第220話 ふむ、折り返し時間か……
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襲いかかってくるゴブリン達の攻撃を少々大袈裟に避けつつ、裕二は攻撃後に空振りで体勢を大きく崩したゴブリンの腹に一撃で致命傷にならない様に手加減した蹴りを叩き込む。蹴られたゴブリンは大きく弾き飛ばされたが、蹴られた腹を手で押さえつつ震える足を抑えながら立ち上がる。その上、立ち上がったゴブリンの目には今だ消えぬ裕二への敵愾心があり、再び襲い掛かろうと言う闘争心を失っていなかった。
つまり、上手く手加減出来ているという事だ。
「おおー。流石に上手いな、裕二の奴」
「そうね。ギリギリ手が届くかもと言う戦いを演出する事によって、上手くゴブリン達の戦意を煽ってるわ。あれなら、ゴブリン達も早々に逃走しようとはしないでしょうね」
「うわっ、凄いな裕二さん。……ねっ、沙織ちゃん?」
「う、うん……」
俺と柊さんは6体のゴブリン相手に立ち回る裕二の見事な囮兼数調整振りに感心し、美佳と沙織ちゃんは目を丸くしながら裕二の立ち回りに驚きの表情を浮かべていた。俺と柊さんにはある意味見慣れた光景だが、美佳と沙織ちゃんからしたら魔法の様に見えているんだろうな。
大丈夫、何れ2人にもあの立ち回りが出来る様に成る……と言うかするから。
「良し、沙織ちゃん。そろそろ交替するから、準備をしてくれ」
「は、はい!」
裕二は3体までゴブリンを減らすと、特に緊張した様子も無い穏やかな口調と声で沙織ちゃんに交替する準備をする様に声を掛ける。まぁ裕二の技量からすると、6体程度のゴブリンに囲まれたくらいで焦る筈無いか。
寧ろ、声を掛けられた沙織ちゃんの方が緊張してるよ。
「じゃあ、行くぞ? ふっ!」
裕二は短く息を吐くと共に、目の前まで接近してきていたゴブリンの首に手刀を叩き込み首の骨をへし折った。コレで合計4体仕留め、数調整完了である。
そして数調整を終えた裕二はバックステップで大きく後ろに飛び、仲間が殺られ一瞬動揺し動きを止めたゴブリン達から距離を取った。
「じゃっ、後は頑張って」
「は、はい!」
裕二は選手交替で皆の前に進み出た沙織ちゃんとスレ違いざまに、軽く肩を叩きながら一声だけ応援の言葉を掛け後ろに下がった。
そして沙織ちゃんは軽く深呼吸をし気持ちを落ち着けた後、憤怒の表情を浮かべ裕二目掛けて駆け寄ってくるゴブリン達を怯む事無く鋭い眼光で睨み付ける。うん、沙織ちゃんも短時間での意識の切り替えが上手くなったな。
「……行きます!」
短く気合いを入れつつ、沙織ちゃんは槍を構えゴブリン目掛け走り出す。
すると沙織ちゃんの突撃に反応したゴブリンは、体2つ分程の距離を開け左右に分かれ迎撃の構えを見せた。どうやらゴブリン達は、攻撃後のカウンターを狙っているらしい。だが……。
「ッ!」
「ギギッ!?」
沙織ちゃんはゴブリン達の間合いに入る直前で急減速、同時にサイドステップで右側に陣取っていたゴブリンの側面に移動した。そのせいでゴブリン達は、沙織ちゃんが目前で行った緩急の変化と縦から横方向へ急激な方向転換変化に対応出来ず、一瞬沙織ちゃんの姿を見失う。
そしてゴブリン達が作ってしまった一瞬の隙を見逃さず、沙織ちゃんは躊躇せず間合いに踏み込みゴブリンの側頭部目掛け槍を繰り出した。
「ハッ!」
「ギッ!?」
沙織ちゃんが繰り出した槍は狙い違わずゴブリンの側頭部を貫き、ゴブリンは短い絶叫を上げ力無く崩れ落ちた。槍の穂先が少し反対側の側頭部から出ていたので、アレは致命傷だな。
そして一体目のゴブリンを仕留めた沙織ちゃんは油断する事無く、素早く槍を引き抜きバックステップでゴブリン達から距離を取った。
「ギッ、ギギッ!?」
「……」
仲間が殺られ顔を右往左往させ動揺するゴブリンを油断無く観察しながら、沙織ちゃんは槍を振り穂先に付いた血を振り払った。相手が残り一体だから良いけど、複数の敵が残っている時にアレをすると隙を晒す事になるから後で注意しておくか。
そして槍を構え直した沙織ちゃんは、動揺し隙を晒す残るもう一体のゴブリンとの間合いを詰めていく。
「ハァッ!」
「ギッ!?」
