第219話 手間が掛かるな……
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昼休憩を終えた俺達は、再びダンジョン探索を再開した。この階層からは、複数の人型モンスターが同時に出現する。美佳も沙織ちゃんも1対1の戦闘はある程度慣れたようだが、果たして上手く対処できるか……心配だな。
だがまぁ、それよりも……。
「2人とも、緊張し過ぎだぞ。リラックス、リラックス」
「う、うん……」
「は、はい……」
美佳と沙織ちゃんは緊張した面持ちで、ダンジョンの前方を警戒していた。何をそんなに警戒しているのかと疑問に思ったが、ある原因に思い至ったので俺は美佳と沙織ちゃんを安心させようと話し掛ける。
「一応言って置くけど、いきなり何体ものゴブリンと戦わせるつもりはないからな?」
「……本当?」
「ああ。先ずは初めは、2対1の形で人型モンスターとの戦い方に慣れて貰うつもりだ。もし、これから遭遇するモンスター達が2体より多い集団だったら、俺達が数を減らして調節するから安心しろ」
俺は美佳と沙織ちゃんにそう言いながら、裕二と柊さんに同意を求める視線を送る。すると裕二と柊さんは直ぐに了承すると頷き、それを見た美佳と沙織ちゃんは安堵の息を漏らし緊張した表情を崩した。
はぁー、やっぱり説明不足だったか。
「悪い、説明が足りなかったみたいだな」
「ううん。私もよくよく考えてみたら、可笑しいと思ったもん。お兄ちゃん達なら、こう言う事は段階的に進めるもんね。ねっ、沙織ちゃん?」
「うん。お兄さん達の今までの進め方を考えたら、いきなり複数と戦わせるなんてさせないよね」
美佳と沙織ちゃんは軽い苦笑を浮かべており、程良く緊張も解れたようだ。
「まぁそう言う訳だから、油断して貰っては困るけど過剰に緊張する必要も無いからな。今まで学んだ事を一つ一つ確実にやれれば、上手く出来るはずだ」
「うん!」
「はい!」
そして暫くモンスターを求めダンジョンを歩いていると、俺達は進行方向の先にゴブリンの集団がいるのを見付けた。ゴブリン達も俺達の存在に気が付いたのか、5体のゴブリンは武器を構え俺達の動きを警戒している。
って、5体か……早速出番だな。
「じゃぁ先ず、俺が数を減らすわ。その後、美佳……行けるか?」
「……うん」
「良し。じゃぁ裕二、柊さん。俺あっち側に回って奴らの退路を塞ぐから、こっち側を頼むね?」
「おう、任せろ」
「美佳ちゃんが危なそうだったら、私がフォローしてあげるわ」
「よろしく」
俺は裕二と柊さんにフォローを頼んだ後、警戒するゴブリン達の方に向けゆっくりとした足取りで歩き出す。ゴブリン達は1人近づく俺を警戒し、武器を俺に向け威嚇の声を上げてくる。
さて……殺るか。
「フッ」
短く息を吐いた後、俺は一気に踏み込みゴブリン達との間合いを詰める。ゴブリン達は俺の踏み込みに対応出来ていないらしく、武器を構え威嚇の声を上げる姿のまま微動だに出来ていない。俺はその隙にゴブリン達の隊列間の隙間を通り抜けながら、腰の不知火を抜き放ち未だ動きを見せないゴブリン達の首元目掛け、3度振り抜いた。
「……フゥ」
ゴブリン達の間を走り抜けた俺は少し離れた位置で止まり、息を吐き出しながら不知火を大きく振って刀身に付いたゴブリンの血を振り払う。余り刀身に血が付いてないから、今回は結構上手く斬れたみたいだな。
そして、そんな俺の背後では首を刈られたゴブリンの胴体から血が噴水の様に吹き出し、生き残ったゴブリンは突然の惨劇に悲鳴を上げながら騒いでいた。
「おおい、美佳! 準備出来たぞ、頑張れよ!」
「う、うん……」
俺が準備が完了したぞと声を掛けると、美佳は若干引いた様な表情を浮かべながら弱々しい返事を返してくる。隣にいる沙織ちゃんも美佳と同じように若干引いた表情を浮かべており、柊さんは呆れた様に溜息を吐きつつ片手で顔を覆っていた。
……如何したんだ?
