第224話 人気者……?
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カーテンの隙間から朝日が差し込み顔を照らし、俺は大きな欠伸と共にベッドから上半身を起こし頭を軽く左右に振りながら眠気を振り払う。
ふぁっ……眠い。
「……もう、朝か」
枕元に置いたスマホで時計を確認し、名残惜しがりながらベッドから抜け出す。
そして部屋着のまま部屋を出て階段を降り、朝食を用意する音と香りを感じつつリビングに顔を出し朝の挨拶をする。
「……おはよう」
「ん? ああ、おはよう大樹」
「おはよう。もうすぐ朝ご飯の準備出来るから、顔洗ってらっしゃい」
顔を出したリビングでは、父さんがソファーに座って新聞を読みながらTVニュースを見ており、母さんがキッチンで朝食の準備をしていた。どうやら美佳は、まだ起き出してきていないようだ。
……昨日の探索の疲れが残っていたのかな?
「ん……」
俺は短く返事を返し、リビングを出て顔を洗いに洗面所へと移動し顔を洗う。やっぱり冷たい水で顔を洗うと、一発で目が覚めるな。
そして顔を洗い終えリビングに戻り、改めて俺は父さんと母さんに挨拶をする。
「おはよう、父さん母さん」
「「おはよう」」
キチンとした挨拶を終え、俺はソファーに腰を下ろしTVニュースを眺める。TV画面ニュースは特に興味引く内容も無く、何時もと特に代わり映えしない内容だ。
そして暫く眺め続けていると、父さんが新聞を閉じながら話し掛けてきた。
「そう言えば大樹? 向こうに行っている間、何か騒がれたりしなかったか?」
「えっ? 騒がれる? 何の事?」
「いやな? 昨日……いや、一昨日か。日曜の朝のTVニュース特集でな? 今年の体育祭の話題が取り上げられてたんだよ。“探索者制度が制定され激変した高校体育祭”ってテーマで」
「へっ、へーっ。……そうなんだ」
父さんが振ってきた話を聞き、俺は一瞬頬が引き攣りそうになった。
そんな特集があったんだ……。
「やっぱり何処の高校も生徒の安全面を考え、多くの競技が中止されていたようだぞ。無論、自粛通達も有ったというのも大きな理由だろうがな。特に、生徒同士が直接ぶつかり合う騎馬戦や例年怪我人が出る競技は全て中止になったらしい」
「へぇー」
「その分、今年の体育祭ではダンス等の集団演目やチーム対抗応援合戦が盛り上がったらしい」
「そうなんだ……」
例年なら騎馬戦や対抗リレー等が盛り上がる定番の競技が、今年は実施自粛に向上した身体能力頼りの競技だったからな……今一盛り上がりに欠けたかな? 無論、それなりに盛り上がってたけどさ。
「それとここからが、さっき大樹に聞いた質問の元なんだが……大樹達が部活紹介で張り切ったように、他の学校でも学生探索者の子達が大分頑張った事が今話題になっていたらしい」
「……」
「元々ダンジョン探索何かの動画を動画サイトにアップをしていた学生探索者が、体育祭で張り切っている姿を投稿した事が騒ぎの原因らしいんだが随分過熱して居るようだ。まぁ確かに、大樹達がしたようなアピール演技の動画がアップされたら盛り上がるよな」
「……」
そんな騒ぎになっていたのか……と言う事は、俺達のアピール演技動画を投稿した者と煽った連中は別と言う事なんだろうか? 投稿した方は流行にのって単なる衝撃映像として投稿したのに、偶然それを目にした後藤達の目に付き利用された……とかかな?
まぁ動画はアングル的に、観覧席から撮られていた動画だったからな。アイツらが撮影者と知り合いでそれを入手したという可能性はあるが、可能性としては俺達の動画が投稿されているのを見付けて利用したって方が高いか……。
「まぁそう言う訳で、お前達も体育祭では張り切っていたからな。もしかしたら、誰かに声を掛けられたりしていたんじゃ無いかと思って思ったんだよ」
「ああ、うん。確かに向こうに行っている時、そんな感じで何人かに声を掛けられたよ。どうやら俺達の体育祭でのアピール演武の動画が投稿されていたらしいんだよ」
「……何、そうなのか?」
「うん。まぁ、声を掛けられた時は何のことか良く分からなかったから、似てるだけの人違いじゃ無いかって誤魔化してたけど……。後で確認してみたら間違いなく俺達だったよ」
「そうか……じゃぁ、気を付けておかないといけないな。動画を見た変な奴が寄ってきて、変なトラブルに巻き込まれるかもしれないからな」
「……うん。気を付けるよ」
忠告はありがたいけど、ちょっと手遅れかな……? 変な奴が寄ってくるどころか、推定敵対勢力候補が絡んできてるしさ。
この後、俺は話題を変えた父さんの話に適当に相づちを入れながら、この後の学校について若干頭を抱えつつ考えを巡らせていた。
父さんと話していると、全身でまだ眠いと主張している美佳がリビングに降りてきた。すると美佳は眉を顰めた母さんに叱咤され、足を引きずるようにして洗面所へ向かった。
うーん、大分疲れているようだな美佳の奴。と言うか、アレは肉体的疲労と言うより精神的疲労が肉体まで来ているってやつかな?