動揺していたゴブリンは沙織ちゃんの顔を狙った攻撃に反応が遅れ、咄嗟に持っていた棍棒を槍の軌道上に置いて防御の構えを取ったのだが……無駄だった。沙織ちゃんはゴブリンが防御の構えを見せた瞬間、槍を握っていた手首を捻り顔を狙っていた槍の軌道を胸の中心に変えたのだ。
結果……。
「ギッ!?」
槍の穂先はゴブリンが咄嗟に行った棍棒の防御をすり抜け、胸の中心を深く貫いた。ゴブリンは苦悶の表情と悲鳴を上げ、槍に貫かれた胸を咄嗟に抑える。
そして、沙織ちゃんが槍を引き抜くと同時に、ゴブリンは胸から大量に血を噴き出しながら地面に倒れた。出血量から見ても、コレは致命傷だな。
「……」
そして暫く自分が倒した2体と裕二が仕留めたゴブリンを警戒していた沙織ちゃんは、ゴブリン達の体が粒子化し始めたのを確認し緊張を解いた。
戦闘を終えた俺達は周囲を警戒しつつ、沙織ちゃんを主役に簡単な反省会を行っていた。と言っても、今回の反省点はそんなに多くないけどな。
「取り敢えず。お疲れ様、沙織ちゃん。怪我しなかった?」
「はい。でも、別に攻撃は受けていないので怪我はしていませんよ?」
「トップスピードから、急な減速や方向転換をしていたからね。筋なんかを痛めていないか、念の為の確認だよ」
「……そう言う事ですか」
幾らレベルアップで身体能力が強化されているとは言え、余り無理な動きをすると関節や筋に負担が掛かり怪我を負う可能性がある。例えば、捻挫とか筋断裂とか……。
まぁ、確りストレッチや準備運動等をしていれば、防げる可能性は高くなるけどな。
「だが見た所、あの動きにはまだまだ無理があるな」
「そうね。多分、まだ歩法が上手く出来ていないんじゃ無いかしら? 急停止からサイドステップまでの繋ぎが、少し甘かったと思うわ」
裕二と柊さんは、先程の戦闘で行った沙織ちゃんの立ち回りを思い出しながら指摘をする。確かに2人の言う様に、急停止とサイドステップとの繋ぎ方がぎこちなかった。多分……歩幅の微調整が上手くいかず、それが原因で飛ぶタイミングがズレたのだろう。ゴブリン程度なら複数を相手にしても問題ないだろうが、もっと強いモンスターを複数相手にしたら場合によっては致命的な隙になる。
まぁ、訓練なら沙織ちゃんも普通に熟せる事なので、慣れていけば何れ改善出来るだろう。
「あぅっ……」
「まっ、まぁ……その辺は何度か戦っていれば改善出来る様になると思うよ。この後の戦闘では、その辺も気にしながら戦ってみると良い」
「は、はい」
裕二と柊さんの評価を聞き落ち込む沙織ちゃんに、俺は励ましの言葉を掛ける。余り落ち込んで居ると萎縮し、パフォーマンスが落ちるからな。
「でもまぁ、他は特にこれと言って大きな問題は無いと思うよ。概ね、上手く戦えていたと思うしね。あっ、でも……槍の血を吹き飛ばす動作、アレは戦闘中にはしない方が良いよ。複数の敵と戦う場合、一動作でも致命的な隙に繋がる場合もあるからさ。特に沙織ちゃんの使っている武器は、俺や裕二の物と違って突き技がメインの槍だからね。多少血が残っていても、ゴブリン程度の外皮なら問題なく貫けるから」
「あっ、はい……気を付けます。はぁ……」
「ど、ドンマイ、沙織ちゃん」
色々指摘され若干落ち込む沙織ちゃんを美佳に任せ、俺は裕二と柊さんに視線を向ける。
「裕二。囮兼間引き役お疲れ、結構上手くいったな。やっぱり、徒手格闘で仕留めた方が良さそうだな?」
「ああ。と言っても、やり過ぎは御法度だけどな。相手が戦意を失わない程度に丁々発止の戦い方ってのは、中々に面倒だぞ? 特に俺達の場合、ちょっと力加減を誤るとゴブリン程度の防御力だと爆散するからな」
流石に、一緒に戦う仲間が、拳の一振りで爆散したら、幾ら数的優位にあったとしても、戦意は消えるか、萎えるよな。誰が好き好んで、絶対に勝てないと思わせる敵に、進んで襲い掛かるかっての。
「そうなると、やっぱり元々数が少ない集団を見付ける様にした方が良いのかしら?」
「ああ、でも柊さん? そんなに都合良く、2体組のゴブリンと遭遇出来るかな? コレまでの経験上、この階層に出現するゴブリンの集団って、少なくとも3体以上で遭遇していたと思うんだけど……」
「さっきまでの2人の戦い振りを見る限り、あと何回か2対1でゴブリンと戦わせたらもう一体増やしても大丈夫そうじゃない?」
「うーん……」
