第225話 質問の嵐にあう
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美佳の腕に抱き着いたままの沙織ちゃんを引き連れ、俺達は突き刺さる周囲の好奇の視線を無視しながら若干はや歩き気味で校門をくぐり抜けた。すると、校内に入った事で一般人の目が無くなり心理的抵抗が減ったのか、遠巻きに俺達の様子を窺っていた生徒たちとの間合いが次第に縮まっていく。
そして……。
「あ、あの! す、すみません」
「……はい?」
互いに牽制しあい話しかけるタイミングを窺っていた集団の中から、美佳達と同じ一年生の女の子3人組が進み出てきて緊張した声色で話し掛けてきた。
そして彼女達の一人が意を決し……。
「あ、あの、その……個人事業、研究会?の方ですか?」
「えっ、あっ……うん。そうだけど……何か?」
「やっぱり!」
俺が質問に対して肯定の返事を返すと、不安と緊張で強ばっていた女の子三人の表情が一気に明るくなった。体育祭の演武で俺達の顔と部名は知っているが、遠目で見ていたから本人だという確証がなかったんだろうな。
そして女の子達は、怒濤の勢いで俺達に質問を投げ掛けてきた。
「あの演武、とても凄かったです! どうやったら、あんなに凄い演武が出来るんですか!?」
「あんな動きが出来るだなんて、今どれくらいの階層まで潜れているんですか!?」
「握手して下さい!」
等々、彼女たちは俺達の返事を待たずに、思いつく限りの質問を一気に投げ掛けてくる。
そして、その彼女達の姿を周りの生徒達は興味津々といった様子で窺い、俺達がどのような返事を返すのか固唾を飲んで待ち構えている様子だ。
「ええっと、演武は一杯練習したからで、潜った階層は15階は超えてるね。後は……」
俺は要望された握手をしながら、詳細をボカシつつ短く彼女達に返事を返していく。流石に詳しく教えるのは、刺激的というか……流石に拙いからな。
そして暫く彼女たちの質問に答えていると、制服の後ろ裾が引かれる。何事かと思い顔を後ろに向けると、若干不機嫌そうな表情を浮かべた美佳が腕時計を俺に見せつつ指先で叩いていた。って……あっ!
「ああっ……君達、悪い。そろそろ行かないと予鈴が鳴りそうだから、質問はこの辺にしてくれないかな?」
「「「えっ……あっ!」」」
彼女達にそう告げた後、よくよく周りを見回してみると周囲で俺達のやり取りを見回していた生徒達の数も随分減っていた。どうやら途中で飽きたか、時間を思い出した生徒は早々に退散したらしい。
そして残って見守っていた生徒も、俺の言葉を聞き若干慌てた様子で昇降口へ小走りで移動を始めた。
「す、すみません! こんな時間まで……」
「ああ、別に良いよ。まだ遅刻したわけじゃ無いしね。でも、これ以上は本当に遅刻しそうだからさ……ごめんね?」
「いえ! 私達の方こそ、時間も考えず質問攻めにしちゃって……」
そして彼女達は俺達に軽く頭を下げた後、照れ隠しなのか走って昇降口の方へと去って行った。
「……ふぅ。ごめん、二人とも」
「ううん。別にお兄ちゃんが悪いって訳じゃ無いから、謝らなくて良いよ。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん。でも……お兄さん? 学校についてコレじゃぁ……」
「教室に行ったら、もっと大騒ぎになるだろうな……ふぅ」
思わず、口から溜息が漏れた。校内に足を踏み入れて直ぐに、コレだ。この調子で教室に入ったら、どのような質問攻めにあうかと想像すると……憂鬱でしかない。
だが、何時までも落ち込んでいても仕方が無い。俺は軽く頭を振った後、美佳と沙織ちゃんの方に振り返り口を開く。
「まぁ取り敢えず、行こうか? このままここに居ると、遅刻するしさ」
「うん、そうだね。……教室に行った時の事を考えると足が重くなるけど」
