幕間 弐拾七話 城下町の人々
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日曜日という事もあり、何時もより多くの探索者のダンジョン利用受付を機械的に流していると、高校生らしき5人組の探索者カードの照合作業の最中に通知画面がポップアップした。通知内容を確認すると、カードを照合した探索者宛ての伝言書が保管されているらしい。どうやら、何処かの企業から預かったものらしいが……珍しいな。
チラリと照会したカードに記載された個人情報に目を通すと、彼等はまだ高校2年生と1年生のようだ。
「では、少々お待ち下さい」
私は彼等に渡す伝言書をプリントアウトし、協会のロゴが描かれている封筒に入れて渡す。その際、プリントアウトした伝言書を封筒に入れる時に内容が偶然……そう、偶然目に入ったのだが、どうやらこの伝言書はスカウトのお誘いといった類いのもののようだ。
企業から直接スカウトの声かけが行われるのは極々希……つまり、将来性有望な探索者なんだな彼等。
「お待たせしました、探索者カードと此方が伝言書になります」
「あ、ありがとうございます」
学生探索者君達は探索者カードと伝言書を受け取り、不安と困惑が入り交じった表情を浮かべながら立ち去っていった。まぁ、いきなりあんなものを渡されたら、それはそんな反応になるのも仕方が無いわよね。
そして私は次の探索者の受付手続きに戻り、少々気になったものの彼等の事は直ぐに忘れた。後日、休み時間に同僚との世間話の一つとして彼等の事を話した所、同僚は驚きを露わにすると同時に深く納得している様子だった。どうやら彼等、ココでは結構な有名人だったらしい。同僚曰く、彼等はココのダンジョンに潜る探索者グループの中でも、五本の指に数えられる猛者だったらしい。
将来有望どころか、現在進行形でトップクラスの探索者だったんだと気付き、私は思わず驚きの声を上げてしまい恥ずかしい思いをした。その後、もう少し積極的に有名所の顔を覚えるようにしようと私は密かに誓った。
期間限定のイベント商品として、店長が悪ふざけで作った超高級ネタ、極厚ミノ肉の炙り寿司の注文が一気に4皿も入った。おいおい、マジかよ。一皿、2500円もするんだぞ? 高すぎて販売開始以来、一度も注文されてなかったのに……。
俺は思わず厨房から、注文を入れたテーブルをのぞき見た。
「あのテーブルか……おいおい、大丈夫か?」
のぞき込んだテーブルには、5人の若い男女が座っていた。パッと見、高校生ぐらいだろうか?
……もしかして、一皿250円と桁を一つ間違えていないだろうか?と不安になる。
「なぁ、この注文って誤りじゃないよな?」
「ん? どれだ? げっ、一気にコレを4皿って……マジかよ」
見間違いじゃ無いかと思い同僚に確認を取ってみたが、どうやら俺の間違いではないようだ。
すると、不安げな表情を浮かべた同僚がこんな事を口走る。
「作ってからじゃキャンセルも効かないから、作る前に確認をとっておいた方が良くないか?」
「……確かに」
同僚の提案はもっともだと思い、俺は軽く頷きながらホール担当のスタッフに注文の確認をして貰う事にした。お客さん達には失礼な行為かもしれないが、現時点でうちの店で一番高価なネタだからな。注文が間違いだった場合、どちらにとっても不幸な事になりかねない。
そして暫くすると、ホールスタッフの子が厨房に戻ってくる。
「注文に間違いは無いそうです。値段の方も、問題ないとの事でした」
「そうか……分かった。ありがとう、面倒を掛けたね」
「いえ、気にしないで下さい。あっそれと、テーブルに近づいた時にお客さん達がしていた話を耳にしたんですが、どうもあのお客さん達探索者らしいですよ」
ホール担当の子の話を聞き、俺は少し目を見開き驚く。
「何? そうなのか?」
「ええ。ダンジョンで頑張ったから打ち上げだ……みたいな事を言ってましたので支払いの方は大丈夫だと思います」
「そうか。じゃぁ大丈夫だな、直ぐ作る事にするよ」
「御願いしますね」