「ギ、ギギッ……」
「ギッ……」
良く分からない内に仲間を殺られたゴブリンは、下手人と思わしき俺を怯えた目で見ながらジリジリと後ずさって行く。まぁ確かに、いきなり仲間が真っ赤な噴水に変えられたらそれは怯えるよな。
「……フゥッ」
そんな俺とゴブリン達の遣り取りを見ながら美佳は軽く息を吐き気持ちを落ち着かせた後、槍を構え一歩前に歩み出る。その足音は警戒心が過敏になっていたゴブリンにはとても大きく聞こえたのか、前に出た美佳に即座に気付き怯えた表情を浮かべたまま慌てて振り返った。
そしてゴブリン達は暫く顔を右往左往させ、俺と美佳を怯えた表情を浮かべたまま見比べる。
「ギギッ……」
「……ギッ」
怯えた表情を浮かべていた生き残りのゴブリンは、何か覚悟を決めた表情を浮かべ美佳の方を向く。どうやら退路を塞ぐ俺と戦うより、美佳と戦い反対を抜ける方が生き残る可能性が高いとゴブリン達は判断したらしい。……確かに俺と戦うより美佳と戦う方が勝てる見込みはあるけど、その後ろに裕二と柊さんが控えている時点でゴブリン達が生き残る道は無いんだけどな。つまり、追い詰め過ぎたって事だ。
でも、こうなると少し厄介だ。死に物狂いで我武者羅に攻撃してくるとなると、予想外の攻撃で美佳が怪我をする可能性が出てくる。なので……
「……」
俺は無言でフォローしてくれると言っていた柊さんに向け、顔の前で右手を立てるジェスチャーをしておいた。その内容は、(ごめん。万一の時は、フォロー頼みます)と言った物だ。自分で美佳のフォローに入っても良いのだが事前に話し合っている以上、フォローは柊さんに任せた方が良いだろう。
そして、そんな俺のジャスチャーを受けた柊さんは呆れ気味に軽く息を吐きつつ、親指と人差し指を丸めたOKのサインを返してくれる。
「ギギッ……」
覚悟を決めた2体のゴブリンは武器を構え、ジリジリと美佳との間合いを詰めて行く。その表情は鬼気迫った物が有り、正に死兵と呼べる物だ。
そして……。
「「ギッ!」」
「!?」
ゴブリン達は同時に、美佳に向かって走りより飛び掛かった。美佳は一瞬驚いた様に目を僅かに見開いたが、直ぐに冷静さを取り戻し自分に向かってくるゴブリンの動きを見定める。2体のゴブリンは、ほぼ同じ速度で美佳に迫るが、僅かに右側のゴブリンの方が前に出ていた。
なので美佳は……。
「はぁっ!」
「ギッ!?」
一歩斜め後ろに下がり初撃を回避した後、着地し隙を晒したゴブリンの腹を蹴り飛ばしもう一体との距離を離す。因みに、美佳に蹴り飛ばされたゴブリンが俺の方に向かって転がってきたので、足の裏で受け止めた後に軽く美佳の方に蹴り返しておいた。この時点で既にこのゴブリンはノックアウト寸前だが……まぁ良いか。
兎に角、コレで美佳は1対1の形は作れたな。
「ギ、ギギッ……」
俺程では無くとも美佳が自分達より強い事に気付いたゴブリンは、先程までの決意は何処に行ったのか、怯えた様に一歩後退りし弱々しげな鳴き声を漏らした。
そんなゴブリンの哀れな姿を見た美佳は若干顔を顰めたものの、油断なく槍を構え一気に踏み込み襲いかかる。ゴブリンは怯えたせいで美佳の攻撃に1拍反応が遅れ、慌てて美佳の攻撃を回避しようとしたが回避しきれず槍の穂先がゴブリンの右胸を貫いた。
「ギギッ!?」
「ッ!」
一撃で仕留め損ねた美佳は軽く舌打ちをし、悲鳴を上げるゴブリンが次の行動を取る前に急いで槍を手元に引き戻し、食い込んだ槍に引きずられ前に倒れたゴブリンの腹に前蹴りを叩き込んだ。蹴られたゴブリンは壁際まで吹き飛び、右胸からの出血で血の池を作りながら横たわったまま起き上がる気配を見せ無かった。
美佳は壁際に倒れるゴブリンに若干の警戒を残しつつも、最初に蹴り飛ばしたもう一体のゴブリンに向き直る。
「ギッ……」
最初に蹴り飛ばされていたゴブリンはフラつく足取りで立ち上がりつつ、美佳に殺られ血の海に沈む仲間の姿を見て怯えた表情を浮かべていた。美佳はそんなゴブリンに槍を向け、無表情のままゆっくりと間合いを詰めていく。
そして……。
「はぁっ!」
抵抗する気力が尽きたのか、ゴブリンは美佳が繰り出した槍を避けようとする動作も見せず棒立ちのまま喉を貫かれる。喉を貫かれたゴブリンは一度大きく痙攣した後、膝から力が抜ける様にして崩れ落ちた。
