第218話 ゴブリンとの戦い再び
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微妙な心持ちになりつつも一階層でのウォーミングアップを終えた俺達は、二階層へ降りる階段の前に移動した。
その結果、更に微妙な気分になる。
「うーん……マジで下への最短コース上では、モンスターと一度も遭遇しなかったな」
「そうだな。多分モンスターがリポップしたら直ぐに、通り掛かった探索者グループに倒されてるんだろうな」
「10階層以降をメイン活動域にしている探索者グループからしたら、群れずに単独行動するモンスターなんて簡単に撃破出来るものね」
来た道を振り返りながら、俺達三人は何とも言えない表情を浮かべる。
すると、先に階段を数段降りていた美佳と沙織ちゃんが、階段前で立ち止まっていた俺達に若干非難気味な口調で声を掛けて来た。
「えっと、お兄ちゃん? 降りないの?」
「あの、皆さん? 下に降りませんか?」
「えっ? ああっ、ごめん。今行くよ」
美佳と沙織ちゃんに促され、俺達は少し慌てて階段を降りていく。今日は家に帰るから、無駄に足踏みしている時間は無い。目的の階層に早めに到着しないとな……。
そして階段を降りると、そこの風景も何時もとは違っていた。
「……やっぱりココもガランとしてるな」
普段それなりに人が屯している2階層のセーフティーエリアも、今日は人気が殆ど無かった。
「誰も居ないね……」
美佳がセーフティーエリアを見回し、ポツリと漏らす。
「そうだな。まぁ、この辺りを狩り場にしている探索者じゃ無きゃ、出口が近いココはスルーするだろうな」
「でも、探索帰りの人達位は居ても良いんじゃない?」
「後一階層抜けたら、ダンジョンの出口だからな。怪我や疲労が酷くなければ、探索帰りのパーティーもココはスルーするんじゃないか?」
「そっか……」
出口直前での休憩は、緊張感が抜け易く張り直しづらいからな。如何しても休む必要が有るというのなら話は別だろうが、無理に休む必要が無いのなら一気に出口まで進むだろう。
まぁ、そんな事よりも……。
「取り敢えず、俺達も先を急ごう。途中何度か休憩は挟むけど、今日は7階層以降の探索がメインだからな。深く潜る分、帰りの時間も多く掛かるから急がないと探索に割く時間が無くなる」
「……うん」
「……はい」
俺がそう言うと、美佳は表情を強ばらせ緊張した様に身を窄め、沙織ちゃんは緊張した面持ちを浮かべるも何処か高揚している様に見えた。反応は違うけど、2人とも昨日のゴブリン戦の事を思い出したのかな?
美佳の反応に若干心配しつつも、俺は先に進む事を促す。
「良し、じゃぁ行こうか。先ずは様子を見つつ、5階層まで一気に降りよう。裕二、柊さん。フォロー頼むね」
「おう、任せろ」
「ええ」
裕二と柊さんに美佳と沙織ちゃんのフォローを頼む声を掛けた後、俺達はセーフティーエリアを抜けダンジョン探索を再開した。
モンスターとの戦闘を行いつつ1時間半程掛け、俺達は5階層のスタート地点の広場に到着した。
「良し、じゃぁ一旦休憩を取ろうか」
「やっと休憩が取れる!」
俺が休憩をしようと告げると、美佳が喜びの声を上げて階段側の壁に背を預け座り込んだ。
って、おいおい。
「おい、美佳。ココはモンスターが襲ってこないセーフティーエリアって訳じゃ無いんだから、余り気を抜き過ぎるなよ?」
「それ位、分かってるよ」
「分かっているなら良いんだが……」
分かっていると言うのなら、壁に背を着けるなんて直ぐには立ち上がり辛い座り方をするなよ。やっぱりコイツ、今一警戒感が甘く不安だ。