そう言って、ホール担当の子が厨房を去っていったので俺はミノ肉の調理を始めた。まずは保管庫からミノ肉を取り出し、注文分の肉の表面に網の目状になる様に包丁を入れ食べやすくする。極厚なぶん、隠し包丁を入れておかないと食べづらいからな。そして下処理をした肉の表面をバーナーで炙ると、香ばしい香りが漂い始める。
「相変わらず美味そうな匂いだな、その肉」
「ああ。牛とも豚とも違う焼けた脂身の独特な香りだけど、食欲をそそる匂いだ」
同僚と共に、肉の焼けた匂いに生唾を飲みつつ、俺は寿司の仕上げに入る。シャリを手の中で形を整えてから皿に並べ、炙ったミノ肉をシャリの上に置く。そして、最後に特製ソースのジュレをのせれば……完成だ。
「よし、完成。レーンに皿を流すぞ」
俺は炙りミノ肉寿司を乗せた皿を注文トレーに載せ、4皿全てをレーンに流す。
すると、お客の近くを炙り寿司がのった皿が通過すると、焼けたミノ肉の香ばしい匂いにつられたお客の視線が皿に集中する。それも1人や2人では無く、皿が通過するテーブルの客の殆どが同じ反応を示していた。特に子供が物欲しそうな視線を向けた後に親に食べたいと強請っていたが、メニュー表に載っている炙り寿司の値段を確認し首を横に振っていた。
「匂いだけで、アレだけ人の視線を集めるのも凄いな……」
位置関係的にレーンを4分の3周程して、炙り寿司を乗せた皿は例の高校生達が座るテーブルに到着し彼等の手元に渡る。炙り寿司の注文客が若い男女のグループだと知った他の客は、驚愕と羨ましそうな眼差しを彼等に向けた。
そして、彼等が届いた炙り寿司を食べ、絶賛している姿を見て触発されたのか、急に他のテーブルからも、極厚ミノ肉の炙り寿司の注文が、一つ二つと入り始める。
「匂いによる宣伝効果抜群だな。値段から敬遠されていたネタが、いきなりこんなに注文が入ったぞ」
「そうだな。だがそれより、早く作らないとな……」
俺は驚きつつも炙り寿司の追加分を作り、次々とレーンに流していく。すると連続して炙り寿司をレーン流したせいか、店中に食欲をそそる香ばしい匂いが蔓延し炙り寿司の注文が殺到した。
結果、ミノ肉の炙り寿司は注文が殺到した事で直ぐに品切れで終了する事になったが、この日の売り上げは開店以来最高額を記録した。
「あの高校生達には感謝だな」
以来、極厚ミノ肉の炙り寿司は定期的イベントでウチの店のメニューに登場するようになった。
日も落ちライトアップされた玄関前のロータリーにタクシーが停車したので、私は玄関を出てお客さんの出迎え接客をする。
タクシーに乗っているのは、10代前半くらいの若い男女5人だ。
「いらっしゃいませ、ようこそいらっしゃいました。宿泊の御予約はおありでしょうか?」
私は軽く頭を下げながら、笑顔を浮かべつつ出迎えの挨拶を行う。ココでホテルの第一印象の多くが決まるので、予約の有無を確認しつつ丁寧でありながら慇懃無礼さを感じさせない挨拶が肝心だ。
すると、最初にタクシーを降りたお客さんが少し慌てた様子で軽く頭を下げながら宿泊予約を入れている旨を告げてくる。
「あっ、はい。予約を入れていた九重です」
「九重様ですね? ようこそ、ホテル彩雲へ。御荷物をお持ちいたしましょうか?」
「あっ、いえ。仕事道具ですので……自分達で運びます」
お客さんは少し曖昧な笑みを浮かべながら、やんわりとした口調で私が申し出た荷物の運搬を拒絶する。最近、こうして荷物運びを断るお客さんが増えてきた。
まぁ、そういったお客さんには共通した特徴があるんだが。
「そうですか。では、ロビーの方へどうぞ」
私は閉まりそうになっていたドアを手で押さえ開けながら、荷物を持ったお客さんをホテルの中へと迎え入れた。
「……今のお客さん達も、探索者なんだろうな」
私は受付へ向かう5人のお客さんの後ろ姿を見送りながら、小さくポツリと漏らした。ホント、最近はうちのお客さんの客層も随分変わったものだ。以前は隠れ家的ホテルで家族連れやカップル等がメインだったのに、今では探索者がメイン……。コレも、近くの山にダンジョンが出来た影響だな。
そして私はロータリーに止まっていたタクシーが去ったのを確認し、次のお客さんを待つ為に定位置へと戻った。
