣をへし折ったからだ。その上、折れて弾け飛んだ刀身を指で挟んで受け止めているし……。
何度も思ったけど、彼等本当に高校生なのだろうか?
「「「……」」」
その後も映像は続き体育祭の様子を伝えてくれたが、先程のインパクトが強く良く覚えていない。
そして映像は終わり、脇田課長の操作で部屋の照明が点灯する。
「以上だが……何か意見や感想は?」
「「「……」」」
意見や感想……と言われてもねぇ?
俺は思わずどう言ったら良いのかと困惑した眼差しで冬樹さんと近藤さんの方を向いたのだが、そこには俺と同じ眼差しを浮かべた冬樹さんと近藤さんがいた。まぁ、そうだよな。
こんな物見せられた後で、凄い以外に何を言えと?
「……まぁ、いきなり意見を求めても難しいか。じゃぁ映像を見て、君達はどう思ったかな?」
無言のまま互いの顔を見合わせ合う俺達の反応に軽く溜息を吐いた後、脇田課長は質問を変え、映像について思った事を聞いてくる。
「えっと、凄かった……です」
「……どう凄かったのかな?」
近藤さんの率直な感想に、脇田課長は続きを促す。
「えっと、何処がどう凄いとは言えないんですけど、彼等が私の知っている他の探索者と比べても飛び抜けているってのは分かります」
「そうか……田川君と冬樹君はどうかな?」
脇田課長は近藤さんの回答に若干半目になった後、俺と冬樹さんに話を振ってきた。
「ええっと、そうですね。自分が思うに彼等、アレだけの力を持っているのに驕り高ぶらずに良く自制出来るなぁーと。普通の探索者……特に未成年の探索者になると、アレ程の力を持っていると少なからず驕り高ぶる物です。以前俺達が尾行……もとい調査した時も、そのような姿は見受けられませんでしたし」
「ですね。アレだけの力、1,2週間で身につく物ではありませんからね。である以上、以前からアレだけの力を持っていても自制出来ていたという事かと」
俺と冬樹さんがそう述べると、脇田課長は口元を若干つり上げながら軽く頷く。どうやら、この回答で良かったようだ。
「以前君達にして貰った調査でも、彼等は非常に理知的で品行方正な人物……高校生にしてはだがね」
それは俺達も分かっている。調査したのは一日だけだったが、彼等は一般的に好青年と呼ばれる部類である。そうそう問題行動は犯さないだろう……多分。
「……はぁ。それで結局、今回俺達が呼び出されたのは何故です? 彼等の体育祭の映像を見て終わり、って事は無いですよね?」
「無論、ココまでは本題の前座だ。本題はコレからだ。先ずは、コレを見てくれ」
そう言って、脇田課長は薄い冊子を俺達に配る。
何々? 学生探索者組合創設計画?
「……何です、コレ?」
「協会内部で計画中の、下部組織創設計画だよ。現在、全探索者の中で学生探索者が占める割合はかなり高い。そこで学生探索者を集中的に指導するような組織を創設しよう、と言う計画だ」
「指導……ですか?」
「ああ。学生向けのセミナーや安全講習、マナー指導等々を主に扱う組織……との事だ」
脇田課長はそう言って、俺達に新組織についての概要説明を行う。話を聞いていると、確かにそう言った組織もあった方が良いのかもしれないな……と思った。確かに現在のダンジョン協会でも、定期的にセミナーや講習は開いているが、基本的に全探索者を対象にした物であり、平日に開催される物も多い。そうなると、平日は学校に詰めている学生はセミナーや講習に参加出来ないと言う事だからな。
「成る程。確かに説明を聞いた限り、学生向けの組織は必要ですね。ですがそうなると、ますます彼等の映像を見た意味が分からなくなるのですが……」
「そこだよ。学生向けの活動が主とは言え、組織自体は大人が運営する。当然だがね」
「そうですね。流石に組織の運営まで、学生に丸投げする事は出来ませんからね」
「だがそうなってくると、マナー指導等が問題になってくる」
マナー指導が問題?