俺はそんな美佳の態度に溜息を吐きつつ、壁際から少し離れた場所にバッグからレジャーシートを取り出し広げる。このレジャーシート、極薄で軽いがクッション性は無く、地面のホコリ汚れが肩から下ろした荷物に付かなくする為の物でしかない。洗浄スキルがあるので汚れは余り気にしなくても良いが、まぁ気分の問題だ。
「取り敢えず、座ろうか?」
「そうだな。丁度区切りも良いし休むとしよう」
俺が広げたシートに皆で座り込み、糖分補給や水分補給をしつつ休憩を取る。そうそう、この時余り水分を取り過ぎるとトイレに行きたくなるので注意しないといけない。
簡易の物はあるが、出来れば使いたくはないしな。
「取り敢えず、ココまでは順調だな」
「そうだな。トラップ回避にモンスターとの戦闘、若干甘い所はあるけど2人とも中々手際が良くなってたぞ。この調子で頑張れよ」
「「あ、ありがとうございます!」」
裕二が美佳と沙織ちゃんの探索時の様子を褒めると、2人は嬉しそうに返事を返してくる。確かに裕二の言う様に、ダンジョン探索に慣れてきた事も有り、2人とも中々堂に入った立ち振る舞いをする様になって来た。
まぁ、美佳のさっきの座り方みたいに甘い所は多々あるけどな。
「ねぇ、九重君? 今日は何処まで潜る予定なの?」
「何処までって明確な目標は無いけど、時間に余裕があるのなら、複数体の人型モンスターとの同時戦闘を一度は経験させておきたいかな?」
俺がそう柊さんに返事を返すと、隣で話を聞いていた美佳と沙織ちゃんの表情が引き攣って行くのが見えた。なので、俺は慌てて言葉を付け足し、2人にフォローを入れる。
「まぁ、あくまでも出来ればって話だから、無理に戦う必要は無い。だから、そんなに緊張しなくて良いからさ」
「う、うん」
「は、はい」
フォローの言葉が効いたのか、美佳と沙織ちゃんの顔に浮かんでいた強ばった表情が緩む。流石に俺達も、昨日初めての対人型モンスター戦を行った2人に無理はさせないよ。下手をすると、昔俺達が遭遇した大量のゴブリンと戦う様な事態も起こりうるからな。
そして15分程の作戦会議兼休憩を挟んだ後、俺達は立ち上がりレジャーシートを片付ける。
「さて、と。じゃぁ休憩も取った事だし……行こうか?」
「おう」
「ええ」
「うん」
「はい」
外して置いた装備品の着け忘れがないかを確認した後、俺達はダンジョン探索を再開した。
「やぁっ!」
美佳の繰り出した槍が、ゴブリンの胸を貫く。ゴブリンは激痛による苦悶に顔を歪めながら、最後の力を振り絞り手にした棍棒を美佳に目掛けて投げ付けようと振りかぶった。
そして今正に、棍棒を美佳に投げ付けようとした瞬間……。
「えいっ!」
美佳は棍棒を振りかぶった事で重心が傾いた隙を見逃さず、槍を捻りゴブリンの体を地面に引きずり倒した。虚を突かれたゴブリンは為す術もなく転倒し、最後の反撃だった棍棒の投擲は不発に終わる。
そして手から棍棒は離れ飛び反撃の手段を失ったゴブリンは悔し気に己の胸を貫く槍を見た後……息絶えた。
「……ふぅ」
ゴブリンが確実に息絶えた事を確認し、美佳は槍を抜き胸に溜まった緊張の息を吐き出す。
そして槍を抜いて暫くするとゴブリンは光の粒子になり消え、跡地にはコアクリスタルが転がっていた。
「お疲れ、美佳」
「……うん」
「やっぱり、まだ慣れないか?」
「すこし、ね」
若干辛そうな表情を浮かべる美佳に、俺は心配げな口調で声を掛けた。コレで本日3体目になるゴブリン討伐だが、やはりまだ慣れない様だ。まぁコレばかりは、ユックリ慣れるしかないからな。余り無理をさせると、後々精神的に拙い事になりかねない。