お客様を連れ、トランクルームを目指し歩く。最近は、この手のお客がメインなので案内も手慣れたものだ。この仕事を担当し始めた最初の頃は、武器を持った探索者を案内するという事で緊張し硬い動きになっていたが、半年以上も続けばもう日常の一幕だ。案内する相手にも依るのだが、今回のお客さんなら余り緊張しないですむ。何せ、相手は高校生だからな。
そして、少し歩くと眼前に大きく頑強な扉が姿を見せた。オーナーがどこからか見つけ出してきた、倒産した銀行の金庫扉を利用した新設のトランクルームだ。
「此方が重要物を預かる、トランクルームになります」
そう告げてから俺は扉のロック機構を解除し、ユックリと重い扉を開ける。
「どうぞ、中の方へ」
俺はトランクルームの中へと、彼等を引き入れた。トランクルームの中は鍵付きの扉が並ぶ、シンプルな構造をしている。まぁ別に複雑化する必要は無いからな。
そして彼等に割り振られている扉の前まで案内し、一言告げ数歩その場から離れる。暗証番号入力場面を、俺は見ていませんよというアピールだ。気にする人は気にしてその場を離れるように言ってくるので、言われる前に退散しておいた方が良いだろう。
「それでは、使用方法を御説明いたします」
俺は今まで何度となく行った、トランクルームの説明を彼等に丁寧に行う。以前、使い方をちゃんと聞いていなかったお客が中に閉じ込められ、無理矢理扉を壊し出て来たと言う事があったからだ。あの時はホント驚いたよ。いきなりトランクルームの中から大きな音が響いたと思ったら、大穴を開け壊れた扉の破片が飛び散ったんだから。
と言うかさ、俺がトランクルームの外で待機していたんだから大声を上げて助けを呼べば済む話なのに、何で扉を壊して出ようという発想になったんだか……。お陰で館内に警報は鳴り響くわ、警察は出動するわ、他の荷物を預けていた探索者に詰め寄られ保管状態を問い詰められ肝を冷やすわの大騒ぎ。以来、俺は出来るだけ丁寧……いや、馬鹿丁寧に一つ一つ説明する事にしている。お客さんによっては、慇懃無礼だと煙たがられる事もあるが、あの騒ぎをもう一度体験したいとは思わないからな。
「では、外に出ましょう」
お客さんの荷物の収納も終わったようなので、全員トランクルームを出る。
そして、お客さんを部屋へと案内し、俺の御仕事は終了した。後日、この時俺が案内した彼等が近くに出来たダンジョンで活動する探索者の中でもトップクラスの猛者だという話を聞いて、人を見た目だけで判断するのはやめようと誓った。俺が怖がっていた大柄でクマのような探索者より、あんな何処にでもいる高校生達の方が強いだなんて……探索者恐るべし。
ちらほらと宿泊客の姿が食堂に出始めてきたので、作った料理を並べていく。
そして私はビュッフェに並ぶ料理の数々を前に、以前の朝食風景を思い出していた。
「昔に比べて、ここの朝食も随分様変わりしたものね」
口からポツリと、愚痴にも似た呟きが漏れる。
以前は朝食といえど、和洋中と多種多様な料理が朝から並んでいたのが、ダンジョンが一般にも公開されるようになってから、ホテルで朝食に出す料理には新しいルールが加わった。そのルールとは、食物繊維が豊富な食材の使用禁止と、カフェインを多く含む飲み物の提供自粛だ。
「確かに食べ残しが多くって、食材のロスが出てたけど……」
探索者の宿泊が増えて以来、特定の料理の減りが早くそれ以外の料理は多く残るようになったのだ。気になり宿泊客にアンケートを採ってみると、ダンジョンに潜るので朝から食物繊維やカフェインは出来るだけ摂取したくないという物。
結果、朝食の作成時に新ルールが加わる事になった。
「全く、食材の縛りが増えると料理の幅が狭まるから困るのよね……」
思わず溜息が漏れた。事実、食材が限定された結果、朝食で提供出来る料理の幅が狭まり最近は代わり映えしないメニューが続いている。基本的に連泊するお客さんは少ないので、今の所誤魔化せてはいるけど……何れ限界が来るでしょうね。そうなる前に朝食だけだからと高を括らず、何らかの改善策を打ち出さないと。お客さんが減ってから改善に乗り出したんじゃ、手遅れになりかねないものね。
「よし。取り敢えず、レシピ探しと試作をしてみましょう」
私は新しく食堂に入ってきた高校生らしき5人組の男女の姿を眺めながら新しい事に挑戦する事を決意した。
幕間を2、3話入れた後、新章にに入ります。




