第19話 初ダンジョン攻略終了
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100万PV達成!まさか2ヶ月掛からずに100万PVに達するとは思っても見ませんでした。
のたうち回り続けるハウンドドッグ。次第にのたうち回る動きは鈍くなって行き、体全体が痙攣し始めた。
「「「……」」」
言葉も無い。俺達3人は、次第に動かなくなって来たハウンドドッグの様子を、只々唖然と見続けるしかなかった。
予想外の効果を発揮したソレに、俺は冷や汗を流す。
「……おい、大樹。お前、何をしたんだ? 試してみたい事があるとは言っていたけど、これは……」
「……そうよ九重君。その水鉄砲に、何を入れているの?」
柊さんが俺が手に持つソレ……水鉄砲又の名をウォーターシューターを指さしながら鋭い眼差しと硬い声で問い詰めてくる。
何時ぞやの詰問を思い出し、俺は思わず口篭る。
「えっと、その……」
「……九重君?」
「ホットソースの希釈液が入っています!」
目を細めた柊さんに恐怖を感じた俺は、反射的に叫ぶ様に水鉄砲の中身を答えた。だって、メチャクチャ怖いんだもん。
「ホットソース?」
「激辛マニア御用達の超激辛ソースです! ルインソースって言うホットソースシリーズの中で、4,5番目に辛いって評判の物を使いました!」
スライムが塩で倒せたので、他のモンスターにも応用できないかと思ってネットで調べた所、俺の目に止まったのがルインソースだった。説明文を読むと、唐辛子の数百倍の辛さがあると書いてあったので、これは使えるかもと思い用意したのだ。
「ネット評では、口にすれば下血する辛さだって言っていたから、モンスターにも効くかと思って……」
残念ながら、一番辛い奴は既に製造を中止されていて、購入は出来なかった。何でも、辛いを通りすぎて観賞用にクラスチェンジした危険物だそうだ。代わりにそれよりはマシだが、数滴も垂らしたスープを飲めば下血間違いなしとの評価を得ている物を使っている。
で、そのホットソースを水で希釈し濾過した物を俺はポンプ式の水鉄砲に注入し、今回モンスターに対して使用した。
「その結果があれかよ……」
俺の説明を聞いた裕二は、反撃を警戒し目を離す事無く監視していた痙攣しているハウンドドッグに、哀れみの眼差しを向ける。いや、裕二君?相手はモンスターだからね?倒すべき敵だからね?俺、悪い事はしてないからね?
しかし、俺は何と無く居た堪れない気持ちが湧いてきて、二人から目をそらす。
「はぁ……全く。スライムの塩といい、今回の事といい……九重君は予想の斜め上の行動を取るわよね」
柊さんは疲れた様に溜息を吐きながら、額に手を当てた。
……何か、ごめんなさい。
「で、どうするのよ、アレ?」
「どうするって……」
柊さんに促され、俺は痙攣を繰り返す虫の息のハウンドドッグに目を向ける。このまま放っていても、その内死にそうな気がしてきた。
だが流石に放置する訳にも行かないので、俺は視線を裕二に向け……。
「止め……って言うより、介錯した方が良くないか?」
「それ……俺に言っているのか?」
「……」
俺は裕二の問いに無言で頷く。
いや、一応元々の予定では、裕二が止めをさす事になっていたしさ。
「……」
「……」
「……」
「……はぁ、分かったよ」
勝った。ジッと視線を向け続けたら裕二が根負けし、止めを刺す役目を引き受けてくれた。
裕二は小さく溜息を吐いた後、痙攣を繰り返し倒れているハウンドドッグを警戒しながら小太刀が届く距離まで近付いて行く。直ぐ間近にまで裕二が近付いても、ハウンドドッグは痙攣を繰り返すだけで何の反応も示さない。
裕二は緊張で唾を飲んだ後、右手に持った小太刀を振り上げハウンドドッグの首筋目掛けて一思いに振り下ろした。小太刀は狙い違わずハウンドドッグの首筋に突き刺さり、少量の赤い血が吹き出す。裕二はハウンドドッグの首に突き刺さった小太刀を素早く捻り、トドメを刺す。
ハウンドドッグは一度大きく痙攣した後、全身の力が抜け動かなくなった。
「……」
裕二は無言で動かなくなったハウンドドッグから小太刀を引き抜き、少しフラつく足取りで距離を取る。
チラリと見えたが、裕二の顔色が些か悪い。
「……大丈夫か?」
「……ああ、大丈夫だ」
口では大丈夫とは言っているが、到底そうは思えない。裕二は微妙に焦点が合っていない目で、血の付いた小太刀をジッと見ていた。暫く場に沈黙が広がる。