「ほら。取り敢えず、深呼吸でもして心を落ち着かせろよ」
「うん」
俺の指示に従い、美佳は深呼吸を数回繰り返す。やっぱりモンスターとは言え、人型の物を殺すと成ると平静では居られないよな。でもまぁ、コレまでも深呼吸はゴブリン討伐後にも繰り返したが、討伐回数を重ねる毎に落ち着くまでの回数が減っているので、何れは深呼吸をしなくても直ぐに落ち着いていられる様になるだろう。
……何時になるかは分からないけどな。
「ふぅっ」
「落ち着いたか?」
「うん」
「良し、じゃぁ探索を続けよう。今度の敵とは沙織ちゃんに戦って貰うけど……大丈夫?」
美佳が落ち着きを取り戻した様なので、俺達は7階層の探索を再開する。7階層に出現するゴブリンは基本、単体で出現するので美佳と沙織ちゃんに交替で戦って貰っているので沙織ちゃんに準備は大丈夫かと声を掛けたのだが……。
「はい、全然大丈夫です!」
ゴブリンとの連戦で若干高揚しているらしく、沙織ちゃんは槍を握りしめ何時でも来いと言いたげな元気な返事を返してくる。
……美佳とは別の意味で心配になってくるな。
「ああ、えっと……沙織ちゃん? 返事が元気なのは良い事なんだけど、ダンジョン探索中は平常心を保って冷静な思考を保つ様に……しようか?」
「ええっ!? 私、冷静ですよ!」
「いやっ……端から見ていると、ちょっと冷静とは言いがたいかな?」
「ええっ、本当ですか!?」
俺に指摘されるまで、自分では気が付いていなかったらしい。戦闘続きで気分が高揚しているのか、今の沙織ちゃんは自分の状態を正確に把握出来ていないようだ。……要改善事項だな。冷静さを欠けば、それだけ注意力や思考力が散漫になり隙が出来易い。今は俺達がサポートしているから良いが、美佳や沙織ちゃん達だけでダンジョンに潜った場合に拙い事態を引き起こす可能性が高いだろう。
例えば、冷静なら簡単に対処出来るトラップの見落としや、複数の敵との戦闘中に敵や仲間との間合いの測り間違えなど……場合によっては致命傷になりかねない。
「本当だよ。取り敢えず沙織ちゃんも、深呼吸をして落ち着こうか?」
「は、はい……」
沙織ちゃんは先程の美佳と同じように、俺の指示に従い深呼吸を繰り返す。その間に俺は、裕二と柊さんに沙織ちゃんの事について相談をする。
「……どうしよう?」
「爺さんと相談して、精神修養の時間を増やすしかないんじゃないか? 今は俺達がフォロー出来る体制で探索しているから良いけど、俺達がいない状況だと拙いからな」
「そうね。確かに実戦訓練も大事だけど、基礎訓練を疎かにして良いって事じゃないもの」
「……じゃぁ取り敢えず、帰ったら重蔵さんに相談して2人の訓練メニューを考えるって事で良いかな?」
俺の出した提案に、裕二と柊さんは頭を縦に振る。
「それで良いんじゃないか? ある程度は俺達でも指導は出来るだろうけど、爺さんのアドバイスを聞いてからメニューは決めた方が良いだろう」
「私もそう思うわ。私達が変な指導をすると、かえって悪化する可能性があるもの」
「……じゃぁ、そう言う事で」
俺達は軽く頷き合あって話を終え、沙織ちゃんの方を振り返る。沙織ちゃんは既に深呼吸を終えており、先程までの高揚した雰囲気は消え落ち着きを取り戻していた。
「えっと、落ち着いた?」
「は、はい……。お恥ずかしい所をお見せしました……」
