第226話 リクエストに応えた結果……
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授業の合間合間の休み時間毎に他クラスの生徒の物見遊山で教室の外が騒がしかったが、俺達は何とかその包囲網を抜け部室で弁当を広げていた。
皆、少々草臥れた雰囲気を身に纏っているけどな。
「はぁ……疲れた」
「そうだな。流石に、休み時間毎にあんなに群がられたらな……」
「大半は深い考えも無い興味本位の見物人なんだから、直ぐに興味をなくすわよ。それまでの辛抱ね……」
他教室の中にまで入ってきて俺達を質問攻めにする猛者は流石にいなかったが、同じ教室のクラスメイト達は朝の質問会だけでは物足りなかったらしく遠慮無く問い掛けをしてきた。
しかし、面倒がらずに休み時間毎に一つ一つの質問に答えてなかったら、恐らくこうして教室からは逃げられなかったろうな。それを思えば、あの面倒な遣り取りも必要な事だったのだと思いたい。
「だね。でもまぁ質問攻めのお陰で、ウチのクラスに限って言えばある程度騒ぎは沈静化したと思っても良いんじゃないかな?」
「多分な。多少答えを濁したとは言え、皆が興味を持っていた質問に答えたから、ある程度は好奇心も満足しただろうさ」
「興味を持っている事柄について、知らない・分からないって事が解消されたら、大体の人は満足して興味や関心が薄れるものね」
クラスメイト達だけでも沈静化すれば、教室に居る間は平穏な学校生活がおくれるからな。学校全体共なれば暫くは騒がしい状態が続くだろうが、長く居る場所が安堵出来る場所であるという事はありがたい。
「今日一日の我慢……だと良いんだけどな」
「そうだな」
「そうね」
先週までの平穏な日々を夢見て俺が口にした希望に、裕二と柊さんも大きく頷きながら同意した。
弁当を食べる手を止め、俺は部室の扉に視線を向けポツリと漏らす。
「それにしても美佳達……遅いな」
3人で弁当をつつき始めて暫く経ったのだが、今だ姿を見せない美佳と沙織ちゃんを心配する。既に昼休みの4分の1は過ぎているのだが、美佳と沙織ちゃんが部室に来る気配がしない。
こうなってくると、もしかして……。
「捕まった……のかもしれないな」
「そうね、二人とも逃げ損なったのかもしれないわ」
「……やっぱり?」
俺が確認の意味も込め尋ねてみると、裕二と柊さんは若干沈痛気な表情を浮かべ頷いた。
そっか……捕まったか。
「まぁ仕方が無いと言えば、仕方が無いのか?」
「何だかんだ言っても、二人のクラスの問題を解消するのが目的だったからな」
「例の連中に押されて肩身が狭かった子達にとって、美佳ちゃん達の台頭は正に地獄に仏でしょうからね。皆、美佳ちゃん達の庇護下に入りたいと思っているんじゃないかしら?」
多分、柊さんの言う通りだろう。仮に美佳達の庇護下に入っていなかったとしても、二人と仲良くしていれば例の後藤グループは強引な勧誘等の手は出しづらくなるだろうからな。
美佳達と仲良く話をしているというポーズを見せつけるだけでも、牽制としてはやって損は無いだろう。
「そうなってくると、美佳達が昼休み中にここに来るのは……」
「無理、だろうな」
「そうね。美佳ちゃん達が離れたくても、周りの子達が離してくれないでしょうね……」
「……後でお疲れメールを入れておくかな?」
多分二人とも、慣れない扱いで辟易しているだろうな。
しかしココで美佳と沙織ちゃんは確り主導権を握っていないと、周りに祭り上げられ望む望まざる関係なく後藤グループと全面対決の旗頭にされるかもしれない。二人としてはあくまでも、後藤グループの強引な勧誘等の跳梁跋扈を牽制が出来れば良いだけなのだから、庇護下に入れた者が暴走しないように手綱を握っていないとな。
「それで良いんじゃ無いか? 俺達が下手に顔出したら、更に火に油を注ぐ事になりそうだしな」
美佳達だけでもクラスは大変な騒ぎになっているだろうに、そんなところに俺達が出向けば更に事態は悪化するかもしれない。その上、下手をすれば焦った後藤グループとの即全面対決といった事態にも発展しかねない。
ある程度落ち着きは取り戻しているだろうとは言え、彼等が追い詰められている状況であると言う事に変わりはないのだからな。下手な刺激はしない方が良いに決まっている。