「そうだね。体育祭後の時の事を考えると、根掘り葉掘り聞いてきそう……」
そして俺達は、重い足取りで昇降口へと向かっていった。
俺達の演武をネタにしたヒソヒソ話をする生徒や、畏怖や畏敬、羨望や嫉妬の眼差しを向けてくる生徒達に耐えつつ教室までの道のりを歩く。もの凄く、居心地が悪い。
そして自分の教室の前に到着した俺は、小さく深呼吸をし心を落ち着けた後に意を決して扉を開けた。
「……おはよう」
扉を開きながら小声で挨拶をしつつ入室すると、扉近くの席に座っていたクラスメイトの視線が一瞬俺に集まる。そして……。
「ん? おお、九重か! おはよう!」
「えっ!? 九重君!?」
「何、九重!?」
扉近くの席に座るクラスメイトの返事を引き金に、教室内に居たクラスメート達の視線が一斉に俺の方を向いた。何だろう……嫌な予感がする。
そして、その予感は直ぐに的中した。
「この前は凄かったな、お前等!? アレ、如何やったんだ!?」
「まるで、アニメや漫画のキャラみたいな戦闘だったぞ!」
「九重君、実は凄い探索者だったんだね! どうして実力を隠してたの!?」
質問攻め、再びである。しかもクラスメイトである分、先程の女の子3人組より質問の仕方に遠慮が無い。男のクラスメート達に揉みくちゃにされつつ四方八方から投げ掛けられてくる質問に、俺は思わず声を上げる。
「ええぃ、うるさい! そんなに一度に質問されても、答えられるか!? 質問するなら、1人ずつしろ!」
俺を揉みくちゃにしていたクラスメート達は俺の上げた声に一瞬驚いた表情を浮かべたが、逆にそれが冷静になる切っ掛けになったのか若干申し訳なさげな表情を浮かべ俺との間合いを開けた。
「ああ、すまん。九重」
「いや、俺もすまない。少しキツく言い過ぎたかもしれない」
「気にするな。今のは俺達の方が悪い。まぁ、取り敢えず鞄を下ろせよ」
「……そうだな」
俺は自分の席に通学バッグを置くと、改めて皆の方に目を向け質問を聞く。全部が全部は喋れないけど、答えられる質問には答えて置いた方が良いだろうからな。
にしても……裕二と柊さんはまだ来ていないな。
「じゃぁ、質問に答えるけど……一人ずつにしてくれよ?」
「ああ、分かってる。と言っても、余り時間も無い事だし皆が興味ある質問をするぞ。……何であんな凄い演武が出来たんだ?」
皆を代表し、重盛が質問を投げ掛けてきた。
にしてもまぁ、この質問なら素直に答えても大丈夫そうだな。
「ええっと……裕二の実家が武術道場だってのは知ってるよな?」
「ああ、聞いた覚えはあるな」
重盛や男子連中は知っているようだが、一部の女子は初耳だったらしく近くの友達と一緒に驚愕の表情を浮かべ合いながら驚いている。
まぁ興味が無かったら、あえて聞くような話じゃないからな。
「その裕二のお爺さんに頼んで、見栄えがする演武のやり方を指導して貰ったんだよ」
「成る程、だからあんなに迫力があったんだ」
「ああ。と言っても、ある程度演武の基本の型を教わっただけだけどな。派手に見えた原因の殆どは、探索者としての身体能力のお陰だ」
「確かに、探索者でも無ければあの素早い動きは無理だもんな」
質問役がある程度事情を知る重盛のお陰で、話が大きく脱線する事が無いのは楽で良い。まぁその分、女子連中や一部の男子は驚愕して騒いでいるけどな。
「元々見栄えする演武を、探索者の身体能力でしたんだ。そりゃ、見応えする物になるってもんさ」
「確かにな。俺もたまに、似たような演武を動画サイトで目にするけど……完成度って言うのか? 迫力はあるけど、視聴者目線の抜けている動画ってのもあるしな。やっぱり、ちゃんと指導されたものの方が良いって事か……」
「例外もあるだろうけど、素人がやるって事を考えれば指導無しだとな」
重盛は納得がいったかのように何度も顔を縦に振り頷き、つられるようにクラスメイトも曖昧な表情を浮かべつつも一応納得したように頷く。取り敢えず、誤魔化せたかな?