すると、裕二がトドメを刺したハウンドドッグが光の粒になり姿を消し、死体が消えた場に拳大の赤みがかった鉱石が転がっていた。
俺は鑑定解析スキルを使ってドロップアイテムの正体を探り、その結果は……。
「……銅、みたいだ」
「……そうか」
裕二はドロップアイテムに興味を示さず、今だ茫然自失といった様子で血の付いた小太刀を見続けていた。……重症だな。
俺は柊さんにチラリと視線を向けた後、大きく息を吸い込み裕二に声をかける。
「裕二!」
「っ! ……大樹?」
驚いた後、大声を出した俺に不思議そうな表情を浮かべているが、どうやら正気に戻ったようだ。
裕二の目には、先程までとは違いシッカリとした光が戻っていた。
「大丈夫か?」
「……ああ。……なぁ、大樹」
「? 何だ?」
「生き物を殺すって、こんなに気持ち悪い手応えだったんだな……」
裕二は俺にうわ言の様に、独白を呟く。
「刺した瞬間、小太刀を締め付ける様に筋肉が動いて抵抗したんだ。けど、小太刀を捻ってトドメを刺した瞬間、それまで強烈に締め付け抵抗していた筋肉が一気に力が抜けたんだ。……俺、この手でモンスターを殺したんだよな……」
「……裕二」
「ははっ、なんて事はない。覚悟を決めていても、結局このザマだ。……何やってんだろうな、俺」
俺は何て言葉をかければ良いのか、分からなくなった。
裕二はそれ以上声を発する事無く無言で血の付いていない左の小太刀を鞘に収め、バックパックからキッチンペーパーと無水エタノールの入った容器を取り出し、小太刀に付いた血を拭き取り始める。俺には、その裕二の背中を無言で見続けるしか出来なかった。
「……はぁ。広瀬君、確かに生き物を殺した事にショックを受けているのは分かるけど、ここはダンジョンの中よ? 忘れろとは言わないけど、外に出るまではその感情は棚上げしておいて」
「……柊さん?」
気落ちしている裕二に、柊さんは強めの口調で裕二に語りかける。裕二は血を拭き取っていた刀から顔を上げ、柊さんに虚ろ気味な眼差しを向けた。
「私もね、お父さんに言われて初めて鳥をしめた時は、精神的ショックを受けて寝込んだわ」
「……」
「ついさっきまで生きていた鳥を紐で吊るして、喉を包丁で掻っ切るの。血が大量に流れ出して、下に置いた容器一杯に血が溜まっていく光景は、今でも鮮明に思い出せるわ。多分広瀬くんも、ショックを受けて気落ちしているんだろうって言う事は分かるつもりよ。でもね、今は落ち込んでいて良い時ではないわ」
「……」
柊さんの話は、中々衝撃的な告白だった。
確かに、柊さんの実家は料理屋だから、そう言う経験はしていても不思議ではないのだろう。そう言えば、初めてスライムを殺した時も柊さんは躊躇しなかったっけ。
裕二は、暫く柊さんの顔を見続けた後、胸に溜まった息を吐き出し、どこか吹っ切れた様な、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「ごめん、迷惑かけた。もう、大丈夫だ」
「……本当にか?」
「ああ。完全に吹っ切れたって言う訳じゃないけど、取り敢えず柊さんの言う様に棚上げしとくさ」
苦笑いを浮かべる裕二は血を拭き取った小太刀を鞘に収め、ドロップアイテムの銅鉱石を拾い上げる。銅鉱石は数キロの重さがあるが、裕二はレベルアップした御陰で楽々と片手で持ち上げていた。
「銅……か。良くて換金額は千円って所か。はっ、文字通りモンスターの命はこの程度って事か」
手に持つ銅を見ながら裕二は、寂しげな様子で吐き捨てる様に呟く。
「裕二……」
「分かってるよ。これは只の愚痴さ……」
裕二は銅鉱石をバックパックの中に収納し、頬を両手で叩き気合いを入れ直していた。
裕二が持ち直したので、俺達はダンジョン攻略を再開。
一応、この時点でダンジョンを出ないかとは提案したが、裕二の醜態で俺達の実戦経験のなさが明確に露呈。最低一人一回はモンスターにトドメを刺す経験をしておいた方が良いと言う結論に達し、俺と柊さんが倒すモンスターを求め歩き出した。
「とは言っても、そう都合良くモンスターが出てくるわけないか……」
「そうだな。柊さんの方は?」
「ダメ。私のスキルに引っ掛かるような物はいない様よ」
ダンジョン攻略を再開して既に1時間。そろそろ、LEDライトの電池を交換しないといけない時間になる。これだけ歩いてもモンスターに遭遇しないとは、どれだけエンカウント率が低いのだろうか?ゲームなら確実に、クソゲーと呼ばれる分類にランクインするだろう。
そんな事を思っていると、柊さんが大声を上げた。