「そうね。でもそうすると……二人とも放課後ココに来れるかしら?」
「どうだろ? でも、無理っぽいな……」
恐らく美佳と沙織ちゃんが今日取れる放課後の行動としては、入部希望の新人を引き連れて部室に来るか、仲良くしたいクラスメート達と親交を深める為に校外のお店に遊びに行くのどちらかだろう。クラスメート達の誘いを振り切って二人で部室に来るという選択肢もあるにはあるが、それをすると今後の牽制行動に大きな悪影響が出る可能性が高いので無しだろうな。幾ら俺達が後ろに控えているとは言え、身近なクラスメート達の支持が無ければ牽制も何もないのだから。
俺達は美佳と沙織ちゃんの教室での苦労を想像し沈痛な表情を浮かべた後、誰がいうでも無く静かに冥福を祈った。頑張れ二人とも、愚痴なら何時でも聞くからな。
「……良し。取り敢えず、弁当を食べてしまおうか?」
「そう、だな」
「そうね。今の段階で、私達に出来る事は何も無いものね」
そして俺達は、手を止めていた昼食を再開した。
穏やかな昼休みを過ごした後の午後一授業は、プールで水泳の授業だ。狭い更衣室で水着に着替え、プールサイドにむかう。雲で太陽が遮られているので少々肌寒く感じるが、まぁプール開きの頃よりはマシだな。
そして授業が始まるまで裕二と喋りながら軽く体を解していると、ニヤついた表情を浮かべた男子生徒が話し掛けてきた。
「よっ九重、広瀬! 今日の授業では、どんな事を見せてくれるんだ?」
「……はぁ?」
「おいおい、何とぼけてるんだよ! この間の体育祭では、あんな凄いのを見せてくれたじゃ無いか! 今日のお前等の活躍、期待してるぜ!」
「「……」」
男子生徒は期待に満ちた表情を浮かべながら俺の背中を軽く叩いた後、俺達の返事を聞く前に軽く手を振りながら去って行った。
って、おいおい。……何だよ、そりゃ?
「……活躍?」
「……期待してる?」
俺と裕二は衝撃から立ち直り、漸くその言葉を絞り出した。
そして、油が切れたロボットの様に、ギコチナク首を左右に動かし、辺りを見回してみると、先程の声を掛けてきた男子生徒と同様に、クラスの男子連中がチラチラと、俺と裕二を期待の籠もった眼差しで、眺めている事に気が付く。
「「……」」
俺と裕二は、思わず互いの顔を見合わせ合い、頬を引き攣らせながら、気拙い表情を浮かべ沈黙する。
皆の期待が重い……。
「ど、どうする?」
「どうする、って言われてもな……」
俺と裕二は、頬を引き攣らせたまま、皆の向ける期待にどう対処するか、頭を抱える。まさか、彼等の期待に答え、この授業でヤラカスと言うのは……無いだろう。
しかし、完全に彼等の期待を裏切るというのも考え物だ。そして、二人で相談した結果……。
「授業は真面目に受けて、自由時間に少し遊ぶ……で良いよな?」
「ああ、それで良いんじゃ無いか? と言っても、余り派手なのは無しの方向でだぞ?」
「勿論、その辺は分かってるさ」
と、この後の予定について俺と裕二が頷き合っていると、体育担当の男女の教師がプールサイドに姿を現し集合の号令を掛けた。
そして号令を受け男女に分かれ移動した俺達は、授業開始の挨拶をし男性教師の説明を受ける。
「あぁ、今日は体育祭が終わって初めての体育の授業だ。今だ体育祭の余韻が残っていて、いつも以上に張り切ろうとするかもしれんが、水泳等の水中での活動は一歩間違えれば溺死など事故に繋がる危険も十分ある。張り切りすぎず気を抜かずに、真剣に授業を受けるように。では、先ず準備運動からだ」
いつも以上に張り切るという所で、俺達3人の方に体育教師の視線が動いたのは、つまりそう言う事なのだろう。いきなり釘を刺された形になったが、コレはある意味クラスメイトの無茶振りを回避する良い理由になる。後で無茶振りしてきた奴に、今日は先生に釘を刺されたから無理だと断りを入れておこう。
そして準備運動を終え俺達は、体育教師の指示に従い水泳の授業を行った。
「良し。じゃぁコレで、今日の水泳の授業は終わりだ。残りの時間は自由時間とするので、怪我や溺れたりしないように注意するように!」
「「「はい!」」」