冷静さを取り戻した沙織ちゃんは恥ずかし気に顔を俯かせながら、消え入りそうな声で謝罪の言葉を漏らした。別に謝る様な類いの事ではないので、謝る必要は無いのだが……追求するのは可哀想なのでスルーする事にしよう。
「じゃぁ沙織ちゃんも落ち着いた様だし、先に進もうか?」
「おう」
「ええ」
「うん」
「……はい」
恥ずかしさから落ち込み気味の沙織ちゃんを連れ、俺達は新たなモンスターを求めてダンジョン探索を再開した。
7階層で美佳と沙織ちゃんに各々5回ずつゴブリンと戦って貰った後、俺達は8階層へ降り階段前の広場でモンスターの襲撃を警戒しつつ昼食を摂る事にした。見守りがメインの俺達は兎も角、美佳と沙織ちゃんは戦闘の連続でかなりカロリーを消費しているだろうからな。ちゃんと栄養補給をしておかないと、いざって時に腹が減って動けないとかなったら目も当てられない。
「朝食の時にも言ったけど、お腹一杯まで食べ過ぎるなよ?」
「分かってるって、腹八分でしょ?」
「そっ、腹八分」
美佳はコンビニオニギリを囓りながら、俺の忠告に少し眉を顰める。うーん、ちょっとシツコく言い過ぎたかな?
と、そんな風に俺は自分の言動に反省しつつ、八階層についての話を振る。
「さて、この階層からはゴブリン達も集団で出現する様になるから、2人とも十分に気を付けろよ」
「集団……って、それどの位の数が出てくるの?」
「そうだな……」
俺はコレまでの探索を思い出しながら、美佳の質問に答える。
「一番多かったのは、トラップ部屋みたいな所で遭遇した集団だな」
「ああ、あの時の事だな。確かに、アレは数が多かった……」
「そうね。あの頃は私達も探索者を始めてそんなに経っていない頃だから、あの数のゴブリンには参ったわ」
俺達が昔の事を思い出しながら眉を顰めつつ苦々し気に呟く様を見て、美佳と沙織ちゃんは驚きの表情を浮かべ動揺する。美佳と沙織ちゃんにとって、俺達が苦戦する数の集団など悪夢だろうからな。
まぁ、あの頃はまだ人型モンスターと戦うのに不慣れで、ゴブリン相手に手間取って苦々しい思いをしたってのが真相だ。全身血塗れにも成ったしな。
「あの時は確か、ゴブリンが一度に二十数体出たんだよな?」
「ああ、確かそんな物だった筈だ」
「ゴブリンの数が多くて、斬り過ぎた武器が脂で切れなくなって苦労したのよね……」
「最終的には持ってた刀を棍棒代わりにして、撲殺したんだったよな」
今なら全員“洗浄”スキルを持っているので、武器の切れ味を落とさずに連続戦闘も可能だが、あの頃の戦闘ではそんな便利スキル持っていなかったので、最終的には鈍器と化した武器による殴打か徒手格闘が決め手だったんだよな。今にして思えば、あの戦闘も不知火の寿命を縮める要因だった。
武器は使用方法に従った適切な運用が重要だな、うん。
「……2人もお金が貯まったら、早めに“洗浄”スキルのスクロールを買った方が良いな」
「……そうだな」
「……そうね」
俺達がチラリと視線を向けると、美佳と沙織ちゃんは若干引き攣った表情を浮かべ身を縮めた。
そして挙動不審気味に目を右往左往させた後、美佳と沙織ちゃんは言葉を喉から絞り出す様に吐き出す。
「えっと……お金が貯まったら、考えます」
「わ、私も……考えます」
この反応を見る限り、美佳と沙織ちゃんのスキルスクロール取得は中々難しいようだ。今回の遠征で得た収入を入れても、借金返済の事も考えるとまだまだ財布の中が厳しいのだろう。
はぁ……、都合良く“洗浄”のスキルスクロールがドロップしないかな……。
美佳ちゃん達も、ゴブリンとの戦闘に次第に慣れて来ました。若干、問題も残りますけど。