そして、皆の質問に答えていると……。
「おはよう」
憔悴し若干疲れた表情を浮かべた裕二が、気怠げな挨拶と共に教室に入ってきた。その為、質問の為に俺の周りを囲っていたクラスメート達は自然と道を空け、裕二はその道を通って自分の席へ座る。
随分疲れてるな……やっぱり裕二も質問攻めにあったんだろうな。
「ええっと……おはよう裕二」
「……ああ、おはよう」
俺が躊躇しつつ声を掛けると、裕二は小さく溜息をつきながら返事を返してくる。
「如何したんだ? 随分お疲れのようだけど……」
「ちょっと、な。学校に来る途中で、例の動画を見たって奴らに捕まって質問攻めに遭ってたんだよ」
「ええっと……それってウチの学校の奴らか?」
「いや? 制服がウチと違っていたから、他校の奴だ」
他校の奴に声を掛けられるんだ、裕二の奴。と言う事は例の動画、予想以上に浸透しているのかもな……。
そんな俺達のやり取りを聞いていたクラスメートの1人が、俺達の言う例の動画に心当たりがあったらしく声を上げる。
「あっ、私それ知ってる! 体育祭の応援合戦の事だよね!? そっか……今は消されちゃってるけど、確かにあの再生数なら他校の人でも知っている人なら知ってるよね!」
「あっ! その動画なら、私も見たよ! 大分引きのアングルだったけど、凄い迫力だったよね!」
どうやらウチのクラスにも、例の動画閲覧者がいたらしい。加え、どうやら例の動画を見た者は意外と多かったらしく、クラス中が例の動画の話でもりあがる。
そして……。
「凄いじゃないか九重、広瀬! お前等、ちょっとした有名人だぞ!」
「ひょっとしたら、有名な企業からスカウトが来るかもしれないな!」
近くに居た男子が俺と裕二の肩を叩きながら、有名人だなと褒め称える。
だが。
「「ちっとも、嬉しくないわ!!」」
俺達からすると、少しも喜ばしくは無い。引き出しダンジョンの件や後藤達の件を考えると、有名人になる事によって発生する衆人環視による行動監視や行動制限は邪魔でしか無いからな。
確かに彼等が言うように、有名になる事で企業などからスカウト等のメリットは有るだろうが、俺達からすると有名人になる事などデメリットでしか無い。
「はぁ? お前等、嬉しくないのか?」
「ああ。これっポッチもな! 考えても見ろよ? ある日突然“貴方のファンです!”なんて言って近付いてくる奴が出てくるんだぞ?」
「それも1人や2人じゃ無く、数十人の団体規模でな」
俺と裕二がウンザリとした表情を浮かべながら疲れた口調で諭すように告げると、男子生徒はその状況を想像するように考え混み始めた。
そして……。
「……」
「……なっ、嫌だろ? 自分で望んでTVや雑誌に出演して有名になったのなら兎も角、勝手に祭り上げられて有名になったのなら尚更さ?」
「ああ、確かにな。すまん、確かにいきなりそんな連中が現れたら、喜ぶより辟易するだろうな」
男子生徒は軽く頭を下げながら、俺と裕二に向かって謝罪の言葉を口にする。ふぅ、俺達の苦労を分かって貰えて良かった良かった。
コレで騒ぎがウチの教室だけでも収まれば……。
「だけどまぁ、それはそれとしてお前等、どうしてあんなに凄いって事を今まで黙ってたんだよ! 教えてくれていても良かったんじゃ無いか?」
ダメですか……。俺と裕二は若干ウンザリとした表情を浮かべながら、話せない部分は詳細をボカシつつ質問への回答を続けた。
そして暫く質問に答え続けていると、予鈴が鳴った。
予鈴が鳴ると同時に、質問の代表者をしていた重盛が手を打ち鳴らし盛り上がっているクラスメート達に声を掛ける。
「はいはい、皆! 予鈴も鳴った事だし、二人への質問はココまで。皆、鐘が鳴る前に席に戻って戻って」
重盛の言葉を切っ掛けに、俺達への質問会はお開きとなった。俺達の周りを囲っていたクラスメート達はぶつくさと小声で文句を言うものの、タイムリミットで有る事は理解しているらしく素直に自分の席へと戻っていく。
そして大体の人が自分の席に着いた頃、後ろの扉が開く音が教室に響いた。
「おはよ」
入ってきたのは、何時もと変わらぬ素知らぬ表情を浮かべた柊さんだった。
「お、おはよう柊さん。予鈴が鳴ってから教室に入ってくるなんて、珍しいね。何か用事でもあったの?」
後ろの入り口近くの席に座る女子生徒が、教室に入ってきた柊さんに挨拶を返す。
「別に? 特にコレと言った用事は無かったわ」
「そ、そうなんだ」
「でも、普段通り通学したら体育祭の件で登校中に質問攻めに遭いそうだったから、何時も家を出発する時間を後ろにズラして登校してきたの。お陰で、登校中に質問してくる人に会わずにすんだわ」
「ああ、だから登校時間ギリギリだったんだ」
「ええ、狙い通りピッタリよ」
そう答えを返した後、柊さんは悠々とした足取りで自分の席へと移動する。
望んでいないのに予想外の人気者に……ただの迷惑ですよね、本当。




