第231話 騒々しい一日を終えて
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俺の提案に美佳と沙織ちゃんは暫く思案気な眼差しを浮かべながら無言で互いの顔を見合わせた後、軽く頷き合う。どうやら、結論が出たらしい。
そして振り返った美佳の瞳には、覚悟を決めた色が浮かんでいた。
「ねぇ、お兄ちゃん? 確認しておきたいんだけど、お兄ちゃん達も手伝ってくれるんだよね?」
「ああ。直接手は出さないつもりではいるけど、館林さん達を指導する上で何か相談したい事があったら何時でも相談してくれ」
「そっか……沙織ちゃん?」
美佳は自分の隣で俺の顔を若干不安げな表情を浮かべながら凝視する沙織ちゃんに声を掛け返答の最終確認を行い、そんな美佳の問い掛けに沙織ちゃんも俺の顔を見つめたまま頭を縦に振って頷いた。
そして最終確認を終えた美佳は、俺の目を真っ直ぐ見ながら口を開く。
「……やる。麻美ちゃん達が探索者をやるって言ったら、私達が指導役をやるよ。ねっ」
「うん。何処まで出来るか分かりませんけど、お兄さん達の期待に応えられるようにやってみます」
美佳と沙織ちゃんは決意の色を瞳に浮かべながら、ハッキリとした口調で指導役につく事を了承した。
「そうか。まぁ、最終的には館林さん達の意思を確認してからになるけど、2人がやるって言ったら頼むな」
「うん!」
「はい!」
美佳と沙織ちゃんの力強い返事を聞きながら、俺は裕二と柊さんにコレで良いよね?と視線を送った。すると裕二と柊さんは軽く頷き、良いんじゃ無いかと言う視線を返してくる。良かった良かった。
そして裕二と柊さんは、美佳と沙織ちゃんに激励の言葉を掛ける。
「頑張れよ、2人とも。最初は戸惑うかもしれないけど、絶対良い経験になるはずだからさ」
「何時でも相談にはのるからね。気軽に相談してちょうだい」
「「ありがとうございます」」
俺はそんな4人の遣り取りを眺めながら、内心上手くいったなと小さく息を吐く。
美佳と沙織ちゃんが了承してくれた事で、館林さん達への指導を糧に自分を見直すと言う目的の他に、後輩指導を通し人を率いる経験を得る事で後藤グループを牽制し続けていく上で必要な、組織運営に必要な技能の基礎を培う事が出来そうだ。この手のノウハウを得るには、実際に経験してみないと学べないからな。最初から率いる人が多すぎれば経験不足から手に負えず挫折する事が多いし、下手に年の差があると萎縮し的確な指示を出せ無くなる。その点で言えば、館林さんと日野さんへの指導は少数の同年代を率いるので、経験を得る最初の一歩としてふさわしいだろう。コレから美佳達を中心に組織を拡大しようとする以上、2人は人を纏め率いる機微を早めに学んでおく必要がある。
……どっかの誰かの横やりのせいで、長期戦になりそうだからな。
「皆、そろそろ行こう。予め遅くなると言ってあるとは言え、余り重蔵さんを待たせるのは申し訳ないからね」
「「「「あっ」」」」
時計を見て皆、気まずげな声を上げる。先日の遠征結果の報告と評価をして貰う為、裕二に皆で訪れると伝えて貰っていたのだ。
そして俺達は周囲の安全を確認した上で、若干駆け足気味で裕二の家を目指して移動を始めた。まぁ若干といっても、自転車並みのスピードは出ているんだけどな。
重蔵さんを交えた報告検証会を終えた後、裕二を除く俺達は薄暗くなり夕日で赤くなり始めた空を眺めながら家路についていた。
「うーん。やっぱり難しいな、人に物を教えるのは……」
「そうね。美佳ちゃん、沙織ちゃん。2人から見て、やっぱり私達の指導は厳しかったかしら?」
「うーん、少し……」
柊さんの質問に、美佳が首を少し傾げながら返事を返す。
「どの辺りが厳しかったのかしら?」
「モンスターとの戦闘後は毎回小休憩を取ってたけど、階層を移動した時や食事以外の移動中は休み無く歩きっぱなしだった所……かな?」
「そう……沙織ちゃんも同じかしら?」
「は、はい。確かに美佳ちゃんの言うように、移動中に休憩が無かったのはちょっと辛かったです」
そう言えば、移動中はモンスターを探そうと歩きっぱなしだったな……。
「それは歩きっぱなしだったから、体力的に辛かったって事かしら?」
「ううん。どちらかと言うと、気疲れで精神的に辛かった……かな?」