「マナー指導がですか? 別に、普通に講師が各学校に赴き講習を行えば良いのでは?」
「確かに普通のマナー指導だけなら問題ないのだが、実はこのマナー指導には裏向きの目的がある」
「裏向き、ですか?」
脇田課長の言葉に、俺達は揃って首を捻る。
「ルールやマナーというのは大人が子供に強く言い聞かせても、余程身に迫る話でも無い限り子供達は余り真剣に受け取らないだろう? 高校生以上が対象とは言え、この点が懸念に上がってな。その解決策の一つとして考えられたのが、在校生を指導助手にスカウトする外部協力員制度だ」
「ああ、成る程。そこで彼等が関係してくるんですね」
その説明を聞き、俺達は漸く脇田課長が俺達を呼び出した意図を察した。
「外部協力員には学校で一番力がある……影響力がある学生探索者を協力員に採用したい。そうする事で、自然と所属校の多くの学生探索者は身を引き締める事になるだろうからね。無論、跳ねっ返りも出るだろうが出る数は制度開始前よりは少なくなるはずだ」
「その外部協力者候補が、彼等という事ですね?」
「ああ。と言うより彼等に関しては、この外部協力員のスカウトを切っ掛けに、ダンジョン協会の方に所属して貰いたいと思っているらしい。優秀で素行も良い探索者は、幾らいても困らないからね」
今は自営業者って事になっているけど、彼等は何処かの組織に属しているってわけじゃ無いからな。フリーで極めて優秀な探索者か……何処の企業もほしがる人材だな。確かに今の内から、下部組織の外部協力者という体で唾を付けておこうって気持ちも分からなくも無い。
実績も有り優秀な探索者というのもいるにはいるが、素行も良いフリーの探索者となると急に数が減る。優秀で素行の良い者は大概既に何処かにか所属しており、フリーの者は優秀だが素行に問題がある者が多い。企業も優秀な人材が欲しいとは言え、素行を無視してまで採用しないという事なのだろうな。
「成る程、確かにそうですね」
「で、ここからが君達の役目なのだが……彼等をスカウトしてきてくれ」
「「「はっ?」」」
脇田課長の思わぬ言葉に、俺達は思わず間抜けな声を上げてしまった。
えっ、スカウト? 俺達が!?
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ課長! 俺達が、ですか!?」
「そうですよ! それに人材のスカウトって言ったら、自分達じゃ無く人事の仕事じゃ無いですか!?」
「私達にそんな事出来ませんよ!」
俺達は口をそろえて無理だと言うが、脇田課長は薄笑いを浮かべながら口を開く。
「確かに、この手の仕事は本来人事の仕事だね。私も流石に畑違いの君達が、すんなりとスカウトを成功させるとは思っていないよ。だけど、ウチで一番彼等の人となりを直接知っているのは君達だ」
「で、ですが。そう言われても……」
「だけど、人事は協会創設後初めての入社試験で準備に大忙しらしいんだよ。それに、彼等は今高校2年生だろ? 再来年度入社候補者の話は後、だってさ」
た、確かに。去年創設されたダンジョン協会は、他の省庁などから人材をかき集め急いで創設したので入社試験は今年が初めてだ。初めて行う入社試験ともなれば、書類審査の準備から筆記試験や面接まで大混乱の大忙しになっている事は想像に難くない。
そんな状況でスカウトまで行えともなれば……人事のキャパシティがオーバーし入社試験そのものが崩壊しかねない。
「と言うわけで、手遅れになる前にダンジョン協会は君達をスカウトする意思があるよ、と声だけでも掛けておこうと言う話が前回の仕事の縁でウチに回ってきたんだ」
「それで私達が担当する……と言う事ですか」
「頼むよ。入社試験の件が落ち着いたら、人事がスカウトを引き継ぐ事になっているからさ」
「「「……」」」
脇田課長の話を聞き、俺達3人は眉を顰めながら顔を見合わせた。頼みと言う体は取られているが、実質断れない命令だ。
そして俺達は暫く互いの顔を見合わせた後、小さく溜息を漏らし諦めの表情を浮かべた。
「分かりました課長。不慣れで何処まで出来るか分かりませんが、その仕事お引き受けします」
「おお、そうか。ありがとう、助かるよ」
俺達の代表として冬樹さんの予防線を張った返事に、脇田課長は笑顔を浮かべお礼を口にした。
こうして俺達はスカウトマン擬きをやる事になった……のだが。
「……あっ、はい。そうですか。分かりました。御連絡ありがとうございました」
電話が切れると、近藤さんは頭を横に振りながら学校経由によるスカウトが失敗に終わった事を知らせてきた。はぁ……この仕事、先が長そうだな。
臨時スカウトマンに急遽抜擢された3人組、いきなり躓きましたがあの手この手と頑張って貰う予定です。