体育教師の号令により、20分程の時間を残し水泳の授業は終了し残りは自由時間となった。ウチのクラスも探索者資格を持つ者が多く、筋力や持久力が非探索者学生に比べ大幅に向上している者が多いので授業内容自体は短時間で終了した。
因みに水泳の授業内容は、クロール・背泳ぎ・平泳ぎ・バタフライの4種の泳ぎ方で合計1000m泳ぐと言う物だ。泳ぎが得意な探索者生徒は10分程で課題を終了させていたので、普通に自由形の世界記録を超えているんだよな。
「で、如何するんだ九重? やるのか?」
「やらないよ。自由時間とは言え、予め釘を刺されてるんだからさ」
水に浸かって仰向けでプカプカと浮いていると、潜水して近寄ってきた重盛が声を掛けてくる。
「でもな……周りを見て見ろよ」
「……ん?」
重盛に促され浮いたままの姿勢で視線だけを動かし周りを見ていると、今か今かと期待に満ちた眼差しが男女関わらず俺達3人に向けられていた。……マジですか。
「軽くでも良いから、何かして見せないと収まりつかなさそうだな……」
「だろ?」
今の所、裕二も柊さんも意図的に向けられる視線を無視しているようだが、次第に期待の眼差しが強くなっているのを感じ居心地が悪そうな雰囲気を纏っている。
だが……。
「けどな……」
視線を動かし、プールサイドに設置されたベンチに座って、プール内の生徒を監視している、体育教師を見てみると、俺達3人の動きを強く警戒している様子が、一目で見て取れる。
ココで皆の期待に応え動いたら、後で呼び出されて説教されそうだな。
「……確かに、あんなに警戒されてたらやれないか」
俺の視線の先をたどったのか、重盛も出来ないという俺の主張に同意する。まぁ誰だって、態々教師に釘を刺された状態で怒られに行くような事したくないしな。
「まぁ仮にだけど、許可が取れたらやっても良いんだけどな……」
俺は重盛に冗談でも言うように、到底達成出来そうに無い条件を出しながら残念そうに返事を返した。
だが……。
「あっ、馬鹿」
「……えっ?」
小声で重盛が俺の失言を罵倒した直後、数名の男子生徒がプールから上がり、体育教師の所に行く姿が見えた。彼等は、体育教師に身振り手振りを加えながら、何かを説明し、必死に説得を試みている様だった。おいおい、まさか……。
そして暫しの交渉の末、体育教師は疲れたように溜息をつき男子生徒は喝采を上げていた。
俺達3人は今、生徒全員が上がったプールの飛び込み台に並んで立っていた。
……どうしてこうなった!? 俺は思わずそう叫び声を上げたくなったが、両サイドに立つ裕二と柊さんの恨みがましい視線に晒され、口を開く事が出来なかった。はい、分かってます。俺の失言が原因ですよね。
「ではコレより、3名による50mのタイムアタック勝負をして貰う。くれぐれも事故の無いよう気を付けるように」
体育教師の、何処か疲れた口調の説明を聞きつつ、俺達は小さく溜息を漏らした。だが、事ここに至っては、腹をくくるしか無い。俺は、軽く自分の頬を叩き、気合いを入れる。
そして……
「それでは位置について、用意……」
俺達3人は視線で互いの顔を見合わせた後、軽く頷き合い……。
「スタート!」
体育教師の合図と共に、飛び込み台から跳躍し……それぞれ、5m程先の左側のコースロープを足場にして、再度5m程先、右側のコースロープ目掛け跳躍をした。
「って、おいぃぃっ!? お前等何をしてるんだ!?」
目をむき絶叫する体育教師の叫びを無視し、俺達3人はコースロープを足場に跳躍を繰り返しプールを縦断していく。
いや……だって先生? クラスの皆は俺達が普通に泳ぐ事より、こっちの方を期待していたみたいですよ? 現に……。
「うおぉぉっ!? すっげぇぇぇっ!」
「何だよアレ!?」
「あんなのアリかよ!?」
「は、早い! 3人とも、もう折り返してきてるぞ!」
クラスメート総立ちの大歓声。そんな皆の歓声を受けつつ俺達は、ほぼ同時に50mを一切泳ぐ事無くゴールした。そしてゴールするのに掛かった時間は、3人共に7秒……取り敢えずコレで皆のリクエストには応えられたかな?
だが、しかし……。
「馬鹿者、事故を起こさないように、気を付けろと言っていただろう!」
危険な行為をしたとして、結局俺達3人は男性教師の説教を受ける事となった。
はぁ、割に合わないな……。
水上走りならぬ、コースロープ版の八艘飛びですね。