「大分辛そうだな……。なぁ大樹、ダンジョン探索で美佳は何か疲れが残るような事をやったのか?」
「んん、特には無いと思うけど……。美佳達がいった事が無い階層に潜ったり、新しく出現したモンスターと戦ったりしたから気疲れしたのかもしれないね」
「……そうか」
「多分、ね」
美佳を心配する父さんと俺は、ソファーから朝食が並べられたテーブルに移動しそれぞれ所定の席に着く。少しすると、準備を終えた母さんも席に着いた。
そして暫く待っていると、顔を洗い終え目が覚めた美佳が小走り気味でリビングに入ってくる。
「お、おはよう! ごめん! 待たせちゃって……」
「良いから、早く席に着きなさい」
「は、はぁい!」
少し焦ったように謝りながらリビングに入ってきた美佳は、母さんに早く席に着くように促され慌てて席につく。別に誰も怒っているわけでは無いのだから、慌てなくても良いんだけどな。
そして美佳が席に着いた事を確認し、食事を始める。
「「「「頂きます」」」」
今日のメニューは食パンとサラダ、カリカリベーコン付きスクランブルエッグにコーンスープと言ったオーソドックスな洋食スタイルだ。
うん、後でコーヒーを貰おう。
「なぁ美佳、さっきは随分疲れた様子だったが……大丈夫か?」
「えっ? う、うん。大丈夫だよ、お父さん。さっきのは単に、寝ぼけていたからだよ……」
「そうか? まぁ……何だ? 余り、無理はするなよ? 無理に探索者を辞めろとは言わないが体が資本である以上、疲れを残さないように十分休息は取るんだぞ?」
「う、うん。心配してくれてありがとう、お父さん」
父さんは先程見た、美佳の疲れた様子を心配して居るようだ。まぁ、当然だな。約束通り大きな怪我一つ負わせず連れて帰ってきたが、モンスターを相手にする探索者をしていれば怪我を負う可能性は常に付きまとう。今回は俺達が同行していたから美佳達が大きな怪我を負う事は無かったが、美佳達だけでダンジョンに潜った場合はその限りでは無いからな。
美佳はそんな心配する父さんを安心させるように、小さく笑みを浮かべながら心配してくれている事に感謝の言葉を告げる。
「って、美佳はこう言っているけど、本当のところはどうなの大樹? 美佳は探索者としてやっていけそうなの?」
「う……ん。戦う力って言う意味なら、昨日いった階層までなら十分通用するだろうけど、まだまだ始めたばかりだからね。メンタル部分や自己管理なんかの総合的な意味では、まだ何とも言えないかな? もう少し様子を見てみないと……さ」
「そう。アンタが向いてないって言ったら、無理にでも探索者資格を返納させたんだけどね……」
「……ははっ」
父さんと美佳の話の横で、俺と母さんは小声でそんな話をしていた。母さんとしては、美佳に探索者を続けて欲しくないらしい。まぁ娘が荒事に首を突っ込んでいたら、気が気じゃ無いだろうからね。
息子は良いのかって聞いてみたい気もするが……嫌な予感がするから辞めておこう。
朝食を終えた俺と美佳はそれぞれ自分の部屋に戻り、着替えなどの登校の準備をする。
そして手早く準備を終えた俺は、机の上のパソコンを起動し例のアピール演武の動画が投稿されていた動画投稿サイトを開き動画検索を掛ける。すると……。
「……良し、検索ヒット無し。どうやら無事、削除依頼が通ったみたいだな」
俺達が映っていた動画は既に削除されており、検索にヒットする事は無かった。今の所、再アップもされていないようだ。取り敢えず、これ以上拡散しないと思いたいが……。
「まぁ、無理だろうな」
恐らく例の動画は既に多数のコピーが存在している筈なので、完全に消し去るという事は不可能だろう。一度ネットに流出した以上、何れ再アップされる可能性は高い。結局は、再アップと削除の鼬ごっこになる。
だが、しかし……。
「取り敢えず、これで一時的にでも注目度は下がるだろう」
学校で動画をネタに騒がれる事は確定かもしれないが、原因の動画が早々に消えれば皆が飽きる速度は上がるだろう。騒ぎ自体が消せないのなら、せめて事態の早期沈静化の為の手を打つべきだからな。
まぁ、どれ程効果があるかは定かじゃ無いけどさ。