「気疲れ?」
「はい。トラップ設置の有無や、通路の角を曲がった途端モンスターと遭遇しないかと常に警戒してたので、気が張り詰めていたので少し」
美佳と沙織ちゃんに指摘され、俺と柊さんは自分達のミスを自覚した。
確かに体力面は美佳も沙織ちゃんも探索者になった事で随分と強化されているが、戦闘に限らず移動時もトラップの確認などに神経を尖らせている以上は精神もそれなりに消耗するよな。その上、今回の探索のように泊まり掛けの連続潜行だと、疲労が蓄積し精神が回復するのも遅れる。特に今回の探索では、2人とも初めて人型モンスターを殺しているとなると、普段の探索以上に消耗は激しく回復しきれない、か。
「そっか……成る程。すまなかったな、2人とも。確かに俺達、モンスターとの戦闘にばかり気が向いていて、移動で精神が摩耗する事を考慮に入れてなさすぎたな」
「そう、ね。ダンジョン探索になれた私達のペースで歩いたら、確かに美佳ちゃん達にはきついペースになるか……。移動中に、もっと小休止を挟んでおくべきだったわ……特に2日目は」
俺と柊さんは揃って自嘲の溜息を吐く。明日にでも、裕二にこの話を教えておかないとな。
レベル差だけに限らず、探索経験の差からくる疲労するポイントの違いも把握していないと、指導する上で色々と問題が出てくる。俺達の場合、美佳達とのレベル差は当然として探索経験の内容差が大きい。一般の探索者がつまずく探索経験が不足しているせいで、美佳達のような新人探索者に対する指導時に無意識下で自分達にとっての当然を強要していた。
今回の移動中の休憩不足も、俺達が行う普段の探索……探索階層に対する適正レベルの大幅超過や【鑑定解析】によるトラップ即看破……では起きない事だからな。
「ううん。お兄ちゃん達が、どれだけ私達に気を配って探索に連れて行ってくれているのかは分かっているつもりだから、謝って貰う事なんて無いよ」
「そうですよ。確かに精神的にすこし辛いと言う事はありましたけど、お兄さん達のお陰で私も美佳ちゃんも大きな怪我一つする事無く探索出来たんですよ。謝って貰うような事はありません」
「「……」」
俺と柊さんは美佳と沙織ちゃんの慰めの言葉を聞き、思わず顔を見合わせ苦笑を漏らす。
美佳達に館林さん達の指導を任せて経験を積ませる等と偉そうに言っていたが、自分達もまだまだ経験不足だと言う事だな。
「ありがとうな、2人とも」
「ありがとう。美佳ちゃん、沙織ちゃん」
俺と柊さんがお礼の言葉を口にすると、美佳と沙織ちゃんは照れ臭そうに視線を逸らした。
途中柊さんと別れた俺達3人は、沙織ちゃんを家まで送る道すがら今日学校で起きた話をしていた。
後藤達関連の話しは少し聞いていたが、やはり体育祭でのアピールもあり美佳と沙織ちゃんも俺達と同様に注目の的になっていたようだ。登校すると朝から質問攻めに遭った様で、四苦八苦しながら対応していたらしい。
「でね、お兄ちゃん。私達を囲んできた男子の中には、信じられないから私達にココで体育祭でやった演武を見せてみろなんて挑発する様に言ってくる子もいたんだよ?」
「リハーサルの時だけとは言え、私達も目の前で演武はやって見せていたんですけどね。それに、流石に教室であんな真似は出来ませんよ」
「……それって、後藤グループの取り巻きの奴なのか?」
今までクラスの中心にいたはずが、体育祭を境に追いやられた事が気に食わず苦し紛れで挑発を……と思ったのだが。
「ううん。私が知ってる範囲では、違ったと思うよ」
違ったようだ。只単に、煽っただけだと言う事か。
「でも、周りがどんどん囃し立てるから盛り上がっちゃって……」
「やらなきゃいけないような雰囲気になりかけた所を……」
「麻美ちゃんが止めてくれたんだよ」
「へぇ、館林さんが……」
と言う事は、館林さんはクラス内でそれなりに発言力があるんだ。
「で、後は時間切れでその場はお開きになったんだけど……」
「その次の休み時間に、麻美ちゃん達からウチの部に入りたいって言ってきて……」
「連れてきたと?」
「うん。と言っても、放課後も質問攻めに遭ってたから直ぐに部室には行けなかったんだけどね」
「放課後という事で終わりが無いから、皆しつこいくらいにアレコレと聞いてきたんですよ」