「!? 二人とも気を付けて! この気配、多分モンスターよ! 後ろの通路から来るわ!」
「! 分かった」
「了解!」
俺達は武器を構えながら隊列を組み直し、モンスターの襲撃に備える。
柊さんの警告の声から数秒後、モンスターが姿を現す。白い体毛に覆われた中型犬程の大きさの、額から一本の角が生えたウサギだ。
鑑定解析の結果は、ホーンラビットと出た。
「裕二、柊さん、今回のトドメは俺がやる!」
「!? 分かった」
「ええ、良いわよ!」
ホーンラビットはハウンドドッグと違い、一度立ち止まって間合いを測る事などせず、接近してきた勢いそのままに俺達へと突っ込んでくる。加圧動作が必要な水鉄砲は間に合わないと思い、俺は不知火を握る手に力を込め二人に指示を出す。
「二人とも避けて!」
俺の声に反応した二人は、裕二は左に、柊さんは右へと避けた。そして俺は、体の右側に不知火を水平に構え、ホーンラビットの突撃を左に避けながら不知火を跳躍軌道上に置く。水平に振り抜かれた不知火の刀身はホーンラビットの角の下、眉間のあたりに当たり、刃が喰い込む感触と共にホーンラビットを上下に両断した。
上下に分断されたホーンラビットの死体は突撃の勢いそのまま暫し宙を舞った後、熟したトマトを壁に叩き付けた様な音を立てながら床へ落下し血の海を作り出す。
「……」
確かに裕二がショックを受けるのも納得だ。生きた生き物を切る感覚は、何とも言えない気持ち悪さがあった。料理で肉の塊を切る感触とは違う抵抗感が、未だに手に残る。磨き上げられていた不知火の刀身には、少量の血と脂が付着していた。間違いなく、俺がホーンラビットを切った証拠だ。
血の海に浮かぶ二つに分断されたホーンラビットの死体が光の粒に変わり消えていったが、その場には何も残っていなかった。
「……ドロップは、なしか」
「みたいだな。で、大丈夫か大樹?」
「ああ。今は何とか」
裕二の件で事前に覚悟していたので、思ったよりもショックは少ないものの込上げてくるものはある。
だが、それをここで面に出すわけにも行かない。俺は意地を張り笑みを浮かべながら、柊さんに普段と変わらない感じで話しかける。
「取り敢えずこれで、今日のノルマは後の柊さんの分の1体だね」
「そうね。でも、ダンジョン探索自体はこれで終了よ。LEDライトの電池を交換して帰路に就きましょう。残りの1体は、帰り道で遭遇する事に期待よ」
俺達は順番にLEDライトの電池を交換し、帰路へと就いた。進むのに2時間程かかった以上、帰路も同じだけ時間がかかるので遭遇する可能性は0ではない。
俺達はマッピングしていた道を、来た時以上のスピードで戻っていく。途中、別の探索者グループと遭遇したが、特に揉め事が起こる様な事もなく軽く挨拶を交わし別れた。
そして、帰路を半分以上戻った頃、遂にモンスターが出現した。出現したモンスターはハウンドドッグ。裕二が倒したモンスターと同一種だった。
「柊さん。俺が例の物で足を止めるから、その後に槍で仕留めて」
「……うん。お願いね、九重くん」
柊さんは一瞬俺がホットソース弾入り水鉄砲を使う事に躊躇したが、安全性をとって了承してくれた。俺は早速水鉄砲の狙いを定め、ハウンドドッグが射程に入った瞬間発射。液体は狙い違わずハウンドドッグの顔に命中、苦しそうにのたうち回り始めた。暫く待つと、ハウンドドッグは痙攣を繰り返し動きを止める。
「さっ、柊さん」
「……うん。エイっ!」
柊さんの槍が、ハウンドドッグ側頭部に突き刺さる。ハウンドドッグは大きく痙攣した後動かなくなり、死体は光の粒に変わって消え、後にはビー玉程の大きさのコアクリスタルが転がっていた。
俺はハウンドドッグにトドメを刺し終えた柊さんの顔を覗き込み様子を窺うが、特に変化もなく大丈夫そうだ。
「これで、今日のノルマは達成かな?」
「ああ、そうだな。1人1回ずつモンスターを倒しているし、初日なら十分だろ」
「そうね。無理をしてもロクな事にならないわ」
俺達は初日の目標を達成したので、欲をかかない内に帰路を急ぐ。思った以上に、俺達は生き物を殺すと言う事に精神的ショックを受けていた様だ。ここは無理をせず、早期撤退するのがベストな選択だろうな。
レベルが高いとは言え、後2,3度はダンジョンの深くには潜らず、モンスターを殺す感触に慣らしていかないと不味い、と言うのが今回の実戦で得た教訓だ。
そして30分後、俺達は新たなモンスターと遭遇する事も無く、無事ダンジョンを抜け出し初日のダンジョン攻略を終了した。
結構バレていましたね、液体の正体。名前は少々モジリました。