そして美佳は倒れたゴブリンから槍を抜き、少し離れ倒れた2体が視界内に入る位置まで下がり警戒を続ける。
「……」
暫くすると喉を貫いたゴブリンの粒子化が始まったのだが、胸を貫いたゴブリンは粒子化しない。つまりアイツは、まだ死んでいないと言う事だ。美佳はゴブリンにトドメを刺すか放置するか悩み、俺に助言を求める様な眼差しを向けてきた。
「トドメを刺してやれ。ただし、最後の抵抗を見せるかもしれないから絶対に油断するなよ?」
出血具合から見て傷自体は致命傷なので、放って置けば何れ死ぬのだろうが俺は美佳にトドメを刺す様に指示を出す。放置して粒子化を待っていると何時、この場を離れられるか分からないからな。
美佳は俺の指示を聞き一瞬躊躇した後、頭を縦に軽く振って了承の意を示した。
「……」
美佳は槍を構え反撃を警戒しつつ、壁際にうつ伏せで倒れるゴブリンに近付いて行く。
そして……。
「えいっ」
警戒したゴブリンからの反撃も無く、美佳の繰り出した槍は背中の中心を貫いた。槍に貫かれた衝撃でゴブリンの体は揺れたが、悲鳴を上げる事もしなかった所を見ると本当に死ぬ寸前だった様だ。
そして美佳はゴブリンを貫いた槍を抜いて警戒したまま数歩下がると、数秒で粒子化が始まった。
ゴブリンとの戦闘を終えた俺達は、周囲を警戒しつつドロップアイテムの回収と反省会を行っていた。
「取り敢えず、今回ゲットしたドロップアイテムはコアクリスタルが3つか……」
「それも、大樹が倒したゴブリンからのドロップな」
「九重君……」
「何か……ごめん」
肩を落とし落ち込む美佳を沙織ちゃんが慰める姿を横目に見つつ、俺は裕二と柊さんに呆れた様な眼差しで見られていた。
そして、落ち込んだ美佳が復活した頃合いを見計らい反省会を始める。
「今回の戦闘の反省点としては、まず一番最初の所からだろうな」
「そうね。ちょっと九重君が、頑張り過ぎちゃったものね」
「……確かにアレはちょっと、ね?」
「真っ赤な噴水って、ああ言うのを言うんですね」
「……」
俺は後頭部を掻きながら、皆から視線を逸らす。別に皆が責めている訳では無いと言うのは分かっているのだが……居心地がとても悪い。
「今回の事を考慮すると、モンスターを数合わせで間引きする時には、極端にレベル差を感じさせる攻撃方法は控えた方が良いだろうな。まさかモンスターが恐慌状態に陥って、死兵化するとは思っても見なかったよ」
「そうね。最近は、進路を塞ぐモンスターを短時間で全滅させてたから、仲間が殺られ恐慌状態に陥るなんて知らなかったわ」
「だな。考えてみればダンジョンに出現するモンスターって、ゲームと違って絶対に勝てない相手と死ぬまで戦う必要は無いんだよな。無理そうなら逃げても良いはずだし」
「そう考えると、退路を塞いだのも拙かったかもしれないわね。逃げ道も無く、絶対に勝てないだろうって高レベルの敵に挟まれたら……それは恐慌状態に陥って死に物狂いで襲い掛かってもくるわ」
「と言う事は……モンスターを数合わせで間引きする時は、退路を無理に塞がず余りレベル差を感じさせない互角な戦いを演じつつモンスターを倒さないと行けないと言う事だな」
「ちょっと面倒ね……それ」
「まぁ、な」
裕二と柊さんが主体で話す先程の戦闘の考察を聞き、俺はゴブリン達の動きに納得がいった。獣型モンスターに比べ人型モンスターは知能が高いのか、相手が逃げたり恐慌状態に陥らせず場を作るのは獣型モンスターを相手にするより手間が掛かりそうだ。
そして俺達が場を整える手間を思い小さく溜息を吐いていると、美佳が心配げな表情を浮かべ俺の服の袖を引っ張って話し掛けてきた。
「ねぇ、お兄ちゃん? それって大丈夫なの? 危なくない?」
「ん? ああ、大丈夫だぞ。確かに手間は掛かるけど要するに、相手を翻弄しつつ徒手格闘で倒せば良いだけだからな。ある程度時間をかけつつ、一体ずつ殴り倒せば今回の様な事は避けられるだろうさ」
力加減失敗すると、相手の頭がはじけ飛ぶけどな。赤い噴水と赤い水風船……どっちがマシなんだろう?
と、そんな事を思いつつ俺達は反省会を行った後、再びゴブリンを求め探索を再開した。
突然気付かないうちに、隣の人が消えたら怖いですよね。と言う事は、ゴブリンでも同じですかね?