美佳と沙織ちゃんはその時の事を思い出したのか、深い溜息を漏らした。どうやら、かなり苦労して抜け出してきたらしい。俺達も生徒会室に呼ばれそれなりに時間を使っていたのに、それより遅く部室に来た事を思えばかなりの間を足止めされたのだろう。
と、そんなこんなと話をしながら歩いていると、何時の間にか沙織ちゃんの家の前に到着した。
「また明日ね、沙織ちゃん!」
「うん。また明日ね、美佳ちゃん」
美佳と沙織ちゃんは、手を振りながら別れの挨拶をする。
「じゃぁね、沙織ちゃん」
「はい。送って貰い、ありがとうございました」
俺が挨拶をすると、沙織ちゃんは軽く会釈を返してきた。
そして沙織ちゃんが玄関を潜った事を確認し、俺は美佳に顔を向け声を掛ける。
「じゃぁ、俺達も帰るか?」
「うん!」
沙織ちゃんを送り届け終えた俺と美佳は、日が山陰に半分以上沈み辺りが暗くなり始めた家路を並んで歩き始めた。
夕飯を終え家族揃ってソファーに座ってくつろいでいると、母さんが何かを思い出したかのように話し掛けてきた。
「そう言えば大樹。今日の午前中なんだけど、貴方宛の留守番電話が残ってたわよ?」
「はぃ? 留守番電話? 俺に?」
「ええ。何とか物流って所から、お話があるので折り返し電話を貰え無いか?ってね」
「……何とか物流?」
俺は母さんの話を聞き、部室で橋本先生がしたスカウト話の事を思い出した。
もしかして、その留守電って……。
「母さん。その電話……スカウト云々言ってなかった?」
「スカウト云々とは言って無かったわね。大樹、何か心当たりがあるの?」
「う、うん。実は……」
俺は今日、橋本先生から聞かされたスカウト話について説明をする。
すると、話を聞いた3人は一瞬驚いた表情を浮かべたが、体育祭での演武を見ての件を話すと納得した表情を浮かべた。
「成る程。確かに大樹達がやったアノ演武は、凄かったものね」
「そうだな。大樹達が探索者を頑張っているのは知ってたが、あんな事が出来るとは思っても見なかったから俺達も驚いたものな」
「確かにアレを見たら、お兄ちゃん達に声を掛けようって気になる人もいるよね」
3人とも俺を見ながら、褒めるような感心したような表情を浮かべた。いや、スカウトとか嬉しいと言うより面倒ってのが先に立つんだけど……伝わらないか。
そして俺は少し困った表情を浮かべ、スカウトは全て断ったと口にする。すると……。
「ええっ!? 勿体ない。お兄ちゃん、どうして断ったの?」
「いや、スカウトとか言われてもな……。俺達まだ高校2年生だぞ? 学校を中退する気も無いし、スカウト条件の方も俺達のスタイルとは合わなかったからな」
「スタイルと合わないって……どう言う事?」
「今更使い慣れた装備品を交換してまで、スカウトを受けてスポンサー契約を結ぶ価値はないよ。丈夫な防具と言っても、それはあくまでもレベルアップ補正がされていない素の状態での話だからな。俺達が今使っている防具は、下手な装甲板より余程頑丈なんだぞ?」
俺がそう言うと、美佳は微妙に納得していないような表情を浮かべながら引き下がった。大分不満そうだけどな。
そして、俺と美佳の話を聞いていた父さんが口を開く。
「まぁ、大樹が将来どう言う道に進むのかは分からないが、色々悩んで考えて選ぶと良い。探索者業界の事は良く分からないから、こうした方が良いんじゃないかと助言は出来ないが、話を聞いてやる事は出来るから何時でも相談しにこい。悶々と自分の中だけで悩み続けるより、口に出して話せば考えが纏まる事もあるからな」
「……うん。ありがとう、父さん」
俺は父さんの気遣いの言葉に、軽く会釈しながら礼の言葉を口にする。
そんな父子のやりとりをしていると、母さんが手を叩きながら話に割って入ってきた。
「はいはい。先の話は置いとくとして、貴方達? 今度の期末考査は大丈夫なのよね? 最近探索者業の方に精を出しているみたいだけど、あまり成績が落ちているようなら辞めさせるわよ?」
「「うっ!?」」
母さんの一言で近々の問題、期末考査の事を思い出した俺と美佳は思わず呻き声を漏らした。
い、一応大丈夫……の筈だ。
体育祭終了直後に訪れる、学生には避けられないイベント……期末考察。毎日少しずつやっていればといいますけど、難しいですよね。