「さて、と……行くか」
美佳が階段を降りていく音が聞こえたので、俺はパソコンを閉じ通学バッグを持って部屋を出る。階段を降りリビングに着くと、ソファーに座ってTVを見る父さんと美佳の姿があった。
「遅かったね、お兄ちゃん」
「ちょっと、調べ物をしていたからな」
「……調べ物? ってあっ、もしかして例の動画の件?」
「ああ、それだ。ちゃんと昨日出しておいた削除依頼通り、動画は削除されていたぞ」
「そっか……良かった」
「例の動画って、何のことだ?」
俺と美佳が例の動画の件の事を話していると、父さんが不思議な顔をして尋ねてきた。
「さっき言ってた、体育祭のアピール演舞動画の事だよ。アレのせいで変に注目されて困ったから、動画投稿サイトの方に削除依頼を出しておいたんだよ。で、さっき調べてみたら無事削除されてたって話」
「ああ、あの話の……」
「画質自体は荒いけど、学校を特定出来る程度には色々映り込んでいたからね。学校の公式投稿動画って訳でもなかったから、問題なく依頼通り削除されたらしい」
素早い対応、ありがとうって感じだな。まぁ、もしかしたら俺達とは別ルートで削除依頼が既に送られていたから消された可能性があるけどな。
どちらにせよ、登校前に削除されてるのが確認出来て良かった。
「取り敢えず、これで一時的にせよ動画を閲覧する人間は減るだろうから、沈静化するのも早まるだろうさ」
「うん。でも、やっぱり学校では体育祭の事で騒がれちゃうよね……」
「それは仕方ないだろう。目の前でアレだけの事をされたら、やっぱり気になって話を聞きたいだろうからな」
「うん、そうだね。はぁ……」
美佳は昨日ダンジョンで遭遇した追っかけ?の事を思い出したのか、これから登校する学校でどう騒がれるのか想像し溜息を漏らした。俺も溜息を漏らしたいよ、ホント。
そして、そんな俺達の姿を見た父さんは目を細め若干不憫そうに見ていた。すると。
「はいはい、二人とも! 何時までも辛気くさい溜息をついていないで、サッサと学校に行きなさい。もうそろそろ、家を出る時間よ?」
「「えっ?」」
TVの端に表示されている時計に目をやると、確かにそこには何時も家を出る1分前の時刻が表示されていた。どうやら俺達が溜息をついている間に、何時の間にか時間は刻々と進んでいたらしい。
そして、俺と美佳は一瞬顔を見合わせた後……。
「「い、行ってきます!」」
出発の挨拶もそこそこに、通学バッグを持ち俺達は家を出た。
通学路を美佳と一緒に歩いていると、周りを歩く同じ制服を着た生徒達から視線を感じる。それも一つや二つでは無く、十を超える数だ。
どうやら、通学路で直接話し掛けてこよう、という剛の者は居ないが、好奇の眼差しが、無言の圧力となっている。
「ねぇ、お兄ちゃん……」
「無視しておけよ、美佳。今の所、突撃されてこない以上は無害なんだしさ」
「……う、うん」
とは言え、いい加減鬱陶しいな。ここまで注目するのならば、いっそ話し掛けてきてくれる方が少しはマシというものだ。
そして暫く周りの視線に耐えながら歩いていると、不意に何処か安堵するような響きの声が聞こえた。
「おはようございます、お兄さん! 美佳ちゃん」
それは、顔に満面の安堵に満ちた笑みを浮かべた沙織ちゃんだ。その全身から溢れ出る雰囲気は正に、地獄で仏に会ったとでも言いた気な物だった。
そして沙織ちゃんは駆け寄ってきた勢いそのままに美佳に抱きつき、安堵の息をつく。
「良かった、美佳ちゃん達に会えて。本当に……」
「えっ? えっ? ど、如何したの沙織ちゃん? そんなに慌てて……良かったって?」
「だ、だって……学校に近付いたら周りの皆が私に無言でチラチラ視線を向けてくるんだよ? 心細くって……」
どうやら沙織ちゃんも、周囲から多数の好奇の視線に晒されたらしい。それで少し情緒不安定になって美佳に抱きついた、と。
はぁ……。通学路の段階で、この注目度って……。全く、こうなると学校に着いたらどうなるんだよ、ホント。
無言の視線ほど、居心地が悪くなるものは有りませんよね。それが数十ともなれば……。