柊さんの提案を聞き、俺と裕二は顔を見合わせる。確かに柊さんの言う様に、美佳も沙織ちゃんも少々戦い方に粗は見受けられるが、基本的な戦い方に問題は無い。もう何度か2対1で戦う経験を積めば、もう一体増えても恐らく大丈夫だろう。裕二も俺と同じ考えに至ったらしく、軽く頷いている。
只……。
「……と言う訳なんだが、2人はどう思う? 出来そうか?」
「えっと……」
「その……」
俺は当事者になる美佳と沙織ちゃんに、3対1でもイケるかと問う。だが、美佳も沙織ちゃんも互いに顔を見合わせ、戸惑いの表情を浮かべながら言葉を濁し返答を避ける。
「まぁ、いきなり聞かれても困るよな。この後も、今みたいに2対1の状況を作るから、対複数戦の自信が付いたら言ってくれ。あぁ、言って置くけど、無理に大丈夫だって言わなくて良いからな。下手すると、大怪我を負うしさ」
「う、うん」
「は、はい」
美佳と沙織ちゃんは若干動揺しながら、俺の言葉に首を縦に振って頷いた。
さて、反省会はこの辺りにして探索を続けるか。
そして、数度のゴブリンとの戦いを経て、自信を付けた美佳と沙織ちゃんは、一度に戦うゴブリンの数を増やし、間引きせずに3対1で戦っていた。
「美佳、もっと相手の動きをよく見ろ! 相手は連携と呼べる程、連携は取れていないぞ! 無理に攻め込まずに、1対1の場を作れる様に相手を誘導する様に動くんだ! 3対1じゃなく、1対1を3回する感じで戦うんだ」
「うん!」
アドバイスをする俺に返事を返しながら、美佳は左側から近付いて来ていたゴブリンに槍を水平に振って牽制しつつ、仲間と少々広めに距離を開けた真ん中に位置するゴブリンに目掛け踏み込む。牽制された左側のゴブリンは槍を避ける為に足を止め、右のゴブリンは慌てて真ん中のゴブリンのカバーに入ろうとするが距離が離れており一歩届かない。つまりこの瞬間において、美佳は真ん中のゴブリンと1対1の状況を作り出せたと言う事だ。
そして……。
「ハッ!」
「ギッ!?」
美佳の槍がゴブリンの喉を貫いた。ゴブリンは短い悲鳴を上げ脱力し倒れようとしたが美佳は動きを止めず、槍を引き貫かれたまま繋がったゴブリンを近くに手繰り寄せ……左足のハイキックで貫かれたゴブリンをカバーに入ろうとしていた右のゴブリン目掛け蹴り飛ばす。結果、右のゴブリンは飛んできたゴブリンに巻き込まれ縺れながら転倒。右側にいたゴブリンは、一時的に行動不能状態に陥った。
そして美佳はその隙を逃さず即座に反転、足止めから立ち直り攻撃を仕掛けてきた左側のゴブリンと相対する。
「ヤッ!」
「ギッ!?」
ゴブリンの上段から振り下ろされた棍棒による攻撃を横にズレる事で回避した美佳は、槍を素早く引き絞り降り下ろしの反動で体勢を崩し隙を晒すゴブリンの眉間を貫いた。後残り、1体。
そして……。
「ハッ」
「ギッ!?」
仲間の死体を撥ね除け立ち上がろうとしていた最後のゴブリンが体勢を整える前に、美佳は間合いギリギリから槍を突き出しゴブリンの胸を突き刺した。胸を突き刺されたゴブリンは悲鳴を上げながらも槍を抜こうと柄に手を伸ばしたが、美佳は槍を更に深く押し込みトドメを刺す。結果、ゴブリンの伸ばした手から力が抜け、動かなくなった。
「お疲れ様、美佳。如何だった、3対1で戦ってみた感じは?」
粒子化を始め警戒を解いた美佳に、俺は話し掛けた。
「うーん。1体増えて立ち位置の把握に手間は掛かったけど、基本は余り変わらなかったかな?」
「まっ、そうだな。複数体と戦う時の戦闘で重要なのは、立ち位置の調整だよ。相手を確実に倒せる状況に追い込みつつ、自分が窮地に陥らない様にする。言うのは簡単だけど、実際にやるとなると難しいからな。更にパーティー戦となると仲間の立ち位置も把握していないと、同士討ちの危険も出てくるから更に難しくなるぞ」
「うへぇー」
「まぁ何度も戦って経験を積めば、その内自然に出来る様になるさ」
「……うん」
俺の話を聞き美佳は一瞬顔に面倒だと言いた気な表情を浮かべていたが、目には覚悟の色が見えるので大丈夫だろう。何、直ぐに慣れるさ。
そしてドロップしたアイテムを回収していると、俺の腕にしていた時計のアラームが大きな音を立て鳴った。……前半戦終了か。
探索時間の前半終了、帰るまでがダンジョン探索ですね。




